シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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CaseB-13:書類仕事の合間

 実のところ、ゼンヒは最近暇を持て余していた。

 

 書類仕事は別に暇ではないのだが、同じような作業をずっと繰り返す苦痛は今まで冒険と見紛うほどの色々をしてきた彼女にとっては耐え難いものである。特に、その行動での活躍があまりにも目覚ましい場合は、やってもやっても終わらない、それで何かあるわけでもないということに体と精神が耐えられないのである。

 

 それは扇皇ゼンヒというテロリストと戦えるような警官でも変わらない。それでも彼女は平和であることの大切さ、裏方がいるからこそ実働部隊が休憩したり余裕を持てたりするという実感を持っていたから文句こそ言わないが、やはりこういった書類作業には頭を悩ませることが多い。

 

「____ふぅ」

 

 彼女のため息が聞こえる。

 

 今は夜の9時、まだ警察官はいるものの早ければ非番の人間がそろそろ起きてくる時間だろう。それでも彼女は一人でやってて疲れているせいで、まるでサラリーマンみたいなため息を出していた。

 

「お疲れ様です、警部補」

「ああ、ハクジツ……ふふ、先輩でいいのに」

「こういう話しかけ方もちょっとしたリラックス方法ですよ」

「私には合ってるな」

 

 やってきたのは後輩ハクジツ。

 

 巡査部長で今回シフトが重なっていた彼女と一緒に、雑談することにした。

 

「最近の仕事はどうですか?」

「前みたいにあちこち行ってた方が逆に楽ってくらいだな。最低限の書類を書くだけで済むんだが、警部補になってるとそうはいかないから一瞬で別職種になったような気分だよ。だけど、こういうのも大事だからな。先達に倣ってこなすしかないさ」

「真面目ですねえ」

「そういうお前はどうなんだ?」

「私ですか?うーんぼちぼちですねえ。先輩みたいにあっちこっち行って活躍するーってことないから暇もいいところですよ」

「平和は嫌いかい?」

「まさか」

 

 二人でハーブティーを飲みながら、雑談。

 

 ハーブティーは苦味があるが、なぜだかダシのような旨味が少し染みるようで、少なくともコーヒーやエナドリなどを深夜の疲労した身体に入れるよりは最高にリラックスできる環境だ。もっといえばブルーライトに支配されないのが一番ではあるが現代社会ではそうはいかない。

 

「やっぱりシャーレ前だけだと平和ですねえ。このままだと警察よりも事務員のスキルの方が上がりそうです」

「そんなことないさ。落とし物や探し物はいまだに絶えないんだし、その結末が大半同じようなものでも安心して物品が保管されるって信頼があるだけでもある側面の治安を守ることには貢献してるんだ。それを私が上に行って表立って出てないのに維持できてるってことは、見える範囲で今の治安を守ってるのはハクジツの実力だ。私の七光でどうこうなる問題じゃない」

「そういうもんですかね?」

「当たり前じゃないか。組織が機能する、の典型例を地で行ってる」

 

 ゼンヒは事実そう思っていた。

 

 いつか最初に出会ったミレニアムのジャンク屋に話した内容と同じだ。

 

 確かに天才や英雄は基本社会を良くするものだし、その当人も改革のきっかけになる。

 

 しかし、それだけではいずれ倒壊する。それらは数が出ないからこそそう呼ばれるものであり、数が出ないということは再現性がないこと。そしてそれを当てにしてしまうと、いずれ欠損した時に一気に他の機能も停止してしまう欠点があった。

 

 ゼンヒはあくまでそれらである自覚はないが、テロ事件に2回も関わって解決してるような警官は少なくとも貴重であるという自覚は存在している。それに加えて元SRTの集団を問題なく運用できているのだからだからその影響力もある程度無視できないというのも考えていた。そんな人間が表に出なくなった、というのはお巡りさんに近い犯罪者にはボーナスタイムであるのも違いないとも。

 

 だが、後輩ハクジツはしっかりと仕事をしている、それも後輩を指導しながら街の見回りを徹底することで信頼の基盤を盤石にしているのだ。彼女がサボらず市民の困り事を解決していたり、軽い事件なら逮捕していたり______そういった"市民への信頼"は公務員が第一に優先しなければならないもの。それをしっかりと獲得していれば"警察は見守ってくれている"という認識につながり、そこから"警察は自分らを見ている"という威圧になったりするのだ。その点を維持する、そしてもっと盤石になるよう後続に指導しているハクジツそのものをゼンヒは評価していた。

 

「だから私は今、ハクジツとは違う分野で頑張ってる同僚くらいに思っているよ。事実だぞ?お前みたいに後輩な奴が仲間になることなんてそうそうない。それも大改革が始まる前のヴァルキューレなら尚更な」

「嬉しいな。ありがとう、先輩」

「事実を言っただけだ。お前は当たり前を維持してる、それはとても偉いことなんだ。当たり前の平和を維持するのが警察の仕事だからな」

「と、言ってる割にはその維持する書類に文句を言ってるじゃないですか」

「個人の苦痛は別の話だっ!」

 

 あっはっは、と笑う二人。

 

「しかし、ハクジツは人当たりいいからな。市民から結構話しかけられることが多かったり?」

「そうですねえ。最近は結構声かけられることが増えましたよ。たまに差し入れもらったりします、先輩の時にはなかったアレです」

「それは言ってほしくなかったな」

「ああごめんなさい。美味しいお菓子とかありますよ、今もまだ冷蔵庫にあります」

 

 そう言って冷蔵庫に向かうハクジツ。

 

 戻ってきた彼女が取ってきたのはカントリーマアム、基本嫌いなやつを見つけるのが難しいしっとりクッキーの代表格だ。

 

「おお、いいね。もらおう」

「お詫びですよ」

 

 これもまた美味しい、味はもう言うまでもないだろう。

 

「美味しいな」

「ですよね、美味しい」

「そうだ、話変わるんだけどさ」

 

 せっかく美味しい菓子が来たんだし、とゼンヒは話を変える。

 

「最近お前百鬼夜行のところで変なものに出会したって言ってなかった?」

「怖いもの見たさで霧の立ち込めるコースに行ったら幽霊のようなランエボに出会った話ですか?」

「そうそれ」

 

 珍しく、怪談の類が一つ。

 

 ハクジツは自分が所持しているランエボVIIに乗っていて、それで百鬼夜行の自然豊かな土地を走っている。その時に起こった変なことだ。

 

「霧の中走ったら前に車が居てですね、それがエボVIのT.M.Eだったんですよ」

「名前からしてハクジツが乗ってるやつの前のやつか?」

「そうなんです。エボVIのさらに舗装路用のレースに適したスタイルのやつですね。わりかしレアです」

「それがなぜ?」

「わからないですね。しかしですよ、その車にレースを仕掛けたら結構思い切りよくてやることになったんです」

「なるほど、走ってる間にそれできるのすごいな」

「でもそこからなんですよおかしいの」

「なんで?」

「車に詳しくないからどう説明すればいいか悩むんですけど____まず、その車はミスファイアリングシステムついてるんです。普通ついてないんですけど」

 

 ミスファイアリングシステムは、簡単に言えば車にエネルギーを送るタイミングをずらしてアクセル踏んだらすぐに加速できるようにするためのもの。ブレーキを踏んでもあんまり失速しないようにするための処置であり、一部方式はルールで禁止されてることもある。

 

「まあ、そんなとんでもない車があるわけです。私にもつけられますけど基本つけませんから市販のランエボは。なのに相手積んでて」

「つまり割とやばいカスタムしてるってことだな」

「ガチガチに勝つためのカスタムですね。まあ、舗装路のラリーレース用のトミマキ*1なので本気の人?というか幽霊も居たもんだなあって思ったんですけど、乗ってる人が意外な人物だったんです」

「窓から覗いたのか?」

「私のやつライトかなり明るいので周りから反射して見えたんですよ。そしたら_____先生と、もう一人生徒が居たんです」

「……先生が?」

 

 とんでもない人物が出てきた。ゼンヒは前のめりになって聞く。

 

「そうなんです。そしてもう一人、生徒の方なんですけど……」

「ああ」

「アリスって知ってます?」

「ゲーム部の?」

「そうです。隣に乗ってたそうなんですよ」

「えぇ?しかし霧が出てしばらく噂になってたんなら、周辺での目撃情報がないとおかしいだろ?」

「ないからやばいって話になってるんですよ。そもそも先生は車持ってませんし、アリスちゃんだって見かけてないって言います。それに態々霧の危険な時に走ります?」

「いや絶対あり得ないな。生徒の安全とかも考慮する彼が、そんな危険なことをするように思えない。一人で、ならギリギリあり得るかと思うが」

 

 流石にこれは信憑性がなかったらしい。実際に行って観察した彼女の発言も信じられなかった。

 

 一応いつもの仲間は信用してくれたようだが、それでも彼らであるという確証はなかったのでその話はそこで終わったらしい。一応本人たちもその噂を聞きつけたようだが『ゲームのアイデア集めでやることはあるだろうが霧の時には危なすぎるので絶対にやらない』とのこと。

 

「まあ、そんなことがあったんです。今はもうそういう噂聞かなくなりましたけどね」

「そうか。しかしまあ、奇妙なことがあるもんだ」

 

 そんな話も、ハーブティーと菓子が切れたことで終わりを告げる。

 

 ハクジツもそろそろいいか、と思い立ち上がる。

 

「んじゃ、そろそろお暇しますね。まだ仕事があるでしょう?」

「そうだな_____ありがとうハクジツ、いい気分転換になったよ」

「えへへ、どういたしまして。では」

 

 そう言って、二人は別れていった。

 

 ゼンヒにはまだ、書類が残っている。

 

「あ〜……」

 

 彼女は苦悶の声を上げた。

 

 残っているのは特別暴力対策課の活動報告書の確認とそれからカンナに提出するためのレポート。今月の部下の勤怠記録の提出_____どれも細心の注意を払って書かなければならないものばかりだ。

 

 ゼンヒは後輩の応援を思い出しながら頑張るのであった。

*1
前述『エボVI T.M.E』の俗称

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