この話は、あの後でまた一個、彼女に取って面白い話が起こった。何故彼女はヒエロニムスに攻撃を浴びせられ続けても、すぐに治ってしまうのか。髪の色は何故増えるのか。
その理由の一端を、彼女自身が今回の件で呼び覚ましたある出来事で知ることになる。その記録だ。
ゼンヒは今、電車に乗っている。
ユリとマテバガールと一緒に飲食店であれこれ話した後に二人と別れた。その上で自分の状態を見せるために急いで電車に乗ってシャーレ前交番まで行って、挨拶してから宿舎で寝ようと考えていた。しばらくの休暇が与えられるそうだが、何よりも自分の住所が非番で寝るところだからどのみち交番の近くに戻る。ならばちゃんと挨拶したほうがいいと考えたのだ。
のんびりできる場所は一応他にもある。家代わりにゲヘナ近くの特別暴力対策課の建物2階の部屋があるが、あそこは彼女に取っては生活が出来る仕事場である。用もないのにただ休みでだらけてると、あまりいい気はしないだろうと考えた彼女はその事務所に住み着いてない。
まあ、宿舎と言っても今の彼女は責任者故に一室与えられているからそう言う意味では他の学園の生徒とかと代わりない生活スペースを確保している。プライベートが一切ないわけでもないのだ。
(……人がいないな)
そんな彼女が乗ってる電車、彼女がいる車両は今一人だけ。
いくら平日のまだみんなが仕事や授業やってる15時とは言えそんなに人が居なくなるものだろうか。シャーレ前は結構人がいるはずで、実際他の車両には三人ほど乗ってたりするがゼンヒがいる車両には誰もいない。
(面白いこともあるものだな)
なんて考えながら、彼女は自分の指を見た。
教会調査の際、セラフィム弾の効果を確かめるため鋭い弾頭を指でなぞって切り傷を負った。だが今は痛みもなく、ただ張り付いてるだけで鬱陶しくて仕方ない。
張り替えてなかったらそうもなるのは分かっているからか、ゼンヒは貼った絆創膏を外す。
「……ん?」
絆創膏を捲って取った彼女の指は、切った跡すら無いほどに綺麗になっている。
時間にして1日経ったかどうか、本来の切り傷は数日で完全に元通りになるのにあまりに早い回復に驚いた。
(私の回復速度は異様に早いな。ヒエロニムスの一件の時もそうだが、まるで“欠けたパーツを繋いだように早い”じゃないか)
機械じゃあるまいし、と自分の発想を笑いながら剥がした絆創膏をポケットに入れて外を見ようと前を向いた。
外は確かに綺麗だが、なんとなく赤みを感じる。それが揺れてるように見えて、ようやく違和感を感じた彼女は後ろを向く。
「やっほ」
「わっ」
驚いてゼンヒは少し跳ねた。
目の前の少女は、新しく入ってきたのだろうか。全体的に漢服調の衣装で、深紅の髪をした色白の少女。
ただ、次の駅まではまだまだ時間はある。この車両は快速で、まだまだ駅を通過して走り続けるからだ。だが、誰かが入ってくる音がしなかったからか、今目の前にいる少女に強烈な不安感を煽られる。
「誰だお前」
「うーん。守護霊、かな?」
「守護霊……?」
「君が君として生まれた日に、偶然死んだ守護霊だよ。名前は無いよ?」
ゼンヒは、目の前にいる少女の言うことが理解できなかった。急に言われて理解できるはずもないからだ。
だが、触ろうとしても感触がない。電車のホラーである変なものに乗ってしまったのだろうか、きさらぎ駅に連れ去られてしまうのだろうかとも思ったゼンヒを安心させるべく目の前の霊は言う。
「安心して、怪異に巻き込まれたわけじゃないよ。私が意識として今確立できたってだけだから」
「まさか、そのままずっと鬱陶しく付き纏う訳じゃないだろうな?」
「ううん。意識を保ってられるのは少しだけ、残ってはいるけど基本は君の中にいるよ」
少女の霊は優しく、ゼンヒに話しかける。それでようやく、少しは信頼しようと思った彼女は霊に質問した。
「もしかして、私の傷が治りやすくなってるのはお前のおかげか?」
「そうだよ?意識のない私も治れ〜!って思ったら加速する……のかもね」
「そうなのか……要領得ないな」
座ろうよ、と言った霊に言われるままに二人で席に座る。良い景色を見ながら、彼女は話を続けた。
「ところで、お前さっき名前がないって言ってたな。しかし私と同じタイミングで死んだと言ってるのが妙に引っ掛かるが、何か隠してないか?」
「霊になる以前の記憶が無いからね〜。タイミングはもっと前だったりするかもね」
「普通霊になって記憶喪失するとかってあるのか?」
「あるんじゃない?魂の重さは21グラムって言うけど、粘着してて18グラムしか出ませんでしたってなったらその分の記憶とかは失ってると思う」
「そう言うもんか」
「おかげで今初めて意識が付いた時に君に取り憑いてることを知ったぐらいでさ。なんかの暗い場所に開いてた扉の向こうで倒れてた君に触れて以降記憶がないんだよ」
なんて守護霊と名乗る少女は笑ってる。周りには誰もいないから、変人扱いされる理由もないとゼンヒは彼女と話を続けた。
「それ以降私のために、守ってくれていたんだな」
「ふふっ、嬉しい?私結構美人だから、自信はあるの」
「記憶喪失なのも親近感が湧くよ」
彼女達は、微笑みを交わしながら話を続ける。
この景色は誰もが微笑ましい、羨ましいと思うくらい平和だ。ゼンヒを知る人間は、誰一人として笑えないのだが。
なんとなくゼンヒは、目の前の霊に親近感を覚えていた。記憶が無くても今いる仲間達のことを信頼しきっており、それで場違い感や違和感を感じたことは一切ない。だけれども、自分が大変になるにつれて死なないように、うまく行くようにと見守ってくれた存在が、霊としてもいた事に嬉しく思っている。そう言った存在を否定しないのは、宗教の奥深くに触れて、ユスティナ最後の罪と称された銃弾を撃った覚悟のある人間だったからだろう。
それに、自分が生活するにつれて霊と同じ髪色に染まっていっているのは彼女のおかげだとも考えていた。スピリチュアルに頼りきりになるわけではない、自分は足掻いてどうしてもあと一押し足りない時に力をくれる者として相手を認識していた。
「私が段々と、お前の髪色に近づいていってるのは……お前が守ろうと必死になってくれた結果なんだな」
自分の髪を触っては、相手に問う。
「そうだねえ。私と同じ髪は嫌い?」
「守ってもらってるのにそんな無粋は言わないさ」
「ありがとう、ゼンヒ。愛してる」
そう言っては、少女も笑った。
家族に等しい存在に会ったような気分になっている二人は、話を続ける。
「ごめんねゼンヒ、私が自由に動ける霊だったらもっとあの事件も簡単に解決出来たのに」
「死んで過干渉になるのは良くないから、お前は理を守ってると思う。理不尽な死を遠ざけるだけ、と言う真っ当な守護霊だよ。私はそう言う霊なら信じる」
「ゼンヒは社会を重んじるのは、意識がなかった時から肌でわかってた。だから、邪魔にならないように自然とカバーする形になったんだね」
「意識が無いのに、よく合わせられるな」
「宿主の意向に自然と従うものなのかもよ?」
そんな会話を続けていると、電車のアナウンスが。
《次は終点 シャーレ前 シャーレ前 お出口は左側です》
ゼンヒが降りる駅だ。
守護霊の少女は、少しだけ寂しそうな声で言う。
「そろそろゼンヒは霊と話すよりも大事なことをしに行くんだよね」
「そうだな。後輩に挨拶するんだ」
「じゃあ、私はもう一度君の中で静かにするよ」
少し離れていると、名前のない少女はゆっくりと薄れていく。別れの挨拶はしっかり交わそうとした二人は、それぞれ言いたいことを言った。
「次はいつ出てくる?」
「分からないかも。君が沢山傷を負って、私の力が君を癒したらその勢いで起きるかもね?あ、でも傷を負うような真似は極力しないでね」
「わかってる、心配は掛けないつもりでいるさ」
「ならよかった」
もうそろそろで消えるだろう、もう見える距離にシャーレ前の駅が見える。
「じゃあね、ゼンヒ」
「ああ、また会ったらゆっくり話そう」
お互いが見えなくなっていく中で守護霊は口を開いたが、ゼンヒにはもう聞こえなくなっていた。
『次に傷ついた時が楽しみ』
その言葉は、ゼンヒには聞こえなかったのである。
すると同時に、電車は駅の中で止まる。
《お出口は左側です お取り忘れにご注意ください》
そう言って開いた扉から、ゼンヒは出た。
「あ、先輩!」
「ハクジツ」
入場料払ってまでやって来たのは、交番での頼れる後輩ハクジツだ。
「また……赤い部分増えましたね?」
「嫌いかい?」
「私はあまり好きではないです」
時折自分を見て少し躊躇う様子が見られるから、自分に似た人間に嫌なことをされた経験があるのだろう。だが、ハクジツはそれでもゼンヒはそれとは別として考えている。
その彼女に嫌われないように、ゼンヒは優しく対応した。
「まあ、人の好みはそれぞれだからな。しかしまあ入場料払ってまで私を迎えるとは何か?」
「当たり前じゃないですか。私は後輩なんですよ?最近は遠くに行くことが多くなって、私が巡査部長としての任で結構パトロールしてますけど、私より危険な任務に赴いて怪我が無かったからってそのままにしておくの薄情過ぎませんか?」
「そうだな。特殊部隊出身に囲まれてたからドライになりかけていたが、基本は好意的な人物やそれなりに愛そうとしてる奴にはこう言うこともするんだ。その当たり前を守るために警察をやってるんだからな」
「それを教えてくれたのは先輩ですよ?」
「いつ教えたっけ」
「行動を見てたら自然と学びますって」
まるで自分が大きな存在になったようで恥ずかしくなったゼンヒは頰を掻いて誤魔化す。
「恥ずかしいな……でもありがとう、今度はお前から後輩にそれを受け継いでくれたら私は嬉しいよ」
「勿論そうしますよ」
改札を通って、二人は話をする。
「私お腹すいちゃって。先輩はどうですか?」
「食って来たばかりだが小腹が空いてる。お供しよう、私の奢りだ」
「良いんですか?」
「私のために金をケチらず待ってくれた礼だ。それくらいさせてくれ」
「やったー!」
誰もが奢りという言葉に弱い。
後輩のはしゃぎぶりにやれやれと思いつつも、ゼンヒは二人が満足しそうなレストランを探すことにするのだった。
改札を吹き抜ける春風は、今生きてる者全てに未来を感じる暖かさで歓迎している。
《後書き》
こんにちはらんかんです。
皆様のおかげですすごく伸びて、今これを書いている時点で日間20位という個人的にとんでも無い記録を残しています。9:38の一分間でPV35という自分が書いて来た中では一番多い記録も見ました。ランキングのちからってすげー!ありがとうございます、この結果達は全て皆様の応援のおかげです。
なのでその勢いに乗れる曜日である土曜日の昼に、こう言ったサイドストーリー的なものを挟んでみました。楽しんでいただけたら幸いです。
しかし流石に今回の話を書き終わった後肩凝ったりとかしたので、流石に明日更新するとかはないです。というか一週間か二週間猶予くれって言っといてこれ書いてるのが馬鹿の極みだと思います。
流石に少し休憩時間をください。その間に思いついたらまた書きますので、その時はよろしくお願いします。
らんかんより。