坂道を歩くのには時間が掛かる。
二人は他愛もない話、例えば今日の夕飯はなんだろうかとか、仕事どうしようかとか、それこそゼンヒの身にあんなことが起こる前にはよく仕事場で話していたことを。
「あ、そろそろだ」
「おお〜どんな豪邸に住んでるか期待して……ん?」
そんな目的地の家の前。
誰かが、膝から崩れて泣いている。血の匂いもしなければ血の跡もないうえ、声は出ているからただ泣いてるだけ。
「……バンリさんじゃないあれ」
「ごめん勇気もらったけど今から贖罪って名目で特暴課の事務所に逃げ込んで」
「ダメに決まってるでしょ!謝って感謝伝えないと!」
「だって怖いんだもん!」
「ほら一緒に怒られますから行った行った!」
ショウコは隣にいる少女の背中を押して、街灯の裏に隠れるように背をつけた。
流石に彼女をずっと家の前で泣かせるのもあれだと考えたゼンヒは、彼女の後ろに立ってしゃがむ。
「うう、ゼンヒ、どこに行ってしまったのですか……」
泣きじゃくって花の匂いにさえ気づかないバンリに、ゼンヒは後ろから抱きしめる。
「だーれだ」
なんて、目隠しができないけど言ってみたかったことを添えて。
「え……?」
「泣くなよ、お前だけの王子様が帰ってきたんだ」
キザなことを言える、いつものゼンヒ。
抱きしめられた方はゆっくり立ち上がって、向き合う。
そこには、シルクハットを被って花束を持っているゼンヒがいる。その姿は本当に紳士だ。
「_____」
「涙は引っ込んだようだな」
「どこに……どこに行ってたのですか!」
バンリは発狂に近い声で、相手に問う。
「昼前からこの近辺で油と銃弾をうってたよ」
「バカ!」
ビンタが飛ぶ。
あまりに早く力強いものだったせいで、ゼンヒがよろけるが彼女は痛がることも声を出すこともしなかった。
そうする前には、すでに柔らかいものが自分を包んでいたから。
「バカ!バカ!ずっと、ずっと探していたのですよ!クロノスのあの中継を見てたらあなたみたいな人が出てきたのがちょっと見えて!本当に何をしているのかと、私は救えないで死にに行かせたと、そう思って、本当に_____!」
「昼間ただほっつき歩いていただけでそんな泣くことか?お前にあんなことしようとした女のことを」
「それでも貴女は私の、私の大切な人!私の人生に彩りをくれた、たった一人の少女なのです!それが急に消えたら、私は!」
ずっと、バンリの言葉に嘘はない。
それがいつまでも辛かったはずなのに、今は痛みを感じず、本当に後悔した。
「……すまなかった」
流石に謝らざるを得ないゼンヒは、心から謝って相手を抱く。
「お前が自分を愛してくれていることに気づくのに、こんなに時間が掛かって、壊す寸前まで行った。どうしようもない人間だ私は、生きてる時間と同程度に、幼稚だな」
「どうしてあんなところに行ったのです。それだけ、それだけ教えてくださいまし」
バンリの翼も、強く巻きつく中で彼女は答える。
「人質の子が悲しそうにしていただろ。ずっと無視すればいい、どうせ行かなくてもバンリと私の生活は続くと思った。それは救った今も変わらない。
だけど、あの子の涙を見て、私を守ってくれるお前は一人で、あんな目に遭うんじゃないかと思うとどうしても我慢できなくなった。あの子だって、あんな目に遭うとわかって外に出たんじゃない。その場にお前がいないだけで、お前もそうなると思うと、すごく怖くなって仕方なかった」
花束を持った王子様も、涙を少し流す。
「私はその時、お前にそうならないでとただ泣き縋ることができた。それでも良かったはずなのに、私の心はあれを解決しないと安心できないと叫び続けたんだ。あんな悲しみがずっと許される世界で、バンリと幸せに生きていけないって心のどこかで確信があったから。
だから、私はお前に心配をかけずに、ただ笑っていて欲しいからと何も言わずに飛び出した。お前は否定すると思ったから。私みたいなクズなら最悪死んでもいいやなんてことも、思ってたのかもしれない」
だが、それは間違いだった。今改めて仲間と言えるショウコに諭されたことを、ゼンヒは言う。
「ショウコは、そうやって飛び出すことこそ守ってくれると、心を打ち明けて一緒にいてくれると約束してくれたお前への裏切りと私に言ったんだ。その時に、反省したよ。まあ、その本人と飯食って花束を買いに行ったんだけどな。一緒に怒られるから、なんて言いながら。正直あいつのせいにしたいが、選んだのは自分だから。好きなだけぶって構わない」
「そんなことで収まるわけないでしょう!?」
「そうだな。お前と密着して、溶け合うまで抱きしめることでしか償えない」
そこにエロティシズムな要素はない。ただ肌の触れ合う熱でしか伝えられないが、そこに快楽のインクが混ざる理由もなかった。
「ごめん、バンリ。心配を掛けたね。でも、本当に_____どうしようもない、私を愛してくれてありがとう」
「当たり前ですわ、貴女はあの時から____私の王子様なのですから。そして貴女が私のところに来てくれてから______貴女は私の、大事な人になったのです」
「じゃ……」
ゼンヒは一度、断りを入れて離れる。
少しだけ距離を取ってから、買ってもらった花束を両手で持って相手に見せる。
「これは貴女への気持ちです」
「まあ_____」
綺麗な薔薇だ。
赤い薔薇の中に一つだけ、黒いものが混じっている。
「私は貴女に一番救われました。過去を知って、どうしようもない私を救ってくれたのは貴女です。
頑張っても返し切れようのない愛をもらって、私はとても幸せです。しかし_____」
感謝の言葉を言っているうちに告白じみてるな、と思いながら赤面する彼女は言葉を続ける。
「どうしても私は強欲で、どうしようもなく寂しがりな存在なんです。そんな私をずっと愛し続けると言ってくれた貴女には、こうして上手くできない言葉を薔薇を贈ることしかできない」
言葉の順序さえ無茶苦茶になったな、と思って恥ずかしがるゼンヒは、ここでつまづいてはダメだと勇気を出して言葉を出した。
「だからこれを受け取ってください。そして、そして!私のことをずっと愛してください!私にずっと愛されてください!私はあそこにいても幸せでしたが、過去を知り、人生というものを知り、人間の生き方を理想以外に知った今……私は"貴女がいる世界"で生きたいです!」
そう、締め括った。
(感謝の言葉じゃなくなってますよリーダー)
街灯の裏でやれやれ、と左手で顔を押さえ首を振るショウコはそれでも嬉しそうにしている。
「ど、どうかな」
流石に裏で応援していると言ったショウコにどうか聞きたいが、答えがはっきりするまで相手を見つめるべきだと恥ずかしさで顔が燃えそうなほど熱く感じるゼンヒはバンリを見た。
そして、言われた方は、美しい白色の顔のまま、花束を受け取る。
11本の赤い薔薇は愛しています、最愛ですという意味。一本の黒い薔薇の意味は、私には貴女しかいない、貴女だけのものですという意味。
それらが合わさった12本の薔薇の意味は________
付き合ってください、という意味だ。
「ええ、ええ____」
また涙を流し始める、バンリ。
「そうですわね……私も同じ気持ちですわ。私も、貴女のいる世界で最後まで生きてみたい。貴女が人生にいる世界、どれだけ綺麗なのでしょう____!」
「バンリ……!」
「ええ、ええ!喜んで!ずっと一緒にいてください、ゼンヒ!」
もはや告白になった上に、成功した。
まさか唆した作戦が成功から大成功になるなんて思いもしなかったショウコは驚いているが、良い事がさらに上回る幸せになることはとても嬉しい。
(お前だけの子じゃないってことなのかもね。セツカ)
ショウコは恋愛上手はもう一人の特技かもしれないなんて冗談を思いながら上を見る。
そしたら、後ろから囁くように声が響く。
『リンネの血も受け継いでるね、嫌になっちゃうな』
セツカの声が聞こえた、いや、響いたのに驚いて左右を向いた。
彼女の姿はどこにもない。いる訳がないし、守護霊状態なら尚更ゼンヒにしか見えないはずだ。
「____奇妙なこともあるもんだ」
「おーい!」
もう少し声の主のことを探ってみたいが、そうは行かない。自分の敬愛するリーダーが、声をかけているのだから。
「はいはーい」
「やったぞショウコ!感謝の気持ちをちゃんと伝え切ったぞ!」
「あれ告白でしょどう考えても。まあでも、おめでとうございまず。結婚式まで行ったら呼んでくださいよ」
「気が早すぎるって」
ゼンヒは笑いながら、肩を組んでバンリに近寄る。
「そうそう。ショウコのおかげで事件の時助かったし、何より花束を贈ろうって言ってくれたのこいつなんだ。な?」
「そして帰らないでトリニティを一緒にほっつき歩こうと提案して油を売ってた共犯です!」
「もう……人の家族をそうやって連れ去って!」
「いやあ本当にすみません!」
ショウコは頭を下げて謝る。
流石に告白が嬉しくて、悲しみが引っ込んだ彼女は相手を引っ叩くのはやめにした。
「んもぅ……次から気を付けてくださいまし。貴女も私に取っては大事な人になったのですから」
「恋人の気のいい友人とは、良い役をもらった。悪役で自分を慰める奴らよりも幸せだ」
「全く調子のいい_____あ、では。ショウコさんも召し上がっていきませんか。今日はラムステーキにしようと思って。三人分ならありますから」
花束を大事に抱えているバンリは、その仲間に対して誘いをかける。
だが、仲間は嬉しいとは思いつつも断る。
「いやあ、お心遣いは嬉しいですが私は帰らないと。今日の事件の処理とか、リーダーのこととか報告しないといけないし、なんなら終わった途端仕事サボった始末書も書かないといけない」
「えっそれ私も?」
「リーダーの分まで書いときますよ。気にしないで恋人とのひと時を楽しんでください」
彼女は、二人に背を向けた。その姿はとても頼もしく見える。
「あの、ショウコ!」
「なんです?」
振り向いたショウコに、ゼンヒは元気な声で言う。
「ありがとう!そしてごめん、お前にも迷惑をかけた!」
「本当大変だったんですからね。リーダーの守護霊は強かったんですから_____カザミとかユリとか、出勤したら局長にも詫びを入れるんですよ!」
「うん!」
「それでは、私は帰ります」
この時に、一番、多分これ以上ないくらい最高な、明るい別れ文句をショウコは言う。
「また明日、お会いしましょう」
「ええ、また明日」
バンリはお淑やかに返す。
そして、ゼンヒは________
「また明日!次は事務所で!」
「……もちろん」
礼をして、ショウコは別れた。ゼンヒとバンリは家の中に戻っていく。
「苦難は尽きないけど、まあ、前提はクリアしたなら大丈夫かな」
「そうかもな」
「あ」
歩いていると、見知った顔と出会った。
下り坂で、シャルアーが横から合流する。
「今までどこに」
「アテナの使徒はゼンヒに力を授けた後に公園でお昼寝さ」
「あのねえ」
「まあいいじゃないか、恋のキューピットに美味しいところ渡したんだから」
「始末書と報告書を書かないといけなくなったからな。今日は寝ないで相手してもらうよ」
シャルアーは若干嫌な顔をして、逃げるように走り出した。
「あっこら!」
「嫌だー!仕事じゃないなら好きにするー!」
「人をタクシー代わりにしたんだからそれくらいしろー!」
二人の夜も更けていく。
夜空の星は輝き、いつも変わらないその景色は、今度は幸せの色で満たされる。
その幸せを守るための戦いに身を投じる者達の迷いの一節は__________
こうして、光明を見つけ一息付く終わりを見せた。
《後書き》
こんにちは、らんかんです!
シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官を読んでいただき、誠にありがとうございます。
第三章、ゼンヒの過去-セツカ編はこれにて終了しました。ゼンヒ警部補編(前)では10万文字で終わる予定ですとか言ってましたが、20万文字使ってます。倍ですよ倍。長いものを読んでいただき、本当にありがとうございます。一話から追ってくださってる方は、前の分と合わせて50はいってますからね、本当に嬉しい限りです。
さて、そんなシャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官、なんと本編は次の警部補編後半で最終章となります!
えーっ!と思う方もいるかもしれませんが、彼女は特殊な身。リンネとの戦いが展開され、終わった後は流石にお巡りさんのままではいられません!巨悪に負ければそのまま終わるし、勝ったらお巡りさんに専念できないし、この二つじゃない終わり方は碌じゃない可能性が高い!という事があるので、次で本編最終章です。それぞれオリキャラで外伝をやる可能性があります。なので、本編最後まで応援をよろしくお願いします!
ここまで終わったのでせっかくならば高評価(☆9欲しいな!)と感想をいただけるとらんかんのやる気に変換されて執筆スピードとクオリティが上がると思います。よろしくお願いします!ごめんなさい乞食みたいなことして、でもせっかくなら欲しいです!
あとついでにこんなこと頼んで申し訳ないんですけれども、よろしければ別の作品やこの作品などで活かすべく、もし居たら好きなオリキャラがいれば感想に書いてくれると嬉しいです!ゼンヒが好き!ハクジツが好き!ショウコも好き!別に投票をするわけではないので、何人でもいいですよ。場合によってはこのキャラ苦手かも〜、みたいなのも書いていただけると、この作品では展開の都合上反映しにくくはありますが、他の作品で作ったりする時などの役に立つので!
後は、ゼンヒ警部補編がすぐにセツカ編を初めてあれこれしてたせいであいさつが淡白なんですよね〜……これは今更変えても仕方ないかもしれませんが、終わったので改めて感謝などを書き加える形で加筆したいと思います。もし暇があれば見てみてください、近いうちに変わっているかもしれません。
というわけで、次が最終章!気合を入れて最後まで書きます!読了報告が漏れてたら漏らさず見にいくつもりです!
改めまして、シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官、セツカ編はこれにて終了!読んでくださった方々、ありがとうございました!
そしてこれからの応援のほど、よろしくおねがいします!
らんかんより。