シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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CaseB-20-1:紅茶街立てこもり事件・序

 この時のゼンヒの姿は普通のスーツ姿にハットを被っていて人目を引くほどかっこよく珍しい姿だった。しかし、それでも人はいない。

 

 テロがあって遠ざかってるか、家に入ってるか。どっちにしろ出る理由もなく、出勤のピークはとうに過ぎていたから車がたくさん通る理由もなかった。

 

 正直なところ、ゼンヒ自身は分からないまま走っている。

 

 自分が考えて出した言葉には意味がある。この事件なんて放っておけば、結果はどうであれ人間に活動限界がある以上勝手に解決して終わりがやってくる。触れなければ自分とバンリに関係ないのだから、放置したっていい。

 

 なのに放置したら、ダメな気がする。何をどう、と言えばいいか分からない。放置したら何がどうなってバンリを失うという理屈が言えないのに、失ってしまうという確信があった。

 

「はぁ、はぁ」

 

 ゼンヒは途中で、膝に手を置き呼吸する。

 

 流石に徒歩で行くには少し遠い坂道、下りだからいいもののやはり疲れは出てしまう。人には呼吸と関節があり、それは行動の量で疲労で蓄積される。動いている以上速かろうが遅かろうが、疲れて息が切れるのは普通のこと。

 

 それでも、あの悲鳴と顔を早く追い出さないと安心できないと思ったゼンヒは走ろうとする。が_____

 

「うわあ!」

 

 坂道を転げ落ちていく。

 

 武器を持たずに走って当たり前、体に疲労が溜まってて反応も遅れるのに走り出して石畳のわずかな隙間に爪先を引っ掛けて転んでいってしまうゼンヒは流石に擁護できない阿呆さを出していた。

 

 本人は自分の醜態など、今も昔もあまり気にしないタイプだ。それでもボロボロになって生きながら、結局坂の下まで転がった。

 

「いっだい___うぅ」

 

 流石に精神的な痛みよりも、物理エネルギーによってボロボロにされたのが体に来たのだろう。痛みに悶えながら立ちあがろうとする彼女。

 

 その目の前に、白い手が現れる。

 

「ほら」

「お前、は」

 

 手を取って立ち上がると、そこには見知った少女がいた。

 

「シャルアー……」

「久しぶり、元気にしてたようで嬉しいが全く連絡もよこさなかったから若干嫌われたかと思ってヒヤヒヤした」

「そんなわけない。シャルアーは友達だ」

「じゃあ、そんな友達にも言わず焦って転がり落ちる理由は?」

「____今起こってる事件を解決しないといけないな、と思ったから」

 

 素直に打ち明ける。

 

 自分の話に素直に乗ってくれ、自分が幼児退行という恥ずかしいことをやっていた時期でも真面目に話し合ってくれた少女には、素直な信頼を置いていた。

 

「分かった、じゃあ行くか」

 

 シャルアーと二人で、まだ静かな道路を歩き出す。

 

「全くあんな事件どうせすぐ正実が対応するから放っておけばいいのに、難儀なものだな。そんなにあの事件大事か?見逃したところでバンリとお前は静かに暮らせていたはずだ」

「わかんない、わかんないけど_____あの事件を放置すると、バンリが消えてしまいそうな気がしたんだ。あそこの近辺が爆破されたところでバンリの店は逆方向だし、家も遠い以上何も問題はないってのは分かりきってるんだよ。それでも、放置したらいけない気がしたんだ。どうしても」

 

 あの悪は、社会にとってはそう大きくない悪だ。

 

 事件そのものは大きいが、被害が少ない。ならば密かに暮らせばいい。

 

 だけど、バンリがいつか自分と離れたところで、そんな目に遭うと考えたら_____それだけで泣き出してしまいそうなくらいに嫌になった。

 

「私は、バンリのこと、互いがどこにあるのか分からないぐらいに犯すためにベッドに押さえつけたことがある。結局出来なかったけど……彼女はそんな自分ですら、喜んで受け入れるって言ってくれた。嬉しかったけど、それ以上に悲しかった」

「お前がそこまでなるのは珍しい」

「だって自分は普通の人間じゃないんだよ。非道な人間が事故で混ざって生まれただけの、人間の形をした何かなんだよ。しかも片方は、ハクジツを甘えるように貪った、それこそクズなんだ。そんなクズに純潔を奪われて、嫌になって自殺しちゃうくらい悔しがって悲しんで欲しかったのに、そんなことはないって、寧ろ"ゼンヒだから"って嬉しいと言ったんだ。それが私にとってすごく悲しかった」

「そりゃ、悲しいだろ。否定したい事柄に対して、あまりに優しく、それが身を焼くほどに苦しいんだ」

 

 シャルアーは相手が言わんとしていることを理解していた。

 

「お前は結局、裏切られたことに対して大きなトラウマを持っている。違うか?」

「当たり前だよ、苦しかったんだもん。あんなこと、もう二度と味わいたくない。だから仲間もいらないし、もう二度とあそこに戻りたくないから」

「なら今すぐ戻ったほうがいい」

「戻れないよ」

「なんでだ」

「______」

 

 足を止める気配は全くない。寧ろ、歩くたびにちゃんとしっかりしていってる気がする。

 

 そんなゼンヒの行動に、シャルアーは否定もしなかった。

 

「わかんないよ。わかんないんだよ!でも、でも、あの少女の顔が映った時に私は怖くなったんだ。バンリが私を守ってくれるかもしれないけど、あんな事件が突発的に起こる時って誰にも分からないから……その被害者がバンリだったら……」

「誰が自分を守ってくれるの、か?」

「違う!」

 

 叫ぶゼンヒは、泣きそうになっている。

 

「誰が、誰がバンリを助けてくれるの?私はバンリを守れない、傷つけることしかできない!なのに、彼女のことを誰も守ってくれない!私をこんなに愛してくれるのに、彼女を愛するものが誰もいない!彼女のあんな顔も、あんな姿も見たくない。見たくないのに、社会は彼女がそうならないって保証はしてくれないじゃないか!」

「……だから、行くのか?」

「私はもう嫌だ!戦いたくない!味方に何度も銃口を向けられ、寂しいまま死にたくない!痛い思いもしたくない!だけど、そうでもしないと彼女がそうならないという保証はどこにもない!私が居ても変わりはしないのに、それでも私はあの少女のことを放置できない!」

 

 その傷が癒えないことを理由に、何もできないと言い張って逃げることが深く傷つけられてもギリギリできなかった。

 

 そこに高潔な精神はなく、警察としての矜持は無い。

 

 だが、自分を愛して、引き剥がそうとしても出来なかった天使が、ああなってしまうという恐怖に駆られた以上は自分が戦わないといけないという強迫状態になっている。

 

「そうか」

「シャルアー____私行かないといけない、止めないで」

「誰が止めるか」

 

 話を聞いていた友人は、微笑んだ。

 

「お前は前、いや、私"達"のところに来るまでは立派な信念や信条があって戦っていたかもしれない。それはものすごく立派なことだし、自分は尊敬するよ。そう言ったものを腐らずに、お前は走った。後ろから撃たれて怖くなった傷は、腐ったとは言えないから。とっても立派なものだ、ゼンヒ」

 

 彼女はバッグの中を探りながら、話を続ける。

 

「でも、そう言った恐怖を知ってもなお戦える、戦いたいと言える人間は本当に少ない。特にお前はそうなった原因である『味方に殺されかけたこと』と『自分が戦わないことで大事な人が死ぬかも知れないという恐怖』を天秤にかけた時、後者の方を重くみた。正直私からすればどっちも同じくらいに重く軽んじることは出来ないから、自分をもう少し大事にしろと言いたいが_____今のお前がそう出来るとは思ってない」

 

 シャルアーはバッグから、ハンドガンを取り出した。

 

 それはゼンヒがかつて購入した、エイリアンピストル。

 

「なら、お前が信じたものを守るのも友人の務めだろ」

「シャルアー」

「逃げ出すなら友人としても許容するが、お前は戦うことを選んだ。なら応援や激励をしなきゃならないだろ、場合によっては援護も」

 

 大切な人を失う恐怖、というのがあってはならないことだというのは昔から変わらない。それを、自分がとんでもない傷を負って立ち上がるのにも苦労する始末でも、その恐怖を排除・軽減するべく、そしてそれが誰であれそうなってはならないと心から信じてなければ、今この瞬間歩いていても一歩も振り返ろうとしないゼンヒはいない。

 

「お前は自分が思っているよりもすごく高潔だ。その傷よりも、誰かの恐怖の為に戦えてしまう、危険だけれども愛するべきものだ。バンリだって分かっていて、そう出来るのが扇皇ゼンヒという人間だったからこそ人として愛して、自身のことなんてあまり顧みなかったと思う」

「私はそんな人間じゃない」

「友人が言ってるんだ、信じろよ」

 

 目の前にはもうその現場がやってきている、騒がしい上にヘリコプターが囃し立てるような旋回をしていた。

 

「今色々事情があってコキュートスアームズはないが、特暴課の連中からパクってきたサブマシンガンがあればまあ大丈夫だろ。援護が必要になったらなんか合図を出してくれ」

「じゃあまず手伝ってもらっても?」

「早速か」

 

 シャルアーはサブマシンガンを構えた。少し大きめのもので、射程は長そうだ。

 

 正実の生徒が立ち入り禁止で囲っているところに近づきながら、ゼンヒは作戦を伝える。

 

「もう少しだけ近づいたら、どこにでもいいから乱射してたくさん窓を割って欲しい」

「何か作戦が?」

「私が騒音とかで相手が動けなくなってる間に、急いで潜り込んで相手をしばいてくる」

「やれるのか?」

「私はセツカでもあった。彼女の運動能力を受け継いだのなら、やれるよ。そうでしょ?」

 

 かつての友の喋り方と声がフラッシュバックして、シャルアーは懐かしさに少しだけ哀愁のある表情をした。

 

「……お前に、こんな感情を抱かされるとは」

「へへ、じゃあ行こうか」

 

 二人は走り出す。

 

「あっちょっと二人とも止まって!」

「悪いなお嬢さん、あのお姫様を助けるためだ!そのベールの奥に瞳を隠して見なかったことにしてくれよ!」

「いくよシャルアー!」

「ああ!」

 

 シャルアーの腰から短機関銃が乱射。

 

 立てこもっているところの窓を構わず銃弾で破壊していく。特にクラシックな建物で対策もしていなかったのか、窓が割れて光が傾れる。

 

「いけ!」

「うん!」

 

 正義実現委員会の生徒が止める暇もなく、ゼンヒはスライディングしながら建物に入っていった。

 

 その顔は悲しみが残り、笑顔はない。

 

 だが、その姿は。

 

 かつてハクジツやユリ、ショウコ達と共に戦った時の面影があった。

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