シンとゼンヒは互いに歩く。
シンの手には起爆用のリモコン、肩には大型ライフルを下げているロープ。
ゼンヒは手に物は持っていないが、腰のホルスターには買ったハンドガンと、反対側にベルトに挟んだオブレズピストル。
「まず先に聞こうじゃないか、シン。今回の目的はなんだ?」
「君の部下のせいで台無しになったが、自分はある装備を探していた。ユスティナ聖徒会が密かに研究していたという人を殺せる銃弾をね」
「そんなものはなかっただろ、バカバカしいとは思わなかったのか?」
シンは笑う。
「最初はね?バカバカしいなんて思ったんだよ自分も。でもシスターフッドが調べるって言うじゃないか、なら潜ませてたやつを使って調べようと思ったわけ」
「そうか」
「まあ、無かったんだけどね。少なくとも人混みに紛れてささっと忍び込んで調べてみたんだけど、武器はなかった。恐らくは君たちがさっき自分から隠して運んでいた箱がそうなんだろうね」
「……見えていたのか」
「熾天使の絵なんて、結構面白いじゃないか」
それが何なのかは理解していなかったものの、とりあえずは奪取に失敗した事は理解していた。だが、彼女が持っている爆弾のスイッチがある限り敗北が確定したわけじゃない。
そして、負けたわけではないのはゼンヒも同様。
「今度は君に質問だ。何故、今回自分達のことが分かったんだ?」
「情報そのものは真偽不明だが前々からリストを手に入れていた。羽沼マコトが一人で屋台にやって来て、押し付けたリストがある。武器のこともそこに書いてあった、武器に関しては内容がかなり違っていたが」
「……なんだって?」
相手の顔は引き攣る。
「聞いての通りだ。私は羽沼マコトからリストをもらった、それだけだ。だが、今日の朝……いや、あの瞬間に至るまで私はそれが事実であると確信出来なかった。何故なら、あそこで銃撃戦を仕掛けるとは思わなかったからだ。武器を回収したら、保管した場所で騒ぎを起こす。そう考えていたからな」
しかし、実際はあの時点ですでに襲撃をかけられた。実際は何もなければ仕掛けるつもりはなかったのだろうから、きっと相手にとっても予定外のことだったのだろう。
「そうはならなかった。君の部下は、自分の同志であったニサのことを含め見抜いていた」
「私たちのことを知っているなら、安易にハンドサインを出すべきではなかったな」
「反省しよう。次があればね」
足音はまだ聞こえない。
どうするか、何をどれだけ派遣するか味方も悩んでいることだろう。だが、ゼンヒそのものは一人で解決できると踏んでいた。
増援が来たと分かった段階で、どうせ予備の爆破スイッチがあるはず。ならば増援を呼ばれ、自身の仲間がほぼ撤退していたとしてもこんなに余裕を保つはずはない。最悪の場合は、スプリングフィールド・セラフィムを使うのも想定している。
「じゃあ、もう一度。私から質問だ」
「いいだろう、まだ時間はある」
「なぜ今回のような企てを?」
「報復行為でしかないが?」
単純すぎる回答に、ゼンヒは付け加えて聞いた。
「違う。もっと、もっと現実的なことだ。たとえば今回の襲撃に成功した場合、本来銃弾で死なない人間を簡単に殺せる兵器が手に入るわけだ。下手すれば、作り方もな。その場合における展開、政治的にはこう動かしたいという思いでやるはず。それこそトリニティを解体するでも、ゲヘナに復讐するでもいい。そう言ったのはないのか?」
「まるで自分が勝った気になったような言い草だねえ?自分はもう勝った、相手は確実に負けた。そう思ってないと出てこない言い方だ」
「シャーレの先生のことを過信してるわけではないが、彼まで動く事態になればお前の負けは確定する。並行世界からの侵略者とも戦って勝ってるし、ゲマトリアとの戦闘もしっかりこなしている。対してそちらはアリウス全体ではなくあくまで一派閥、人数は少数精鋭のシャーレでも数が劣るわけだ。それにテログループとして作られたアリウススクワッドは、シャーレの味方になるだろう。アリウスの派閥でなく、な」
それに、エデン条約の時と違いゲヘナとの関わりもなければゲマトリアのバックアップもない。前よりも人員と技術と、何もかも足りない。
彼女らが負けるのは火を見るより明らかであった。
「私が生きて戻れるかはともかくとして、お前の負けは確定しているわけだ。まあ、どうしようが構わないが今大人しく降参するっていうなら問題はないだろう。いや、お前にとっては矯正局に送られるのは問題か?だが歴史的な観点から見ても仕方ないし、何よりベアトリーチェによって歪んだのならその点は考慮するはずだ。シャーレの先生だってそこは弁明する」
「だから、降参しろって?」
「ああ」
「それは出来ない相談だ」
シンは彼女の呼びかけを無視した。
「当然、君の言うとおり最初から勝ち目はなかったのかもしれない。そもそも過激派の中でも大義のために動く人間と、ただ殺戮しか眼中にない人間が二極化していた。後者は君たちが倒した奴らのことだ、だからあの時よりも数が減っている。それに今回のやつもおそらくはスコープの反射光が原因じゃないのかな?それによって誰かに狙われていると気がついた。気をつけろ、と言ったはずだけどね。ずっとあそこに張っておいて、調整できないとはとんだ人間を引いたものだよ。だが、彼女は新人でも先輩たちのために頑張ると言ったから任せたんだ。その結果が君に撃たれて落下した」
「止めなかったのか?」
「騒ぎを起こすのもまた狙いだからね。あのタイミングである必要はなく、寧ろ最悪の場合の処置としてあそこに張らせてたんだが____まあ、騒ぎが起こったところで狙いは達成できる」
得意げに話を続ける彼女。
「自分たちの命さえ考えなければ、騒ぎを起こし続けることには意味はある。それはなぜだか分かるかな?」
「知らないな。私はここの歴史を知ってるわけじゃない」
「あの騒ぎは不本意であったが、少なくともエデン条約の一件で対外的な意見としてトリニティとゲヘナ双方の信頼度は下がった。この評価は所謂他学園の評価になる。シャーレの先生の影響力で、基本見られないところまで見られるというようになった意味では、あれは透明性を担保する素晴らしいシステムなわけ。ま、それでもひっくり返せないものがあるけどね」
「それは」
「大衆だ」
二人は、円形の通路を、互いを見ながら歩いて距離を取っている。
「人々は事実より真実を好む。ひっくり返せないことよりも、意思による感情の発露が好きになる。先生はそうではないらしいが、どうやら彼曰く女性はその傾向が強いと言っていたね。かくいう私もそれに近い人種だ。だから、私に響くことは大衆に響く」
「どう言うことだ?」
「騒ぎそのものに価値があると言ってるんだ」
シンの声が響く。彼女をしゃべらせ続けたままにしたゼンヒは、彼女の高揚した喋りぶりに隠れてある機会を伺うことにした。
「君たちが知っての通り、ユスティナが人を殺す弾丸を製作したという噂をあの事件の後に流せば、内政もまだ不安定のトリニティは完全にその衝撃で瓦解する。対外的な説明を求めようにも、ある種の外交官であった聖園ミカはまだ謹慎中。百合園セイアだって完全に動けるわけでもないから、そのままティーパーティ最後の一人であるナギサに集中して潰れると言うわけだ。君たちの名誉は傷つかないが、シスターフッドだってその噂を流せばユスティナというはっきりとした汚点のせいで身動きが取れなくなるだろう。また参政した救護騎士団はこの件に関して知らない以上責任を取りようもない。
あのスナイパーもそういう意味では、シスターフッドの差金となすりつければいい。そのためには迂闊なやつを置くのも手だと思ったから頼んだのもある。ま、どっちでもいいさ、やることは変わらないからね。君たちがもっと迂闊なら強奪事件を起こしたし、そうでないならあの子の犠牲を使ってなすりつける」
つまりシンにとってはどちらでもいい、ということだ。手っ取り早く起きるのならばそれでいい、と言った具合だろうか。手を広げたりして演説してる風だが、手にはしっかりスイッチを持っている。
「そういうことだよ。だから、君たちがどう足掻こうとも無駄というわけだ」
「____長々と話した割には要領を得ないな。つまりはあれか?お前らはとりあえず今ある社会を破壊して、あとは放置するつもりでいる、と?」
「頭がいいじゃないか。うん、そうだよ」
彼女は本当の目的を語る。
「そもそも私たちは常に役目を持って生まれた。それは警官であったり、どの学園の生徒であったり、貧富や立場だって決まって生まれてきた。そういう役目を持って生まれてきたから、覆しようのない苦痛によって人生の意味を決められる。その役目を決めたのはだれかは不明だが、基本それらを常套の手段では変えることは出来ない。やらかし、本来であれば即座に退学・逮捕処分になるであろう聖園ミカも何故かずっと謹慎で済んでいるからね。いわば、シャーレの先生が神の意思の代弁者かもしれない。聖書で言うなら、常に善と定められたキリストのようなものだろう。彼女はそう言う意味では、改心してキリストに従うと言う善のダッチワイフに過ぎない」
「そう思っているなら、なぜ自分で変えられると思う?」
「変えられるかどうかは、彼女らを殺せる道具を用意できるかで決まる」
「だからお前らも狙っていたわけか」
「そう、君たちが今運び出した装備がそれになる。これなら、殺してから政治を変えることができる!死は覆せないからね!」
高揚した声がつんざくように響く。
「殺すことに七面倒な手段を使わなければならない、そうでなければ透明な器の中の血肉を曝け出せないのを!君たちが手に入れた武器は簡単に!日常と言う名の暗器で仕留めることができる!今ここで君たちが問題を解決できないのなら、いずれ時間が噂と混乱で社会を満たし、その隙間を縫って我々は革命の印を手に入れ、未来を大きく変えれるんだ!自分達がアリウスという"運命"の下に生まれたのを、これによってひっくり返し、破壊し、新たな人生へと踏み込む!」
「そのためには、自分の命も惜しまないと?」
「ああ、そうだとも!」
ゼンヒは覚悟を決めた。返事をせずに機を伺う。
「このモデルケースさえ出来れば、犯罪に手を染め、そうでなくても貧困に喘ぐ者たちは己の手でシャーレと名のついたシナリオを突破できる!そして世界は____」
シンは手を大きく広げて、中央のライトに照らされて己の思想に酔いながら叫んだ。
「新たな民の時代を迎えるんだ!」
「そうか」
瞬間、銃声が鳴り響いた。
ゼンヒは自分の銃を引き抜いて、まず一発広げていた手に持っていた爆弾のリモコンに銃弾を当てて撃ち落とす。そのリモコンは、落下防止のための鉄柵の近くに音を立てて落ちた。
相手は驚いて少し固まるが、急いで取りに行こうとする。それをすかさずゼンヒは二発目を撃ち、精密射撃に向いたその拳銃はしっかり鉄柵に当たってその隙間から落ちているリモコンに直撃。押し出されるような形で、リモコンは貯水庫へと落下。
「くっ、いいのか!あれひとつじゃない、今から爆破してこの水路からトリニティ中を破壊し_____」
鉄柵の近くでもう一つの起爆スイッチを押そうとしたシン。だが、ゼンヒは躊躇わずにオブレズスプリングフィールドを引き抜いて、
「さよならだッ!」
トリガーを引いた。
______この弾は、神の作りし見えぬ外郭を破り、われらに与えた穢れなき姿のうちにある穢れそのものの血肉を晒すものである。
彼女が動くよりも銃弾の方が早い。銃弾を軽んじられてはいるが、それは当たっても大丈夫な前提で動くから、キヴォトスでは銃弾程度が脅しになるわけではないのだ。そのままセラフィム弾は直進し、本来命中率の悪いオブレズの銃弾は、空気抵抗のせいで少し曲がって起爆スイッチを押そうとした手の方の肩を撃ち抜いた。
キユなる人物の言うとおり、セラフィムのように開く鋭い弾は、ホローポイント以上に鋭く、相手の肩周辺の肉を裂きながら貫く。遠くからでも見て分かる勢いで血肉は花火のように散り、彼女の体を削る。
その勢いで一回転するほどで、彼女は一瞬にして痛みと出血のショックによって感覚が狂い、背中に当たった鉄柵からそのまま貯水庫の奥底へと飲み込まれていった。
「____そこで反省でもしてるんだな」
ゼンヒはそう吐き捨てて、踵を返し歩き始める。
自分が撃ったそれは、おそらく史上最低の一撃かもしれない。彼女は自身を納得させる気も起きず、ただ撃ったその結果を受け入れて、あとは自分がいる世界の考えに身を任せるつもりであるらしい。
この貯水庫に、ふざけた奴の思想はもう反芻しない。ただ響いてくる音は、階段の向こうから聞こえる人の騒ぎだけだった。