「良くぞたどり着いた」
「リンネェ!」
この神殿は不思議なものだ。
外の生物極まる場所から一転して、本当に神話の1ページに相応しい装飾のオンパレード。古代ギリシャを思わせる椅子や、彫刻……その奥には削り出しの大理石で出来た玉座がある。
そこに座っていたリンネは、入り口まで伸びるレッドカーペットを丁寧に歩いて玉座から彼女達へと近づいた。
「外の人達はとても乱暴なものでね、中々酷いことをする。入り口を破城鎚どころかミサイルで壊すなんて中々どうかしているよ」
「そうまでさせたお前の行いを悔いるべきじゃないのか」
「一理ある」
彼女は笑う。
「あの時にまああらかた必要なことは言った気がするけど、これが本当に最後になるね。だから身の上話でもしようと思うんだ」
「その必要はない」
「まあまあそう言わずに。シャルアーの話とかもしてなかったからね?」
名前を呼ばれた当人は嫌な顔。
「シャルアーは私がこのようなシステム、つまり輝薬から色彩まがいのことをする為の実験中に偶々やってきた存在だ。まあこれはどっかで聞いたとは思うんだが、彼女は神秘を持ち得ないんだ」
「今更謝るつもりか」
「そんな事はしないよ。間違ってるかどうかではなく後悔はしてないんだもの」
シャルアーは大剣を引き抜いて、鋒をリンネに突きつけた。
「怖い怖い……で、話の続きだ。
彼女はどうやら、こっちで呼ばれる色彩に似たようなものを統括するシステムを武器に内蔵していてね。それと神秘がぶつかり合って干渉するせいでどうやら皆と違う様子だった。彼女自体は脆いが決して弱い訳ではない。紺色の終焉が彼女に恨みを持ちながらも手助けしてるようだからね」
何を言ってるかは当事者達にしか分からないが、少なくともシャルアーの武器にはデカグラマトン相当のものが幾つか入っていると、彼女は説明。
「故に本来の人間の組成を知ることもできた。解剖とかは流石にできなかったけど、私達がどう作られているのかを知るためのヒントは出ていたよ。あの時はアリウスに関する情報は出ていなかったし、結局探ろうとしてもゲマトリアの邪魔が入って居たからね」
「そうしてセツカに助けられるまで私のことを調べ尽くした結果が、輝薬って言いたいのか」
「ああ」
彼女は真顔になって、ちゃんと話した。
「あれがあれば、弱者達にとんでもない力を与えられる。それで革命が成功すればあの薬によって自滅の道を歩み、結果それがよくなかった事だと自省し、発生過程の内省と改革が行われる。素晴らしいことだ、その改革される社会から身を引いて、ハクジツと共に暮らす……それが私の夢だ」
「改革というならなぜ政治家になろうとしない!これだけ裏に精通して顔が効くなら、その影響力をもっと良いことに使えたはずだ!」
「バカを言うな!」
リンネは声を荒げる。
「そんなことをしてみろ!連邦生徒会長時代は勿論シャーレは綺麗事を言って上流階級以外の動きを封じる事しかできない!」
「全員が間違いだと言えることを忘れないように叫び続ける正義が言論統制だと言いたいのか!」
「ああそうだ!正しくあること、綺麗であることを説くのはなぜか!?それは先生という存在が権力者達の
彼女の叫びは、尤もらしく聞こえた。
あくまでそう聞こえただけで、それが正しいかどうかわからない。正しいか決めるのは歴史以外にない。
しかし、リンネの言うことが事実かどうかで言えば事実だ。
社会に見捨てられた者達の、だが。
「ゼンヒ、貴様がそうでもしないと真っ当な社会で生きられない事例であったのを知らないとは言わないだろうな!?貴様は私とセツカの二人の無法者が合わさって出来た傑作だ!それはあの翼の柱に自分達を捧げた少女達と何が違う!?人数が少ないだけでお前も一緒だ!ああでもしないと社会に救われもしないという証明じゃないか!」
「違う!私はカンナ局長や彼女の部下に世話になって育った!才能天賦はそうかもしれないけど、それでもちゃんと実戦経験と訓練を怠らなかった結果が私なんだ!ユリやショウコは私よりもしっかりとした基礎と応用を習得しているからこそ真っ当に強い!この世に必要なのは才能じゃなくて環境だ!それをみんなで作るのが、社会の役目と意義なんだ!」
お互いに一歩も引かぬ舌戦。
「じゃあ聞こうか、その少女達はお前が来るまで何をしていた!」
「ヴァルキューレで働いていた!腐らずに!」
「あの冷遇を知ってなお努力がなんだと言うのか!?めでたい頭だ!SRTはその技術を持っていても結局腐った!」
「だから環境が必要なんだろう!?」
「FOXは稼働していたのが答えだ!子供達の政治は才能ある人間の独裁政治でない限り永遠の思春期を過ごす天使どものコントロールと社会の維持は出来やしない!」
互いに声が強くなる。
「それだったらハクジツはどうしてあんな目に遭っていた!彼女だって定職に付けるようになってから、色々技術を修得できることが分かった!そんな人員が何故私と同じ世界にいた!」
「それは_____!」
「お前は何も、何も分かっていないんだ!」
リンネの声が震え、少しだけ涙が落ちた。
「ハクジツは、ハクジツは……あの浮浪者の世界でインフラ工事を専門に引き受けて生活していた!それどころか電子機器や機材の修理もできるほどの逸材だ!なのに、生まれてからずっと一人であんなところを彷徨っていた!ちゃんとした学習能力があるなら今の彼女みたいに生きれるはずなのに……!」
「リンネ……!」
「上の政治屋は全員その事を知ろうとしない!自分たちにとって必要なのは己が生活を安定させるだけの派閥や権力、才能だ!それが社会の運営的に間違っていたとしても自分の全てが崩れないように間違った“規範”で徒党を組んでいる!その結果が異能という意味での神秘を持った生徒がシャーレに集っている理由だろう!?」
それを黙り続け、隠し通すために先生という免罪符を使うのだと……彼女はそう言ったのだ。
「だから私はこの社会を壊す!いいや、もうすでにダイスは振った!この一投が全ての均衡を崩した以上、私が出来る限りの命を使い果たして破壊の限りを尽くそう!」
「……どうしても、やるというの?」
リンネとゼンヒの言い合いに折り合いがつかずに黙っていたハクジツが、口を開く。
「……当たり前じゃないかハクジツ、私はお前の永遠の王子様であり続けたい。でも、そうするためには世界は残酷すぎたんだ。だから壊すよ、そして二人で新しい事を一個ずつ始めていこう」
「私は貴女が欲しい、貴女だけが欲しいの!他の誰でもない、何でもない貴女が!どうして、どうしてリンネは私の事を見てくれないの!?」
「何度も見ようとした!君だけを見るために私は頑張った!なのに私達をセツカや他の奴らは裂いて塞いだ!ならもう壊すしかないんだ、この世を!」
「私はどんな世界でもいい!この世界が私にどれだけ厳しくしようとリンネだけが欲しいの!リンネがいないと全部つまんない、私に恋と快楽と、全部与えてくれたリンネ以外要らない!」
「ならもう少しだけ」
「待たない!私はリンネの全てを奪う!」
ハクジツは待たずに、銃弾を撃つ。
しかし、それより速いスピードで飛んできた翼に当たって弾かれた。
「_____ごめん、ハクジツ」
リンネは目を伏せ、謝りながら変容していく。
「どれだけ君が私を思っているか、痛いほど分かった。分かってた。でもね……私はハクジツを失いたくないんだ」
翼が彼女を覆い隠し、燃え盛り、異形となる。
「私もハクジツを拒絶する世界なら、滅したって構わない。自分がもう二度と愛せなくなっても、君が幸せで居てくれるなら」
熾天使を突き破るような形で蜘蛛が生え、それが炎の糸を引く。
『だから自分が産み落とした罪は、今ここで君の前で償う。
扇皇ゼンヒを殺して!』
自分自身が、自分の理想の反例になる。
それはとても苦しい事であり、自分がこうするしかないと思っていた事を他ならぬ自分自身が否定しかねない状態。
だが、現実はその否定を受け入れさせるほど甘くはない。
故にリンネは全てを壊して、ハクジツと自分の世界を残すために戦う。
「リンネ!」
「ハクジツ!奴は言っても聞かないタイプらしい!私と似ているな!」
かつて勝手に絶望して、全てを拒絶した自分を思い出したからこそ彼女の気持ちをようやく理解できたゼンヒ。
だが、その時の迷惑をかけていたよりもスケールが大きすぎて、かつ死人の可能性だってある今回の事件は見逃すわけにはいかない。
「どうやら戦うしかなさそーだ」
「元よりそのつもりだ。これが最後の決戦になるな、二人とも大丈夫か?」
「私はいつでも来いってところだな。ハクジツは?」
言われた当人は悲壮感に溢れた顔をしているが、返事だけは力強くする。
「……正直怖い。リンネが求める私が私と違う可能性だってあるし、何よりこうまでして狂ってしまった彼女を元に戻せるかもわからない」
拳銃を握る手は強く、逃げる気は一切ない様子。
「だけど戦う。私がちゃんと向き合って、貴女が欲しいって伝えないといけないと思うから。それが伝わる前に私が死んだとしても」
「……ハクジツ」
ゼンヒは、笑顔で応える。
「私はお前の先輩だ。だから、できる限り全力で守る。安心しろ」
「先輩……」
「一緒に戦おう」
「はい」
穏やかに言葉を交わして、全員前を向く。
セラフィムが釈迦のように糸を垂らす姿は、まさしく奇怪なものであった。
だが、ある種それは腐って溶け落ちた肉にも見えて、その本質を覆い隠すように己の腐肉を糸のように見せかけているのかもしれない。
ならば、戦う理由は一つ。
その事実を白日の元に晒し、その上で戦い切る事。
この交戦こそが、歴史にある結末を記すのだろう。