彼女達は己が最後の細胞まで決着に使うことを良しとした。
リンネが殴り、ゼンヒも殴り、その度に血は撒かれては地に染みる。
「ばは」
「があ」
互いに血を吐き、口を切り、袖で拭ってはまた殴る。酷い呻き声が聞こえるが気にせずに、彼女達は暴力の限りを尽くす。
リンネは脇腹にダメージを入れたゼンヒのことを考え、素早いパンチを浴びせる。が、当の彼女は相手のチンピラスタイルの殴りを腕を組んでガードし、素早く腕を引いてから鳩尾に拳を入れた。
「うぷ」
軽い悲鳴をあげるが、ただでは下がらない。
切り傷も含めて口からの出血多量。あえて吐くのを事前に抑えてから、鳩尾に入ったタイミングで吐き出す。
「なっ」
「遅い!」
ゼンヒは顔面にかかって拭おうとするがその間にリンネの蹴りが彼女の傷を襲った。
「アアアアアアア」
酷い声を上げながらもがく彼女に容赦なくリンネのヘディングが入る。
頭にも衝撃が来て声も出せなくなり、痛みと良いで吐瀉物を地面に撒き散らしたゼンヒは、一度下がって相手の様子見。
流石にリンネもただでは済まない。鳩尾に入った拳は非常に痛かったようだが、何より真正面から斬られた挙句に捻り込むようなパンチは堪え難い苦痛らしい。
「リンネェ……ッ!」
ゼンヒは吐いたらある程度意識が明瞭としてきたのか、もう一度近寄る。
「お前がどれだけ足掻こうとも……私はお前を捕まえる……!」
「私は勝つよ……ハクジツとの余生のために……!」
お互いに引く気はない。
近寄っては蹴りも入れ、二人は泥沼の戦いに踏み込む。
ローキックは足の位置を入れ替えることによって回避し、ミドルキックは純粋に後退して避け、ハイキックは同時に狙ったのか交差するように脚がぶつかり合う。
ゼンヒは仕掛ける。
ハイキック後、もう一度狙うと見せかけ膝まで上げるとリンネがまたやるのかとハイキック。だが、膝を下げてハイキックが終わるまでの猶予で今度は肘をお見舞い。
「がふっ」
リンネの顔に当たっては、出血している頭と共に鼻血も出している。相当重い一撃だったようだ。
しかしやられっぱなしというわけじゃない。
ゼンヒがもう一発放った素早いストレートだが、それをキャッチ。腕を引っ張ってから同じように肘をかます。
悲鳴をあげる前に喰らって混乱する彼女。同じように鼻血を出してはいつのまにか出ていた額からの傷からの流血も含め、相当な痛みが彼女を襲った。
「まだ、だ!」
互いに負けを認めない。
何度目か、接近しては、また殴る。
何の攻撃かを当てはめる事はできても、それそのものを言い当てるような動きじゃない。
ラリアットじみたストレートが互いの顔に当たって、ノックバックしてもそれをお構いなしに無理やり足を前に動かし今度は鳩尾を殴ろうとして二人の拳が突き当たる。
互いに拳が当たって怯むが、まだ終わらない。
リンネが動き出す。
拳と蹴りで決着がつかないなら、全身を使った攻撃しかない。
タックルだ。
突進だ。
体全てに勢いをつけてぶつける。
「あぐぁ!?」
ゼンヒは避けられない。
避けるほどの体力が残っておらず、そのまま傷から血を撒き散らしては後ろにあった建物に衝突。リンネの身体と挟まれる形で、彼女は逃げるどころか移動も出来なくなった。
「はぁ、はぁ……!ゼンヒ……!これで、これで君はぁ……!」
彼女はゼンヒの首を掴み、絞め上げ壁に押し付ける。
「き、かひ……ひゅ」
絞められた方は当然息が詰まっていく。
脳に酸素が回らなくなり、霧が掛かって力が抜ける。
「これで、これでぇ!殺せ、ばぁ!」
最後の力を振り絞り、リンネは最後のリソースを使って短剣を作り出す。
白い刃は黒煙止まぬ世界の太陽のように輝いてゼンヒの頭に襲いかかった。
ゼンヒはそれを腕を出して手を広げ、相手の腕を掴むようにして受け止めるが______当然それでどうにかなる問題じゃない。力が抜けている以上、現状は常にリンネの方が強い。
ナイフが捻り込むように、弱く絡む腕を押し除けようと揺れる。
「ゼンヒ!君はここで死ぬべきなんだ!ハクジツのために!私のために!みんなのために!君みたいな政治に従順な英雄は死ななければ皆に平和は訪れない!だから!」
泣いてるのに笑ってる、傷が重なって、おまけにそれが自身の神秘という制御回路に直結しているせいで考えも感情も壊れているリンネは相手にナイフを突き立てようとした。
刃の前に拒むものなし。
段々とナイフがゼンヒの肌へと入っていく。彼女は抵抗するが、それでも止められない。
「あううああ……」
胸から腹へと切り裂かれようとうする中で息が出来なくなっていた彼女は掠れる声で鳴き続ける。
ゼンヒは必死の思いであがいた。
腹の中に刃があっても気にしない、気にしている余裕もない。生きるのに必死すぎて痛みに構ってる暇もない。
足掻けば足掻くだけ不規則に刃が入って彼女を苦しめる。
当たり前だ、無秩序にナイフで切り裂かれるのは相当に辛い。そこに加えで喉を押さえ込まれてる、正直なところすでにゼンヒが生き残れる要素はないように見えた。
________ただ。
ゼンヒの身体は、ゼンヒ”だけ”のものではない。
その体にはセツカもいた。それはすでに知っていることだ。
でも、ゼンヒの中にあるのはセツカだけじゃない。
「な」
リンネは驚き、戸惑う。
「どうして……!?」
そこには、彼女が知っている______
いや。
彼女自身がいた。
傷は塞がる事はないが、ゼンヒに息が戻る。
「な」
ゼンヒの顔からセツカの要素が消え、それが復活した時とは逆にゼンヒの髪色は薄紅色が増えていく。
息が取り戻された彼女は急速に力を入れ、リンネの腹を蹴飛ばした。
「ぐあ」
このタイミングで彼女は勝機を失った。
リンネが持てるリソースを削ったのは確かにセツカの要素が強いのだろう、近接戦闘のスキルが全体的に伸びていて、運動能力もそれに付随して高くなっているのだから。その戦闘能力が大いに自身に傷を与えたとも、ちゃんと理解していた。
だが、見落としがひとつ。
なぜゼンヒはセツカが復活しても、ゼンヒが残っていたのだろうか。
セツカはリンネの要素を消したとはいうが、リンネの要素が完全に消えているならゼンヒの体の特徴に薄紅色の髪はない。自分の血が入っていることを理解していながらも、それを大した問題だと思っていなかった。
だが、セツカの血では出来ないこともゼンヒはできた。
リンネが弱者達を薬物で釣り上げて、その上で落花堂というヤクザを経営出来た。先生や司法の介入しない状態で、そういった巨大な犯罪組織……少なくとも薬物の製造・販売ラインを多く所持出来る程度の組織を運営出来たのは、勉強も出来ない状態を鑑みればほぼ才能と言えた。
ゼンヒが半ば犯罪組織に足を突っ込もうとしていた元SRTのヴァルキューレ生の心を掴み、ちゃんとした運営が出来たのは何故か。巡査部長程度の人間がそのような運営能力の教育を受けるわけはなく、また矯正局にいた頃はそもそもがちゃんとした勉強も出来てない。
だが、リンネの血と肉体、つまり才能の根幹を彼女は持っている。
それが導く一つの結論。
「……もう、やめよう。ハクジツはお前のことを誰よりも理解している」
「そんな、そんなはずはない!そうであって欲しくない!」
ゼンヒは『リンネの理性』を持ち合わせていた。
だから、相手のことを理解できた発言もするし、そのクールな面影はハクジツを本気にさせたのだ。
「お前の本心が露わになって、ハクジツはもっとお前と一緒に居たいと思っているんだ。
「私なら分かるだろう!?今の世界に弱者の居場所がどこに!」
”扇皇ゼンヒ”は答える。
「お前の才能を受け継いで、セツカの才能も受け継いだ。私が作り、私が守る。その生き様に魅入られた英雄狂いが私の後を継ぐだろう。そうして福祉の基盤が整えられる」
「遅い、遅いんだよ……!その時間でもっといろんな人が死んで……!」
「今、普通に生きている少女達は
彼女はナイフを腹から抜き、蹴り飛ばされてから痛みに足掻いて立ち上がったリンネに近寄る。
「その悲鳴が聞こえないように、ゆっくり足場を整えてる。SRTとアリウスの事情は丸ごと違うが、私はそれを救えた。今は兵士という形だが、この戦いが終わればいずれその技術を足がかりに様々な分野で活躍するだろう。お前はその土台を作るべく、弱者達を押し付け、その上で戦いというものを引き起こした」
「そうすることでしか救えないって思ったから!」
「きっかけは間違いじゃないかもしれないが、それだけではずっと続かない。いずれは憎悪を産む」
リンネは今のゼンヒに怯え、構えはすれど動けない。
「弱者達が力で蹂躙することを覚えれば、政権の失敗は必ず革命を産む。その繰り返しは軍事予算を急増させ、弱者を増やし虐げる政治を生むだろう。そうならない社会は独裁国家だけだ」
「シャーレがある時点でもうそうなってるじゃないか!」
「真に完璧な人間がシャーレにいるのであれば、すでに学園などというくびきは無くなっている。お前はそれが分からないほどに、憔悴しきったのだな」
「分かったような口を聞くな!」
構えていた少女は、最後の力を振り絞って相手に駆け出した。
当の相手はゆっくり歩く。
神秘の力対決でも、純粋な戦闘でもない。
すでに喧嘩というフェーズも過ぎ、最後の一発という決着が目前まで来ていた。
リンネは右ストレートを、力の限り出してゼンヒにぶつけようとする。
が、すでに右腕を少し引かせた時点で行動は筒抜け。
ゼンヒはそれをかわす。
「な」
そして彼女は間髪入れずに________
ナイフをリンネの方に深くねじ込んだ。
「ぁ」
「もう、いいんだ」
リンネは痛みと出血、残っていたリソースすら武器に回したせいで肩のナイフにすら耐えられずに膝から崩れ落ちる。
うつ伏せに、血を流し、血溜まりの中で倒れる彼女。
目を開き、驚いたまま。
「_____私がお前のしたかったことを継ぐ。誰かを助けられる土台を作って、そして……」
ゼンヒも倒れる。
すでに出血多量で息こそ戻れどセツカのリソースは復帰に使い、残ったリンネの分は知性が殆どで傷を癒せるものでもない。
故に、もう立ち上がることすら出来なかった。
二人の血が池となるような、地面すら吸いきれない血溜まりの中で彼女はつぶやく。
「私、が……みん、な、を……し、あ________」
彼女は目を瞑り、倒れた。
主犯者も、突入メンバーの殆ども倒れた。
誰一人、中心に挑んだものは今は何も語れない。
だから、この夜も、この事件も。
演者の声が消えて、幕を降ろした。
《後書》
こんばんは、らんかんです。
そして遅れましたが明けましておめでとうございます。Twitterの方ではご挨拶はしましたが、こちらではまだだったのでご挨拶させてください。
今年も頑張っていきますが、それはそれとしてそろそろこのシャーレ前交番も終わりが近づいてきました。
LastCaseでは、もう一つの過去であるリンネと決着をつけたゼンヒですが、果たしてこの決着から社会はどうやって動くのか。残すところエピローグのみ!といったところです。
もしよろしければ最後の応援のため、高評価や感想を、もし宜しければお願い致します。
それでは最後までお楽しみください。
らんかんより。