幸い、発煙が切れる前に全員潜り込むことに成功した。怪我人こそ出てしまったが、全て腕や足を軽くガラス片で切ってしまった程度。傷口そのものは深くなかったおかげで、戦闘に支障は出なさそうである。
そして、この秘密の地下。
言うなればヒトラーの総統地下壕をかなり大きくしたものである。長いこと使われてないせいで電気そのものは灯りとしては頼りにならない、長いこと放置されていたせいで浸水した部分を起点に一部崩れてしまっていて部屋そのものが埋まっていたりしていて、まさしく跡というのにふさわしい景色だった。
タクティカルライトで周りを見渡すと、水道につながっている通路は普通に洞窟のようになっている。かなり奥に水道管理用のライトがあるから間違いない。
「はぁ」
ゼンヒは頭を抱えていた。
うまいこと逃げきれたはいいものの、依然として自分たちが窮地に立っているのには違いなかった。おまけに武器はこちらの方が軽く、まともに撃ち合って勝てる自信はない。ただ、ここをすぐに放棄して移動してしまうと、マコトやマリーが言及した兵器があった場合手に渡ってしまうことになる。
「使えるやつ探しましょう!」
「こっち腕っぷし強いの集めて一応軽く階段からの入り口は封鎖しといた!監視もつけているから、こっちは気にしないで!」
「蝋燭あったよ〜!これ使おうよ!」
部下達はそれぞれ協力しながら、ここの探索と取り敢えずは拠点になるように安定化させ続けている。
ユリは過激派と通じてた三人を気絶させ、マテバガールはキャンドルホルダーを持って小さな灯りを頼りに色々な部屋を探し回っていた。
マリーは他のシスターと一緒に情報収集をできる範囲でしているようだ。ある部屋には書庫があり、そこの書類を調べたりすることで色々理解しようとしたのである。
「この近くにあった水路の区画名はわかりますか?」
「マリー様、こっちにあったのはS-38と書いてありました」
「S-38、っていうと……月一で見る程度の水路ですね。確か昨日が巡回日だったと思います」
「なら、この水路は比較的安全に移動できるということですね」
「そうなります」
シスターフッドは全体的に活力に溢れていた、やる気ある新米シスターが率先して行動するからか誰一人として笑顔を失ってないのである。
真面目な顔をしている特殊暴力対策課の人間も、気力自体は十分あった。寧ろ、本来自分たちがやるべきだった領分の仕事が戦闘も調査も舞い込んできてるので訓練通りかそれ以上に動きが良く、シスターの活動の安全保障をやっている。
「水路側の方も見張りたい、早く武器持ってるやつは渡してくれ」
「PDWか?」
「ああ。拳銃は持っておいてくれ、ここまで狭いなら多分拳銃の方が役立つだろうよ」
「この地下壕で戦うのだけは勘弁してほしいものだな」
「何、相手はいくら過激派でゲマトリアの手先といえど我々も相応に訓練してきた。どの学園と対峙しても大丈夫な風にな、今悩んでるリーダーの期待にしっかり応えようじゃないか」
「そうだな!」
しかし、そんなリーダーは今悩みが多すぎて疲弊しているのである。
判断は早く、撤退の話し合いも手短かつ完璧だったので誰も彼女のことを無能扱いしないのであるが、当人はそれ以降の動きを思うと相当に精神的負担がかかってしまっているようだった。
(通常の地下の方にあの武器がなければいいんだが____いや、そうじゃなかったとしてもあの入口が見つかった場合毒ガスが流れてくる場合もあるのか。仕方なかったとはいえ、安易な行動だったか?それに書類とかの解読や調査もやっている今何もないとは思えない。すぐに水路から脱出、というのも難しい話だ。出て行ったところで袋叩きに遭う可能性がある。それに、ずっと地下だと誰とも連絡が取れないのか。くっそ、どうしたものか)
「あのー……」
(そもそも今仕掛けるタイミングじゃなかったろ。話し合いの時にはそのあとでどうこう、ってなってたんだから。くそ、若さゆえの過ちか。やるかもしれない、という考えだけで突っ走って正解だったが正解だったところでこのざまだ。くっそ、もっと前で動けなかったのか!しかしユリとの話合いに至るまで確証はなかった。もう少し早く彼女に情報を開示するべきだったか!?)
「あのー!」
後悔ともしもの逡巡は、ある少女の声によって途切れた。
歌膝で頭抱えてたゼンヒに声をかけたのは、マリーの近くにいたシスターだったのである。
「大丈夫、ですか……?」
「あ、ああ。すまない、ガラスと銃弾の音が鼓膜を揺らしまくったせいでちょっと眩暈が」
「明らかに何か、悩んでる風でしたけど」
シスターは懺悔する時、声だけでどう悩んでいるかなどをわかったりする時がある。表情という情報が加わるだけでも、具体的な内容はともかく傾向ははっきりするのだろう。
「眉間に皺寄せて顔を押さえてるのは目眩の時にはしませんよ」
「……」
「まあでも、取り敢えずマリー様を呼ぶ前に、ほら」
ゼンヒの片手をとって、シスターは相手に飴玉を一つ与えた。
「オレンジの飴はお好きですか?」
「ああ、大好きだ。たまに食べたくなるくらいには」
「ならよかった。マリー様と話し合う前に、もしかしたら効くかもしれませんよ」
「すまないな」
「舐め終わった後にでも来てください」
そう言ってシスターは元の配置に戻って行く。
渡された飴はオレンジ色の包装、そこかしこで未使用だった蝋燭の火がついているので光を反射してオレンジになっている手の色と馴染んでいる。
(……あんまし、くよくよしてても仕方ないか)
包装を破り、ポケットに入れてから飴を口の中に放り込む。
比較的酸味の強いものなので、顔を顰めるほどではないにしろ少なくとも若干の湿気と熱が回っている地下壕の中でも意識がはっきりした。
(____仕方ない、シスターフッドに話していいものかどうか悩む上、明らかな外交問題の種だが明かさない限りはずっと遅れを取るかもしれないしな)
飴を噛み砕いて立ち上がる。
「お、リーダーが動き始めた」
「やっぱシスターの励ましって効くんだなあ」
「私たちだって手伝いしてても気力溜まるし。まあ、リーダーがずっと動かないよりかはいい」
立ち上がったゼンヒを見て、安堵する特暴課のメンバー。
軽く歩き続ける彼女は、自分の部下であるユリに近づいた。
「その業務、誰かに頼めるか?」
「ええ、シスターさんに頼めますが……」
「今からマリーのところに行く。一緒に着いてきてくれ」
「着いてきてくれ、って_____アタシ話すことあります?」
「……あの資料について話す」
ユリは狼狽えたが、すぐに真面目な顔に戻る。おかげで周りの人間は、その異変に気づかずに済んだ。
小声で彼女は、ゼンヒに確認する。
「いいのですか?場合によってはシスターフッドとここで決裂なんてことになりかねませんよ?そうなれば尚更、自分たちが生きてられるかどうか」
「しかし、私たちはアリウスとシスターフッド、いやユスティナのことを全くと言っていいほど知らないんだ。まだあの時は羽沼マコトからの情報の真偽と信用度について議論していたが、あれが事実だった以上は多分話した方がいいと思う。私はな」
二人は話し続けるが、少なくともゼンヒは意見を変えるつもりはないらしい。観念したユリは、彼女のいうことに従うことにした。
「わかりました。では、話しましょうか。と言っても信じてくれるか、不安ですがね」
「それは誠意で補うしかないさ」
話しながら歩いていたのか、すでにマリーの近くまで来ていた。
「えっと、つまりあそこにはそれ系の武器はないってことになりますね?」
「ええ。ここには表だった書類も隠されていますが、少なくとも隠し通路以外で一般人が立ち入りできる場所には武器はないって話です。もっともどういうものかまでは書かれてはないのですが、少なくともここにあってもあそこにはない、という点では安心できるでしょう。もっとも長居するものではないですが」
「なるほど……ありがとうございます」
足音が近づいてきたことに気づいた彼女は、ゼンヒの方を向く。
「あら、ゼンヒさん。大丈夫ですか?少し具合を悪くしていると聞きましたが……」
「心配してくれてありがとう。だが、私はもう大丈夫だ。飴を恵んでくれたシスターさんがいたから」
「そうですか……ならよかった」
マリーの笑顔で癒される一行。しかし、ゼンヒはあまり表情を変えずに、彼女の方に近づいた。
「_____で、すまないのですがマリーさん」
「?どうしたのです。そんなかしこまって」
「正直、今でも言っていいのかわからないことを言おうと思います。今とらえた三人に関してなんですけど」
「もしかして、情報の出所に関してですか?」
「なっ」
彼女はとっくに気づいていたらしい。情報源は不明だが、ユリとゼンヒ、あと数人は少なくとも捕まえた三人の所属が過激派であることに勘付いていたことに。
それはユリが脅すときに言った言葉をまるまる覚えているからだ。
「大丈夫ですよ。私たちは、仲間です。安心して言ってください」
「____その、私らが知ったのは実は羽沼マコトから渡されたリストからだったんだ。だから結果的には知っていた、ということになるんだが」
ゼンヒは頭を下げる。
彼女が頭を下げたのは、記憶をなくして以降この時が初めてだった。自身が集団を率いるというスキルの欠如と、情報の精査が不慣れで招いた今回の騒ぎに関してはかなり責任を感じている。
「申し訳ない。私がしっかり事前に言っておけばこんなことには____!」
だが、謝罪された相手はそれを悪き事だと思ってなかった。
「頭を上げてください」
頭を下げた相手の肩を持って目線を合わせるマリー。狼狽えることもなく、彼女はゼンヒを責めようとも全く思っていなかった。
「ゼンヒさんはその情報が正しいと確信できなかったのでしょう?」
「それはそうだが_____」
この時のマリーの笑顔は、聖母のそれに等しい。
「当たり前です。どんな状況かは分かりませんが、このことを事前に察知してて、それに関わる資料を持ってきた際、ゲヘナとトリニティの中間にいるのですからその情報の真偽や価値について見極める必要があります。あなたは、確信に至るまで騒がなかった。だけどそれを嘘や気にしないなど軽んじず、信じれる仲間に頼ってできる範囲でそれが事実であるかどうかをしっかり調べたではありませんか」
「それが事実であるともっと早くに分かっていれば!」
「結果論です。確かにその情報は事実でした。私も、自分の信頼する仲間があんなことになってしまい心のどこかで怯えています。ですが、ゼンヒさんのおかげで人間不信に至らなかった。人を騙す悪魔と、それに踊らされてしまったあの三人から私たちを守ってくれたのですから」
頭を上げたゼンヒ。彼女の後悔した顔を、誰一人として罵倒せず、嘲ることもなかった。たとえその情報の扱い方を間違え、最善を導けなかったとしても警戒していたからこそ最悪の事態に陥らなかった。それを評価する人間が、集まっていたのだ。
「マリーさん_____」
「気にしないでください。ユリさんと一緒に頑張ったおかげで、今こうして時間が作れています」
実際あの時に全滅しなかったから、今こうして秘密の地下壕を探検するに至っている。
書物は過去の事実を今のシスターに赤裸々に語り、その時に使っていた蝋燭や道具は肌みで事実を強調する。そして幸いなことに、この地下壕につながらなければ、その秘密は保たれたままになる。
「ですから、もう少し一緒に頑張りましょう。みんなが無事にこの問題を解決できたら、きっとその恩はあなたを救うはずです」
「神様が?」
「いいえ、今を生きる人たちが」
彼女の言葉を信じることにしたゼンヒ。
謝罪も終わり、情報もしっかり公開したゼンヒの話を聞いたマリーは相手がどう動くかを改めて考えようとする。
「大変だー!」
しかし、それも一人の喧騒によってすぐに遮断された。
騒いだのはマテバガールで、自分の部下だからとゼンヒは急いで彼女に近づく。
「何があった!?」
「とんでもねえ武器庫があった!」
「どんな!?」
「大体古い銃だが、色々マークが書いてあったりして少しだけ不気味なんだよ!他の部屋より状態良くて、それに待ってるかのようにメモがあるんだ!」
「どのようなメモです!?」
マリーは、マテバガールに聞く。
「え、えっと。わからないです!古めの言語でちょっと読めないです。しかし、メモそのものはかけておらずシミもないのでわかる人がいれば!」
「分かりました、いきましょう!」
そうして、マテバガールが騒ぐほどの部屋へ行くことにした。
そう、それは彼女らが知るべきもの。そして、アリウスの過激派が欲そうとしていたもの。
本当にそのようなものがあるのか。
その部屋は、扉が開く未来を望んでいた。