シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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リンネのプレリュード

 彼女はレストランにいる。

 

「今日は、曇り空だな」

 

 そう呟く少女が一人。

 

 スーツを着て、足を組み、ハーブティーを飲みながら外の雨を楽しむ少女。

 

 薬物の売買グループ、ギャングのトップである扇堂リンネだ。 

 

(宣戦布告をした以上は、ちゃんと完遂しなければならない。あれだけの人数を持ってしてもシャーレの先生がいるのは想定してなかったな。いや、いずれ対峙するから、仕方ないか)

 

 今、彼女率いる落花堂というギャングは、全面戦争の準備をしている。

 

 セツカの復活に便乗する形で警察の前に現れ、特別暴力対策課やセツカ達と3度ほど交戦し、その二つが交戦状態の時に奇襲したが返り討ちに遭った。

 

 ただ戦力の把握には事欠かない上に、片方の勢力は消えた。代わりにシャーレが割り込んでくることになったが……それでもリンネは当初の目的を達成させるべく、計画を練っている。

 

 彼女は予定を立てながら、リラックスして体と頭を休ませていた。

 

 ゆっくり飲んでいると、彼女の目の前に二人。

 

「すみません、相席よろしいですか?」

「どうぞ」

「よかったですね。席がありましたよ」

 

 そうして相席したい人間が後ろから出てくる。

 

「あ……」

「え……」

 

 その人間に、両方驚いた。

 

 やってきたのはハクジツ、元恋人だ。

 

「し、失礼するね」

「もちろんだよ」

 

 店員の仕事を無駄にしないようにとハクジツは座る。

 

 お冷が出てきてから、そのまま店員は去っていった。

 

「久しぶり、ハクジツ」

「……ええ、久しぶり」

 

 彼女は、少し俯きながら返事をした。

 

「生き返ってまで君の顔を曇らせるような女を、許してほしい」

「気にしないで……あなたのせいではないから」

 

 二人の空気は、前よりもギクシャクしたような空気になっている。

 

 前だったら互いに微笑み、愛おしく名前を呼んで、恋を楽しんでいたのだろう。今はもうそうではない。

 

「久しぶりだね、ハクジツ。私達はこうして出会ったけど、私はもう君の触れることはできない。君を汚してしまうから」

「とっくにもう、貴女の手で汚れている。だから、だから、そんな寂しいことを言わないで」

「でも生き返ってまで恋を成就させるわけにはいかないんだ。君に、幸せになって欲しいから。どこか遠い場所で」

 

 リンネは目を逸らす。

 

 自分は一度死んだ身であり、それゆえに生き返ってまで執着するのは彼女に悪いとまで考えていた。

 

「扇堂リンネという女の真偽関係なくやれることが薬物流通を利用した既存の政治機構の破壊だよ。これが完遂すれば、弱者が政治を変えれる世界が誕生する。それが大事なんだ……これはリンネと言う女が本物でも偽物でも、関係なく革命の旗印として居ればいい。だけど君との恋は違う、私は生き返った以上もうただの人間ではない。だから君とはもう……愛し合うことはできないんだ」

 

 生まれ変わって何度も言ったことを話すリンネだが、それでも相手は納得しようとしていない。

 

「でも記憶を持って生き返った、私を愛してくれることも、全て何もかも覚えていてくれた。今から全て忘れて、ただ私を愛してくれるじゃダメなの……?」

 

 ハクジツの願いだった。

 

 自分も警察を辞めて、どっか遠くへ行って二人で愛し合って暮らすことを望んでいる。それが叶わない願いと知っていながらも、口に出さずにはいられない。たとえそれが、言うたびに喉を裂く悲願であったとしても。

 

「貴女は私の、ただ一つの青春だった。貴女にとってはそうで無かったとしても、私にとってはそうだった。貴女が居てくれればずっと幸せだったの……それでも貴女は、自分が死んじゃうようなことをするの?」

「私にとっても、君は私の青春だった。たった一つ、どれの代わりにもなりはしない、誰も肩代わりできない、そして……もう取り返しのつかない青春だ」

 

 リンネは目を逸らした。

 

 自分でさえ引き裂くような思いだが、今やろうとしていることは彼女達が恋人になる前よりもずっと、やりたかったこと。

 

「そう思ってくれてるんだったら……!もう、もう辞めましょう?私だって警察を辞めて、貴女と一緒に何処かで暮らす。それで、私は嬉しかった……ゼンヒは貴女じゃない、貴女はリンネ、私のことを覚えている、私のことを愛してくれてる、私のことを知っている、生き返った本当のリンネなの!私は貴女に純潔さえあげた、それで良かった、連邦生徒会長の統治とか、先生のただ高尚なだけで上辺の人間だけを救う力で救われるよりも、貴女との、生活で、よかった、の______」

 

 涙を浮かべるハクジツ。その言葉に嘘はない、故に辛い。

 

「……すまない、ハクジツ。私とて救わなければならない人間が山ほどいる。それはもう、法の力ではどうしようもないことだ。私が君と会う前から、ずっと誓っていたことだよ。この世の中を是が非でも改革し、世界を作り直す。そうでもしないと救えない奴がいるままだ」

 

 先生がいる限り、彼の周りは正当化され続ける世界なのを、二人は確信していた。

 

 ハクジツはそんなことよりもリンネとただ二人で暮らせることを望んでいて、そのためには互いに善と悪という立場から離れたいと思っている。そうしてただ二人に戻れば、あの時よりも、もっと綺麗で、美しい青春を送れると信じていたから。 

 

 しかしリンネはその逆で、先生さえ機能しないほど大衆を腐敗させなければ、そんな世界がやってこないと分かっていた。自分たちは政治から見捨てられた存在で、その立場を甘んじて受けていればいつどんな悲劇に巻き込まれるか分からない。ならば、そうならないためにこの世界を破壊して、新たな世界を作るしかないと考えていた。

 

 薬というのはあくまでサブプランに過ぎない。

 

 シャルアーを呼んでしまったあの実験も、この世界の外に出ることができれば、仕組みや姿を理解できると踏んだこそやった。

 

「君と一緒に暮らすには、この世界は不安定すぎる。私だってそうしたい、今やっていることを投げ捨てて君とずっと生活したい。それで幸せだ、けど_____それをして明日を生きてられる保証のない世界だ」

「そんなの、そんなのゼンヒを使い潰せばいいだけの話じゃない!あの女だけじゃない、他の奴らだって使えるやつは沢山いる!」

「ハクジツ」

 

 リンネは、ぽつりぽつりと呟くように言葉を出す。

 

「彼女達は確かに改革になるかもしれない、私もあの少女のやり遂げることは社会を変えると信じている」

「だったらもう良いでしょう!?」

「だけど、それが社会を安定させるかは別の話だ。結局あの男の周りで社会の全てが決まり、あの男を消したとしてもあんな役立たずの集まりでは結局この世界は死滅する。それだけここは不安定過ぎるんだ。内乱によって滅び、外敵によって滅ぶ。根幹を変えるしかない」

 

 この時にはすでに、彼女達に見えているものの差があった。だが、二人はそのすれ違いに気づかない。片方は思い込み、片方は相手に対する過度な信頼を持っているから理解しあえない。

 

「社会は安定するだろう、回るだろう、それだけの力は君の好きなゼンヒにもある」

「あんな女!」

「無理をしなくていいよハクジツ、君が私を好きであることは、ゼンヒに背くことではない」

「な」

 

 自分の仲間さえも売ろうとしてまで自分を愛してくれる彼女を宥めるように首を振り、話を続ける彼女。

 

「そう、ゼンヒには社会を改革できる強さはある。それは私でもあり、憎たらしい話だがセツカでもあり、そして彼女自身が歩んだ末に手に入れた力だからだ。だが、それで文明は安定しないんだ。このままでは滅ぶ、どのような奇跡が起こったとしても。私が行う弱者の救済だって結局は、その場騙しでしかないからね」

「何言って_____」

「はっきり言えば、君にはついてきて欲しくない。君のことは、そうだ、全てが終わった後に迎えに来るよ。それまで、待っててくれないか」

 

 ここから先のことは下手に口に出せない、だからリンネはそう言って相手を抑えようとした。それが出来るわけもなかったが、彼女なりの誠意はそうして出すのが限界であった。

 

 ハクジツは涙を流したまま訴えるが、それでどうにかなる問題でもない。

 

「ここからの戦いは人を殺すのが当たり前になるだろう、そうでなかったとしても、君が死ぬ可能性は十分に高い。だから君に居てほしくない、というのが正直なところでね。君をあの面倒な奴らの人質にしか使えないというのなら、いっそ敵にいて欲しい。君を狙わない、というだけなら出来るから」

 

 リンネは席を立ち、かつて愛していた者へと近寄る。

 

「さあ、君の居場所に戻ってくれ。私はずっと君を愛している。だから、君と今は道を違えてでも私は進むよ。それだけのことだ、たった、それだけの」

 

 もはや言葉さえ失って悲しむことのできないハクジツと_____

 

 唇を重ねた。

 

 互いの温もりなんて感じるはずがなかった。片方はもう泣いていて瞳の暑さに愛している者への感触を取られ、もう片方はエアコンの効いたレストランと、泣いてただ弱っていく相手の体があまりにも冷たくて愛を感じるだけのものはない。

 

 リンネは唇を離し、彼女にクレジットを三万円分を渡してから後ろを向く。

 

「ごめんね、ハクジツ」

「____」

 

 ハクジツは何も言えない。

 

 もう、彼女が縋ってしまう前にと、リンネは歩き始めた。

 

「あ、あの、お客様」

「金はあの女性に渡してある。私のハーブティー代も払ってくれるだろう。急用ができた、すまないな」

「な、ならいいんです」

 

 そう言って、店員も避けて店の出口へと向かう彼女。

 

(そうだ、ハクジツ。君はあの時と同じで弱い。でも、私のことを全部受け入れてくれる優しさは、心の支えになっていたんだ。ただ……こんなことをやっているのは生き残るためにやっていたわけじゃない、本当にそうしたいと願ったからこそやっている)

 

 店を出て、陽の光を腕で遮る。

 

(だから私はやりきってみせる。そして、君の願いを聞かぬまま、走ることを許してくれ________でも、君は私さえ残ってくれていれば、きっと微笑んでくれるだろう?)

 

 珍しく晴れた六月の青空を、リンネは仰ぎ見た。

 

 




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