今日はパトロールについていく日である。
後輩のハクジツが巡査部長になってから、巡査部長の先輩として振る舞うことが多くなった。
「どうですかね、今のところ怪しい人はいないと思うんですけど」
「そうだな」
春先がなんとなく顔を出しているこの日は、暖かいのであるがやはり物は少し冷たくなってたりする。風を感じれば春が包み、物に触れれば冬が残っていることを知る。
変質者が増えるシーズンはまだ先ではあるものの、警察にそれはあまり関係ない。
車に乗りながらあっちこっちを見回っているが特に異常はないようで、彼女らは暇だと話しながら町中を走り回っていた。
「ねえ先輩」
「なんだ?」
「先輩って、今何か思い出したことってありますか?」
ハクジツがなんとなく聞いてみたこと、それはゼンヒの過去のことだった。
扇皇ゼンヒの過去は、去年の4月以前からない。彼女からしてみれば何かあったのか分からないままに矯正局で保護されて過ごして来た。今の名前も矯正局で付けられた名前であり、彼女自体は何もかも覚えてない。
「まだ何も思い出せてないな」
「そうですか」
タバコの煙が窓の外へと吸い込まれていくのを見ながら、ゼンヒは後輩に聞く。
「この前誘導したことあっただろ?あのGT-Rに乗ってる不良。あの子の時から気にしてるけど、もしかしてハクジツは私の過去を知っているのか?」
「……いいえ。ですけど、あの時からふと気になってるんです。先輩は記憶がないまま生活してて、不安じゃないのかって」
彼女の疑問は当然だった。
自分の正体が分からない、どうして生まれて来て生活しているのかが分からない。自分だけ根付いてないような感じがして、この世界とは違うものに感じるから不安になる。そんなふうになってるんじゃないか。
ハクジツはそう思ってゼンヒに聞いたのだが、当人は疑問があるのはともかくとして、それを不安に感じてるわけではない。
「心配してくれてありがとう、ハクジツ。不安は感じたことはないぞ、お前が居てくれるから」
「先輩……」
ハクジツは少しばかり明るい顔をするが、それでもすぐに表情が消える。まるで一瞬別の何かを幻視したかのような反応だったが、そんな彼女の反応を髪の毛のせいでよく見えなかったゼンヒは微笑んだまま話す。
「だけどまあ、疑問はあるのは確かだ。当事者なのに事故の話は色々検証中だから話すことはできないって言われてほぼ一年経ってる。だから何があったのか、どういう経緯で私が見つかったのかくらい話してほしいものだな」
「そうですよね。でも、その人の周辺のものすらなかったから本当にそれで生まれたって可能性がありますよ」
「17歳から1歳になるのか、私は」
「可愛らしいじゃないですか」
「恥ずかしい限りだな」
ゼンヒは口角を上げたまま、電子タバコを吸い続ける。その様子を見て安堵か心配か、微妙な表情をしたハクジツは話を切り替えることにした。
「そういえば先輩、銃を買ったそうじゃないですか」
「ああ、買ったぞ」
「何を買ったんですか?」
「ハンドガンを一丁。あちこち移動して戦うから、個人の武器は取り回しがいいやつをと思ってな。エイリアンピストルというものだ」
取り出したのはその拳銃。
「こいつは面白い機能があってな、スライドは側面しか動かないから上部はずっと固定で照準がぶれないように設計されてる。また銃身が結構低くて手首に近いから、反動その物も少なく作られてるんだ」
「随分とハイテクなもの選んだんですね。高かったでしょう?」
「ボーナスとか結構出てたからそれで買ったんだよ。表彰されるほどの警官だからね、これでも」
「これでもって。もう少し自信もってくださいよ」
電子タバコ吸っててカッコつけてるようなキザな警官があんまり代表面はできない、とゼンヒは笑う。
「しかしまあ、買ったのなら良かったです。あんまりちゃんとした武器を買わずにその場にあったものを使うってことが多かったですから」
「ずっと交番にある仮眠室で寝泊まりしてたからか外に出る時はあんまり危険な状態じゃなかった時が殆んどだ。だけどまあ、個人で移動することが多くなったから必要だと思ったんだよ。部下にも結構言われてたし」
「あの人たちからも?」
「ユリなんか凄かったぞ?『リーダーは強いけど武器がないといずれ困りますよ!』っていうのを繰り返し言って来た。部下の意見を受け止めるのも上司の務めだからって買うことに踏み切ったんだよ」
「そうだったんですね」
武器のことに関してはそれ以上広げる話題もない。話を終えたことでゼンヒは、ハクジツに対し質問することにした。
「ところでハクジツ、最近は調子どうだ?」
「私ですか?」
後輩は少しどう言おうか悩んでから、話し始める。
「ボチボチですね。先輩のように大きな活躍をしているわけでもないですし、あっちこっちに行ってるわけでもないので。ただ、警官としてはこの見回りだけで済んでいる現状が好ましいというか」
「私の前だからそう言ってるのか?」
「いや、私もそう思ってるんです。ただこうやってドライブして、それが仕事になって一日給料貰いながら過ごせるのであればそれが理想系ですから。それを壊す奴は日常の敵であって、だから捕まえる。そういうふうに思ってます」
「だとしたら、私も同意見だ。そうだな、こういうドライブで済む仕事が、警察としてはありがたい」
そんなドライブをぶち壊す輩は出てこない。寒風に凍えているか疲れているか、何にしろ暴れるだけの体力は残っていないようだ。
「まあ、これも先輩のおかげでしょうけど。先代の巡査部長の暴れぶりによって不良達が萎縮するって感じになっているんだと思います。後釜はその直属の後輩な訳ですから」
「その割には私は結構あれこれやっているけどな。この前の売人の追跡だったりとか受け子の阻止しようとしたら銃撃戦に巻き込まれたりとか」
「あれはもうそういう犯罪の対応な訳ですから、仕方ないです」
自分の仕事の大変さを痛感してるゼンヒは、苦笑いしながら吸っていたタバコをバッグに戻した。
昼時には人通りが増えていくが、それでも騒ぎが起こりそうな気配はない。
「今日は平和ですね」
「そうだな」
曲がり角を曲がっては、また話を続ける。
「そういえば先輩、私あの後のこと聞きたいんですけど」
「あの後?」
「調査委員会がどうたらこうたらって話です」
アリウスの過激派を撃退した後、先生が主導で調査委員会が発足。
このパトロールが終わる頃には解散していたのだが、ハクジツはどうやらその内容に興味を示した様子だ。
「ああ、あの件か。簡単にいえば大した収穫は無かったというべきか」
「そうなんですか?」
調査委員会の調査では広範囲に渡った。
アリウス全域での調査があったが、何しろカタコンベ以外の墓地も調べたりして、墓荒らしに近いこともやって神秘に関するものがないかを調査したのだがそれでも収穫は得られなかったのだ。
「あっちの後輩に、さっき言ったユリってやつがいる。彼女に聞いてみたら調査中ずっと何か声が聞こえて来たけど、色々なところを調べてみても何も無かったというんだ」
「何か声が聞こえて来たってのも大概ですけど。この前私が話した戦ってるやつとは違うんですか?」
「今度は教会の廃墟での話だったんだ。黒服と少女の声がしたんだが、当然そこには誰もいなかった。というわけでそれも心霊現象の一個として片付けられたようだ。まあ、ベアトリーチェの置き土産ってことで解決したし、調査に協力した以上アリウスそのものに責任はないってことで話に決着が付いた」
「そうだったんですね」
ただ、それでもやはり警戒は怠るべきではないのか、しばらくは哨戒の手伝いに特別暴力対策課の警官がゲヘナとトリニティの手伝いとして駆り出されているようだ。その契約金でかなり儲けている様子。
「ただまあ、それでもトリニティ側は警戒を深めているようだ。あっちは色々調査を続行していて、歴史的な建造物とかも調査しているんだ。電話口であったが、桐藤ナギサとも話してあることが決まったんだよ」
「あること?」
「乗り気じゃないしずっと先延ばしにしていた教会の調査だ。あれやることになったんだよ」
「今回はあの時と違って責任者だから逃げるわけには行かないですよね」
「困ったことにな」
背伸びをしながら、ゼンヒは話を続ける。
「シスターフッドからすれば黒歴史が公然化するようなものだからな。私が思っているめんどくささよりも重くて、向き合わなければいけないものがある。それを考えたら愚痴の一つは吹っ飛ぶさ。まあ、何も無ければの話だが」
「と、言うと?」
「具体的な話をするなら調査中または前後でめんどくさいことに巻き込まれないといいな、と思っている。戦闘とかな」
「それフラグって言うんですよ」
「はぁ」
ゼンヒはため息をついた。
そんな心配をしてる彼女を乗せた車も、何事もなかった街の交番へと戻って来たのである。
「今日は何も無かったですね、先輩」
「そうだな。何もなくて良かったな」
「交番でゆっくりできますね」
「どうだか。困った市民が出て来たら助けるのが警官の役目だからな」
「ですね」
二人はゆっくりと車から出て、ドアを閉める。
昼時だからか腹を空かせているが、もうすでに車は止めた後だった。
「買ってから来ればよかったなあ……」
「今から歩いて買いに行こう」
「え?」
「細かいところの見回りって言えばおかしなことはないさ」
「うーん、そうですね。そうしましょうか」
ハクジツはゼンヒの言い分に納得して、二人は歩き始めた。
歩いていると、色々なところから花が咲き始めている。桜も少しだけ開いていたり、それらの香りが新たな時間の先駆けと言わんばかりに広がっている。
「そろそろ新年度が始まりますけど、先輩は何か目標はありますか?」
「この前みたいなひどい怪我をしないことかな。迷惑かけちゃったから。そっちは?」
「私が表彰されるような事件が起こらないことです」
「切実な、平和への願いだな」
足音が少しだけ鳴りながら、二人はコンビニへと入っていく。
3月、それは準備の時期であった。