「ああ……!?」
彼女は地に伏す。
「君が大剣を刺した時、ようやく私は君に“触れる”事ができた。故に輝薬と同じ要領で、君を痛めつけたんだ」
「嘘、だ……」
「君は確かにキヴォトスの加護を受けてない。だが、藍色の終わりが代わりに呪いとして君のそばにいた。だけど、終わりと同じ場所に私が混じる事が出来れば、その呪いも突破して君を傷つけられる。思いもよらなかったでしょ」
「……ぐが」
「聞こえてないか」
それでも余裕綽々で、リンネは話を続ける。
「君達は強い、三人で私にここまで傷を負わせるほどに強い。生徒達は基本先生の指示によって最適な行動を起こすし、そうでなくても訓練していればある程度の強さを生み出すことも可能だ。しかし、君達は一人で強い例外タイプだ。その上で連携を組めるが……運命の針は君たちを拒んだらしい」
崩れた瓦礫の山になってしまった場所を登り、まだ無事だった玉座に座る。
眺めは酷いものだが、自身にとっては愉快なものだ。
「シャーレと相容れない。思想面での話でなく、どうしても君達の生き方は大人を崇拝する事が出来ないからだ。それを神秘は望まないらしい、かのウサギ小隊は最初先生を嫌っていたが今はベッタリ甘えてる。これこそが意思のようだ……色彩はもっと悪どく、強大な力を注いだ先の壊滅を見たいらしい。先生という男が生まれてからの独裁国家キヴォトスに、君達の居場所はない」
持論。
自分達の力で生きることを目標にするよりも、根底に絶対者が居る状態。キヴォトスは学園都市であり、校区なども含めて数万キロの、地球なら覆い尽くせる広さを持つ。
そこに人間の大人という絶対的なものを確立するために、少女達に政治・経済も追わせているのだろう。惑星単位における独裁国家のシュミレーションを、色彩は観測したいのではないか?
リンネの考えはこうだった。プレナパテスの世界が滅んだのは“当たり障りもなくつまらないだけの独裁国家になってしまった”故の強制終了、とも取れる。
逆を言えば、最初の時点から“自力で生きようとする生徒”は要らないという話になる。先生という偶像に頼らず、プレナパテスという聖櫃に頼らず、自分の信じる者のために既に生きれる少女。これはあまりにも強すぎて、先生が唯一絶対になれない“現実と同じような混沌の民主主義”になってしまう。
だから『自立した少女達の存在』と『弱者を先生の目のつく所まで持ち上げる存在』の衝突に、後者が勝った方がいいとしてその運命をこの地の隅にある戦いに歩ませた。
そう、考えていた。
「先生がどうなるにしろ、目の前に出して抱えさせた弱者達を捨てるわけにはいかない。それで壊れるなら世界はその程度ということだ。彼は良い顔をし続けなければならない以上、綺麗事に埋もれて死ぬだろう」
誰からも返答が来ない言葉を、口にする。
「シャーレの生徒達が私を潰そうが潰さまいが、どの道こちらの勝ちだ。この戦いが始まる前から……ふふ、人が死ぬ時最後に死ぬのは耳だと聞いた。私の勝利宣言は聞こえているだろうか」
「ええ、聞こえているでしょう。そのうち返事もするはずです」
「誰だ!」
一瞬、男の声がした。
神殿の中に歩いてくる男が一人。全身が黒く、また右手には刀を持っている。
「私の名前は黒服、と名乗っておきましょうか」
「ゲマトリアか……!」
ゲマトリアの黒服が、そこに立っている。
「初めまして」
「一体何の用だ。ゲマトリアがこの戦いに入る理由はないはずだが」
語気を強くするリンネに、彼は返す。
「ありますよ。私はこの少女達の支援者です、と言っても明確にはシャルアー・ドーンとの協定を結んだだけですがね。ともかく彼女達には勝ってもらわないと困る」
「しかし彼女達は先生を必要としない、神秘の探究者的にもその力場……シャーレをホワイトハウスじみた場所にすることが何よりも寛容ではないのかい」
「我々は”キリストの再誕”を見たいわけではありません。新たにあれが生まれたところで新興宗教が一個できるだけに過ぎない、そして生まれた宗教そのものに価値はない」
刀を地面に置いた黒服。
「それを狙っているのであればゴルゴンダはあの時ヘイロー破壊爆弾をしっかりと作って殺していたことでしょう。シャーレに才能という資材を集める事は確かに大事ですが、それはあくまで”大事件を乗り越える”という最高のショーであり、神秘というものの本質に迫れる態勢を整えること以上の意味はありません。本質はシャーレの敵にあり、と言ったところでしょうか。
ですが、それを維持するのは大変です。無論貴女なら、分かってると思いますが」
彼はこう言いたいのだ。
シャーレに才能を集めることは確かに独裁国家、シャーレ・ファシズムを生み出すかもしれない危険性を孕んでいる。仮にそうならないよう運営した場合でも、実質的な差別・階級社会になるのは目に見えている以上、つまり神秘を持っている生徒や偶然先生と関われた運のいい生徒以外はいい思いができない政治形態がほぼ確立されてしまう。
事実、そう言った側面が福祉のない社会から見捨てられた少女達を苦しめていたのもあって今回の再誕作戦の発端となった。この状態が続けばいずれキヴォトスが滅びるのは目を見るよりも明らか。
「実質的な差別社会、いいえ、”キヴォトス本来にあった不平等”を先生は
「それが分かっているのなら、なおさらこの戦いは彼女達が殺されることで達成されるだろう。先生達はモブを見捨てた、その結果が全てだ」
「まだ彼女達は死んではいない」
ククク、と嗤う男。
「そして彼女達が貴女に勝つことに意味がある。先生がいなくても勝てるほどの強者がいれば、社会は先生に頼らない生き方”も”覚えれる。それが例えどんな方法であれ、彼女達は英雄となるでしょう」
民衆は権威を好まないが、英雄は好きだ。それが例え新たな権威の温床になったとしても。
「その憧れこそが人の原動力です。貴女は、それを知らない。いいえ、知り過ぎたからこそ見えないのです。この先もずっと」
「何を言っているんだ」
「絶望を見過ぎましたね。もっと人間の社会は、雑で、暖かくて、それでいてみんな一生懸命に生きています。でも貴女はその中でもずっと深い闇を見続けてきました。人生がそれなら誰も否定はしないでしょう」
話に夢中になっていて、リンネは一つ見落としている。
黒服は、自分の足元から消えた刀を足を少し動かしたが何もない感触で理解した。
「社会の大半は雑味のする大したことない、歴史の砂浜。一人一人の人生は砂つぶでしかありません。海という未来と、内陸という過去、その推移が今なのです。変わらないものは、青い青い、雲ひとつ無い空。その
「ならば青空だけを見ていろ、お前達が関与したところで変わらない」
話のフィナーレを飾るときだ。
「海を賑やかすのはたくさんの
リンネは立ち上がり、剣を構えて黒服に向ける。それでも彼は構わず口を動かす。
「本当の意味で価値があるのは、彼女達です。シャーレというものがあっても、その綺麗で絶大な権力ではなく自分達で動けば価値があるもの、先生という存在が手にできないものを『禁忌』ではなく『事例』としてただの記録と解決できる問題にしてしまう人間本来の力を示す道標になる。この標が、他の生徒を動かし、ひいては上層部の意識改革を促し、社会を促進する火花となるでしょう」
「だから手伝うと」
「そうです」
嗤う声。
「それが引いては個が強くなり、結束がまた強固になり、シャーレという土台がもっと強くなりながらも独裁政権樹立の芽を焼き尽くす。これこそゲマトリアが望む、新しく、前例のない新世界秩序。この新世界に挑む神秘が、私たちの真実を導く」
「ならばここでその妄想ごと切り捨てる!」
彼女は剣を構え、黒服を切ろうとした。
「時間切れ、です」
黒服はただ、そう告げた。
リンネが飛び、斬りかかる瞬間。
「がは」
彼女は斬りかかられていた。
一瞬で見えるはずもない、どこから飛んできたかも分からない一撃。
だが、その一撃を入れた人間は見えた。
目の前に止まり、その一太刀を入れた少女。
赤い髪と薄紅色の髪が混ざるように揺れ、その奥に青い瞳を持っている少女。
「ゼンヒィィィィィーッ!」
扇皇ゼンヒは、傷も何もかもそっくり修復し、戦線に復帰。
服すらも焦げていること以外は無傷、黒ずみの服を着ているせいで威圧感が増し、それに呼応するように攻撃が熾烈になっていた。
「リンネェェェェェーッ!」
刀だけじゃ物足りない。
リンネは二撃目を防御しようと剣を構えるが、ゼンヒはお構いなしに全力で斬りつけて剣を破壊。
「何」
驚いている彼女も知らず、復活した少女は相手の鳩尾にストレートを繰り出す。
悲鳴もなく、神殿の奥は破壊され、すっ飛んでいくリンネ。
それを追いかけるゼンヒ。
夜空が見えるくらい破壊された場所で、黒服は笑う。
「この戦いもまた、裏で片付けられる。ですが裏も世界の一部、故に残って語り継がれる。
ゼンヒ、心配しなくてもこの二人は回収しておきます。先生も、悪いようにはしないでしょうから。しかし、折角なら仰々しくいきましょう」
何かを思いついたようだ。
「マエストロが作品を愛するように、私もこの物語は見届ける価値がある。故に語り手は頂きます」
彼は両腕を開いて声を張る。
「弱者物語、最終章」
「再誕決戦、第二幕____」
「開演!」