特別暴力対策課は特に変わった様子はなし。
事件が終わっても自分達の頭が帰ってこないのであれば、そもそも盛り上がりようもなかったかもしれない。
「あ、どうも。どうかされましたか」
流石に服装が変すぎる上に帽子を深く被りすぎたのか、一般メンバーはゼンヒであることに気づかず接してきた。
「ああ、えっと……ユリさんとショウコさんはいるかな?」
「いますよ。今お呼びしますね」
メンバーはそのまま二人を呼びにいった。
帽子を被ったままでは室内だと失礼かと脱いで、かけておく。
流石に通路で着替えるわけにもいかないのか、そのまま待っていると上から足音が聞こえてくる。
「あの方……え」
「嘘でしょ!?」
「リーダー!」
全員が駆け寄ってきた。階段をすっ飛ばして。
「マジで!?リーダーだとは」
「さっきまで深く帽子を被っていたからな……ああ、私だ。扇皇ゼンヒだ」
「ああ、ああ!」
ユリが思い切り抱きつく。
「リーダー!生きてたんですね!私このままずっと目覚めないのかと」
「回収してくれた時点で内臓の傷は治ってたそうだから死にはしないがまああの状態から考えればすぐに元気になるわけはないからな。でも元気になった」
「よかった、よかった……!リーダーが元気で、アタシほんとに……!」
泣きまくり抱きつく力が強すぎて離せない彼女を抱きしめながら、ショウコの方を向く。
「ショウコもごめん、すごい心配をかけた」
「私は戻ってくると思ってたから気にしなくてもいいですよ……うん、本当に気にしないで……」
言い訳してた彼女も、涙を流した。
「____無理をしなくてもいいのに」
「私も寂しかったです、リーダー……!」
「ごめん、みんな心配させて」
「ええ」
みんなでゼンヒのところに固まる。
全員心配していた。
自分達に夢を与えてくれて、その夢の中で人々を救うことを肯定し、支えてくれていたボスがずっと寝たきりだったことを考えれば無理もない話。
そもそも彼女が起きたのはついさっきであるし、それがいきなり病院抜け出したことも驚くべきことなのだがそれでも元気に顔を出して笑ってくれた。彼女達にとって、ゼンヒのこの姿がどれだけ救いであるか。
ゼンヒがいる時もいない時も、基本2枚目を成し遂げた甘凪ショウコが泣いているのが答えとも言えた。
ひとしきり泣いた後に、一旦離れる。
「あ、ごめんなさい……急に迷惑でしたよね」
「気にしないでくれ、私もお前達に会えて嬉しい」
「えへへ」
「少し用意をするから、今まであったことを話してくれるか?」
「ああ、もちろん」
受付をしてくれたやつは急いで他のメンバーに『ゼンヒが帰ってきた』と連絡をかけていく。
残ったユリとショウコとゼンヒで、階段をゆっくり上がりながら話をした。
まず、二人は大きな怪我はなく普通に仕事ができた。怪異と直接対峙したメンバーは傷を負っていたが、救護騎士団の献身もあって大事に至った人間はいなかったらしい。
しかし、ゼンヒが意識不明のままであることが続いており、シャルアーとハクジツは早めに復帰・退院したようだが彼女が帰ってこないことには事件解決を喜びようがなかった。結果として、お通夜状態が続いていた。
「みんな私のことで気を揉んでいたんだな。命に別状がないからもっとゆっくりしてくれてもいいのに」
「そうもいかないのはリーダーが一番分かってるでしょ?」
「……そうだな」
ゼンヒの部屋に戻って、彼女は着替えたり持参したものを整理してる間にも話は続く。
そのお通夜状態でも仕事は止まらない。
特別暴力対策課のメンバーは元SRTであり、救助活動や保安上の訓練も受けていた。それが幸いしたのか救助テントや災害時の指揮系統の統一化、物資の分配の迅速化が達成されて二次被害を大きく抑えることに成功。
ゼンヒの身を案じる暇もなく、援助に集中していた。
SRTの訓練を活かせる場面は、基本的に暗く絶望することが多い。
それを覚悟していたから作業に一切のブレもミスもなかったが、元SRTで構成された特別暴力対策課のメンバーはゼンヒに対する感謝と深い悲しみを背負って作業。
助けた市民から純粋に感謝されても喜ぶに喜べない。そんな状態が続いた。
「メンバーの気力低下もそろそろ問題視され始めてた矢先なので心配は回避できましたけど、やっぱりアタシ達の疲労は周りにバレてたようで……特にシスターフッドの方からはとても心配されてしまって本末転倒になってしまって」
「あの組織とはまさしく死線を潜り抜けた戦友みたいになったからな、尚のことあの時と比べたら不安定になるのは見抜けるだろう。あんな事件がなくてもそもそも宗教は人の心を整える手段、それを扱う人間が機微に疎いわけもない」
「一応仕事に支障はなかったのでその時は大丈夫だとは答えたのですけどね、結局戻ってきた時に崩れちゃって」
「恥じることはない」
着替え終わった。
ゼンヒはかつて、彼女達に最初の希望を与えた時の姿になった。
コートを着用し、整えたスーツにヴァルキューレの面影なし。
重機関銃を持ち出して暴れてた頃のギャングスタイル。
「あ、懐かしい」
「お前が泣きついてきた時に着ていたやつだからな。これ実はハクジツがおすすめしてくれたんだ」
「ハクジツさんが?」
「あの時は彼女にずっと世話になりっぱなしだったからな」
袖を通した時に、なんとなく気持ちが引き締まるような。
「だからこの格好にはすごい思い入れがあるんだよ」
「そりゃそうでしょ。リーダーのアイコンといえばそうだし」
「折角なら、いい話とかに切り替えたい」
「だったら、一つありますよ」
ユリは高揚しながら、あることを話す。
「リーダが退院後正式に警視になります!」
「おお……は?」
聞いたやつは首を傾げた。
「待て待て、警部はどこいった。私今警部補なんだが」
「カンナ局長が言うには『今回の事件の解決を顧みて非常に優秀な警官であり、相応の立場を与えることによって後進の育成や現状を安定させるための一助になってほしい。そのため特例として現状与えられる最高地位を各幹部と協議した結果、警部を飛ばして”警視”として昇格させることが最適であると結論が出た』って。あと、その後進育成などのシステムがしっかりと出来上がった場合は警視正への昇進も視野に入れると」
「えっほんとに……?」
「ほんとほんと。大真面目どころか嬉しそうに局長語ってましたよ」
急な昇進の話は戸惑うが、正しくいい話だ。
今やりたいことに丁度いいポストに収まること。
シャーレと関わりトップになって、改革に踏み込むまでに相当苦しい思いをしたマコトを見たからこそ、協議の内容に感謝していた。
「それでアタシ達も警部になるんです!特別暴力対策課も大きくなりますし、できる範囲が増えたから書類仕事とかも色々お手伝いできますよ!」
「おお、それは頼もしいな。私は十二分に尊敬されているが、やはりここのメンバーの実働を率いるのは名実ともにユリ達が相応しい。結局自分が頼り切れないってのもあるけど……やっぱり今までやってきたことが報われる感じがするから」
「はい……!」
キラキラして、笑いながらユリは頷く。ショウコも笑みを浮かべ同じように頷いた。
昇進するからには色々頑張らなければな、と思うゼンヒ。
そんな笑い合っている有志達の元へ、報せが響いた。
電話が鳴っている。
「固定電話だ」
「私が出よう」
ゼンヒは躊躇うことなく、受話器を取った。
「もしもし」
《ああ、どうも。先生だよ》
「先生」
シャーレの先生が電話してきたようだ。
《あれ、ゼンヒちゃん。今入院してるって聞いたんだけど》
「病院を抜け出してきたところです。何か?」
《ああいや、報告資料送ったから確認お願いねーって部下の二人に伝えようと思って電話したんだ。少し重要な書類だからさ》
「分かった、伝えておきます」
《ただ、ゼンヒちゃんがいるなら丁度いい。今からシャーレに来てくれない?》
急な誘いだ。
それも態々シャーレに来てほしいというレベルのもの。珍しいと言った方がいいのだろうか。
「シャーレに、ですか?」
《今回は君にだけ話したいことがあるんだ。お礼とか、これからの話とか。別に仕事じゃないから拒否してくれても構わないし、来てもついでにあれやってよとか言わないから》
どうやら先生も先生で何か話したいようだ。気持ちは分かるが流石に今は……と、思うものの態々誘うと言うことは大事なのには違いないのだろう。
ゼンヒは考えたが、すぐに返事をする。
「わかりました、少し支度をしたら向かいます」
《待ってるよ》
それで電話は切れた。
後ろの部下二人は、彼女に聞く。
「何か?」
「私はこれからシャーレに出向く。すぐに到着するから一人で向かうよ、大通り歩くから。
後二人に確認してもらいたい書類があるって」
「わかりました……えっと、お気をつけて」
「ああ」
先生がわざわざ呼ぶと言うことは、ある程度大事なことなのかもしれない。
ある程度荷物をまとめたゼンヒは急いで階段を降りて外に出た。
外は雪が積もっていて、車も都心部なのにチェーンをつけている。
「ふう、寒いな。さっきまでは興奮してたのもあったが、着込んでいてもなかなか堪える」
電子タバコを起動して、吸う。甘いミントの香りが未知に広がるように溶けた。
「あまりに小さな熱だが、こうでもしないと凍えて死にそうだ」
なんともな、と苦笑いしながら彼女は歩いてシャーレへ向かう。
彼女の思い出はもはや、一般市民と弱者の革命記でもあったと言えるだろう。その中にはセツカもリンネもいたが、さして大きな意味はない。
その革命記は今、序章を終えようとしている。彼女が上位の役職を手にいれ、改革をすれば救われる人間も活躍する人間も増えるだろう。
しかし、ゼンヒという警官の物語は最終章の最終盤。交番という舞台と、お巡りさんという役との別れが待っている。
大トリを飾るためのシーンは、彼女を見守りながらだんだんと近づいているのだった。
きゅい、と雪の踏む音を鳴らして。