ゼンヒはこの日、他の警察署を見て回る仕事をしていた。
自分の交番を離れて何をやっているんだ、と思われるかもしれないが……巡査部長としては担当地区の巡査が何やってるか確かめるために監査と称して見て回れと言われたのである。
それに気になってることも一つあった、ゼンヒは急ぐようにその仕事をしに出発した。
先日のゲヘナ外れで起こした銃乱射事件。
その際にゼンヒはゼンヒではなく、わかりやすく言えば刑事として見られることなく話題になってしまった。
仕事を始める前に通行人が寄ってきたのを冷たく突き放した。
どう考えてもチンピラではなく、かといって警察でも他の治安維持組織でもない。
しかしやったことはかなり手荒だが、一人の依頼人のために敵を薙ぎ倒した。
そんな見ただけでわかる分の事実が異常に早く広まってしまい、ゲヘナでの事情聴取や書類作成やらが終わった後にもその噂が絶えないでいる。
『この世には正義を人知れず成す存在がいる』
なんて、まるでヒーローが居るかのように言われてたのだから。
(絶対私のせいだけど警察としての仕事やってるだけなんだよな)
かっこよさは認めるが変な味つけるのはやめてほしい、というのが当人の意見。
思い返しているうちにチェックするべき交番の方へやってきた。さほど大きくないが、居心地はいいらしい。
あまり上司面してると反抗してくるやつも多いのが今のヴァルキューレ、せっかくなのでその巷で噂の人間になっていくことにしよう。黒いハットを被って、覆面用の車から出てその交番へと入っていく。
「失礼」
「____ん?」
そのうちの新聞読んでいた生徒が出てくる。
「お前見たことあるぞ、確かゲヘナ校区でアリウスを一人で蹴散らした英雄様じゃないか」
「随分と嫌味を言ってくれる、あんなデカブツで倒せないわけないだろうが」
ヴァルキューレの警察は、それが巡査部長のゼンヒであることに気づいていない。そもそもゼンヒであるのも暴れたやべーやつであるのも両方事実なのだから、普通にしてたら気づかないのが普通だろう。
「して、その英雄様は一体どういう要件で来たんだ?」
「噂を広めたバカにちょいと忠告をしようと思ってな。私はあまり噂されるのは好きではない。それも、一部はこの学園の生徒が広めた噂のようだ」
ゼンヒは自分のスマホで、該当するモモトークのポストを見せた。
《この少女こそが希望!ヴァルキューレにはこのような生徒が上に立つべきだ!》
「これを広めたのは君だろう」
「なっ」
カウンターにスマホを放り投げてゼンヒは迫った。
「いいか。君たちは正義の警察だろう、こんなことを言って私に足枷をくれてやるしか縛る力がないのかね?」
「ち違う!そうだ、私はお前を望んでいる!本当だ!」
「落ち着いて話をしたまえ。捲し立てるような話し方で感情的な解決法しか望めん人間は今ここで建物ごと蜂の巣にしてやってもいいんだぞ」
「本当だよ!だから頼む!殺さないでくれ」
「じゃあ一度、そこのカウンターの席に座れ。下にある拳銃を持って、私に向けてくれてもいい」
アリウスの小隊を一人で潰したというとんでもない成果は、彼女の威圧感を強めたらしい。警官はすぐに武装を解除して、手を両方カウンターの上に置きつつ座った。
「殊勝な心がけだ。いいか?まずお前は深呼吸しろ。それからゆっくり話そうじゃないか」
彼女も椅子に座って、カウンターの向こうの警官をハットの陰から覗く。
ゆっくり息を吸い、吐いてを5回ほど繰り返した警官はゼンヒを見つめた。
「よし、これで互いに話せるようになったな」
「な、なあ。答えを間違えたら殺すなんてことはしないよな?」
「私は武器を持たないと証明し続ける君の誠意に応えなければならない。そんな無粋な真似はしないと約束しよう」
ゼンヒは少しばかり声を和らげて約束してから、元通りの声で聞く。
「改めて聞こう、なんであんな投稿をした?」
「……書いてある通りだ。アタシは今のヴァルキューレを憎んでいる。SRTという大規模な都市を守るための部隊として訓練し、上の都合でSRTは解体されてここに入った。だけどさ、アタシ達が生かされることはなかった」
「それは残念だったな」
「いや、そこは残念に思ってない」
「ほう?」
足を組んでリラックスしてるゼンヒとは大違いで、警官は真面目に語る。
「SRTの扱いを知っているだろう?アタシたちは市民からは"連邦生徒会長の私兵"だとさ。守るはずの市民からそんなことを言われ、挙句それに気を良くした上層部はそれを抑えつけるために飼い殺しにしている」
「そうだろうな。私も聞く範囲では、君みたいな生徒はものを投げつけられると聞いた。その腹いせで市民への弾圧を繰り返していることもな。しかしそれは、君たちも市民であることを伝えてやめるようにデモをするべきではないか?」
「それで奴らはやめない!」
ダン、と机を叩く音が響いた。
そこに悲哀を感じたゼンヒは、嫌味とか言うくらいなら最初から面倒ごと起こすなよ……と思っていた意識を少し改めて相手の話をしっかりと聞くことにする。
その生徒は、絞り出すような、そして迫るような声で続きを話した。
「いいか、市民はそんなんじゃ動かないんだよ!奴らにとっての日常とは好き嫌いが世界の端にある甘い世界だ!アタシ達はその世界を尊びながらも自分の分は抑えて鍛えて、いつかは、やがていつかはって頑張ってきたんだ!その結果がこれだ!元から戦う力もなく、権力もなく、挙げ句の果てには市民からの罵倒!」
「______」
「そうして屈辱の日々を耐えたら今度は先生がやってきた!あいつは何故か死ななくて、おまけに選ばれた生徒はその恩寵を与えられ!そうでなくても元から成功していた人間ばかりで!そのせいで我々はシャーレと比較され要らないものと烙印を押された!アタシたちはどこへ、どこで生きていけばいい……!」
その警官の頬を沿って流れる涙が、部屋の電気に照らされて光る。
彼女たちの状況は悲惨なものだった。
最初こそキヴォトスの住人の安全を願い、厳しい訓練や生活習慣を正すなど年相応以上のことを身につけた彼女達。しかし、連邦生徒会失踪によるSRTの解体でヴァルキューレへと流れた生徒達はそこで酷い目に遭い続けていた。
そもそもまともな活動もしないままただ訓練を繰り返した挙句に空中分解したSRT、他の誰もがその存在を管理できないことがあったがそれは脚色されて"連邦生徒会長の私兵"とみなす人も少なくない。当然武力組織というのは市民にとっては迫害の対象になりやすく、市民があまり死なないキヴォトスに於いてもその風潮はある。
ただSRTはその中でも酷い扱いを受けている。ヴァルキューレが役立たずの一言で片付けられているのは、もっといえば市民でも勝てそうという"優位性"を市民がこれまでの警察の行動から勝手に見出しているからにすぎない。しかしSRTのレッテルである連邦生徒会長の私兵、もっといえば本来のスタンスであるヴァルキューレで対応できない案件を解決するための特殊部隊の運用・育成もその完成度がかえって恐怖を呼ぶことに。
しかもヴァルキューレでは受け入れるのに精一杯でありながら、組織の予算・人員の都合上警察としてのしっかりとした研修を受けさせることなくそのまま巡査からスタート。それも一斉であるため、新しい組織で頑張ろうとしていた純粋な生徒に対する酷い仕打ちとなった。それに加え、ただの成り行きだがSRTを制御してるとアピールしたい上層部によって彼女らは"粗暴で荒くれ非道であること"を強要されるような状態もあったという。真面目に働けば迫害され不当な評価を受け、生き方を強制されたのである。しかし、生きるためには仕方ない、そして失望感から市民に手を出せば当然不満は噴出、彼女らは何をしても咎められる存在へと成り果てていく。
さらに追い打ちをかけるように、シャーレの活躍が彼女達の首を絞めていく。これはSRTの生徒も先生も悪くはない。SRTのRABBIT小隊の活躍などを踏まえれば逆に評価が上がって当然であった。しかし、これは逆に純ヴァルキューレ所属からすれば"ポスト剥奪の危機"であり、尚のことSRTからの編入生を迫害が強まった。もっというのであれば、強くてニューゲームを認めない奴が続出。反SRTを掲げる奴も少なくない。
その果てが、今の彼女のような元SRTのヴァルキューレ警官を生み出していた。
ゼンヒはそれを理解するまで耳を傾けたものの、どうすればいいかなど分かりようがない。相手は自分に対して期待を抱いているが、ともかく一回落ち着いて状況を飲み込んでもらおうと努力する。
「とはいえ、それは私ではどうにもならないことだ。結局それで市民に対する暴行を続けていれば、私と君はいずれ対峙する。そもそも、君たちの扱いをマシにすることもできないだろう」
「そんなことは分かってる!分かってるんだよ!分かってるけど……お前しかいないんだ。アタシたちの状況を変えるような手段を持っているのは!」
「随分と買い被られたな。しかし、私は一人で戦う術しか知らない」
「だがお前の実力があれば!一人であれだけの力があるなら!もっとチームを組めば!」
「安直だな」
あまりに荷が重い話だからとはぐらかそうとしたゼンヒだったが、彼女のことを無碍にするのも忍びない。
ただ、周りを見てみるとその生徒に賛同するものが多くいるのだろう。と言うより、泣いている生徒もいる。比較的この交番ではそういった人間が多いようだ。
「____」
「なあ、お前は……アタシたちの味方だよな?」
「どうとも言えんな。まあ、そうだな」
ちゃんとした返答をしないまま、彼女は思考を巡らせた。
強盗を処理した後日にカンナと話したことを思い出す。
(あまりよろしくない形だが、まあ仕方ないか。派閥争いなんてやってるんだし、今更一派閥増えたところで誰も気には止めないだろう。カンナ局長もそんなことよりキヴォトスの平和を願う人だ)
ゼンヒはハットを被り直して、相手に言う。
「……今すぐには君達を救うことはできん。それでもいいか?」
「____やってくれる、のか?」
「ああ。少し、もしかしたら君達を必要とするかもしれない案件がある」
前のめりになって彼女は話す。
「私が近頃暴れたことは知っているだろう?それもアリウスだ、その中でも精鋭はシャーレが抑えているが当然学園で考えるならごく一部。残っている方の何割かを私は敵に回してしまった。つまり、こう見えて結構ピンチというわけだ。
そこのお巡りさん、悪いけどココアはあるかな?」
「はっはい!」
そばに居た生徒は、急いでココアを淹れに行った。
少し時間はかかるだろう。ゼンヒは、話を続ける。
「正直な話テロリストの集団相手では相当きつい。如何に強大な武器を持っていてもずっと垂れ流しと言うわけにはいかないからな。
そこでだ、近日中もしかしたら君達の力を借りたくなるかもしれない」
「それは本当か!?」
「ああ」
彼女は口角を上げて答える。
「ただ私はこの通り、割と影に生きるものでね。そこでメッセンジャーとして、この名刺の人物を頼って欲しい」
そう言って、彼女は自分の名刺を差し出した。とはいえ今ヴァルキューレの、しかもキャリア組の生徒だとバレれば今までの話が無かったことになる恐れがあるので他人のように自分を紹介した。
「知っているだろう?扇皇 ゼンヒという者だ。表彰もされた素晴らしい警官だが、実はこの少女は私の知り合いでね。と言うか双子なんだ、かの才羽姉妹みたいにな。彼女の連絡先を教えておくから、そこからの連絡を待て。いずれまた、私から彼女伝でいろいろ依頼を出すよ」
「そっか……うん、わかった!お前のこと信じていいんだな!?」
「ただしこのことは元SRT生以外には伝えるな、君達の実力を最大限発揮するためにもな」
そろそろ話を終えるだろう、机に置いたスマホを持ってからゼンヒは立った。
「それでいいかな?しばらくはこういう武力行為の援助になる、当然私も出来るだけ善き仕事になるように努めるつもりだ。ああそう、しばらくしたらゼンヒがここに来る。彼女も仕事があって回るって言ってたからな、私の事について聞いてもらっても構わない」
「ありがとう、本当にありがとう……!」
「我々は弱き者を救わねばならない。弱き者とは力にあらず、立場にあらず、どう足掻いても避けれぬ悲劇に泣き続ける者のことを指す。とりあえずはゼンヒの言うことを聞くんだぞ」
そう言って彼女は後ろ手を振って、交番から一度出た。
しばらくしてから、もう一度車に戻ってハットを脱いで息をつく。
「本当に何やってるんだか私は。だが、いいチャンスだ。カンナ局長の悲願の一つが、思わぬ形で叶いそうになるんだからな」
ちょっと車を動かして、そこでシートを倒して寝転がる。
____この30分後ぐらいに、今度はちゃんと扇皇ゼンヒとして交番に入った。
性格もさほど変わっていないが、かぶっているもので印象というのはだいぶ変わるのだろう。先程は出来る限りのマフィア感を出してみたが、この時の話し方は結構フランク。結果、彼女をその助けてくれた人だと知らずに、交番勤務の者達は熱烈な歓迎をする。
(……カンナ局長にどう説明しよ)
そう思っても彼女は仕事をしっかりこなす。
その日の監査は、SRT所属の者達がいる場所はスムーズにいったそうだ。