「というわけです、局長」
「そうか、ご苦労」
「お怒りに、ならないのですか?」
特別暴力対策課事務所にて。
ヴァルキューレ公安局長の尾刃カンナと、特別暴力対策課実働部隊長の鹿島ユリが会話をしていた。
話の内容としては、ユリから今回の事件のまとめをカンナに報告すると言ったもの。ヤツカは消息不明だが正直なところ生きてなさそうということ、セツカはゼンヒに戻ったこと、そしてゼンヒは現在協力者であるバンリのところで預かってもらっていること。
そして、結局脅威として残り続けてるリンネとその組織の対応が定まっていないことを話した。
このうち、自身のリーダーを協力者に預けっぱなしであることにユリは怒られるだろうと覚悟していたが______カンナは、そこに怒りを抱くことはなかった。
「お前達がそう判断したんだろ?なら、いいじゃないか。相手も了承していたし、何より彼女が居なければシャルアーについて行くところだった。ならば彼女が自分の意思で引き留めてくれたのは救いとも言えるし、そこに余計な首を突っ込まないだけ大したものだ」
「ご迷惑をおかけします」
「そう畏ることもない。今回の件だけは先生もヴァルキューレの上層部に話をしてみると言っている、それだけの事件を行方不明者一人で済ませたんだ。誇れ」
「はい……」
ユリはどうしても、その励ましで素直に元気になれなかった。
「____やはり、まだ何か?」
「アタシは、リーダーに謝るべきだとずっと思いながら生きてきました。だけど、それは。会えば謝れると思っていたのも、全て自分の我儘だったと。自分のために、聞きたくないことを聞かせる、相手にまた大人であることを強制させることだったんです。それを理解したのは、彼女に再開してからでした」
頑張った部下の話を聞いてやる時間はある、と狂犬らしからぬ優しさで彼女の言葉に耳を傾ける。
「私は、私は……ッ!」
片手で顔を押さえ、涙を流すユリ。
「そんなことにさえ気づくのが遅かった、相手も人間で、自分と同じだったと気づいていれば!自分と同じように嫌になる時があるって考えれていれば、リーダーはあんなに追い詰められることはなかった!彼女のいうように、なんでも押しのけて会いに行けばよかった!」
嗚咽止まらぬ悲鳴を上げ続ける。
「アタシはあの人の言うとおり、連邦生徒会の私兵でしかなかった!そんな教育を受けたから人の気持ちさえ分からないまま力を振る場所を求めて彷徨った亡霊で、誰のことも理解できない人殺しだったんだ_____!もうアタシは誰も愛することはできない!」
「ユリ、それはちが」
「違くない!」
彼女はもう、誰の意見を聞けないくらいに疲弊していた。
それが上司との会話で弾けるのは社会人としてどうだ、と言う話もあるだろうがカンナは受け入れた。
こうなってもおかしくなかったのは、誰しもが一緒なのだったから。寧ろ大事が済んだ後と思えば、遅すぎたものと言えるし_____
よく我慢した、とも言えた。
「何も、何もできなかったんです!私たちはいつもそう、SRTに入った時からいっつも手遅れな状態でしか動けない!それだけならともかく、助けが必要な人をずっと傷つけるしか脳がない!いっそ、いっそ私があんなこと言わなければ、リーダーは、いや、扇皇ゼンヒは幸せなままだった!なのに、なのにアタシはッ!」
「追い詰めるなユリ!お前の願いだって純然なものだった!誰だって間違えていなかったんだ!」
「だったらリーダーは幸せだと言うでしょう!?でもリーダーはそうじゃなかった!だから!」
ユリの心を癒す手段はない。
警察としては割り切って欲しかったが、あらゆる面でスペシャル同士だったからこそ彼女の意識の重さき拍車が掛かっている。
「ユリ!」
「局長!」
カンナは彼女の襟を掴んだ。
「落ち着け!お前はやれるだけのことをやった、仕事ではずっとフォローをしてたし、彼女の戦いにずっと居た!」
「そればっかりで本当に大事な時に一切顔を見せないような女だったから見捨てたんでしょう!?」
「私は彼女の目覚めからずっと一緒にいて、直前も彼女に会った!それであれだ、お前一人でなんとか出来ると思うのはやめろ!それだけ、それだけ彼女が特別な状況下にあった!お前達だって知ったはずだ、彼女が生まれた理由を!」
カンナが立場もあったが何度もゼンヒが初めて目を覚ますところを見て、様子を見に通った。ゼンヒがかなりクールぶった口調をするのは、カンナの影響が大きい。
それを理解していれば彼女が幼児並みの心しかないことも分かっただろう、かっこつけることも悲しむことも、初めてで処理が出来るほどの心の強さと理解力がないことも。
「お前が言ったんだろう!?『ゼンヒだって自分と同じで嫌になる時もある』『大人であることを強制した』と!ならば離れている以上、お前はちゃんと彼女との付き合い方を考えて動いている!それでいい!」
「でもリーダーは!」
「今のお前は物事を一緒くたに考えすぎだ!リーダーがリーダーがと言うのは本当にゼンヒのためか!?」
「……!」
暴走するユリに水を掛けるようなことを言うカンナ。
「そんな状態だったら尚更傷つけるだけだぞ!」
「______アタシ、は」
「もう休め。というかしばらく休め、色々お知らせは出しておくから気にせず休むんだ」
上司の心遣いも分かるくらいの理性は残っていたらしい。言われた方は落ち着いて水を飲み、項垂れながらも返事した。
「……はい」
「それでいい。何、閉鎖するとかはしない。安心しろ」
「ええ」
カンナは立って、応接間を後にする。
(やはり被害は大きいな。この状態であのギャングに対応するのは正直に言って無理だ、だがこのままあれを見過ごすわけにはいかないが_____いや、それでも他のヴァルキューレでは無理だ。警備局も結局あまり役に立たないし、何よりSRTのメンバーをそのまま治安維持に回せるここが一番対応させるのに最適解だ。しばらくは過労死覚悟で私が回すしかないか?いや、でもそうするには本来の仕事が重なるから結局のところどこかでボロが出る可能性もある。難しいものだ)
特別暴力対策課そのものは、色々な人間がいた。特に実働部隊員に関しては、高いモチベーションとパフォーマンスを発揮していると言ってもいい。
「近場でちょっと日課してくるわ」
「おいおい私も連れてけ、このままここでぼーっとしてるだけじゃ気が滅入っちまいそうだぜ」
「ちょっとうちも連れてけよ」
「大所帯で行ったらご近所さんの迷惑になっちまう」
「3人ぽっちでか、あはは!」
したっぱは全員元気だ。
2階から降りて一階、バーになっている場所にカンナはやってくる。
「いやあいつリーダー帰ってきますかね」
「帰ってこない可能性あるかもって上で言ってるのに能天気すぎねえかそれは」
「わかんないっすよ。なんだかんだリラックスしたら何食わぬ顔で戻ってきて『済まなかった』の一言で仕事再開する可能性だってあるんですから」
「リーダーのことレディだと思ってないのかお前は」
「いだだだだだヘッドロック!ヘッドロックはダメ!」
「仕方ねえなあ」
「それでも私は帰ってくるって信じてますよ。一人じゃダメでも、二人や三人知り合いがいれば案外立ち直れるんです。人間ってそう言うものなんですよ、例外を除けば」
「例外?」
後輩の方は、得意顔で説明。
「喧嘩した時に相手を傷つけるためだけに酷いことを言うとか」
「例えば」
「____うーん、あばずれ?」
「そんな!そんなありきたりなこと言うかなリーダー!」
「いやあもっとエグいの言ってきそうですけど、まあそれでも部隊長のこと見てたらそこまで酷いことは言ってないようですし、最低限の礼儀は持ってたって話ですから結局和解の目はありますよ。あとは本人の選択次第です」
「その選択の確率は?」
「7:3で帰ってくるじゃないですかね。結局幼児みたいな別れ方したんですから、幼児みたいに会ったらごめんねって言えるようになりますよ」
「そう言うもんか?」
「そう言うもんです」
この二人は後ろにカンナがいることに気づいてない。
(部下たちはやはり気力がある。この状態が続いてる間に決着して欲しいものだ、長引けばその分不安が広がって、帰ってきても帰ってこなくても精神に負荷が掛かって歪んだ状態のままになるからな)
などと思いながら、地下室に行くための階段に近づく。
「あ、ハクジツ」
「局長」
こっちもあまり大丈夫ではない顔をしている。
階段の近くの席にハクジツがいた。
「おはよう。元気か?」
「いいえ、全く。ずっと自分が嫌になっててろくに動けません」
「それでもちゃんと、待機という形だが出勤してくれて嬉しいぞ」
「____正直なところ、警察辞めたくなってます」
無理からぬ話だ。自分の大切にしている人間は反社であり、結局それに執着している以上は辞めてそっちへ行きたくなるのも分かる。
「お前と戦いたくはないからな、できれば止まってほしい」
「_____です、よね」
彼女の唯一の青春を、立場で否定したくなってしまった。
「ああ、済まない。別にお前に強制するつもりはなかったんだ」
「いえ、気にしないでください」
気まずいので、離れる口実を作るがてらカンナは質問した。
「そういえばショウコかカザミは居るか?どこにいるか知っていたら教えて欲しい」
「二人ともまだ地下室にいると思います」
「訓練か。分かった、ありがとう」
「ええ」
なんとなく、終わりが近づいてきてるようにも感じた。
(ゼンヒの存在は、自分が思っていた以上に、周りの存在に影響を及ぼすくらいに大きかったのだな。ハクジツもユリも、いや、もっといろんな人間もお前に会いたいと、思っているのか)
ともかく、ハクジツに挨拶してからカンナは階段に入る。
かつ、かつ、という足音を鳴らすと下から銃声と何かが弾かれる金属音が鳴っている。
(何をやっているんだか)
そんな弾かれるような音が出るようなことが思いつかない彼女は、気を紛らわすのも兼ねて小走りで地下の訓練場に向かった。