シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

46 / 163
CaseB-11:悩みを抱えて過ごす休日

 警察だって休みはある。

 

 非番ではなく休みだ、つまり体を休めて待っているのではなく何をしてもいい時間があるのだ。

 

 今回、アリウス過激派の決定的な壊滅を受けてその事件の立役者となった扇皇ゼンヒの精神的な疲弊とそもそもの忙しぶりから解放する目的で連休が投げつけられた。

 

 しかし、彼女は特に何かしたいわけでもない。

 

 ずっと部屋にいるのもどうかと思い外に出たはいいものの、それが何をもたらすかははっきりしておらず、その無を受け入れるのもいいかとも考えたがそれでも今までの忙しさと冒険の数々と比べれば味気ない気がする。電子式タバコを点けて吸いながら歩き続ける。

 

 何も感じない。

 

 歩いている景色に何もないことが何よりもいい。景色そのものが、ゼンヒたちが作り上げたあるべき姿であってそれを見て歩くだけでも彼女は幸せに感じていたはずだ。

 

 だが、特に何も思わない。

 

 世の中にはいろんな人間がいて、いろんな歴史があった。事件に巻き込まれて、解決して、死にかけても走り続けて、触れて、平和な結末を手に入れた。

 

 それが尊いと知らない。

 

 彼女は生まれた記憶も、日常の記憶もない。ここにいる人間たちと違って、一年近くの記憶しかない。皆がいう日常がない。そんな彼女の記憶の平均が日常というなら、変化と事件がそれである。つまり、何もないというのは非日常なのだ。矯正局で半年、ヴァルキューレで半年。そういう生き方が彼女だ。

 

(退屈だな)

 

 彼女はそう思うだけだった。

 

「次はあっちで食べようよ!」

「え〜!まだ食べるの!」

「ほらほら!早くしないと置いてっちゃうよ!」

「待って!」

 

 そんな騒ぎをする学生達を見送りながら、その反対側へと歩む。

 

 その喧騒は近いのに、自分の世界にない幻覚のように感じる。

 

『そもそも私たちは常に役目を持って生まれた。それは警官であったり、どの学園の生徒であったり、貧富や立場だって決まって生まれてきた。そういう役目を持って生まれてきたから、覆しようのない苦痛によって人生の意味を決められる。その役目を決めたのはだれかは不明だが、基本それらを常套の手段では変えることは出来ない』

 

 今はもう矯正局の奥深くに閉じ込められている凶悪政治犯のシンの言葉が思い出された。

 

 あれを否定したことを後悔はしていない。今は大事にされるべきものだし、未来はもっと大事にするべきことだ。過去で全部を破壊するやり方はいただけない、だから彼女は否定した。

 

 しかし、自分には目の前の集団や、自分の周りにいた少女達と違って行動原理になるほどの過去はない。それがなんとなく、二度目の春が訪れる前に寂しく感じてしまう。

 

 公園のベンチに腰掛け、上を見上げる。

 

 早咲きした桜と、まだギリギリ残って咲いていた梅の花。なんとなく面白い景色であったが、あくまでそれは気を紛らせることに過ぎない。

 

 ベンチは二つ背中合わせにくっついていて、このご時世には珍しい区切られてない椅子だ。

 

 そんな風情の一個で、たばこを吸いながら空を見た。

 

 綺麗な朝、薄い雲がいい味を出してる。そして日が出てきて暖かくなっているからか、少しだけいい気持ちになってくる。

 

 そんなゼンヒの後ろに、座る人間が一人。

 

「ふう〜……よいしょ」

「ん?」

 

 ゼンヒの後ろに座った少女。

 

 彼女と違い煙管を吸っていて、その匂いは非常に紅茶。紅茶の葉を燻してるんじゃないか、と言うくらいに良い匂い。

 

 彼女と少し似ているが、お互いに面識はない。

 

「いやあ、すまないね。私も少し疲れてしまって」

「別に構わない。隣に座ったわけではないから……だが、妙な格好だな」

 

 現実で言うところの台湾というか中国あたりの服装で、割と華美。左上には華か翼の意匠のクリスタルの髪飾り。旗袍とかではないため山海経っぽさも薄かった。

 

「山海経あたりから来たのか?」

「そうだとも。とはいえ、私は不良でね。名前も無いのだよ」

「大変だな」

「割とね。まあでも、世の中には案外隙間があるもので、こう言う服を着て維持出来るくらいには生活水準はあるのだよ」

「まあ、不良だからな。あれだけの勢力があるんだ、そうそう悪い暮らしにはならないだろう」

「そういうものだ」

 

 互いのたばこの煙が、朝の空に飛んでいく。

 

「しかし、妙に落ち込んでた表情をしてたじゃないか。一体、なにか?」

「恥ずかしい話なんだが、私は記憶喪失だ。正確にいえば、去年の春以前の記憶が全く無い」

「ほう?」

「だから、なんと言うか。寂しいなって思ったんだ。過去が無いから誰と知り合いで、誰を愛してて、誰を頼って……自分は今、自力で色々やれてるけど。一人に感じることが多くなったんだ」

 

 この考えは今に始まったことでは無かった。

 

 仕事が落ち着いて、警部補になったあたりからだろうか。後輩が増え責任者となって、頼れる上司もいて。だけど、彼女達には自分にはない繋がりを持っている。その繋がりがあること自体は別に問題ないが、自分にとっては仕事のつながりが全てでそれが無くなれば消えてしまいそうなのに、他の人間はそうじゃない。

 

 それでも彼女は仕事をずっとしてきて、非番の時でも出ることがあったから仕事に自分の時間と存在を割り振れば空虚になることはなかった。少なくとも今の仕事は彼女に合っていて、仕事をすれば功績が出るようなタイプであるのは居場所を失わない救いでもあった。

 

 だけど流石に休むべきだと職場に言われて、こうして歩いているだけでそれらが無くなり、目の前の世界が一気に褪せて感じた。何故なら仕事をしていない自分は、何者でもないからだ。扇皇ゼンヒですらない。他の人間はそうならないと言うのが辛い、妬ましいと思い始めている。今はまだ少しだけで済んでいるけど、これが続いたら苦しくなりそうだ。そう、後ろにいる少女にゼンヒは話す。

 

「ハクジツもユリもタリナもバンリも、私以外に友達がいる。手伝ってくれたマリーさんやイチカだってそうだろうし、局長はわからないけど……私はそう言う意味では一人ぼっちなんだって」

「それは辛いな……と言っても私は、友達にはなれないけどね。何しろ不良だし、警察に居る人間を下手に巻き込みたくはない」

「お前には不良仲間っていう繋がりがあるんだもんな」

「そうだとも」

 

 後ろの少女は煙管を吸い続けて答えた。

 

「だけど、君だって探せば友人の一人や二人が見つかるんじゃないかね」

「そうか?」

「今まで出会ってきた子達は、全員が全員君の庇護下にあるわけじゃない。確かに出会いこそ仕事の中で、君が守らなければいけなかったり一緒に仕事しなきゃいけなかったりって……しかし、人間関係は一つではない。一人と一人の繋がりっていうのも一本の線じゃないんだ」

「どういうことだ?」

 

 煙管の少女は、楽しそうに言う。

 

「今のことで君が誰だか分かったから……そうだな、ゼンヒ。そう呼んでいいかな?」

「構わない」

「ではゼンヒ。君は今『交番の警部補』と『特別暴力対策課長』の二つの肩書を持っている。それぞれの仕事相手には、肩書きのどちらかが君を表すタグとしてついているわけだ。

 しかし、それらは果たして『友達』と言う要素を付け加えた時に無くなってしまうかね?」

「いや、ないな。交番の警部補で友人、とかでもおかしくはない」

「そうだね、同僚も少し仲良くなれば友人と言えるくらいになる。それは誰に対してもそうなのだよ」

 

 励ます少女。

 

「だから例えば今まで会ってきた人の中で、もしこの人ともっと仲良くなりたい!って言う人間がいたら、声を掛けてみるのもありなんじゃないかね?私は足を洗ったら君に声を掛けるつもりでいるよ、今はまだその時ではないがね」

「電子たばこを嫌いそうだと思っていたが」

「ステレオタイプすぎないか?」

 

 朝は気分が上がりやすい、それでいて自分と同じような人間に励まされたからか、元気になったゼンヒ。

 

「そうか、そうだな……」

「君は君のまま、他の子は他の子のままなんだ。繋がりによって存在が確立されるのではなく、まず存在があって、その関わりで繋がりが確立するんだ。名前だってそう、君は扇皇ゼンヒで、それが君を表す記号。いつかはそこに名前が付くかもね、新しく」

「お前にはあるのか?」

「言っただろう、私は逸れた不良だとね」

 

 少女は立つ。

 

「とりあえず休憩が終わったから、私はここを去ることにするよ」

「そうか……たばこ仲間だし話を聞いてみたかったが」

「君はリキッドで、私は紅茶の葉。君の方が余程ちゃんと吸ってるとも。それじゃ」

「ああ、話を聞いてくれてありがとう」

 

 二人は別れた。

 

 ゼンヒは少しずつ自分を蝕んでいた悩みに、一旦の解決方法を教えてもらった。自分がもっと仲良くなりたいと思った人に声を掛けてみろ……人見知りではなく、ただ居ないなら話を振ってみるのが一番。自分が人間的に勇気がある方で、方法が分からないのを見抜いて教えてくれた少女に感謝した。

 

 そんな彼女は、改めて仲良くしたい、友達として腹を割って話したい人間を考える。

 

(うーん、やっぱりハクジツやユリ、あとマテバガールには頼れる上司のままでいたいよな。ガンショップのあいつは……今はちょっとあれかな。まだもう少し、仕事仲間で様子見したいかな。面白い人間には違いないが、いきなり友達になっても長く続かないだろうし。タリナは?今貸してもらってるし色々話を聞いてみたいかな。ある程度の土地持ってるって言ってたし、友達に……とはちょっと違うけど、今度話しかけてみようか。なら_______)

 

 彼女は立った。一人、色々考えた上で、どうしても会って話をして、今まだ残ってる悩みを素直に打ち明けてもいつもの調子で聞いてくれそうな少女がいる。

 

 その少女と一緒に困難に立ち向かって、一緒に正義実現委員会にお世話になったくらいには関わりがあり、自分が昇任した時に祝ってくれた彼女に会いにいくことにした。

 

「……バンリの所にでも行くか!」

 

 別天 バンリ。トリニティでカフェを経営している少女のところへと向かおうと歩き始める。

 

 都会の電車はすぐに来る。思い立ったが吉日は、都市の喧騒によって祝福と支持を集めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。