ユメを掬うように、翼の柱が彼女を覆って持ち上げる。
一瞬の出来事かつ下から生えてきたのか、全員安全回避で飛び退いて、距離を取って構える。
「いやあ、随分と派手に暴れたねえ」
「お前は!」
翼の柱が大小連なり、幾つも生えてきて、そのうちの一柱に座ってる少女が一人。
薄紅色の長髪に、スーツ姿。
「リンネ!」
「御名答、覚えててくれて嬉しいよ」
扇堂リンネだ。
「私の協力者に三人がかりで勝てない、とは……やはり梔子ユメは強いな」
「離して!その人は私の!」
「梔子ユメはそれを望まない、故に返すことはできない」
ゼンヒは有無を言わずに拳銃を撃つが、羽に弾かれる。
「くそっ!」
「無駄だ。大体好き勝手動けるこっちに、まともに当てようとするのが間違いだよ」
「随分と余裕そうじゃないか……!」
ゼンヒはふらついている。
怪我を処置したわけでもないので、当然と言えば当然。
「ぐあ」
「ゼンヒ!」
シャルアーは彼女を抱えて、一緒に上を見る。
「シャルアー・ドーン。確か異世界からやってきたはずだが、どうして全力を出さない?出さないとユメには勝てない」
「私一人で戦ってるわけじゃないし、出すには危ないからな。だが、そのせいで彼女に遅れをとったのは認めてやる」
「おお、随分と潔い。その意地は認めてあげよう」
さて、今回はもう一人いる。
小鳥遊ホシノだ。
「お前はなんでユメ先輩と一緒にいる!どうして、どうして先輩を誑かす!」
「誑かす?失礼な。私と彼女はちゃんとした協力関係にある。それ以上でもそれ以下でもないし、彼女の心は君にある。それは保証してあげよう」
疑心暗鬼のままショットガンの銃口を向けるホシノ。
だがリンネはそれに動じない。優雅に、寛ぎながら話した。
「梔子ユメはお前をこの件に巻き込むことこそ肝要だと言っていた。私もその通りだと思って、今回手配したんだ」
「何を!」
「君が愛してやまない先生というアイドルを徹底的に破壊するためにね」
彼女は笑う。
「この翼の柱は、全部浮浪者や犯罪者、身寄りのない少女達が自ら好んでリソースとなって土に還り、生まれたものだ。かつての砂狼シロコのような少女達、と言えば伝わるかな?」
「ゲマトリアの手先……!」
チッチッチ。
舌を鳴らして、リンネは否定した。
彼女の懐から、薬が入った袋が出てくる。
「この薬、名を輝薬という。これは服用者に快楽と圧倒的な脳のリソース解放によって性能を底上げする機能がある」
ゼンヒ達が追っていた、薬。
それをホシノにも見せつけている。
「仕組みについては話していなかったからここで話すとしよう。この薬は、神秘の加護のうち特定の昨日を外すことによって身体能力の向上を果たす」
神秘の加護を外す。
キヴォトス最高の神秘を持っていても、その全容がまだ分かってないホシノさえ置いていくような言い草を、彼女はした。
「神秘に幾つか機能がある。代表的なもので言えば『銃弾や鉄骨に耐える物理性能』や『傷の治りが非常に早い』ことだろう。もっと高性能になれば『特殊能力の発生』もあるが……私のは最初の機能の設定をいくつか外すことによってそれを達成している」
「なんだって……!?」
「正確には“体内組織の明確な臓器・筋肉組織の分別を行う神秘リソースのコントロール”を停止、既存の組織にリソースを全振りして活動させるのがこの薬の効能だよ」
つまり、輝薬は“DNAや神秘によって制御されている体内組織のリミッターを機能不全にし、神秘における再生力の元になるリソースをフル稼働で入れ続ける”シロモノだ。
「まあ、理解してもらわずとも構わない。そう言った自分の形を崩すものを売り捌いて私は革命を起こそうとしているんだよ。その快楽と手に入れた力で強者を蹂躙し、自分の弱さや絶望的な現実を破壊して、それを見続けないように自分さえも消し去る。その快楽と自滅が、彼女達が唯一救われる手段であり、社会に一矢報いる方法なんだね」
リンネは穏やかに言い切ったが、当然聞いている方はふざけているのかと怒りが込み上げてくる。
「そんなのにユメ先輩は靡かない!」
「彼女個人はその通りだが、そこで思考が止まってしまうのが救世主依存症の最たる弱さだよ」
ホシノの事を罵倒し、彼女は笑う。
「確かに彼女は君の最高の相棒で、この程度のものを見抜いては靡くような感性はしていない。だけど彼女は浮浪者達の痛みも苦しみも知っていて、それを救うためには社会に訴えるしかないと思っている。そしてその手段のために、今回の事件で私に協力したんだよ」
「仮にそんなことしても大きな変化はないはず」
「あるんだよ」
リンネは言い切った。
冷たい表情で、足を組み、見下す声。
「その為に今回、わざわざ小鳥遊ホシノを呼び寄せたんだ。ゼンヒとシャルアーが居たせいで酷く混乱させるには至らないが、それでも彼女がここに来るだけで意義はあった」
「何の、ために?」
ホシノは、少し怯みながらも問う。
「それはシャーレのメンバーの、さらに重要人物を動揺させ、この現状を認知し、波紋を起こすことにある」
もう少し、寝そべるように、それでいて美しい姿勢で彼女は口にする。
「シャーレのメンバーと私達が衝突すれば、連邦生徒会も、クロノススクールのメンバーも、全員この事件に注目して取り上げる。その中で今さっき伝えた事が残っていれば、連邦生徒会は対処するしかなくなる」
「だけど今残ってるのは化け物だ!」
「言っただろう?この翼の柱は、浮浪者達で作られた狂気のリソースだと」
リンネの狂いは止まらない。
「嘘を言っても仕方ないし、本気で言ったとすれば信用を失っている連邦は大打撃を受けることになる。不知火カヤの件で相当な痛手を追っていて、それもまだ十全に治っていない状態。下手に討伐しようとすれば人を殺すのかと糾弾され、動かずにいれば見殺しにするのかと責められる。そのうちに政府は機能不全に陥るし、私が捕まるまでにその波は止まらなくなって、革命が達成される」
シャーレがもし解決しようとすれば、その時はすでに先生という肩書きが無くなるに等しい行為をすることになるだろう。
人でなくなった人を殺し、それで多人数を救った時点で正義を振り翳すことはできなくなる。だが達成すれば求心力の急激な成長をコントロールできなくなり、結果的に救世主と機能しなくなった連邦生徒会の代わりに独裁政権の樹立が大衆の意思でなし崩し的に達成される。
こうなれば救えなかったものに先生は苦しみ、もう二度と苦しみを味合わせないための強行手段も辞さなくなる。大人のカードも、出し惜しみはしなくなる。
これが何を意味するか。
そう、プレナパテスの完成だ。
「この波を作るためには、実際に交戦記録を残す必要があった。小鳥遊ホシノ、そのために彼女は戦ったんだよ」
リンネの計画は、大胆かつ緻密という言葉が一番似合うほどの仕組みだった。
革命において大事なのは大衆である、という王道かつ唯一絶対の定義を一度も踏み外す事なく守り抜いたが故の鋭い切り口。
街中で得体の知れないものを暴れさせ、その正体をシャーレに近しい重要人物に強く認知させ、それを防ぐためには関係の不和に重んじるしかない。しかも、自分の胸のうちに隠すようなタイプの重鎮……であろうホシノに圧を掛けるために、ユメは協力していた。
「いやあ、お見事。これであとは道のりを整えるだけでいい」
勝ち誇った顔をしつつも、別の柱の中で休んでいるユメに目配せした。
「ただまあ、ユメはまだ満足しないようだけど」
「なんだと」
シャルアーが聞く。
「彼女の願いはまだ先にある。革命は確かにもう直ぐで成功するから、私も忠を尽くすとしよう」
リンネは、真面目な顔をしてホシノを見た。
「小鳥遊ホシノ」
ホシノは、彼女を見る。
「彼女が生き返ったのはそこにいる扇皇ゼンヒ、私ではないもう一人の遺伝子がやった事だ」
「……」
「彼女はお前との決着を望んでいる。復活してしまった意味と、その命を返す方法を探しているんだ」
「どういう意味」
「そのままの意味だ。殺す殺さないは置いておくが、彼女はともかく君と納得できる何かを探しているんだ。そのために今まで生きてきたと言っていい」
翼の柱は、地面へと還っていく。
「これは宣告だ。近いうちに、大規模な軍事行動……いや、クーデターが起きるだろう。それに乗じて、いや、もしかしたら先んじて私も彼女も戦場に出る。その時が決着の時だ」
リンネも、その柱に呑まれていく。
「ゼンヒと私も、その時に決着を付けるとしよう」
その言葉を最後に、この騒乱は幕を閉じる。
彼女は柱の中に消え、柱はまた地面へと消えていった。
残されたのは三人。
「流石にタイミングが悪かった、やられたな」
「……」
ホシノを、残り二人は見る。
「_____すまない、勝手に巻き込んで」
「大丈夫、私は逃げない。いや、みんなで立ち向かうよ。ユメ先輩が相手でも、あの翼が誰かの犠牲で成り立っていても。きっと、見逃すことが一番ダメだと思うから」
彼女は強い。いや、強くなっている。
心配する必要がなさそうだ。
そう思っているゼンヒだが、スマホに呼び出されて正気に戻った。
《リーダー!大丈夫ですか!》
「ユリか」
《今どんな状態です!?》
「対象には逃げられたし、流石にこれ以上戦えない。至急回収を頼む。ホシノとシャルアーと私で三名だ」
《分かりました!今すぐ向かいます!》
これで連絡は終わりだ。
「はて、ここからだな。どうやって奴を捕まえtる、か……」
流石に失血でへたり込むゼンヒ。
ホシノが急いで支えて、急激な衝撃はこなかったようだ。
「すま、ない」
「怪我しちゃってるから仕方ない。しばらくはおじさんとシャルアーちゃんで支えるよ」
「助かる……」
後味の悪い引き際だが、少なくともこれで多少は休めるようになった。
次の衝突が最後になるだろう。
叩きのめせなければ、混乱がキヴォトスを征服する。
赤く染まる陽が、最期の日を待ち望むように三人を照りつけていた。