トリニティへの協力を取り付けるのは案外簡単だった。
ティーパーティーだけではなく他の組織も関わっている以上は議題を持ち込めば一瞬で拒否されることはそうそうない。
内容は落花堂の内容を共有した上で情報共有・兵士の柔軟な貸し借り・その事件に関わる事態では迅速な対応をするため領地内での行動許可など色々盛った内容。
しかし、この話を持ってきたのがシャーレの先生と特別暴力対策課の連名、挙句一番影響力が強くなっているであろうシスターフッドがこの両者を信頼しているとなれば、組織の代表はともかく、その下に徘徊する派閥争いに明け暮れるだけの見えないチェスごっこしてる奴らが立ち向かえるはずもなかった。
「君には随分暇な会議だったかな?」
「拍子抜けするほど簡単にことが運んだせいで驚きぱなしだ」
そんなゼンヒは何をやっているか。
ティーパーティー幹部が一人、セイアのオープンカーに乗せてもらってる。
彼女の希望で、ゼンヒはあまり乗り気ではなかったがセイアのことを呼び捨てにしていた。
「先生は乗せなくても良かったのか?」
「ミカの心の支えだからね、剥がすわけにもいかないよ」
「優しいな」
「後私もたまにはこう言うことをしてみたい」
「ドライブか」
「かねてより君の楽曲センスは面白いと聞いている」
「後輩には酷評されてる」
「じゃあ流してみるか」
ゼンヒはスマホを繋いでそのまま曲を流す。
男のラップが流れはじめた。
「これは?」
「SOUL'd OUT」
「歌うのが大変そうだな」
「今流してるのは簡単じゃないか、有名だし」
「私感覚鋭いのに日本語も英語も分からなかったが」
「先生が生きてる世界では留学生に聞かせたら日本語も英語も話せ無くなって帰ったという逸話もあるほどだ」
「たまらないね」
なんて会話をしながら、ドライブは続く。
「純粋に頑張っていれば報われる、か。先生もそうだが、君もよくそんなことができる」
「一回急に報われないなって思って全て投げ捨てようとしたけど、投げ捨てたもの全部に足を引っ掛けてしまった」
「もしかして君がいなくなったと報道された時、そうだったのか」
「ああ」
セイアには話しても問題ないだろうと、ゼンヒはあの一件について話す。
いろんな人間が思ったよりも関わってて、人よりも過去が多すぎてパンクしそうだと笑う彼女。
「あのときはみんなに迷惑をかけた。でも、迷惑に思ってくれるほどみんな近かった」
「当時では分からないことも多いからね」
「おかげで学んだことも多かった。彼女が居なければ、見ることもなかった景色も�あったから」
それこそ下層の人達を見たのは、セツカが居たからだと彼女は思ってる。
「ああいう人達を救うには多分警察じゃ出来ないけど、それでも治安を守らないと行政は動きようがない」
「だから君は戦うのか」
「そのための共同戦線の設定だ。先生だってそれを承知で協力してくれているんだ」
「彼はちゃんとした理由があるなら何も言わずに手伝ってくれるよ、そういう男だ」
「そっか」
曲はもう二曲流れ終えた。
それだけの時間を潰せる話題を、今度はセイアから出す。
「そういえば君は学園の方にはあんまり顔を出してなかったね。どうかな?改めて、というか初めてじゃないかな。君もちゃんとした立場でここに来たのは」
「まるで巡査部長の時がちゃんとした立場じゃないみたいな」
「あのときは君も疑われてたからね」
「あ〜……そうだった」
「折角なら今の印象が欲しいかな、って」
セイアにそう言われて、考える。
「うーん。何と言ったらいいんだろうか、割と息苦しい」
そう答えるからには、いくつか言える要素があった。
まず一つは視線だろうか。
彼女達が好奇の目に晒された、というわけではなかったが視線が自分を通り越してあちこちに刺さっていたのは事実だ。それも敵意が。
責任者達は優雅な茶会をしていて、それに混ぜてもらっている身ではあったものの後ろにある者たちへの視線が痛い。何よりそれを確認することもできず、慣れないもので萎縮したのは確かだ。
「いわゆるステレオタイプの偏見じゃなくて、本当にそんな感じだった。普通人間はああいう場じゃどこか緊張してたりするし、そうでなかったとしても仕事相手を見ているものだ。シスターフッドは声だけで人の機微を読み取れると聞いたし、実際お首にも出ないけどあの特有の見透かされてる感じはいまだに慣れないけど……それでも相手は見ているものだ。為政者は足を掬われないためにすること、当たり前のことだと思ってた」
だが、彼女たちなんて気にしない、もはや目に入っているか疑わしいくらいの敵意が渦巻いていた。
あれが派閥争いの空気なのか、そう思うと流石のゼンヒも少し恐怖を抱く。
「そうか、君にはあの空気は重すぎたか」
「恥ずかしながら」
「恥ずかしがることはない。あの手の場を苦手とする人間は少なくない、ましてや君の部下はともかく君自身はそういうのを知らなかったんだ。慣れていくしかないさ」
「今回の話を取り付けるのにシスターフッドの力を借りっぱなしで」
「そのシスターフッドもああいう場では、下の子達は君と同じ気持ちだったみたいだ」
無理もない。
ユスティナ云々はともかく、今はその時代からだいぶ経っている。
武力や結束力、つまり組織としてのパワーはあまり落ちてはいないが、シスターフッドは一度政治から身を引いている以上はそんな交渉の場に慣れていないシスターも多い。
「君と同じ気持ちだったはずだが、やはり迎える側ということで強気になっていた子も見受けられた。あとでサクラコに言っておかないとな」
「大丈夫、うちの部下がなんとかするはず。お礼を言うなりなんなりするし」
「よほど信頼があるのだな」
「仮に言い渋っててもショウコから雪崩れ込むに決まってる」
「ほほう、彼女が?」
「ああ」
せっかくだから、と自慢するようにゼンヒは彼女のことを話す。
「自分が落ち込んでいた時に励ましていたのは彼女ですし、私がいない間空中分解せず運営できたのはユリの手腕もありましたがショウコのサポートもあってのことだった。色々あってハクジツも限界になって大暴走した時も、彼女さえショウコのことを認めるほどでしたから」
「いいな、そういうことを擦り合わせられる人間は貴重だ」
「セイアに取っての二人は?」
「ミカが引っ掻き回すことで成り立っているが、それでもまだ足りないな。いや、ほんとは持っていたんだ。持っていて、派閥争いの中で落としてそのままなんだ。先生と一緒に探している」
「そっか」
少しシートに体を埋めるようにして、外を見る。
クラシックの五文字で片付けるしかない建物が続いている。仕事で来ている上に、見慣れたせいで飽きてしまうようだ。
「そういえばこのドライブは君の家まで送り届けるって話だったね。そろそろかな?」
「この道まっすぐ行けば坂で、その入り口近くにある」
「いいね」
外は少し曇り模様。
「最後に聞いておきたいことがある。いいかな?」
「何か」
「いや、大したことじゃない。先生のことどう思ってる?」
「先生、か」
彼女にはあまり馴染みのない人間だ。
先生と関わっていたのは一番であればカンナだし、もっと近くに絞るならそれこそシャルアーなど仕事の近くにはいない感じ。
それがゼンヒの所感である。
「君から見て、彼は悪く見えているかい?」
「わからない」
「そうか」
COZMIC TRAVELなんてトリニティの敷地内で絶対流れないはずの曲が道を賑やかす。
「私は彼じゃないし、それが悪か正義かなんて保証もない。彼の恩恵を受けているとは言い難いし、その恩恵を受けている人間の言うことも分からない」
「なら、私達を殺したらいいことがあると思うかい?」
「それはない」
はっきりと返す。
「誰かを殺すことで政治が変わるなら、人々はその手段を持って変わっていくだろう。そしてそれは短期的な解決になったとしても、長期的な解決にならない。民衆は思っているほど賢くなければ、愚かでもない。その塩梅は時代によって変わる、政治とはそう言うものだから、関わる立場にない以上私はどうこう言えない。
それでも殺して変えることは、その時の長が殺されないように周りを固めるだろうし、もしそんなことが起これば一層対立構造が深まってしまう。人々は感情によって生きているから、それを煽った誰かの思い通りになる。それが一人でも関係ない」
「ゼンヒ」
「だから私は、必ずリンネを捕まえないといけない。彼女が火の手を上げようとしている対立構造は、必ず埋められる。彼女さえ沈黙すれば時間は出来るはずだと信じて」
思ったよりも時間が残されてないかもしれない、という焦りを彼女よりも生き、政治学に長けているセイアが感じ取れないわけもなかった。
「そうか、そうだね。君の言うとおりだ。SRTもアリウス過激派も、君は手を差し伸べた。差し伸べるまでが長いのに、その後も君は運用する形で保護した。そこに関しては私も認めてるし、過激派に関しては借りと言う形で利用させてもらってるよ」
「借りなのに利用されているのも、内政の札の使い方か」
「すべては相対性のうちにある、そう言わないか?」
「そうだな」
走っていれば、目的地には辿り着く。
坂の上の方で車は止まった。
そこは今はゼンヒもたまに変える居場所、そして彼女が変わった場所でもあった。
「今日は休みだからバンリもいるはずだ。たくさん甘えようかな」
「いいね。私もせっかくだから文句を言って、二人に甘えよう」
「いいなそれ」
「ふふ」
互いに笑って、別れの返事をする。
「そうだ、最後に一つ」
「なんだ」
「私は最近車を扱うことに快感を覚えていてね。何かいいところないか?走れる場所」
「すぐには無理だけど、後輩のハクジツならいいところ知ってるかも。言っておくよ」
「あとバンリにもよろしく言っておいてくれ」
「わかった」
「じゃ」
そう言って、セイアは坂を下っていった。
見送ったゼンヒは、そのまま背伸びをする。
(そうだよな。そうやって楽しめてるのは経緯こそ先生のおかげでも、楽しんでいるのは自分の意思だ。その意思が溢れてるから、それを消したくないのも、一つだ)
彼女は振り返り、ドアに鍵を入れて回し入っていく。
「ただいま」
元気な声が響いた。