「そこの車両!あんたは悪くないが止まりなさーい!車から煙吹いてるぞ〜!」
今回は犯罪ではなく事故寸前の案件の処理である。
新任巡査部長の扇皇ゼンヒは、巡回中にボンネットから燃えている。運転手に分かりやすく罪には問わないと表明しているのが効いたのか、そのまま停止。
彼女は近くでハザードランプを出しながら停止して、急いで車両に駆け寄った。一般中型車両からの火災、今なら大事になる前になんとかできそうだ
「よかった。止まってくれた」
「え、あ、ほんとだ!」
慌てて車から出てきた生徒は慌てているが、ゼンヒは落ち着いてボンネットを開ける。
煙が広がっていくが、そこまで火の手は上がってない。というよりエンジンの奥で燻ってるように見える。元々そこまでガソリンがなかったのか、かなり控えめだ。
「ペットボトルとかはあるかい?」
「いや、持ってないです。買いに行こうとしてる途中で」
「わかった。ちょっと待ってな。パトカーの方まで下がって、後続に知らせてくれ」
「何するんですか?」
「必要なもん借りてくる」
そのまま生徒は呼びかけへ、ゼンヒは近場のビルに向かった。
ビルの受付の方まで行くと、機械の受付に話しかける。
「すまない消火器を貸してくれるかな?」
「一体どうされました?」
「軽い車両火災だ。消火器があると助かるんだが」
「それは大変。お好きにお使いください、下にあるでしょう?」
案内通りの方を見ると、彼女の足元に消火器がある。
「ありがとう、では借りてくよ」
「ええお気をつけて」
消火器を持ってゼンヒはビルから飛び出した。
ごねられてないのでそこまで時間は経っておらず、車からの火は拡大していない。これなら余裕だろう、と急いで開けたボンネット側に回って消火器をかけた。
「頼むから一本で終わってくれよ」
そう言って、彼女は乱雑にピンを投げ捨ててから掛け始める。
掛けている間、車の主は彼女に寄ってきた。
「お巡りさん!」
「煙は上がってるから多分大丈夫だろう、すぐに消防に電話かけてくれ」
「はい!」
車の火は消えていく。
元々狭いエンジンルームに加え、そこに集中的に吹き付けられた消火器の消火剤。水ではないので蒸発したものが上がったりもせずに、煙は出てる以外に状況が変わることはない。
野次もそこまで集まることはなく、消火器の中身を全部火にかけ終えた。
一応手をかざして状況を見てみるが、余熱以外は特に感じない。何かに照らされてるわけでも、新たに燃えていて焼かれてる気配もない。
「一回様子見か。まあ、専門じゃない奴がやれるだけやったんだ」
「おまわりさーん!」
電話を持ったまま、生徒が寄ってくる。
「どうですか?」
「どうですかって言われても、はっきりとしたことは言えないな。今出来うる限りの確認はしてみたんだけど、ともかく後は消防士の言うことを聞くしかないだろう」
そう話しているうちに、反対側からサイレンの音がなってきた。二人が振り向くと、消防士が数人で来ている。
「お疲れ様です」
「こちらこそお疲れ様です。大丈夫ですか?」
「すいません。細かく確認はできなかったので、後はお願いします」
「もちろん」
消防士はホースとかを持ってきて、追加で水をかけながら様子を見る。
運転手の生徒とゼンヒはその様子をずっとみていた。後者は暇になってそのまま電子タバコを吸う。
「ありがとうございます、お巡りさん。気づいてもらえなければ、私色んな人に迷惑をかけていたかもしれません」
「横に漏れてたので運転に集中していると気づきにくいのかもしれませんね。よかった、まず何よりもあなたを救えたことを喜んでおきます」
「そんな……歯の浮くセリフ……」
「ナンパじゃないですよ?」
煙が浮いて、風に吹かれて長くなる。
そんな姿を見ていたらお巡りさんとは思えない彼女の姿に、運転手の生徒は呼び方を変えた。
「そういえば刑事さんってタバコ吸うんですね?見たことない形ですけど」
「近頃流行りの電子タバコというものです。従来の喫煙者はあまり味が強くなく吸い心地が良くないというので敬遠されてたんですが、味の改善があって自分もそれで手を出すようになりました」
「いつ頃から?」
「そこ3ヶ月前から。急に吸いたい欲が抑えられなくなって買ったんです。ただ、普通のタバコよりは安全らしいのかあまり変化はないですね。吸う回数も多くなって行ったりはしませんし」
「急にそうなるって珍しい」
ゼンヒがヴァルキューレに入学する一ヶ月前である。
公務員試験に合格した上で、あれこれ入学準備している間に急に吸いたくなったそうだ。それも、本来知らないはずの喫煙の感覚が急に襲ってきた。
しかし、いきなり加熱式タバコを吸うとどうなるか分からないため、できる限り刺激が軽減された電子式タバコを購入。それを自分への入学祝い代わりとして、ずっと愛用している様子。
「覚えているっていうのも珍しいというか。でも、喫煙とかしたことないんですよね?」
「ああ。全くないな。だが、吸って何かあったというわけでもないし……だから尚のこと不思議でね」
「前世の記憶とか、じゃないですか?」
「まさか」
二人で笑い合ってると、消防士の生徒がやってきた。
「お待たせしました!」
「どうでしたか?」
「消火完了です。これ以上はひどくならないでしょう」
「そうですか。ありがとうございます」
運転手は礼をする。
消防士も礼をしてから、今回の火事の原因を話す。
「一応消火してから調べてみたんですが、どうやらショートが原因です」
「ショート?」
「バッテリーのターミナルが溶けていて、それが原因で周囲の配線などにも溶けた物がかかって火災を起こしていたようですね。ただ、そこまで大きくはなかったので煙が多く吹く程度で済んだと見ています。おそらくいい物だったのでしょう」
「そうでしたか……対応していただいてありがとうございます」
「これが仕事ですから。レッカー車も僭越ながら手配させていただきました、お金はかかりませんから安心してください」
消防士達はそのまま、消防車に乗って去っていった。内部で何か連絡しているから、きっと後処理も問題ないだろう。
二人はそれを見送ってから、今度はゼンヒが運転手の方に聞いた。
「そう言えば、そっちはどこへ行くつもりで?」
「私ですか?えへへ、今から戻るところだったんですよ。トリニティに」
「ここから遠いでしょ?どうして?」
「連邦生徒会にあれこれ書類を渡さないといけなかったので……でもよかった、渡した後だったから」
確かに、運転手の姿をよく見ると白いトリニティの制服だ。
スーツ以外は自由にやってる所謂刑事のゼンヒには縁のないものだが、それ故にもの珍しく、また綺麗に見える。
「……しかしまあ、かなり車がダメになりましたね。トリニティって結構他人の失敗に敏感だと聞きました。気が重くなったりはしませんか?」
「たしかにトリニティは他の学園に比べて重箱の隅を突くような生徒は多いですよ。ですが私はフィリウス派、もっと言えばあの事件で唯一被害の少なかった一派の人間です。その前であればパテルかサンクトゥスのどっちかから嫌味を言われるでしょうけど、今はそうではないですね。仮に言ってくる輩がいるとしたら、集まって仕返し出来るだけの大義名分が出来るので」
「勝ち馬に乗っていた、ということか」
「刑事さんの言う通りですね」
事実は否定しない性分のトリニティ生徒は、微笑んでゼンヒを見た。
「そういう刑事さんだってヴァルキューレの人でしょう?派閥争いとか、内ゲバなんてよくある話って聞いたんですけど」
「内ゲバってお嬢様が言う言葉じゃない……けど、私はまず入ったばっかで巻き込まれてはないですね」
「え?入学したばかりなのですか?」
「去年の八月あたりにキヴォトスの公務員試験あって合格して、それでヴァルキューレにも合格したから巡査部長からの入学になったんです」
実はテレビでよく出てくる刑事物のドラマやアニメ、厳密に言えば刑事という職業や階級は存在せず、実は刑事事件を担当する警察全般を刑事と呼ぶ。一般的には巡査及び巡査長がそれに該当するが、巡査部長はその中では部長刑事というものになる。
つまり、彼女は刑事の中でも偉い方だと言うこと。それを説明すると、トリニティの生徒は声を上げた。
「えぇ〜!凄いですね〜!」
「もっと頭が良ければ警部補から、つまり私より一個上からスタートします。ですから私は良い方というだけで最高って訳ではないですよ」
「もっと上があるのですね……え、警部補になるにはどうすれば?」
「昇任試験を受けてから一度ヴァルキューレの方で研修を修了すれば警部補になれますよ。一応局長の実施したテストで昇任試験があったのですが、それは合格しています。ですが、まだ研修はやってないですね」
「それはどうして?」
「実はシャーレ前交番の担当巡査部長がいない、と言うので特別に名指しを受けました。なので研修は後回しにして、今ここで勤務しています。私自身はこれが初めての交番勤務なのでこれでもかなり緊張しているんですよ」
「へぇ〜」
話が一度終わると、目の前にレッカー車がやってきた。
「あーレッカーでーす。お車はこちらで宜しかったですかね?」
「そうです!すみませんわざわざ、ありがとうございます」
レッカーの人と話すトリニティ生徒。
そろそろ自分は用済みだろうと考えたゼンヒは、彼女に挨拶する。
「ではそろそろ失礼します」
「ああ、本当にありがとうございました。刑事さん」
「また会ったら、お話ししましょう」
そう言ってゼンヒはその場から去った。
後ろにハザード焚きっぱなしだったパトカーに乗り込んで、ハザード消してから無線で連絡を取る。
「えー、状況終了。現在該当車両は鎮火し、レッカーでの運送中。只今より戻ります」
そう言ってから、パトカーは走り出す。
できれば最大でもこんな事件であってほしいな、そう願うゼンヒの夢を応援するかのように雪が降り始めた。
あっという間に新年も、一週間が経過しそうである。