神殿すらもぶち破って到達した場所は、肉も血もない普通の場所。
ブラックマーケットの開けた広場、噴水があり比較的綺麗に整備されている区画だ。
「驚いた……!いきなりそんな力を手に入れてるとは思いもしなかったからね」
「私も驚いている。だけど、これは本当に奥の手だ」
そこに二人はやってきた。
ゼンヒの傷が治っている。それはセツカがいて、力を貸していることに他ならない。
「彼女が事件を起こして以降、セツカは私の中で眠っていた。かつての相打ちの時と同じように。あれから然程時間は経っていないのだから、意識がはっきりとしているとも思えないが……彼女は私と共に戦いたいようだ」
「ほう?じゃあ当初の目的通り、君を殺せばいいんだ」
「リンネ、お前に私は倒せない」
彼女は刀を構える。
「お前は人を弄びすぎた、故に司法が裁く」
「警察は確かに司法だけど、君個人は裁けない。司法そのものが機能していないし、その司法が個人の制裁を許さないのだから」
「殺さなければ裁判所まで引きずれる、それでいい」
互いに死の刃を握りしめ、間合いを取って待つ。
「じゃあ、これが最後になる。私も君の一撃が…カフ____重かったようだからね」
「ああ、最後にしよう」
ならば、すでに勝負するべし。
二人は、息をつくこともなく、走り始め_____
「やあっ!」
「はあっ!」
最後の戦いを始めた。
互いの剣は苛烈な攻撃を繰り返す。
ゼンヒは先ほどの大太刀よりも取り回しが良く、かつセツカが本来使っていた武器である太刀を手慣れた様子で振る。
まるで踊るかのように力強くも不規則な太刀筋は、疲弊した相手には対応が難しい。
「うぐ……!やる!」
「まだまだ!」
リンネは上手いこと剣で弾くが、ゲマトリアお手製の太刀はなんと機械仕掛け。刃の電子的結合を強化する高周波ブレード仕様のそれは、かつて市街地で使ったものよりも強力になっていた。
物体を管理して周波数もある程度自動調節されるのもあって、相手がリソースから剣を作って対応してても大体2回目で破損、作っては潰されてを繰り返す。
(流石にここまで耐えてはいるが無尽蔵じゃないからね……!急激な強化にこっちがついて行けてない!)
何度も剣を作るが、それでも余裕がない。
なにしろ彼女は剣を作ることは出来てもその組成をリアルタイムで調整しながら弾き続けるのは出来ない。脳のリソースをほぼそこで使うし、仮に弾き続けるが出来たとしても自分から踏み込む動作を考える暇が出来なければ、結局負けるのだ。
急速に、リンネが築き上げてきた弱者達のリソースが一人の少女の猛攻によって削られる。
「はああああぁぁぁぁーっ!」
全力攻撃は止まらない。
彼女は殺意ではなく、止めるという確固たる意志を持っていた。その止めるの中にある決意こそ、迷いを無くす指標。
人間は目的から逆算して動けば成功することが殆どだ。それが戦闘であれば相手の力量がノイズになるが、それでも彼女は勝ちに近づきつつある。
止めることなく振り続けるが、それでもリンネは後退を繰り返してまともに受けないことで攻撃を避け続けた。
「それで私は倒せないよ!」
「お前のリソースを根こそぎ崩す!」
ゼンヒは、一撃を入れるときにさらに2歩踏み込んだ。
間合いにして体同士の距離が平均40cmになるくらいのもの。先ほどまでだったら輝薬の影響か、そうでなくても不意打ちの可能性があるため彼女が踏み込むはずもない距離での戦闘を強制する。
「あぐ」
もはや全力の柄殴りといっても等しい攻撃を浴びせ続けて、リンネはえずくほどのダメージを受けた。
剛剣の極地と言われる示現流、薩摩の太刀から流儀を抜き取った彼女の全力殴打は相手の少女が着込んでいた輝薬のリソースで出来たジャケットや防具を難なく破壊。
この時、すでにどちらの面影もなかった。
ただ、暴力の塊。
その塊が、人間が出せる限界値まで引き出されている。引き出され方があまりにも法律遵守という絶対的な理性に縛られているが故に、解放できた時の恐ろしさに際限が見えな買った。
この最大まで貯めた暴力の極致は、どちらの影響を受けたものでもない。そもそもセツカもリンネもこのような暴力性は秘めていない。
彼女自身が生きてきた、その中で育まれた”諌められるべき悪”の発現。
「うおああああああああ!」
暴力の極みに達する連撃は、ついに相手の頭の端を割って頭部出血を引き起こすに至った。
言葉にできないリンネの悲鳴が響くが、お構いなしにゼンヒは鳩尾に蹴りを入れてから殴り飛ばす。
悲鳴も途切れ、建物を二個破壊して、崩れる瓦礫の中に相手は埋まる。
ゼンヒの全力。
それはセツカの身体能力と殺人の才能、リンネの計略とセンス______そしてゼンヒが持つ教育と経験の成果だ。
三人の血をフル活用した、ある種の完成系。
「カハ」
その攻撃は何よりも重い物だ。
だが、受けてばかりではいられない。
リンネは双剣を作って重ね、瓦礫の向こうから饕餮を彷彿とさせるような凶暴さで飛んでくるゼンヒの欲張ったもう一撃を受けようとする、が______二人分の力で無理矢理振り下ろされた剛剣はそれを破壊し、壊れた剣の持ち主に刃を入れる。
文字通りの返す刀での切り上げを試みる相手に、彼女はもう一度剣を作って防ぐ。
「無駄だ!」
その刀も大きく力を入れられて上がるが、持っている剣に面で受けて滑らせるように太刀筋を逸らすリンネ。
だが、これこそ反撃の要。
その一撃で滑らせても結局は剣が割れる。そして割れるということは、短剣代わりとして使えるということ。
リーチが短くなっても振りやすく扱いやすくなった剣の残骸。
滑らせた結果姿勢を崩して、元通りにするまでの刹那でリンネはそれでゼンヒの脇腹を切り裂いた。
「ああ、あああああっ!?」
互いの血はばら撒かれ、混ざり、だが血だけなので第二のゼンヒが生まれることもない。
痛みに悶え、足掻く二人はそれでも戦うことをやめない。
「はあ、はぅ……あぐ……あ……」
「ゼン、ヒ!お前が、お前がいなければ!」
リンネもゼンヒも、既に剣を握れる状態じゃなかった。
前者は既にリソースを使い切ってしまっており、かつ自分がダメージを食らい続けたことにより自身の神秘やヘイローに異常をきたして制御系統も崩壊。ヘイローAEDによる干渉は出来ても、彼女の側からのアプローチは出来なくなっていた。
一方ゼンヒも脇腹を深く切られたことで深刻な痛みに呻く状態。脇腹を抱えて剣を振ることも出来なくはないが、そのような状態で振ってもさして意味はない。それどころか手を滑らせて自分を斬る可能性もある、血塗れで握る力も低下している以上、手放して徒手格闘に移行した方が良いと判断した。
「私、はぁ!ハクジツとの平和な日々が欲しかっただけだ!なのに何故、私の邪魔をする!とっくに私の、私の計画は終わっていると言うのに!」
リンネが叫ぶ。
傷付けられるのも覚悟の上だ、その状態で弱者達を陽の下へ連れ出した、それでもう彼女の目的は達成されていた。
だが、リンネ個人の因縁が何処までも彼女の幸せを奪おうとする。セツカも、ましてや自分の血まで入っているゼンヒも。
最後に俗世から離れたところでハクジツと幸せに結婚して暮らす、そう考えていた彼女にとっては何としてでも殺すべき敵。それが扇皇ゼンヒであり、奥底に眠るセツカだ。
「お前は……!その為に、何万人もの人間を、不安がらせて……はぁ……っ!危害も加えた!どれを、それを……!野放しにするわけにはいかない!」
ゼンヒも叫ぶ。
確かにリンネがやってきたことは一概に悪いとも言えない。むしろセツカを受け入れた以上、ハクジツとの幸せを壊した罪は受けるべきだと感じていた。
しかし、そう出来ない理由がある。
その為に5桁は絶対に下らない市民を不安にさせ、市政にとてつも無い悪影響を及ぼしたことは何よりも許されないことだ。かつて彼女がセツカの件で心が壊れた時、事件に立ち向かえたのはその精神があったからこそだ。愛しのバンリが生きていける社会であってほしいと、そんな願いがあるからこそ市民の安全のために立ち向かえる。
彼女が警官足り得る理由がそこにあった。
巡査部長の時から一切変わっていない、いや、ヴァルキューレに入った時から多分一生変わらない誰かを守りたい意志。
中身がないカッコつけで手に入れたい天使が自分のために尽くしてくれた、それが本当の社会の繋がりと信じている以上、繋がりを壊すだけの暴挙は止めたかった。
「まだだ!私にはまだこの体がある!例えもう何者になれなくても、デカグラマトンやミメシスのようなものになれずとも!四肢もがれ首と胴体が分たれるまで私はお前と殺し合う!全てはハクジツのために、彼女との愛のために!」
「そうやって言い訳に使ってきたハクジツは救済なんてどうでもいいって気づけ!彼女は、彼女はずっと寂しい思いをしているんだ!それをなぜ分かってやれない!?」
「分かっているからこうしている!その寂しさを埋めれるならとっくに埋めれてる、だが埋めれないのは何故だと思う!?社会だ!社会が全ての弱者を殺そうとしている!神秘や権力が横行するこのキヴォトスは、いつかは封建制度に辿り着く!歴史がそうだ、英雄から始まった社会というのはいつもそうだ!差別は当たり前だが、一緒にいたい人すら選べない社会が終点にあるんだよ!」
「お前は世の中を知らな過ぎる!すでに科学技術が発展し、SNSが発達した今この世界は民意が強くなりつつある!隠すことの出来ない状態に、皆は自らに楔を打ち込んでもっと心地よい何かを手に入れている!ネットに晒すという形での私刑も悪質ではあるが、あれも民意の形だ!お前はもっと人民を信用しろ!先生に対する反感も連邦生徒会に対する批判もモモトーク上に興味がないのに吐き気がするほど永遠に流れてる!その中の一つにお前もハクジツもいる!ネットワークという流れの中でお前らは何の罪も犯さずに、社会と戦える!何故それが出来ない!」
「遅いんだよそれじゃ!あの男が急速な発展と解決を担った以上、無知蒙昧な中流階級は崇めるだけ崇めてろくに考えず政治屋を讃えるだけ!裏で手遅れになっていることも知らずに!」
「だったらもう私は殺されている!ヴァルキューレの評価低下に悩んでる尾刃カンナが先生を広告等に
「ハッ!弱者はいつもそうやって都合のいい真実にありつく、この件が終わったら葬られるだろう私と一緒に!それでも戦う気かい!?」
「私はお前を許せない!国が敵になるならそれでも戦う!」
「それが私のやり方だ!」
「なら今ここでその妄言を破壊してやる!」
互いに徒手格闘。
構えは何の流儀もなし。
答えを出すのは時間のみ。
対面へ彼女達は走り出した。