ゼンヒが地上に戻ってくる頃には、少し陽が傾き外に橙色が薄く塗られ始めていた。
周りにはシスターフッドも正義実現委員会も湧いてくる始末で、影よりも暗い黒が跋扈。
「ゼンヒさん!」
「リーダー!」
色々疲れてやつれたように見え彼女に、マリーとマテバガールは近寄った。
「大丈夫ですか?」
「いやあ、まあ、私は大丈夫だが相手が大丈夫じゃない。爆弾のスイッチ起爆させようとしたから止めるためにセラフィム弾撃ったらそのまま肩の肉えぐれておっこちた。多分まだ生きてると思うが、はやく頼む」
「えっ!?わ、わかりました!」
マリーが一回離れて応援を頼みに行き、それを見送ってからへたれこんだゼンヒ。
「大丈夫じゃない!」
「ただの気疲れだ、気にしなくていい」
実際、彼女の緊張感はマックスに達していた。
テロリストとの問答、自分が生き残ってかつ解決する方法を模索しながらそれを悟られないようにするというのは難しい、それを成し遂げた、成功した時の達成感と緩みで彼女は少しの間立てなくなる。
「にしても大変でしたね、よく一人で」
「本当にな。解決できなかったら多分、もっと酷いことになってた。だからよかったと思っている」
「リーダーって感じ、あ誰かきた」
やってきたのは、シスターの一人。灰色に寄った髪の色した人。
「あなたがゼンヒさんですね」
「私がそうだが___」
「初めまして、私はサクラコと言います」
ゼンヒは急いで立ちあがろうとするが、力がちゃんと入り切っておらずにこけてしまう。
「いえいえ、今疲れてるなら無理に立つ必要はないんですよ!」
「あがっ……いって……」
「言わんこっちゃない」
マテバガールが腰を持って座り直させてから、隣でサクラコがしゃがむ。
「して、シスターフッドの長が何を聞きにきたんです?」
「いえ、一応さっきまでの状況をお聞きしようと思って。今引き上げている容疑者に関しては生きてるので安心してください」
「ああ……」
彼女の要望に対しゼンヒは応えることに。
「あそこまではみんな一緒に来たんだが、シンと名乗るバカが爆弾のスイッチちらつかせて脅してきたから一回人質代わりに私が残って後全員を脱出させた。訳分からんことを言ってたから折を見て撃ってスイッチを弾いたんだが2個目があった。流石に間に合わないと悟ったから、脅し用に持っていたこれを使ったという訳だ」
ゼンヒは持っていた銃を渡した。渡された方はマガジンを抜き確認して、一度返す。
「そうだったのですね……いえ、無事でよかった。知っての通り今もアリウスとトリニティ……いえ、シスターフッドはまだ良好とは言えない関係にあります。今回の件、巻き込んでしまったことにどう詫びを入れれば良いか」
「気にしないでほしい、サクラコさん。私も頑張らなければ自分の組織に詫びを入れなければならなくなるところだった、それにシスターフッドも救われたなら私も嬉しく思う」
「ありがとうございます_____」
「それよりもマリーさんの心配をしてあげて欲しい、彼女は一回も笑顔を失わずに立ち向かった勇者です。私も彼女に救われましたから」
「ええ、ええ。わかりました」
そんな社交辞令を交わしつつ、二人は話を続ける。
「あとで本人から聞き出すつもりではありますが、一体相手は何を狙ってたのです?」
「騒ぎを起こし切って世論を用いたトリニティの解体を狙ってたようだ」
「どういうことです?」
「つまり、あの時かそのもう少しあとで今回の武器に関する強奪事件を起こすことによって、トリニティ、ゲヘナに加えてヴァルキューレの外交問題に発展させてそっちに意識を割かせてる間にセラフィム弾を利用した犯行を実施してトリニティという政治の枠組みを崩す。シスターフッドは強固であるが、それゆえに他の学園からの非難とかを誘発して外からの圧力を使い無茶苦茶にする、という算段だったらしい」
「そうでしたか……先生が居ても弁明にならずシャーレの透明性確保を理由に退かせた上で、あくまで多数の民意によって滅ぼすつもりだったんですね」
「シスターフッドがどうかは分からないが、少なくともヴァルキューレが頑張れば第三者の学園による無罪の証明ができる。その意味では私の頑張りどころだったと言えるから」
さて、そんな話し合いも終わった中で貯水庫から上がってくる一団が。
そこには水濡れで息も浅く力が抜けているシンや、同じく水路に落ちたテロリストの集団を見届ける。
「彼女らもまた被害者なのですね」
「そうだな。だが、政治は騒いで変わるものではない。それで変わるなら枠組みがある必要もない。個人同士で擦り合わせてダメなら暴力を振るという知性のない行為が蔓延るからな」
だから、今回の衝突は仕方なかった。そう、彼女は言い切った。
騒ぎは当然大きい。本来銃弾で大きく抉れるはずもないだろう血肉が噴き出てて、それを止血していてもグロテスクなそれは誰かがぼやかしてくれる訳でもない。実際シンを手当した生徒の中には、道端で嘔吐する人間が居たようだ。
「私は、彼女達に要らない傷を負わせてしまったようだな」
「彼女達のフォローをするのも私の役目です。お気になさらず」
「……」
ゼンヒとサクラコの二人は、これ以上会話できることはなかった。状況説明等は、シンの件を除けば部下のユリがやっている。ともかく、あとは色々な後処理のためにシスターフッドと正義実現委員会の打ち合わせや指示を出すためサクラコは離れることにした。
「では、一度これで……私達の大事な仲間を救っていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ。あなたの仲間に気力を頂いて、元気にここまでやってこれた。マリーさんにもよろしく伝えておいてください」
「ええ」
そう言って別れたのである。
喧騒がやけに大きくなっているな、そう思いつつまだ状況にくらくらするゼンヒは座り込んでいた。
「大丈夫ですか、リーダー」
「全く、今回はお前にも頼りきりだったなマテバガール」
「ユリ隊長だけじゃ足りないならちゃんと手を貸しますよ。ほら」
彼女の手を取る。
流石に地べたに座りっぱなしは冷えるから、とゆっくり肩を貸して移動した。力は入ってきてるものの、やはりふらつくらしい。
ベンチに厚めのコートを敷いてからゼンヒを座らせたマテバガールは、温かいコーンポタージュの缶を2個買って、うち一個をゼンヒに渡して一緒に飲むことにした。
とうもろこしの甘みと、コーンポタージュのミルクの甘み、そこにアクセントで振った胡椒の香ばしさがマッチして飲みやすく仕上がっている。
「美味しいですね、リーダー」
「ああ」
少し落ち着いて、表情も少しずつ和らいできたゼンヒは相手に一つ質問した。
「ところでこれだけの騒ぎになったら、色々伝わってるんじゃないか?」
「ユリ隊長とマリーさんがあっちこっちに話をしてましたよ。だからまあ、話し合いはともかくとしてスプリングフィールド・セラフィムの管理は立会人としてヴァルキューレがやることになったそうで。ま、自分はそうだと思ってましたけどね」
「じゃあ、いろんな人間にマコトのリストとかの話は出ているわけか」
「ティーパーティーの関係者とか頭抱えてましたよ。だけど今回だけは礼をする必要がある、面白いですね。あと、夜のうちには局長来るそうです」
「えぇ……?」
流石に勘弁してほしい、と思ったゼンヒはそれがそのまま口に出てしまう。
「お嫌いですか、局長?」
「いや、その……あの人に関しては感謝してるよ。私のわがままや騒ぎのせいでお前やユリ達の活動が活発になったのを受け止めていい形に整えてくれたし、そういう意味では恩人だ。けどもう今はゆっくりしたい、緊張感溶けて身体の力が抜けたのに心臓はバクバク言ってるからもう身体がチグハグで」
実際ゼンヒの身体は妙な高揚感と疲労に襲われていた。
前述したテロリストの処理もそうだが、スプリングフィールド・セラフィムによる一発が現実の銃撃ではあり得ない結果を生み出し、その結果相手は貯水庫へと落下していき、一度生死不明になった。今こそ生きてると断言できるが、その感覚が消えずに残っている。
なぜだかその光景に、思うところがないのに惹かれてるような気がしてた。嫌悪感はない、罪悪感もない、だが別にそれに興奮も好感もない。己の心境にただ残るその景色に、困惑した。
「だから、そうだな。まあ……今はあんまり仕事したくない。仕事したんだから休ませてくれ、という方が正しいか」
「んじゃあユリ隊長にそれ言っときますか。体調がダメだったら……自分が出ましょうか」
「頼むよ」
のんびり話しながら仕事を押し付けると、正義実現委員会の生徒がやってくる。目隠れの可愛いモブだ。
「あのー、武器持ってるんでしたよね?一度保管するので渡していただけますか?」
「回収してたのか、すまない。これを」
持っていたオブレズピストルを渡して、それが箱に入れられたら『ご協力ありがとうございます〜』と言って去っていった。
時間はまだ四時。のんびりする時間はある。マテバガールは、自分のリーダーに提案する。
「リーダー。どのみち時間はありますし、しばらくは隊長と自分で作業するんで、歩いたり休んできたらどうですか?」
「いいのか?」
「休むにしろ動くにしろ、身体を元に戻さないとどうしようもないでしょう?大丈夫です、言っときますから」
「じゃあ」
ゼンヒはゆっくりと立ち上がった。
「適当にほっつき歩いてくるよ。何かあったら電話してくれ」
「スマホの電源切っちゃえばいいのでは?」
「マテバガール、お前結構サボることに関しては的確なアドバイスをするな」
「SRTからヴァルキューレに移って鬱にならないメンタルはサボりから形成されるんですよ」
「そうなんだな……ふ、まあ電源は切らんよ。ここで切ったら酷い目に遭いそうだ」
なんて言いながら、ゼンヒは部下に後ろ手を振って歩き始めたのである。
人が多い大通りを歩き、気分転換をしたら戻ってこよう。歩いている間なら、さして問題はないはずだ。
春先のトリニティ、歴史をずっと反射してきた運河の水面を彼女は楽しみ始めた。