特別暴力対策課事務所。
今は夜。
装備をちゃんとした場所に戻して、ゼンヒはやって来た。
「あ、おかえりなさい。リーダー」
「ああ」
「随分お疲れのようですな、持ちましょか?」
「頼む」
部下にコートを代わりに掛けてもらって、バーの方のカウンターに座る。
「会議がだいぶ長引いたようですね。どうでした?」
「今回戦闘した相手の情報を共有しただけだが、いかんせん説明する相手が多すぎてこの様だ」
「そりゃ大変だったでしょ。今日はもう帰った方が良いんじゃないです?」
「そうしたいが出来ない。資料とかも作らないといけないし、流石に今回の案件が多すぎるが一応公務員だ。そこらへんは怠れない。私じゃないと書けない書類が多すぎるから。ショウコとユリにも任せられない」
「大変大変」
『Stop the Time,Shout it Out,我慢できない』
少しだけ時代を感じさせるギターとエフェクト。そして男の歌声が響く。
「じゃ、なんか作ります?」
「……ああ、あの。アイリッシュコーヒー_____」
反応が鈍い。
全体的に力が抜けているのもあるが、声にも覇気がない。いつもありまくりなのも困るが、それにしても可愛い寄りの声になってる。疲れで声が出ないから、上擦ったものになるのだろうか。
『丁度風の無い海のように』
対応している部下も流石にそんなリーダーが珍しいのか、眺めて見たくもなるが黙って頼まれたアイリッシュコーヒーを作ることに。
(俯いているから寝てるのか寝てないのかわからない。今は多分争ってるから逆に心地いい音出して寝かせておいてあげましょ)
作ったアイリッシュコーヒーは自分で飲めばいい、そう思った部下はバーで働いていたのかと思われるほどの手捌きで進める。
コーヒー淹れながらクリーム作りながらウィスキーを燃やしながらグラスをあっためておく。
「お、やってる?」
「うぃっす」
「いいね」
やって来たのはショウコだ。
「何にします?」
「あまり物になんかなかった?魚」
「ああカルパッチョなら」
「んじゃそれとライス大盛り」
「ライスなのか……」
「魚がおかずだとご飯じゃないと落ち着かないよねえ」
「まあそっか。用意しますわ」
部下はコーヒーを待っている間に、カルパッチョを出して醤油も出して、別のやつが炊いていたご飯を出す。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
そのまま醤油瓶のほとんどをぶっかけて食べ始めるショウコ。
健康とかカルパッチョを知らない、ただの生魚を米と食いたいだけの暴食女が誕生。果たして醤油を飲みに来たのかと勘違いするような匂いも気にせず突っ込むように食べてる彼女に引きながら、部下はアイリッシュコーヒーを仕上げる。
「よし、これでOK。リーダー出来ましたよ」
カウンターの方へ回って、ゼンヒを揺するが彼女は起きない。
「うーんやっぱ寝ちゃってるかあ」
「起こさなくても良いんじゃない」
「いやでもこのままだと」
「あとで掛け布団でも掛けとくよ」
「たんのます」
アイリッシュコーヒーは部下がそのままいただくことにした。最近は冷え込むのか、なかなか温かいものが沁みる様子。
「しかしショウコさんもお忙しいみたいで。腹が減るくらい何やってたんですか」
「そりゃ書類仕事だよ。任せれるところは任せてもらってるからね、経理とかだったし」
「戦闘もできるんでしょ?キャリアウーマンって感じ」
「それはカンナ局長のためにある言葉だ」
「そうですか……」
ゆっくりとした時間が流れる。
今回の乱戦を解決して、落ち着いてこの時間。もう23時以降に回っているのだから、力尽きて眠っても不思議ではない。
「そう言えばさ、他の人見てない?」
「ユリ隊長はシャワー浴びに向かいましたよ」
「あー他は?なんか来訪者が来たとか」
「まさか。待機班だったけど、なんもなかったですよ」
「そっか……」
「何か?」
ショウコは首を振り、ただの確認だと口にして食べ続ける。
「いや、こんなに煩雑しているし気疲れしているんだろう。変に紛れ込んでいるんじゃないかって気にもなる」
「そりゃ大変ですなあ。でも大丈夫ですよ、警備システムは機能してますし、今は恩義感じた過激派……じゃなかった特別技術課の人達だって常駐している」
「今そんな名前だったね」
「そうそう。少なくとも真っ当な戸籍と仕事を与えれば人間ってあんな素直になるんだなあと」
「いつかの私達みたいだ」
カザミ率いるアリウス過激派のうち生き残ったメンバーは、今は公安局直轄特別技術課として名前と仕事を与えられている。
主な仕事は武器や装備の開発であり、銃弾であっても効果的に効く麻酔などを上手いこと作っては特暴課へと流してそれで制圧力を強化。
対テロの強力なバックアップとして、アリウスの技術は社会に活かされつつあった。
「SRTの有用性を初めて示した事件の時にはこんなことになるとは思っていなかったよ。まさか薬物を流すギャングが実在して、敵になるとは思わなかったから」
「本当に状況って目まぐるしく変わりますねえ」
「そうそう」
お互いに世間話をするような空間。
そこで、さらにもう一人やってきた。
「やってる?」
「お?シャルアーじゃん」
シャルアー・ドーンが登場した。
「ああ、ショウコ」
「シャーレの方に行ってるもんだと思ってて」
「先生は最近席を開けてるよ。なんでもアリウスの方で問題があったとかなんとかで」
「へえ」
「まあ、あんまり大事にはならんとは言ってたから」
本来のブルーアーカイブではオラトリオ編、と呼ばれるものだろう。
しかしこのキヴォトスではあんな飾らなすぎる上に高笑いするような性格の先生とアリウスの中でも過激派が率先して行動したせいで、学園の注目度が上昇。
加えてヴァルキューレなどがその技術に注目してスカウトを試みてるなどキヴォトス社会からの援助が強まっているので、ちょっとした話し合いする程度にとどまっていた。
「なにしろベアトリーチェなる女の被害をどうするかで頭を悩ませているからな、それらの更生プログラムの用意などで苦戦している」
「先生も頑張っているんだなあ」
「曰く『こう言う社会活動に全力を出すのも弱者からのレスポンスを強めるから福祉の土台になる』だそうだ。まるで“政治家の”先生だな」
「政治家は嫌いかい?」
「それが役に立たないところから来たからな。なんか酒くれ」
「無いですよ」
「じゃあなんか炭酸くれ」
「コーラをどうぞ」
出されたのは500mlのコーラ。
シャルアーはそれを飲みつつ、近況を話す。
「まあそんな感じだから、しばらくはそっちについてちゃんと援助できないかもって言うのを伝えに来たんだ」
「先生は普通にやるべきことをやってくれている方が有難いかもね。邪魔とかじゃなくて、いつも通りに機能していることが何よりも安心の材料になるから」
「そうそう。連邦生徒会長のようにふらっと消え去るとかがなければ、それでいいんだ。どんな人間でも」
部下も頷きながら肯定する。
話が続く中、コーラを飲んでいる方は一つ疑問を口にした。
「で、なんでB’zの曲が流れてるんだ?」
「ああこれ?趣味」
「なるほどなあ」
「知ってるんですか?」
「何で有名なユニットだからな。今流れてるのはZeroか」
「そうそう」
何かを思い出したらしいシャルアーは口にする。
「懐かしいな。それが好きなやつと戦ったことがある」
「へえ」
「そいつも刀を持っていた。その時にはセツカが行方不明になった後の話だったから、大層驚いたぞ。確か刑事だとか言っていたが、本当にそうかは分からない」
「そんなことがあったんだ」
少なくとも近接戦闘が得意な奴がそこまで多く無いキヴォトスで、しかも刀というほぼ専用道具を扱える奴がセツカ以外に居た。
だが、その話を聞いてもあまり驚いていない二人。
「なんかテキトーだな。まるで知っているような」
「知らないよ」
「うーん存じ上げない」
「そっか」
まあ、与太話に近いものな。そう自分を納得させた彼女はコーラをもう一口飲んでから立ち上がった。
「客室あるんだろ、一部屋借りるぞ」
「どうぞ。今日は他に泊まってるやついないんで」
「ああ」
そのままシャルアーは一階の奥の方へと向かっていった。
残ったのは未だ起きないゼンヒと、ショウコと部下。
ショウコは貰ったものを綺麗さっぱり食べ終わっており、ご馳走様と言った後にカウンターの方に皿を重ねて返した。
「美味しかったよ」
「それはよかった」
そろそろ寝ている人間の邪魔をしないよう曲を止めた部下は、立った彼女を見送ることにした。
「仕事に戻るんで?」
「いや。仕事そのものは明日に回して、必要な情報だけまとめてから寝るよ。そうじゃないとミスしちゃいそう」
「いい判断。まあ仮に遅れたとしても、きっとカンナ局長なら分かってくれますよ」
「素直に経理とかの増員頼もうかな……んじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
歩き出したショウコ。
足音はそこまで響かないが、なにしろ今回は人がいないせいで鮮明に聞こえてくる。
「あ、そうだ」
バーの入り口で彼女は振り返った。
部下に何か思うところがあったのだろうか、それを口にする。
「元気そうでよかった」
聞こえた後に、さらに追加の言葉を贈る。
だが、その言葉はゼンヒには聞こえず、また他の人間にしても意味がない言葉だ。
受け取った側も目を逸らしながら、返す言葉を口にした。
「しばらく相手の方はゲマトリアの方の対策に奔走するはずだから時間は取れる。安心して寝ろ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
そう言って、ショウコは安心して眠りの園へと踏み出した。
今残っているのは部下とゼンヒのみ。可愛い寝顔以外に特に今はない。
「これが魔性の女ということか」
部下は、ちょっとした変装を取る。
それは、いつか彼女と言い合いし、ショウコと知り合い、シャルアーと鍔迫り合った女だった。
「世界は変わっていってんだな、良くも悪くも」
感傷に浸りながら、歩いて行った。
もう既に深夜、人々は眠りについている。
その時間を練り歩く、少女が一人。
ゲヘナ気取りの街を歩いて去った。