シャーレ前交番。
かつて世界の云々と関わるものではなく、ヴァルキューレの政治的優位性を誇示するのをメインとし先生の身の安全を確保するためという先生の公平性を損いかけるグレーゾーンな理由で作られた場所。
「はぁ、あぁ」
ゼンヒは走ってそこまでやってきた。
「本当に行っちゃうんですね」
「ええ、ごめんなさい。今回の件ではどうしてもあなた達に迷惑をかけたし、これ以上はクロノスの追っかけなどで被害を与えるわけにはいかないから……」
その交番の入り口では、警察の姿ではなく普通にスーツ姿のハクジツがいる。
花束を持って、名残惜しそうにしている。見送る人間も、泣いているものまでいるようだ。
「ハクジツ!」
「え……」
ゼンヒは駆け寄った。
ハクジツの肩を掴んで、問い詰めるように近づいて。
「先輩……!?どうして!まだ寝てるはずなのに!」
「つい一、二時間前に起きて色々やってて今お前が辞めるのを聞いて……」
「誰から!?」
「先生だよ!酒飲んでて急にしゃべってびっくりしたからお前のところに……どうして!」
彼女の動揺と悲しみは止まらない。
確かに一度関係に亀裂が入っているし、事件解決後に関してはちゃんとした仲直りも出来てない。だが、出来てないだけでしたいとも思っていた。
その機会が永遠に奪われようと、いや________
ただ居なくなることにすぐには受け止めれなかった。
「先輩、私はリンネの恋人です。今も、そう思っています。みんなが受け入れてくれてても、マスコミを始めとした今回の事件に関わる人たちはきっと私の関係者を手当たり次第に当たっては聞き込み張り付き、迷惑をかける。だからどうしても去るしかないんです」
「そんなの気にしなければいいじゃないか!リンネだっていつかは釈放される!やらかした罪が大きくても監視はつくだろうし、その状態で力を失えば彼女の組織は壊滅状態で何も出来ない!お前の元に戻って暮らせるんだよ!?なのに、なのに!」
「……」
「どうして行っちゃうの!私は、私は嫌だよ!」
ゼンヒは泣き出した。
「忘れちゃったんですか。私は先輩をたくさん傷つけました、リンネのことを思っては制御できない感情のためだけに」
「そんなの気にしてない!私はリンネでもあった、何も知らなかったけど何も知らないままで放置してハクジツを傷つけた!だから!」
「それじゃダメなんです!」
ハクジツも、涙を堪えて口にする。
「どれだけ先輩が私のことを思っていても、私は私です。私の人生においてどんな状況においてもリンネが大事で、私は彼女に救われました。だからリンネが安心できる居場所を作りたい……そのためには警察に身を置き続けることは出来ない……わかりますよね、先輩」
「まだ私はハクジツと仲直りだって出来てない!ちゃんと謝って、理解して……一緒に仕事したいよ!去年の冬から一緒に警察として仕事して……その仕事の中でいつもハクジツが隣にいた!それが私の青春だった!」
「先輩____っ」
どちらも涙を流して、互いに見つめる。
「私だって、私だって先輩と一緒にいる時間はとても楽しかった……一緒に仕事してて、笑って、幸せだったんです!でも、過去が明かされた以上その清算をするには、私はもう公権力の元では生きられない!警察は私を心の底から救ってくれなかったけど、かつてのリンネは救ってくれた!たった一つ、その差が私の人生の意味_____どれだけ先輩が愛してくれようと、私はもう警察のままではいられない。ずっと正義の名の下に居れば、携えた正義の刃に自らを裂いてしまう________ごめんなさい」
「いやだ!ハクジツ!」
「本当に、ごめん____なさい」
互いに抱きしめ、涙を流し、心の傷を見せ合い、苦しむ。
ハクジツの言いたいことは、ゼンヒには理解できた。
彼女にとって自分はリンネか何かで、実際にそう接してきたからこそ真相がわかった後で暴走してしまった。そして自分はセツカに頼り、彼女に助けられた。自分も彼女と同じく公権力を離れるべき存在だった。
しかし、それでハクジツが救われるわけでもない。ゼンヒが抜けたところで、リンネが生きている以上ハクジツの何かが変わらないから。
「うぐ、ひぐ……あああぁぁぁぁ______!」
「せん、ぱい」
いつの間にかハクジツが、ゼンヒを慰めるように抱きしめている形になっていた。
「確かに公権力に関してはずっと居れる立場じゃない。先輩と一緒に、もう仕事は出来ない。
だけどこれでお別れじゃない……ちゃんと便りはよこしますし。だから_____泣かないで」
「ハクジツ!でも、私無理だよ!泣かないでお別れなんて!」
ぐずるゼンヒが物珍しいが、誰も茶化す気は起きないようだ。
しかし、このままでは話が進まない。
全員がせめてちゃんとお別れ出来るようにと悩む時に、追加で寄ってくる足音がした。
「え、ゼンヒ___!?」
「あ……」
そう、寄ってきた少女がいた。
4枚の翼をはためかせた、上流階級のお嬢様。
バンリだ。
「バンリ、さん」
「ゼンヒがどうしてここにいますの!?」
急いで彼女も近寄るが、もっと困った。
「ああ、その……脱走しては色々見て回ってたみたいで……それで私が警察を去るということをどこかで聞いたのか駆けつけてきて」
涙を流し続けながらも、そもそも喋れないくらいまで泣いているゼンヒにどう理解してもらうか悩んでいるようだ。
「では、少しばかり
「いいんですか?」
「ええ」
バンリは、ゼンヒを引き剥がすように抱きしめる。
「わっ……」
「ゼンヒ」
「バン、リ……?」
自分の大きな生きがいの一つ、大事な恋人が自分のところに現れた。
驚いているようだが、それでも涙は引かない。
「聞いて、ハクジツが」
「分かっていますわ」
「バンリも言って」
「それは出来ません」
「なんで」
「ハクジツさんの決断を、揺るがない優しさを汚してはならないからです」
彼女の言葉は重く響く。
「大凡、彼女は自分が持ってきた関係でこれ以上被害が出ないための受け皿を作ろうとしているのでしょう。それは分かります。なら、それを応援しないでどうするのです」
「でも警察にいてもいなくても変わらないよ!私だってそんなこと気にしな」
「その優しさを学べただけ、ゼンヒは成長しています。ですが、それではダメなのです」
抱きしめたバンリの声は、だんだん柔らかくなっていった。
「人々にはそれぞれ帰るべき場所があります。彼女にとってそれは、今は逮捕されてはいますがリンネと過ごせる場所。あなたにとっての私の家と変わりありません、ですがそれを新たに作って過ごすための準備をする時間が彼女には必要なのです」
「バンリさん……」
「迷惑をかけてしまうという懸念もあながち間違いではない、ハクジツさんにとっての思い出を残す場所も大事です。あなたがセツカとの思い出に浸って向き合うように、彼女もこの事件を通じて改めてリンネと深く向き合い……その上でやはりあの人と一緒に添い遂げたい。だから相手が不安にならないように帰ってくる場所、それも弱者達に担ぎ上げられて再び道を踏み外さず、改めて二人で門出を迎えられるよう長い支度をしなければならない。お分かり?」
バンリがゼンヒを愛するように、ハクジツはリンネを愛していた。
彼女が相手に向かっていく王子様の強さやその内面に惹かれたように、ハクジツはリンネに自分の理想を投影してその面影が消えかけてても一切揺るがない愛を注いだ。
彼女達は、愛するという点で誰よりも分かり合えていた。
「でも、この別れは一度しかない。刑事として、お巡りさんとしてのハクジツさんはこの瞬間しか見られる機会がない。たとえすぐまた、数時間後には会えるとしても……人生の区切りを楽しく、美しく飾るには笑顔で見送るしかないのです。
だから、ゼンヒ」
抱きしめた腕を離して、支えるようにゼンヒをハクジツの方へ向けた。
「お別れ、ちゃんと言いましょう?私も共に、見送りますから」
諭されたゼンヒは、頑張って涙を拭って泣き止む。ハクジツも、同じようにして涙を拭いて笑顔を作る。
「……ごめん、ハクジツ。先輩として情けない顔しすぎた」
「いいえ、寧ろ嬉しかった_____あれだけのことがあって、あの時からリンネと対峙するまで関われなくて……でも、本気で私のこと案じてくれて嬉しかったです_____!」
「私も、嬉しかったよ……だから!」
彼女はハクジツの手をとる。
花束は匂いを振り撒いて、悲しみを払おうとした。
「せめて、その……笑顔で、別れよう。手紙も落ち着いたら送ってくれよ、特別暴力対策課だったら誰と繋がってようと黙らす実力者だらけだし、元気にしてればみんなも安心するから……ね」
「はい……!」
二人は握手して、ハグをし、また離れる。
「えっと……どう言えばいいかな。お別れ」
「ふふ、先輩」
「なに?」
ハクジツは瞬時に近づいた。
ゼンヒは対応できないまま、彼女のされるがままに身を任せる。
頬を撫でた唇の感触。
「……また、会いましょう。今度はお互いに、ちょっとだけ大人びて_____愛した人のことで笑い合えるように」
「________うん!」
彼女は、笑って手を振る。
「では、また今度」
花束を大事そうに抱えながら、涙を流して微笑む彼女にゼンヒは大声で告げた。
「ああ、元気で!」
ゼンヒは、元気よく手を振って彼女を見送る。
扇皇ゼンヒという警官を最も支え、恋に一切の歪みも迷いもなく、その未来のために確信を持って歩むと決めた女傑。
白鳥 ハクジツとの別れを、笑顔でやり切った。
彼女が、道路の向こう側へ消える。
「ハクジツさん、行ってしまわれましたね」
「うん……やっぱり、寂しいかも」
「そうですわね____で」
突如。
ゼンヒはバンリに思い切り抱きつかれた挙句、動けないように拘束された。
「えっ……!?」
「なんで病院を抜け出したのですかこの阿呆!怪我人が担当医に顔も合わせずに!」
「ちっちがうこれはそのカザミが」
「手助けしたのは〆ますがそれでも彼女は無理やりあなたを連れ回すような人間じゃありません!騙そうとしても無駄ですわよ!」
「ひぇっ……ハクジツ!戻ってきて!」
彼女は叫ぶ。
「助けてぇぇぇぇぇぇーっ!!!」
情けない声は、積もった雪すら飛ばすように。
ビル街に響いた。
(次で最終回です/17:03予定)