その銃声がした方向。
微妙であるポーズをしたニサなる少女に、ユリが拳銃を突きつけていた。
「何を……!」
まだ他の人間が気づいていないが、ユリを止めようとしたマリーをゼンヒは止める。
「止まって、マリー」
「ゼンヒさんも何言って」
「とりあえずユリの話を聞こう」
部下の判断を信じた彼女は、そのままユリの言葉を待った。
「そのハンドサイン、アタシ知ってるよ。射撃の合図だよね?」
「こういう手をする時、あるでしょう?まさかユリ様は、決めつけがすぎるのでは?」
ニサなる少女、その右手は銃の形にギリギリ見える。その上で右手を少し上げていた。誰かに伝えるのだろうか。
部隊で使うハンドサインでは、射撃の合図に使うものである。ユリは両手で構え、相手に質問を続けた。
「じゃあ腕上げる必要ないよね?誰に伝えたかったのかな?」
「ハンドサインを伝える人がどこにいると言うのです?周りがただのガラス、今教会の扉は閉まっている以上、伝える相手はいないでしょう?それとも、ステンドグラス越しに何かわかるというのですか?」
「そうね。アタシじゃ見分けがつかないかもしれない。サーマルスコープを使ったとして、ステンドグラスとの距離があるから結果的に意味はないかもしれない」
細かい問答が続きそうだと感じたゼンヒは、もう一度周囲を確認する。
自分の近くには、部下に銃を向けられて狼狽えながらもなんとかしてユリを抑えようとするマリー。周辺の、ユリが選んだやつ以外の特暴課並びにシスターフッド全員もまた彼女達を見ている。
「一体何があったのですか」
「おいおい何やってんだよユリ!」
そういう声に、ユリは動じない。
しかし、時間が止まったかのように見えるからこそ、ゼンヒは一つの違和感に気づいたようである。
(……いや、なんとなくおかしいと思っていたんだ)
眩しいと思った小窓の方を見る。
やはりやけに光が入って来ているのだが、その光が揺れてるように見えた。窓であることには違いないのだろうが、その入ってくる光は動いているかのように揺れる。
さっきまではマリーの話と喧騒、雑踏によって光が止まらない方が不自然だった。しかし、今それらが止まった状態でも、小窓からの光が変わらないことに違和感を覚えた。
ユリはそのまま、相手に質問を続ける。
「その右手を上げる必要は依然として必要はない。もっと言うなら、銃の形にする必要はない。あの小窓が眩しいのは今も変わらないけど、それを視線から遮る位置にない。誰に向かって、いや、誰に伝えたかったのかな?ニサ、君の友達のアリサかな?」
「アリサは関係ないでしょう?」
「アリサだけじゃない。ミアもそう」
「……私には関係のない人間までもか?」
口調が少し荒っぽくなった。それで確信を得たゼンヒは、マリーに耳打ちする。
「すいません、隠れててもらえますか?」
「何故?」
「安全だからです。ハンドサインでもなんでも出して、伏せるように」
「あなたは一体何を考えているのですか……!」
ひそひそ声で言い合ってる。
「逃げた後にでも説明します。ですから早く」
「仕方ありません……!」
マリーは他のシスターフッドに伏せるように言った。無論彼女らはそれに従い、あくまでユリから離れて身を隠すようにしゃがんだ。
ゼンヒも同じようにしゃがみながら、仲間の方へ行く。
「リーダー、どうしてここに?」
「リボルバーを貸してもらえないか?」
「自分の持ってるでしょう?なんで使わないのですか」
「自分のじゃあの小窓に届かない」
「あの小窓ってどこの」
「指差したらバレる可能性がある」
その一言で、何をしたいか具体的に理解した特暴課メンバーの一人。
「なるほど、その高さまでになるとご自慢のエイリアンピストルも役に立たないと言うわけですな?」
「撃ったらガラスに当たるだろうが貫通するまでには行かないからな。できれば窓ガラスが割れて、反動も気にしなくていいリボルバーがいい。あるか?」
「……マテバで良ければ」
どうやら、少し特殊なリボルバーを使っているらしい。ならば、とゼンヒは銃を借りた。ユリが尋問を続けてる間に、柱の影から狙いを定める。
「その二人を知っていて当然、お前はアリウス過激派のメンバーだから。知ってるでしょ?アタシ達が交戦したヒエロニムスなる兵器のこと。仮に知らないと言った時点で、お前がそうである証拠はこっちに揃ってる」
「妄言甚だしいな……違うと言って」
「リーダー!」
ユリの合図と共に、ゼンヒは狙っていた小窓へと撃つ。
何しろ反動が少なく安定した命中率を誇るマテバは、数発撃っても狙いが早々ズレはしない。そして安定して大口径の弾を強く撃てるリボリバーというのは精密射撃に向いている。
バリン、と窓を撃ち破る音が何回か聞こえるとそのまま人が落ちて来た。どた、という音とがこん、という音が。
落ちて来たのは少女と少し特殊なスナイパーライフル。スコープを見ると、撃ち抜かれたとしか思えない割れ方をしている。
「いえーい!どうよ、リーダーの腕前!」
「最高じゃないっすか……いやそんな事言ってる場合じゃないですよ!」
「そうだな!みんな隠れろ!」
尋問をしていたユリも一度ニサを蹴飛ばして仲間のところに飛んだ。
おそらくハンドサインを伝える相手は撃ち落としたスナイパーだろうが、銃声そのものが合図になると考えたマテバガールとゼンヒ。
実際、その通りである。彼女らが長椅子や物に隠れたタイミングで______
「うわっ!?」
「なんだなんだ!」
「きゃーっ!」
悲鳴と共に、外からの一斉射撃が飛んできた。
ステンドグラスを無造作に突き破り、その破片が教会の中に散乱する。
「やっぱりこうなるんですよね!」
「お前も考えていた通りだマテバガール!」
この教会は、大聖堂とは言えないがそれなりに大きめの教会。マリーも言っていた通りユスティナの過激派が主に使っていた場所なので小さいわけがない。幸いなことにこの教会のステンドグラスは上の方に設置されており、その下は通路用で上と仕切って作られていたのでその仕切られた通路にいればガラス片が上から降ってきて当たるなんて事故はない。
そして幸いなことに、今ここにいるのは全員広義的には特殊部隊の連中である。すぐさまガラス片を避けられる場所に退避しているのだ。
「くっそ、どうしようもないかこれ。逃げ道はない」
「出ていったらそのまま酷い目に遭いそうですな」
「マテバガール、じゃあ死なないうちに」
借りたマテバを持ち主に返してから、状況を確認する。
ユリは反対側にいるが、どうやら他のシスターフッドとの協力でニサと他の協力者二名をうまいこと確保したようだ。ただ、それが活かされるのはこの窮地を脱出してからになるのだが。
どうするか悩んでいると、通路の奥の方からゼンヒを目掛けてやってくる特暴課のメンバーが一人。銃声とガラスの割れる音の中でもギリギリわかるような声で報告してきた。
「リーダー!多分抜け道になりそうなの見つかりました!レバーあって引いたら長椅子を移動させつつ階段が出てきたって!」
「ほんとか!?」
メンバーの指さす方向を見ると、確かに椅子がスライドして何か下の方で暗い四角の入り口がある。未だ銃弾とガラスが降り止まぬのだが、少なくとも立て直すにはそこに入るしかないだろう。ユリのいる反対側も見てみると、発見した人が先行して反対側の同じ列の椅子の下にもあることを発見したようで、反対側であれこれ言ってるようだ。
「なるほどそうか、そこから下に行く感じだな」
「扉の裏にはレバーもありますし、もうすでにこんなボロボロなら調べるのには苦労するでしょう。それに結構広いそうですから、収納できないなんてことはないって」
「本当に調べたのか?」
「下水道ってほどではないですけど、何かしらの水路と繋がっていたのは確認しています。あとは、何個か扉があったので_____ただ、どう言う部屋かは確認してないです」
「なるほどな」
ゼンヒは考えた。
「わかった。そう言えば今回、フラッシュバンは持っているか?」
「それは数えるほどしかないですが、発煙弾なら。トリニティ内部の政治事情を考慮して襲われるかもしれないと思い。PDWもあります」
「準備いいじゃないか。その領域にいないのがお前のリーダーだ」
「しかし、我らと違い自信と勇気がある」
「補えるのが組織というものだ」
マテバガールと呼んだ少女から少し離れて、割れたスタンドグラスから、もしくは他の高所から人が来るのではないかと警戒してるマリーに近づいたゼンヒ。
「すまない。今から地下の方へ撤退する、指示を出すから従って欲しい」
「何かあったのですか?」
彼女は指をさす。さっきから動いてる長椅子を見て、マリーも理解した。
「シスターフッドに指示を。こちらも撤退するよう指示を出す」
「手伝えることは」
「強いて言うなら急いであの中に行くことだ。中はかなり広く、水道とも繋がっている」
「……と言うことは!」
「あるかもしれない。我々を容易に屠るであろうと嘯いた兵器が」
とはいえ、そんなことよりも別の脱出口に繋がっているであろうと言う一縷の希望にマリーも乗ることにした。
「分かりました。では、ゼンヒさん。指示を、急いでこちらはあそこへ移動します」
「よろしく」
マリーは手を大きく振ってから、指で見つけた秘密の通路へ行くように指示。
銃弾は未だに教会の中で鳴っているが、ガラスの煌めきはもうない。よく見えた指示に従って、シスターフッドは裏切り者三名を抱えて急いで避難した。
それを見送る最中、マテバガールにゼンヒは指示を出す。
「フラッシュバンは狭い通路でも役に立つ。だが、スモークグレネードは」
「慣れない場所で使ったら大変なことになる、でしょ?」
「そう言うことだ。視界を遮って、私たちも一緒に地下へ退避する」
「了解!」
そのままマテバガールはユリに指示を出す。
スモークグレネードを持って、それを入り口を中心に真ん中へと投げ、それで視界を遮りつつ地下通路へ退避して一旦は作戦を練ることを伝えた。
「よし、じゃあ_____カウントダウン始めますよ!」
「よろしく頼む」
射撃の数が少なくなってきてるのを見て、おそらくは上から様子を見る奴がいるだろうと考えたゼンヒは手の空いているもので割れた窓に内側から射撃を加えるように指示を出す。その指示に従い、手の空いているものも持ち込んでいたPDWで射撃を開始、迂闊に顔を出せないようにした。
その中で、マテバガールのカウントダウンは続く。
指が、折り曲げられていく。
3
彼女達は撃ち続ける。
2
スモークのピンが抜かれる。
1
銃の弾が切れる。
「いけーっ!」
「投げろ!」
タイミングよく投げられたことで。入り口、真ん中の通路から思い切り煙が吹き上がる。
黒い煙は一気に充満し、比較的その影響が薄い通路から一気に特暴課のメンバーが走って、通路へと向かう。
「いけ!早く!遅れるな!」
「リーダーも早く!」
「ああ!」
彼女らの読み通り、上から状況を確認する係もいた。
しかし、その彼らは下から噴き上がってくる発煙に加えて、下手に降りればガラス片などの危険物が散乱する地面のせいで怪我を負う。そのような益のない危険行為をするわけにも行かない彼女らは、黙ってみているしかなかった。
そのうちに、扇皇ゼンヒ以下特別暴力対策課100名は一気に、ユスティナ過激派の歴史が眠る秘密の通路へと飛び込んだのである。