これもまた、夜の話。
マコトも注目しているシスターフッドと公安局直下部隊の教会調査は、とりあえずは下準備から始まった。なにしろこの前の過激派の事件の煽りなのだから、周辺の威圧ならびに安全確認をしなければ調査はできないのである。
また、最近特に触れていた場所でもないため、事前の打ち合わせは必須。打ち合わせ自体は何回かやっていて(その分バンリの店にも世話になって)、その分スムーズに進んだ行動のすり合わせを今日やった。ゲヘナが相手ならともかくヴァルキューレの、風評はともかく連邦生徒会長お墨付きの生徒たちの集団であった特別暴力対策課に関しては特に評価していたのか、部下同士の話し合いも抜群だ。
近くの3階建てで、広いホテルを経費で泊まっているのか割とはしゃぎ気味。仕事だからはっちゃけるのは仕事以降にしろ、と言う注意もあったのにも関わらずこういったことには誰しも気分が上がるもの。
注意した本人は、巡査部長にも関わらず警察に入ってから色々な場所に行ってたせいであまり心は浮いてない。
それは今やっていることのせいでもあるのだが_____
「どうしたんですか、リーダー」
実働部隊長のユリはゼンヒのそばにやって来た。
「いろいろあってね、少し名簿の確認をやっているんだ」
「そうなんですね。けど、そう言う仕事は帰ってからやったほうがいいですよ。リーダーだって立ち合いとはいえ、基本いるんでしょ?長丁場ですよ」
「個人的には急ぐものでね」
「ふぅ〜ん」
ここは、貸切のエントランスである。一フロア丸々貸し出してくれるなんて太っ腹だが、それだけ話をつけ援助してくれるシスターフッドの懐の深さに舌を巻いた。
「そう言うユリこそ寝なくていいのか?」
「アタシはちょっと寝れなくて。なんというか、夢にも思ってなかったことですから」
「SRTに居たのなら、こう言うこともあるだろうって予測はつかなかったのか」
「もう、ありませんから」
「____すまない」
下手なことを言った、と思ったゼンヒは謝るが、謝られた方は慌てて手を振る。
「いやいや謝らなくてもいいんですよ!?寧ろリーダーのおかげで本来の仕事が果たせる、って思ってるんですから!」
「そうか」
「ただまあ、それでも不思議だと思ってますけどね」
ユリなりの疑問があるらしい。
「一つはシスターフッドの態度、と言いますか」
「何か無礼を働かれたか?」
「妙に気分が悪いというか、馴れ馴れしいというか。一言で言えば、優しいんだけどその優しさの中に宗教的な愛がないというか」
「宗教的な愛?」
あまりに曖昧だが、大事なことだろうと考えたゼンヒは聞いた。
「そうです。なんと言うか、井戸端会議の雰囲気というか、妙に口数が多い気がして。引率だったマリーさんやその側近は、そうではないんですが」
「つまりなんだ?褒め言葉というか、言葉の節々に俗っぽさがあるってわけだな」
「リーダーの言うとおりです。トリニティの出身だからそういうこともあるんだと思ってたんですけど」
彼女が顔合わせしてる時に、褒められた言葉。
『流石元SRT、仕事に抜かりありませんわ』
『貴女のような方に守られ、手伝っていただけるなら恐れることはありません』
『ここをお願いしますね、貴女たちは強いですから』
___などと言ったものだ。
その褒め方に宗教的な色は一切感じなかった。この場合の宗教的と言うのは、個人の行動に対して神の関与をねじ込むような発言などではなく、単純に清廉さを感じられないと言ったもの。
「信仰心なるものが薄いというか。本当に信じてる人というのは、もう少し自我が薄めだと思うんですよ。実際マリーさんは、そういう自我が薄めですよね?そういった雑味、がいわゆるリーダーの俗っぽいと言いますか」
「なるほどな。なら、言いたいことは分かる気がする」
しかし、率いてるのは伊落マリー、つまり新米シスターである。それなりの能力を持っていることは認められているが、その周りが信仰心が比較的薄いシスターで固められていても不思議に思わない。
ただ、そこまで考えた上でユリは違和感を持ったのだ。それを理解していたゼンヒは、彼女の話を聞き続けることにした。今やっていた書類に関しても終わったのだろう、一度ノートパソコンを閉じてからまだ座ってない彼女に席を勧めた。
「まあ、なんだ。座るといい」
「ああ、じゃあちょっと待っててくださいね。飲み物を取ってきます」
ユリは一度離れ、カフェラテの缶を二つ買ってから戻ってきた。
「これ、どうぞ。もしかしたら今は甘いほうが好みだと思いまして」
「そうだな。ありがとう」
二人はカフェラテを飲む。
暖かい状態が保たれているエントランスでは、なんとなく眠気を誘う。だが、二人は話に夢中になっていたのもあってか眠気が吹っ飛んでいた。
「まあ、なんだ。そういう違和感っていうのは大事にしたいものだよな」
「ん?どうしたんですか」
「こっちもいろいろあってさ。ま、ちょっとしたことなんだが、実働部隊長には話さなければならないかな?」
「そういう話が前々からあったのなら、ちゃんと言ってくださいよ」
「そもそも部隊率いた事ないからな」
彼女は少し悩んでいたが、鹿嶋ユリという人物を信頼して話すことにした。それは、羽沼マコトから渡された資料のことである。
「その、ユリ。マコトからもらった資料があるんだ」
「万魔殿の?」
「ああ」
ゼンヒはもう一度パソコンを開いた。
「こっちにはデジタル化したコピーだけどな。それの調整をさっきまでやっていた、が____どうだ?」
「これは?」
「いわゆる過激派のリストだ。覚えてるか?アリウスの」
「それはもちろん」
ユリは一度失礼しますと言って、パソコンを見た。資料を見る中では色々な人間が乗っている、顔写真も付いていた。
「なるほど、しかしこれを羽沼マコトが持ってくるとは_____」
「どうやら今回の教会騒ぎを知ってのことなのには違いないが、それでも私に渡してきたってことはそれなりの理由があると見て間違いはない」
彼女に、ゼンヒはことの次第を軽く話した。
ある夜に偶然か狙っていたか、羽沼マコト一人でゼンヒに会った。その時には酒に酔ってる風だったが、水を飲んでからすぐに酔いが覚めていたのを見てそもそもそういう演技であることには違いない。その上で資料を渡してきたのだ。
その理由は『シスターフッドがおそらく持っているであろう人を殺せる兵器』の存在があるか否かを探るために、ヴァルキューレの部隊に依頼してきたというもの。
「つまり羽沼マコトの狙いは、それの解明といったところでしょうか」
「そういう装備があるかないかでどうも外交手段が変わるらしいからな。どっちかに忖度する、というのには難しいが、押し付けられた情報が情報でどうしようもなくてな」
「それは大変ですねえ_____ん?」
ユリは、一つの項目に目が留まった。
過激派のリストであったが、その中に気になるものがあったらしい。写真のそれに、彼女は気がついた。
それは、自分が出会ったシスターと同じ特徴を持っていた。
「どうしたんだ?」
「あの、これ……」
それをユリは指差した。
「その娘がどうかしたか?」
「この人に出会ったんです」
「もしかして、話したのか?」
「その時の俗人らしさの話は、この人のことでしたから」
……風向きが変わってきた。ゼンヒは彼女の話を冗談や気のせいと言わずに良かったと、自身の慧眼を褒めた。
その女の名前はニサという。彼女の首元には何かしらの跡があるが、どうやらユリ曰くそれは何かしらの番号らしい。
フードを深くかぶっていたのでよく見えなかったが、少なくとも数字は見えてたから間違いはないだろうとユリは言った。
「なるほど。つまり俗人っぽいというのは、信仰心の薄さというよりかはそういう生き方をしてなかったから……上べのものだからってことか?」
「だと思いますけどね。しかしですよ、リーダー。送って来たのが“ゲヘナのトップ”なんでしょう?もしかしたら、罠の可能性もありますよ」
これはユリが懸念してること。
マコトはトリニティのことを憎く思っている学園のトップであり、支持率を手っ取り早く上げるためにはその学園を潰してしまうことが一番だ。今はヴァルキューレの、元連邦生徒会直下の特殊部隊の学園の生徒の部隊を使うことで騒動を起こし、学園崩壊のアクションを起こそうと考えていたとする。
無論この場合特別暴力対策課のメンバーは捨て駒になるが、その上でシスターフッドも騒ぎを起こしたとなればそれはトリニティの地位を脅かすことになる。つまり、宗教という神聖さを剥ぎ政治闘争に落としながら、すでに内部分裂しかかってるトリニティを砕くことが出来るのだ。
そうなれば彼女達は命を落とす上に、シスターフッドもただでは済まない被害を被ることになる。
「もしかしたら羽沼マコトの罠かもしれませんよ?だから疑ってかかるのも危険だと思います。他の人たちはアタシは見たところ、会ってませんから」
「そうか……でも他のメンバーはどうだろうな?」
「今休憩してますから、スマホに連絡を入れたらどうですか?」
「そうだな」
ゼンヒはスマホを取り出して、マコトから貰った過激派の名簿を『この中に見覚えがある奴がいたら教えてくれ』とメッセージを付けて飛ばした。
そんな彼女は、ユリの考えとは違い罠とも考えにくい要素があると思っている。
「確かに羽沼マコトが一人でやってきたなんて言い分は信じられないし、ヴァルキューレはまだ信用が低いからこの資料も偽扱いされやすいかもしれない。しかし、わざわざ手渡しで、しかも手袋をしてなかった。うっかりにしてはわざとらしい気がするし、私達が犠牲になった後で原本が公開された場合『シスターフッドはヴァルキューレの特殊部隊を皆殺しにした』と騒げるわけだ。そうしたら、彼女が言う通り社会情勢を味方につけてトリニティを口撃する要素はできると言うわけだ」
「つまりアタシたちはそのままゲヘナの捨て駒になるってことですか?」
「このままであればな。だが、仮に私の言ったことになる場合……一回様子を見れば済む話ではある」
ゼンヒはカフェオレを一口飲んで行った。
「とりあえず今日はもう寝ろ」
「話を最後まで聞いてないですよ!?」
「対策は明日のうちに考えておく、というか今どうこう考えても仕方ない。ユリが感じたその違和感を信じて、マークするしかないだろう」
スマホを見たが、誰一人として返信は来てない。今も確認中だろうか、だとすれば結構なことだ。
「目撃例の数や種類によってどう対策するかは細かく考える。だから、私を信じてくれ」
「と言ってもどうするんです?」
「それは明日話すよ。ワタシもそろそろ考え事をしにベッドに向かう」
「分かりました」
リーダーを信じているユリはそのまま立ち上がる。
「あの時と一緒です、リーダーはアタシ達を裏切らなかった。だから、アタシ達もリーダーの役に立ちます」
「その信頼があれば、きっと今回も上手くいくさ」
そういう返答に、面倒ごとは避けられないだろうという一種の諦めがゼンヒの中にあった。ただ、それでも明日も明後日もやって来るという自信を持って、ユリは挨拶する。
「おやすみなさい、リーダー」
「ああ、おやすみ」
そう言ってユリは、自分の部屋へと戻っていった。
一人残されたゼンヒも、パソコンとカフェオレを持って立ち上がる。
(さて、明日何事も無ければいいが。あとはあいつらからの返答が来るのを待ってから、朝早くに作戦を立てなければな)
彼女もまた、自分の部屋に戻っていくのである。
アリウス過激派が暴走し、記憶を失い警察として働き始めた彼女の人生を大きく動かした事件。
それの第二幕が、始まろうとしていた。