スプリングフィールド・セラフィム弾をどうするか、彼女が居ない間に決まった。
シンと名乗る首謀者に放った弾丸で効果が認められたが、結局のところそれがあることでさまざまな学園との関係悪化を懸念したトリニティ生徒会ティーパーティーは処分をすることにした。人を殺せる弾、というのがいかにキヴォトスで異端なものか、分かるエピソードである。
ヴァルキューレには謝罪、またゲヘナ名義ではなくあくまで"羽沼マコト宛"で謝礼をすることで問題を解決することに。また、セラフィム弾の処理は翌日、立会人となったミレニアムですることに。
「よっす……担当工場の運送責任者で〜す。ん?」
運搬係の少女がやってきた。ささっと部下に銃弾を運ぶよう指示してから、各責任者のところへ向かう。
「あ!お前は交番の!」
その少女は、ゼンヒが年始めに車両に廃棄するものを固定できておらず止めたトラックの運転手であった。
「なにこんなところでやってるの!?」
「いやあ、お前が工場を問題なく回してる傍らで私も色々あってね。今では一大隊を率いるトップとなったわけだ、こいつら全員元SRTの人間でな」
「んじゃあヴァルキューレの護衛のトップが隣に乗るって言ってたのは」
「私だよ。嬉しいだろ?」
「んまあ、下手に切符を切らない恩人だからな。大歓迎だよ」
「いい返事だ」
お互いに握手して、とりあえず車の方に近寄って点検する。あんまりのんびりしていると、残っている残党に何かされる可能性が高いからだ。一応公安局の方であれこれ運搬係の使う道具やそもそもの行動などをチェックしたようで、あまり心配はしてない。
問題なし。そう思って立ち上がると、ゼンヒに近寄る人間が一人。
「おーい」
「ん?」
やってきたのは、スーツの男性。
「あっ、先生!?」
「ああ」
そう、シャーレの先生。
ゼンヒはしばらく色々な会議などを部下に任せっきりだったので、しっかりとシャーレの先生に会うのは初めてである。
「初めまして、だね」
「ああ、どうも」
「自分はシャーレの先生だよ。昨日の事件、あまりにも事態が激変しすぎてトリニティに来る頃には全てが終わってた、ごめんね役に立たなくて」
「いえ、お気になさらず。寧ろ、今来てくれたことに感謝してる。シャーレの先生がいる以上、下手に騒ぎが起こせないでしょう」
「あまり成果で威圧することはしたくなかったんだけどね、でも今回ばかりはそうはいかない。立場や権力はそれをいかに行使したかによって、正当性が確保される。出るとこは出とかないと」
自分の役割を理解し、それを不快感を与えない、最低限の権利を守る範囲で活動することを是とした、いわゆる社会における効力を良き方向に活かそうとする彼の判断にゼンヒは感謝していた。
先生は社交辞令を続ける。
「君たちも無事でよかった、にしてもアリウスの過激派に襲われるとは____やはり、あの一件といい禍根は深く残ってるんだね」
「それはそうでしょう、トリニティとの因縁は深い。エデン条約は氷山の一角と言っていい」
二人は一度挨拶の握手をしてから、話を始めた。
どうやら彼は昨日到着して以降カンナやマリー達と調査していたことがあったらしい。それを話すことにした。
「そうそう、カンナ達と調べたことがあってね」
「ん?」
調査したことは当人達に共有するべし、ちゃんと怠らずに先生はゼンヒにある調査結果を共有する。
「あの後わかったことなんだけど、実はアリウスじゃない人間も混じっていたそうだよ」
「え?」
いきなりな話に耳を疑うゼンヒ。
確かに統率は取れていなかったのは事実である。しかし、急でしかもよく分からない情報だった。あの中にはアリウスじゃない生徒も紛れ込んでいるのである。調べたから事実らしいが、それでも驚きを隠せなかった。
「急な話で驚いた……しかしなぜ?」
「君が頑張ったから休んでる間に起きた子から順番に聞いていたんだよ。そしたら、そもそもどの学園にも所属してない子が多かったんだ。今統計取ってるから何割かは分からないけどね」
「混ざってること自体が驚きだ。一体何が?」
「話を聞いた限りなんだけどね」
先生は話を始めた。
「元々知っての通りこのキヴォトスは、基本何かしらの学園に所属しているのがデフォルトなんだ。ただ、思春期の政治というのは弱者救済、まあいわゆる福祉の部分が抜けていることが多くてね。その結果、色々なところに無気力なホームレスの子達もいる。その層を狙って騒ぎを起こし、成功すれば新たな政治の参入と同時に社会復帰ができる、そしてしばらくの面倒も見るという条件で引き込まれたそうなんだ」
実際このホームレス、というより行き場のない生徒の例は結構ある。拾われる前のシロコもそうだ。シン率いるアリウス過激派は犯罪によってある程度の蓄えがあり、闇ルートにベアトリーチェの遺産を売り払うことでそこそこのお金を手にしていた。それを資金源に、非合法的活動の誘致や教育、活動をしていたのである。
「資金があるならアリウスから逃亡して金を手に入れることもできるだろうに」
「どうだろうね?先生はすぐには厳しいと思う。結局アリウス分校って、トリニティの一部ではあるけど本来の社会からは隔絶された存在だからね。じゃなきゃベアトリーチェの支配も問題になっているだろうし、それが逆に現代社会に登録されない存在だという証拠でもある」
「つまり、その金で色々なところに行ってお金を稼ごうにもそもそも金を使える先がない。ブラックマーケットで生活しようにも摘発されてしまい、行き場がないというわけか」
「カンナから聞いた限りでは、君の活躍もあって真面目に働こうとしてる警官がちょっとずつ増えてるからね。その結果、色々な場所での摘発行為が盛んになってるとも聞くよ。だから、そういうのもあって転校どころか働くこともままならないのがアリウスの現状というわけだ。特にアリウススクワッドの待遇、つまりは彼女達に取っては幹部同然だった人間がほぼ無罪のように見えたのを考えれば、彼女達のテロリズムもやむなしだったと言えるね」
彼の言い草は、まるで雲のような軽さだった。
先生がアリウススクワッドと関わっていて、自分たちもそれを期待してたのに手を伸ばさなかったことを恨んでいるのだろうと言っておいて、その口ぶりはまるで気にしてない風である。
まるで天上人の言い方だったからか、ゼンヒは苦言を漏らした。RABBIT小隊やFOX小隊と関係なく、SRTというだけで社会情勢に従ってヴァルキューレに来て苦悶し喘いでいたSRTメンバーを見てしまったから出てしまう文句でもあった。
「無責任な言い草だ」
そんな文句も、先生は逃げずに受け止めた。
「成り行きで協力し関係が出来る、そうでないのに肩入れするのは利権問題を疑われて非難を浴び、社会を混乱の陥れることになる。シャーレは中立を保ってこそ初めて存在が許される組織だ、何故なら自治区がある……いや、分かりやすく言えば国境関係なく国政に踏み込める力があるからだ。超法規的組織や、社会的な影響が大きい組織が特定の組織の意向に傾倒するような真似をすればその価値はなくなる。先生にとってもはあまりいい気はしない話だけど……状況を考えれば社会を担う存在が放置し続けたのが原因だろう」
思春期の描く政治に於いて、基本的に軽んじられるのは基本福祉である。自分たちのための政治を考えた時、自分たちと大きく年齢と状況が違う人間を考慮することはない。それは連邦生徒会長も同じであり、その結果が数多のホームレスとテロリズムの温床であったと先生は認識していた。
そうでなかったとしても、先の一件からかなり大変な目に遭ってるナギサがそこまで気と時間を回せる余裕はなかった。ミカが居てくれればそこら辺もカバー出来ただろうが、彼女は今反省中である。
「当然彼女達にとって唯一の希望はそれだったことはわかっている、シャーレでサポートできる分ならしたかった。彼女達を殺したのは私自身のせいだ」
「どういうことだ?」
「私はシャーレの先生だ、だから彼女達は助けを求めなかった」
彼は自分の考えを語る。その中には、自分の理想と現実、大衆心理を嫌でも思い知らされた若干の諦観が含まれていた。
「私は今、数多の学園に奇跡を起こし問題を解決した救世主という扱いらしい。しかし、生徒と関わっているとはいえどれも上辺の、もっと言えば責任者やその伝手の下部組織に関わっていることが多い。第二次世界大戦までの天皇よりかはマシというだけ、政治家が市民の生活に馴染み、その社会を保全するという感覚なぞ誰一人として持っていることはない。つまり、彼女らにとっては"天上の人間"に思われていたわけだ」
「あのテロリスト達にとっては、シャーレは助けてくれる存在とは思われなかったと?」
「……悲しいことに、ね。これは私の責任でもある、アリウススクワッドは実際シャーレのメンバーとして頼っている以上、彼女らは私が選定をしたという認識で固まっているだろう。その認識を覆せるほど、私は彼女らに尽くしていない。しかし、尽くせばそれで問題が起こる」
「トリニティとの感情悪化、ゲヘナからも抗議が来る可能性がある、か」
「そうだね。だから、私は彼女らまでは助けれなかった。私も権力があるだけで、結果を言えば連邦生徒会の奴隷に過ぎない。その奴隷が過ぎた真似をすれば、どうなるかは分からない。大人の政治でさえ論理で進むことはない、少女達の政治なんてどう転ぶかなんて予測はできないんだよ。そして、それを動かすほどの権限もない」
「それが大人の言うことか」
「私はシャーレの先生、それ以上でもそれ以下でもない。君たちを導くほど、よくは出来てない。そう見えているのは、天使の手でサイコロのように弄ばれた結果だよ」
自分が救えなかった存在を見て、ただひたすらに自嘲した。ただ、ゼンヒがストレートな罵倒をぶつけることによってその精神を安定させているのも事実である。
「君の言うとおり情けないやつだ。罵られても言い返せないよ」
「そうしていじけているだけでことが終わるなら、私もぼやいたままでいる」
しかし、ゼンヒは言葉の中に彼の存在に対して情けないとか、都合のいい存在だとは思っていない。
「だが、現実はそうじゃない。そして、誰もが上手くいかないから現実なんだ」
彼女の言葉には、確信と、若さ故の未来と好転を望む激励が含まれる。
「私やマリーさん達はこの事件に決定打を与えた。テロリストによる最悪の事態、怪我人と被害者を出さず、何も知らないまま不幸を負わせる人間を作らないで済んだ。だから____」
ゼンヒは、相手の目を見て言った。彼女は相手が先生だから、とかではなく一人の大人、社会の一員として快く思い、その立場の善悪すら飲み込んで様々な困難に立ち向かってきた人間として励ます。
「今度はあなたの番だ、先生」
己を嘲り、多少はそれで自信を納得させようとしていた先生は、彼女の言葉を聞いた。その後、ゆっくりと返事をする。
「ああ、そうだね。そのバトンを受け取った。シャーレの力でどこまでできるかは不明だけど、なんとかしてみよう」
「よろしく頼む。私は一介の警察だ、できることには限りがある」
「その職務を全うしたこと、感謝するよ」
「ああ」
そうして挨拶をして去ろうとした先生。
だが、彼はゼンヒを見た時に、正確には彼女の上にあるものに目を奪われた。
「ん?どうか?」
「いや、その______」
そう、一つ。
彼は他の人間と違い、少女達にある光輪、天使の輪とも言えるヘイローが見えるようになっている。
当然この話で出てきた少女達には全員それがついていて、ゼンヒも例外ではない。
しかし、彼女のヘイローは少しおかしかった。
全体的には神々しい輪であったのだが、その輪の中にはホイールがあり、そこにゼンヒと似た少女が磔になっている。そして、ソレを刺して開こうとしているのか、内側から剣が飛び出て皮膚が裂かれ、その奥から指が数本、体を開くかのように曲がって飛び出していた。
そうでなくても彼女のヘイローの外郭はスローンズの如く目がついていて、目の付いた光輪が三個連なっている。今までで見たことはないタイプのそれにたじろくが、ヘイローは自分にしか見えないことを思い出し、ぼうっとしていたことを理由に誤魔化した。
「ごめん、話し込んでたからぼうっとしてたみたいだ。気にしないで」
「お疲れ様です。激務でお疲れなら、車に乗っている時にはゆっくり休んでください」
「ああ。そうさせてもらうよ」
「警官さん、準備できたよ」
「ほんとか?じゃあ、行くか」
ミレニアムの運搬係が声をかけたことで、話は終わることになった。
互いに挨拶を交わし、それぞれ車に乗る。
「先生と結構話し込んでたけど、どう?」
「気力ある人間が隣にいると気分が上向きになるな。ああ言う人間は大好きだ、まあ好んで関わりたいかと言われれば別だが」
「立場ゆえ、だな。行くぞ」
二人は会話して、武器を積んだトラックは発進。それについていくように、数台車が付いていく。
終わりが近づく。歴史に対する供養の火を灯す炉に向かって、未来の音は鳴りだした。