シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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Case11:なんてことない日のパトロールの一幕

 ゼンヒは車を停めた。

 

 店に入ると席はかなり空いている。しかめっつらしながらレポート書いてる生徒が多く、ゼンヒのような手ぶらな人間は居なかったのだ。

 

「いらっしゃいませ」

「ああ」

 

 カウンター席の方に座って、彼女はメニュー表を取る。

 

 個人店のようだがそれなりに広く、綺麗な店は売れてるようだ。メニューの多さからもそれが伺えた。

 

「どうしたもんかな」

 

 お腹が空いてるのには違いなく、食欲は湧いているがそれゆえに悩むのが人の性。メニューに目を回してては意味がないが、とりあえず彼女は注文することに。

 

「すいませーん」

「はーい」

 

 アルバイトの生徒がやってきて注文を取る。

 

「えーと、この牛ステーキ250gを一つ、バターロール二個セット二つ、あとコーンポタージュをお願いします」

「バターロールはバターかジャムをお付けできますがいかがいたしますか?」

「何も無しでお願いします」

「承りました」

 

 メモして、復唱して、問題がないことを確認してから店員は下がった。

 

 メニューが来るまでは暇だからと、ゼンヒはスマホの画面を点ける。

 

『先輩、調子どうです?』

 

 と、後輩からのメッセージが来ていた。

 

「『特に何か問題はない、昼飯を食べたらまた巡回する』___よし」

 

 メッセージを送ると、その10秒後に返信が来る。

 

『りょーかいです』

 

 気の抜けた仕事のメッセージだ。それに加えて、もう一つメッセージが。

 

『そういえば結局あの店には行ったんですか?』

『パトロールの方が大事だから行ってない』

『そうですか〜』

『何かあったのか?』

『気になっただけです〜』

 

 やり取りが続く中で、キッチンの方からいい匂いがしてきた。

 

 ステーキの匂いだが、爽やかなソースの香りもする。メニュー表を見直してみると、そこには"爽やか和風おろしオニオンソース"がついていることに気づく。

 

(私好みじゃないか!あの爽やかで香ばしく、酸味の中に少々の甘みがあって舌触りもいいソース。それをお肉にかけて、ああ……いかん。危うく礼を失するレベルだ。カウンター席なのだからな、警察としての威厳は保たないと)

 

 涎を垂らして呆けそうになるがそれを首振って正す。

 

 メッセージのやり取りは続いていて、今度は後輩からこんなメッセージが届いた。

 

『そういえば今度またなんか巡査かなんかを駆り出して大規模捜査するみたいですよ』

『そりゃまた。今度はなんだ?また麻取の仕事?』

『警察を用いての宗教施設のガサ入れですよ。シスターフッドが関係してそうって話でしたけど』

 

 トリニティの触ったらやばそうなところに首突っ込む気でいるらしい。

 

 無論、最近事件続きで疲れていたゼンヒは行きたくない。ため息をついては、思ってることを書く。

 

『行きたくないなあ』

『それじゃ行きたくないって書いておきます?一応志願するかどうか聞いてるらしいので』

『代わりに出しといて』

『はーい』

 

 それで、また話は終わった。

 

 随分と苦労続いて絶えない彼女であるが、そんなメッセージのログすら頭の中から吹っ飛ぶほどの匂いが鼻腔をつく。

 

「お待たせしました〜、牛ステーキとバターロール、そしてコーンポタージュです!」

「ありがとうございます」

 

 そう言って、ゼンヒは自分の目の前に並んだ食事を前にしてスマホをポケットの中に入れる。

 

 ナイフとフォークを取り出して、彼女は食べ始めた。

 

「いただきます」

 

 まずは、コーンポタージュを一杯、スプーンで掬って飲む。

 

(ああ、これいいな。全体的にまろやかな味わいなんだがブロード?野菜の香ばしい味わいか。下味がミルクの下にしっかりついていて美味しいな。多めのコーンも入れたことで、そのぷちぷち感も食感によって味を増幅させている。食ってる感じがするよ、一口でここまでやれるとほんとに食欲が増す)

 

 コーンポタージュに頷きながら、今度はステーキを食べる。付け合わせのフライドポテトに人参のグラッセもついていたが、それよりもまず和風ソースに一切れ取ってから付けて食べる。

 

 彼女は目を見開いて、頬を抑えた。

 

(美味い!これは美味いぞ!肉はジューシー、焼き加減も絶妙で噛めば繊維がわかるくらいには噛んだ時の硬さが最高だ!それにしっかりと油が出て、うまみがはっきりと伝わってくる!何よりも、このソースがその肉に合わせてきているんだ!この爽やかで、匂いよりもさらに過剰に香ばしく辛みを感じる味付けが濃い油と混ざってちょうどいいところまで薄めてくれる!それに油もまた肉自体に味付けされた調味料の残滓が残っているのだろうか、食べているはずなのに舌が刺激に負けて中和するものを欲している)

 

 ゼンヒはそばに置いていたバターロールを取って、それを千切っては一口放り込む。

 

(バターの深く主張のない味わいによってコーンポタージュで火をつけステーキで加速させた香味料を剥ぎ取るようにするとその残穢がバターの味と混ざり合って、食事という歴史を一つにまとめるわけだ。いいじゃないかこの店!気に入ったぞ、この工程を繰り返す素晴らしさは、そう簡単に共感できるものでないだろう)

 

 たかが外食ひとつでそこまでのプライドを持つのはどうかとも思われそうだが、何かに饒舌になれる人生ほど最高なものはない。片側面からは呪いとなるが、その反対側には人の形をした歴史という雄大な景色が広がるのだから。

 

 彼女にとってそれは食事になりつつあるのだろう。それは喜ばしいことだ。

 

 コーンポタージュを飲んで、肉を食べてから、パンをちぎって食べる。たまに肉を食べた後にコーンポタージュを口に含んでそこにパンを一切れ突っ込んでから食べると味と食感のオンパレードで幸福度は増す。

 

(口に全部含む前提ならバゲットあったしそっち頼んでもよかったかもしれないな、硬いままのパンを全ての食材で噛み砕き味を染み込ませ____そうやって強さを挫き、陵辱しながら味を引き出すそんな食べ方も悪くないのかもしれない。だが、今回は味が控えめのものだ。バターロールで正解なのには違いない、はずだ)

 

 ただ繰り返していても、風味というのがこびりつくと味が陳腐なものになる。そうなる前に口の中にある味を一度水で押し流してしまうのだ。水に風味が移って、それでリセットが済む。

 

(幸せを押し流してしまうとまた恋しくなる、そしてまた同じパターンで食べると飽きずに食事が続くものだ)

 

 そうやって食事をしていると、彼女に近づく者が。

 

「失礼、少しいいですか」

「ん?」

 

 声をかけられた方を向くと、そこには店主らしい存在が。

 

 柴関ラーメンの店主がしば犬だが、こっちはどうやらポメラニアン。ポメラニアンの店主はゼンヒの方を向いていた。

 

「警察の方がやってきた、と言われ何かあったのかと思い来たのですが」

「特にこの近辺では何も起こってはないよ。この店で何か通報があったわけではないし、特にそういう噂が立っているわけでもない。パトロール中に腹が減ったのでこうやって立ち寄ったんだ。

 この店のステーキ、美味いよ。焼き方はマスターすれば誰でも大丈夫になるが、このソースの調合だけは他店では真似できない。それにコーンポタージュ、これなかなか手間かけてるでしょ。最高だ」

 

 ゼンヒのそんな態度に、店主は胸を撫で下ろした。

 

「いやあ、よかった。ヴァルキューレの警官に難癖つけられるかと思ってドキドキしましたよ」

「私は最近このエリアの警官を統括する巡査部長として就任した。あ、これ名刺」

 

 一度フォークとナイフを置いてから、彼女は名刺を渡した。

 

「ゼンヒさんって言うんですね」

「そう。で、何か?」

「いえ、もうだいぶ前なのですが一度だけあったので怯えてしまい」

「そうか」

 

 聞けば一昨年のことになるが、ヴァルキューレの中でも特にガラの悪い警官がやってきた。全ての態度において最悪。さらに自分らを優先しなければ店を"捜査"の名目で荒らして他の客にも迷惑をかけていたとのことだった。その後はカンナによって処理され謝罪や弁償があったものの、警官がトラウマになってしまったらしい。

 

 また腐れぶりを耳にするとは、少し頭の痛くなるゼンヒだった。しかし、今こうやって話して互いに悪い人間ではないと彼女と店主、それにアルバイトは和解できている。飯の邪魔をされるという心配は必要ないだろう。

 

 彼女は店主に言う。

 

「もし今度そういう憂き目にあったら教えてくれ。その名刺も見せてもらって構わないし、それには連絡先も載っているから電話口であればすぐに対応するよ」

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ一度ご迷惑をおかけしたようだ。申し訳ない」

 

 互いに会釈してから、また別れて戻る。

 

 彼女が頼んだそれぞれのメニューが半分ほどになった時に、今度はまた食べるサイクルに付け合わせを入れた。

 

「やっぱソースってのは味の調節のためにつけるからステーキ系だと余りがちになるな」

 

 その和風の香ばしく酸味があるソースに野菜をつけて食べる。

 

 この時は脂も落ちていて、逆に爽やかさが増している味わいに。いいサラダを食べているような感じだ。

 

「そうそう、これもステーキの醍醐味だ」

 

 様々な味を楽しみながら、彼女の舌鼓は鳴り続けた。

 

 ただ食事というのは終わりに名残惜しさという残酷さを覗かせる。そんなふうに楽しむ時間も、いずれ終わりを迎える時が来る。

 

 彼女は全てを一片残さず、ソースでさえほぼ空になるほど味わい尽くしてから水を飲んで手を合わせた。

 

「ご馳走様」

 

 その声には少しだけ、寂しさが響く。

 

 ただ在りし日のご馳走にずっとかまけているわけにはいかないのが、警察の……いや、人生というものだろう。彼女はスマホを取り出して、仕事の連絡が来てないかをチェックする。

 

『とりあえず例の大規模捜査については行かないってことで連絡出しておきましたよ』

『ありがとう後輩。書類を代わりに書かせた詫びで何か菓子を買って帰ろう』

『オールドファッション食べたいのでコンビニで買ってきてくれませんか?』

『わかった。でも私も食べたいからコンビニじゃなくて……いくつか他のもセットにして買って帰ろう』

『二人で分けて五個ずつ』

『そこまで食ったら太ってしまうぞ』

 

 そんなやりとりをして、彼女はスマホをポケットに戻して立つ。

 

(美味しかったな。ついでにこの店主の困りごとを解決できるような助けもした、いい1日じゃないか。願わくばこの状態がずっと続いて欲しいが)

 

 人間社会はそうは行かないことを知っているからこそ、飯の名残惜しさよりも悲哀を感じるゼンヒ。だが、この日常をずっと続けるためにも警察がいると思えば、一層やる気も出てくると言うもの。

 

「すいません、お会計をお願いします」

 

 うるさくはないが明るい声でそう言って、レシートを持ってレジの方へ向かう彼女。

 

 この日は平和だった。

 

 彼女は一切武器を持つことなく陽は暮れて、月は輝き、それが銃火によって遮られなかったのだから。

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