この日、ゼンヒはゲヘナへと足を運んでいた。
自分の救出に自らも出陣し、それ以前からユリへのサポートをしていたのだ。お礼をしないわけにもいかない。
その話自体はスムーズにアポは取れた。しかし。
「自分と一緒に、か」
「嫌だと思うが政治には嫌が付き物だ、あとでいいもの奢ってやるから文句を言わずに着いてきてくれ」
「仕方ない」
協定を結ぶ判断材料の一つとして、副官にカザミを連れてくることを要求された。
カザミはアリウス過激派の首魁だった存在。興味を持ったのかもしれない。
そうしてやってきたのは、応接室。
「失礼する」
「おお!よくやって来た」
嬉しそうなマコトに、笑顔を浮かべるゼンヒ。
「久しぶり」
「一回別人になってもよく約束を覚えててくれたな。そうだ、私とお前は共犯者だ」
「こんな強い共犯者頼りにしないわけにもいかないから。ほら、カザミも」
「ああ、ども」
「元気そうじゃないか!」
「そうだこれ、マコト達に食ってもらおうと思って」
渡したのはバウムクーヘン。
「これお礼代わりと言ってはあれなんだけど」
「おお、イブキが喜ぶぞ。ありがとう」
「みんなで食べてくれ」
三人揃ってそのままソファに座る。
「内容は聞いているぞ。ゲヘナと協定を結びたいんだってな」
「一時的なものだ。抱えている兵の共有と移動を楽にしたいのと、情報もか」
「だろうと思った」
ある程度電話で話していたことだ。
リンネ率いる落花堂の処理は、とても現行の警察だけでは対処に苦労する。SRTとアリウスの大多数を吸い込んだ以上、ゼンヒの切り札は無数にあるができれば楽をして勝ちたい。その余分なリソースが後世の安定に割けるのは大きい。
「しかしカザミを連れてくるのは相当苦労したんじゃないのか」
「うちのメンバーは全員彼女を信頼しているのでね、さして苦労はしなかった」
「ほう?」
「話を聞く限りセツカを下したのは彼女だ。それに実績を示せ、という脅しでちゃんと難題をクリアした人間に礼儀を欠くのはSRTのメンバーには全く出来ないだろう。連邦に辟易する連中だからな、その恩恵も私は受けている」
「そうだな」
カザミは連れてこられただけなのがちょっと居心地悪く、少しだけそわそわしてコーヒーを飲んでいる。
「では本題に入ろう。このマコト様と協定を結びたい、という話だったな」
「といっても電話口で済む程度の軽い話を無理言ってこっちに来たんだ。バウムクーヘン手渡しの方が誠意は伝わると思ってな」
「内容はさっきも言った通り一定期間の兵と情報の共有だな?」
「ああ」
リンネの組織を壊滅させるためには、自治権を持っている各学園との包囲網を形成することが近道だと考えていた。
ヴァルキューレは確かに連邦生徒会直下の警察組織ではあるのだが、その影響力は非常に少ない。仮に影響力が強まったとしても、自治区に無理に介入することはそれなりの大問題になることは火を見るよりも明らかだった。
その上で、自治区含めた領土に対する動員数が足りないともなれば、やはり協定を結ぶに越したことはないのだという結論に至ったのである。
「当然何かしらの理由があって拒否するならそれで構わない。あくまでこっちはお願いする身だ、強制力はない」
「私が拒否すると思うのか?共犯者が?」
「いいのか?」
「構想を説明してくれるなら、な」
「それはもちろん説明するが____気掛かりなことがあるなら話してくれれば」
「トリニティと手は取るのかどうかは知りたい」
「まだ決まったわけではないが、話は持ちかける予定だ」
素直にゼンヒは話す。
三大マンモス校には当然、話をつける予定だ。トリニティにも話をしに行くが、現在はまだ連絡も取っていない状態。
「そうか。トリニティと、か」
「マコトが良くてもゲヘナに住んでいる人間が良しとするかは分からない、もし協定を結んだ先で住民が暴動を起こせばそちらの身を危険に晒すことになる。前はまだお前個人の協力だったからそれで良かったかもしれないが、今回はそれで対処できるとは思えない」
「キキッ……いや、随分と舐められたものだな」
笑う彼女。
「確かにその危惧は正しい。いくら崇高な革命であろうとも、結局のナショナリズムは政府ではなく大衆が決める。それは誰にも覆しようのない事実だ。ゲヘナは歴史上、トリニティを恨んできたのも変えられない。
しかし、現代のナショナリズムは先生を中心に添えられている。つまりはシャーレ的思想に恭順するように動けば民草は着いてくる。その思想を私物化するようなことをしなければ、な」
この場合における私物化というのは国家がこのナショナリズムを扇動し、冷静さを大衆から欠かせ、その上で国家運営に酷く妨げとなるものを排除することだとマコトは言う。
「そのような動きさえしなければ、我々は味方を失うことはない。ましては、そちらは国家運営組織の中ではまともな方だ。あの狂犬が肩入れするのが外から分かる程度にはな。ヴァルキューレそのものは酷く信頼がないが、お前と率いる者達は実績があり、その上で公安局長に信頼されているという圧倒的なアドバンテージがある。そしてその内部が、腐っていないこともな」
ゼンヒじゃない、二人の視線が合う。
「自分のこと?」
「ああ。ゼンヒが消えた後、取り戻せたのは評価されるべき事だろう。それをアリウスの過激派という政治犯の矯正と共に成し遂げたことは非常に大きい。こちらもトリニティも強く言えない上に手を出せなかった領域を、国家が救った例になる。シャーレ・グローバリズムの先駆者としての立場を、そちらは持っている。救われた側としても、救った側としてもな」
「そうか、自分が」
これが万魔殿の議長の言い草だった。
「故にトリニティと手を組むことは厭わない。むしろそれをする事こそが、現状のゲヘナを強くする道だろう。まあでも、両方と手を組むことは尋常な難易度じゃないぞ。策はあるのか?」
「ある、というかそれが出来たから今こうしているとも言った方がいいのか」
「ほう?」
マコトは楽しそうな目でゼンヒを見る。
見られた方は果たしてこれで読みが合ってるのか、という不安を抱えながら問われた方は答えた。
「お前の知っての通り、例の一件の後様々な組織が参政権を持った。今まではティーパーティの一存だったが、今は救護騎士団も____それこそ、シスターフッドもいる。運のいいことに、そのタイミングで私は一番協力関係を築きにくいシスターフッドとの縁を手に入れた。あまり人のことをこのような場で悪く言いたくはないが、現在今まで執政していた組織が一番弱体化しているのもあって、協定そのものはうまく行くだろう。シスターフッドの理念に背くものでもないし、恩は勝手に売ってしまったから」
「ほほう」
「で、その上でお前個人に借りがあるのもそのシスターフッドだ。お前を言いくるめるのに苦労はするだろうが、それ以上の苦労はないと踏んだから今回の行動に出た」
「まるでトリニティにはさして苦労しないという言い草だな」
「誠意に話せば伝わる土壌はあるし、実際あっちでの事件はそこ3つは解決している。信用問題はクリアしている、と思いたい」
「なるほど、十分に確率があるというわけだな?」
「ああ」
ある程度展望を知っては、頷く彼女。
「分かった。こっちからは協力しよう、何、こちらのことについては気にする必要はない。むしろ真っ先に話をつけにきてくれた分、奴らよりも先んじて動けたという動かない証拠がある。感謝しよう」
「ありがとう、マコト」
三人は立つ。
「これで話は終わりのようだな」
「ああ、必要なことはやり終えた」
「私もあの女が顔を効かせるのは癪だからな、協力するよ」
「ありがとう」
二人は握手して、別れの挨拶に入った。
「このまま帰してはアレだと思って、一つささやかながらプレゼントをしようと思う」
「プレゼント?」
「これだ」
渡されたのは、無期限の食券。メニューは固定のようだ。
「これって」
「うちの食堂のやつだ。美味しいからな、給食」
「助かる」
「カザミも来るだろうと思ってたから、2枚用意した。食っていってくれ」
「ああ、どうも」
ゼンヒとカザミは礼を言う。
「自分が来る、か」
「アリウスだろうが関係なくお前は来る、そう言う人間だと私は知っている」
ポツリと独り言を呟いた彼女に、マコトは伝えた。
「見透かされているようで気味が悪い」
「私は為政者だ、最もカリスマはイブキの方が上だがな。だがそれでいい」
「足元に絡みつかれた気分だ」
どちらも嫌な顔をすることはない。
「じゃ、これで」
「ああ、楽しんでくれ」
「どうも」
そう言って、二人は部屋を出た。
廊下は重厚感がある場所が続く。
「ふぅ、これで一個はどうにかなったな」
「本当に?」
「アレだけちゃんと考えてやったんだ、そうそう裏切りはしない____と、思いたいところだがな」
結局自分たちが少女の群であることを知るならば、情勢よりも感情に左右されることを知っている。それは人の性である。性別によってどちらに重きを置くか、程度の話でしかない。
「ただ、それはあちらだって同様だ。こっちの状況を理解していたとして、仮に敵対するなんて行動は取りはしない。ゲヘナだけの戦力である場合、仮に空崎ヒナが万魔殿に協力するとも思えない。こっちにはSRTとアリウス過激派がいる、仮に過激派が協力せずともSRTのメンバーだけでもかなり威圧感がある。それを分かっているはずだ」
「だといいけど」
「トリニティの方が気がかりなのは確かだが、少なくともこうして約束は取り付けた。あちらだってナショナリズムを理解しないやつだとは思えないから、とりあえずはこのままでいこう。今日はありがとう、カザミ」
「どうして呼ばれたかいまだにはっきり分からないけど、んまあ役に立ったならよかった」
「じゃ飯行くか」
「うん」
こうして二人は食堂へと歩いていく。
なんにせよ貰ったものは使わないとそれこそ失礼に値する。
食堂の匂いに釣られるからか、重厚で同じ景色の続くゲヘナでも迷わずに二人は足を踏み入れたのだった。