ゼンヒはこの日、ある場所へと来ていた。
リンネ率いる落花堂の情報を知り、それを制圧して壊滅させるにはやはり末端からその情報を引き出すのが一番だ。
何人かエンドユーザーを捕まえてはいるものの、厄介な事に“シャーレや連邦生徒会への不審”を煽られて薬物へのめり込み聞こえのいい言葉を言い続ける相手に酔った奴が口を割るわけもなく。
(自分を餌にするしか無いか。あの女の口ぶりからすれば“半分は本物の自分”だからな、私は)
彼女は、変装してある館へとやってきた。
ブラックマーケットの奥にある、中華風の館。端っこにはキマってる奴らがいるが、そいつらに話しかけるよりは直接店員に話しかけた方が怪しまれることは無いだろう。なにしろ、基本ヤク中に興味は持たない。
紅茶を巻いた紙タバコに少し大きめの金色のデュポンライターで火をつけてから中央のカウンターへと向かう。
「いらっしゃい」
「どうも」
この時の服装は夏だがスーツ、だがハットをかぶっていてかつ髪もいつもと大分変わってただ伸ばしただけ。
「お客さんここら辺じゃ見ない顔だね」
「そりゃここに来たのは初めてだからな」
「そのタバコは偽物かい?」
「最近タバコの規制が激しくなっただろ、おかげで喉への刺激がなくてガッカリしている」
「ここで売ってると思ってきたのか」
「今取り扱ってる店に殺到したら独占販売禁止法など理由をつけて禁止してくるに違いないからな、みんなあんまり表立って買いに行けん」
「もっと良いもの扱ってるんだが……」
「と、言うと?」
「そこの末端見りゃ分かるだろ」
タバコも大分やばい代物だが、薬物となればもっとキマる。そう言いたいらしい。
「私はもう少し上品な味を楽しみたいのだがな」
「まあまあ、そう言いなさなんな。お姉さん上品な身なりだからちょっとこっちで対応しよう」
そう言って、カウンターの店員はゼンヒを案内する。
やってきたのは奥の方にある大きな部屋。さらに奥の方にあるデスクに、店員は座った。
「実は私ここの主なんでね。あの中毒者だらけの場所じゃ話せない事は、こっちで話そうと思ってるんだ」
「そうか」
「いや何、お姉さんは色々事情があってここにきたと見た。何か?」
「本当に買いに来ただけだったんだが……まあいい。折角なので聞きたいことを聞いてもいいか?」
帽子を深く被ったまま、彼女は聞く。
「扇堂リンネという女について知っているか」
「あー落花堂の奴ら言ってたな、ボスが帰ってきたって。どうやったかは知らないらしいけど」
「そうか」
「そのリンネと知り合いなのか?」
「知り合いってわけじゃない。ただ、名の知れた大悪党が帰ってきたって話だ。関係してそうなやつに話を聞きたくもなる。新しい薬も出回ってるとも聞いたな」
「新しい薬……ああ輝薬のことか?」
「輝薬?」
知らないふりをしながら、彼女はそれを悟らせずに相手に内容を聞く。
「まあ姉さんの身分じゃ知らないことか。基本ドがつくほどアンダーな奴らがキメてるからな。脳の使用領域が140%上がるって話で、これさえあれば何でもできるって触れ込みで出回ってる。それこそシャーレ所属の生徒さえ下せるとまで言ってた」
「140%も、か。ぶっ壊れないか?」
「当たり前だよ、40%でも出力あげたら人間の身体にガタがくるに決まってる。人間は機械の視点で見たら確かにありえんほど精密で、ありえんほど頑丈だ。だがそれは機械工学の視点から見ればそうだと言うだけだ、生物としたら弱すぎる。身体能力が高くない以上、唯一残った頭脳が使えなくなったらそれでおしまいだ。
それに、仮に効果が40%あがろうが140%上がろうがシャーレには勝てまいよ」
興味深い発言に、ほう、と相槌を打つゼンヒ。ソファに座りながら、相手の言葉の続きを待つ。
「シャーレは権力を持っている、それはいい。権力など人民という名の砂で固められただけの背景に過ぎないから。じゃあ何を恐るべきか?それは学園を超えた連携だ」
「……」
「これが一番大きい。つまりそれができる信頼があった上で、政治という分野で分裂してた天才たちを一つに集約して運用するシステムということだ。社会を作り上げてきたのは天才だが、その天才の信頼を勝ち取るのは容易なことではない。システムのコントロールは当然一つの場所に集約した方が制御しやすい以上、いくら人より頭が回るやつをそれこそ頭数をぱぱっと揃えたところでどうにかなる話でもない」
「賢いな」
「へへ、姉さんもこの話がわかるなら賢いよ」
「かもな」
適当な返事を続けると、相手は自説を垂れ続ける。
「だから天地がひっくり返るでもしない限り、人海戦術は正直役に立たない。だからあの薬を求める奴らはそれを理解してない馬鹿か、理解しててそれでも踊らないとやっていけない奴らってわけなんですな」
「お前はどっちだ」
「私ですかい?そりゃもう、へへ……ああなる前に売り物確保できたからずっとこうしてババアとして死んでいくまでやっていくつもりですぜ。姉さんは?」
「私も依頼で色々回って、老衰して死んでいくのだろう」
「姉さんレベルだったらどの学校でもやっていけそうですけど」
「人殺しばかり、上手くなってしまったからな。もうこの癖は変えられない」
そういえば、とゼンヒは持ってきたケースを取り出す。
「お前がここの主なら話がはやい。この中を見てくれ」
「なんです?」
ケースが無遠慮に開けられる。
そこには、本物の金がいくつかあった。
「これは」
「本物の金だ、真っ当に換金すれば多分食うのに困らない」
「いったいなんでこんなものを」
「少し、頼みたいことがある。輝薬を持ってきてくれないか?」
「それだけだったらこんな金塊要らんでしょう」
「ブラックマーケットの連中は不当な価格まで釣り上げて売る悪癖がある。一発でこれだけ見せれば、そんなことはないだろう」
「姉さんみたいな連中が使うんです?」
「今回の依頼主はその薬を使ってテロを起こすらしい、ありったけを用意したいがそこらへんで足を付けたくないっていう噂だった。そういうわけでテロの準備に莫大な金を振り込まれて、受けざるを得なくなった」
「そういうことか…え、どのくらい必要だ?」
「依頼主は1kgと」
「そっか。まあそれでもだいぶ支払額の方が上回ってるからな……オッケー、ちょっと待って」
そう言って、館の主は部屋の中心近くにあるデスクで色々作業を始めた。薬をとったり調合したり。
それを見計らい、ケースの裏側でゼンヒも作業をする。
「ゆっくりやってくれ、依頼主に怒られたくないからな」
「おう」
ゼンヒが胸ポケットから取り出したのは金色のデュポンライター。
ただ、このライターは最初に取り出したものとは違う。
分解していくと、いくつかのパーツに分かれた。
(相手がこっちを警戒している様子はない。金色のライターも、ケースに入っている金塊の光があるから変に反射している感じもない)
まずライターの本体と蓋の部分を、蓋に該当するパーツを反対側にして装着する。
その次に、蓋の狭い面を開いてから蓋より少し狭いパーツを嵌め込む。
「ああそうだ、小分けしといた方がいいですかね?」
「小分けは人数聞いてない以上分からないから、まとめて一つの袋に入れておいてくれ」
「はーい」
彼女は動じることなく受け答えしながらいじる。
最後に本体ほどある長いバレルを取り付けて、蓋部分だった場所を後ろに引っ張る。
すると、弾頭がカプセル錠の少し特殊な22LR弾が薬室へと押し込まれた。
(本当に効くのかこれ)
「できましたぜ」
「ああ」
声をかけられると、ゼンヒは相手の方を向く。
「とりあえず輝薬1kgを袋に入れて、それを小型の安いバッグに入れました。内ポケットのチャックの中に入れてるんで普通に大丈夫だと思いま……」
店員は言葉を失い、動きを止める。
当然それを見逃すゼンヒではない。
「えっ……」
「おやすみ」
パスッ。
そう、静かな声が黄金の銃が囁いた。
その囁きは相手に当たり、砕け、そして眠りへと誘う。
強い毒は疑念を返す暇も与えず、自らを飲み込んだ慈悲の意識を落とす。
「これはカザミが作った催眠弾だ。硬いカプセルの中に神経毒を入れ、当たった相手に割れたカプセルの破片を押し付けることで切り傷を起こし、その傷から強い神経毒を入れて眠らせる。安心しろ、お前を捕まえることはしない」
黄金の銃を分解してポケットに戻しながら、薄暗いところにあるベッドに寝かせて撃ったやつのデスクを漁る。
今回ゼンヒがここに来たのは、当然売買している場所から落花堂の拠点を割り出すため。
「うーん、この年次計画書は絶対違うだろうし……あ、これか?納入品」
書類をあさっていると、当然納入するための申請書類などが出てくる。
名前だけに飛びついて持って帰ると痛い目を見るため、彼女はちゃんと見た。
「この企業は違う、ああこれも違う、落花堂……あ、これか」
お目当てのものを発見したようだ。
その書類は何処から何を持ってきたのかを、はっきりと書いてある。おそらく落花堂は、店まで持ってくるのを躊躇ってある集積地点から購入者自ら持って帰らせているのだろう。
「これは多分使えるな。よし、これを持って帰るか」
ファイルを主が持ってきたカバンに入れてから、ケースも持って立ち上がる。
他のやつもざっと調べたが、あまり関係のある奴はなさそうだ。
「やはり人間完璧なムーブというものはできないものだな、必ず動きがある以上何かが残る」
立ち去ろうと出口へ向かうと、誰かが部屋の出口へとやってきた。
「あ、お客さん。主人見ませんでした?」
「少し用事があると部屋をちょっと前にここから出て行ったな。私も用事が終わったので失礼しようと思ってる」
「そうでしたか……一体何処に行ったんだろう」
「分からないな」
堂々と嘘を言うゼンヒだが、少しわかりにくいところに隠しておいたおかげで隠そうとする立ち方をしていても話し相手からは伸びてる主人は見えないだろう。そもそも薬物中毒者の煙が大量発生してる館だ、おまけにアンダーグラウンドな場所で暗め、ぱっと見で状況を把握できるものでもない。
「じゃあちょっと別の場所見てきますね」
「会ったらよろしくと伝えておいてくれ」
「はーい」
そうして、二人は別れた。
館を出ると、少し曇り空。
「はあ、随分と曇ってるな」
少し落ち込みながら、ゼンヒは歩いて去る。
彼女が特別暴力対策課の事務所へと辿り着いたのは、夕方のことだった。