シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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CaseB-17-4:新入生への組織紹介作り/その後

 この日、ゼンヒは食堂にいた。

 

 必要な書類提出を終え、しばらく彼女を悩ませていたものとはおさらばしやっと休める!と言ったところ。背伸びしては食堂の好きな料理を三品ほど頼んで、それを堪能。

 

 頼んだのは餃子に味噌ラーメンそれにチャーハン。

 

「美味い」

 

 ただポツンと言って食べ続ける。

 

 流石に部下もついてきていない、友人はトリニティだからこういうところには入れない。でも、一人の時間も大事だ。どんな人間であろうと、時間と空間の鎖を緩める必要はあるだろう。

 

 今日と明日はこれ以上仕事はない。とはいえ打ち込みたいこともないから、ただひたすら休むつもりでいる。

 

 その何もしない休みが最近趣味になりつつあるから、休める、だらけることへの羨望は書類仕事のせいで大きくなりつつあった。

 

「失礼するぞ」

「あ、局長」

 

 一人で食べていると、自分の上司であるカンナが席の向こう側に座る。

 

「今日の式はどうでした?」

「みんな素直でいい子だ。さて、今年は何人残るかな」

「怖いこと言うな……ああそう、コノカさんは?彼女も出席すると言っていたから一緒だと思ったんですが」

「ああ、彼女は今仕事に追われてる。研修とかであちこち案内する役目をもらっているからな。私は午後は割と時間が空いているから、今こうしてのんびりと食事をしているわけだ。

 そういうゼンヒはどうしてヴァルキューレに居るんだ?」

「年度末の書類で不備があったようで、郵送してミスしてた分の手直しをしに」

「大変じゃないか。事務員でも雇うか?」

「流石にチェックしてもらってオッケーだったので____そうですね、今年度から少しずつ書類仕事を分担できるようにするつもりです。ユリに何個か権限移してやってもらおうと思ってます」

「部下と仕事を分ける、いい事だ」

「じゃないとあの量やってられませんから。流石に手柄が優先しないといけなかったのでついついバックアップ任せて!とは言ったものの困ってしまったので。でも、書類はともかくいろんな仕事をちょっとずつ分担してますよ。どっちも」

 

 それこそ動画撮影や編集は部下に丸投げした。自分は出演して、それ以外は部下が完璧に仕上げてくれたことを話すゼンヒ。

 

「そうなのか?」

「不足分の映像を撮ったり編集していい感じにまとめるのはハクジツとマテバガール……じゃなかった、ショウコがやってくれました。私は映っただけ、って言うのであまり仕事はしてないです」

「そうだったんだな。結構興味津々に見てたぞ新入り達」

「ならよかった。あの二人にも言えば、喜ぶと思います」

 

 なんて話をしながら、二人で食べ進める。

 

 ゼンヒはラーメンを、カンナは鶏飯おにぎりときつねうどんを。

 

「あの二人はそういうスキルも持っていたんだな。広報課に所属はしていなかったはずだが」

「ハクジツは交通安全ビデオの作成に関わっていて、経験があるんです。私が中途で入って研修で習ったのものそうでした。ショウコは副業こそやっていませんでしたが、SRTの冷遇を見てさっさと逃げれるようにあれこれ勉強していたそうです」

「そうだったんだな_____有能な部下が揃ってていいじゃないか」

「何言ってるんです、これも局長のおかげです。局長がシャーレ前交番の設立も特別暴力対策課の新設もやったんですから」

「そうだったな」

 

 二人は笑う。

 

「そういえば、ゼンヒ」

「なんですか?」

「また、赤い髪が増えたな」

「ああ、これですか?」

 

 食事中なので無闇に髪の毛はいじれないが、少しだけ動いて髪を揺らす。

 

「何か変わったこととかはないか?もしくは染めた?」

「いや、染めてはないですよ。ゆっくりと赤い髪の毛が増えていってますが、特に変わったことはないです」

「そうか_____いや、何かしらのストレスとかがあったら困るからな、と思っただけだ。無いならいい」

 

 カンナは表情を変えずに食べ進める。

 

 ゼンヒの髪の毛は日に日に深紅へと染まっていった。今はもう手のひらよりも小さい範囲しか薄紅色の髪の範囲は残っていない。

 

 変化は起こっている。それこそ彼女は知っている、赤い守護霊によって髪の色が変化していることを。なんならそう言う幽霊から言われているし、そんな都合のいい話を疑うべきだ。

 

 しかしゼンヒはあろうことかそれを誰にも言っていないのである。本来こう言うことは心霊現象やオカルトという分野に区別し、今まで生きてきた中で納得できることとそうでないことを分離した上で誰かに話すのが普通である。だが、彼女の記憶は一年くらいしかない。それ以前の記憶がかけらもないから知力があるだけの一歳児と大差ないのだ。それゆえに幽霊のことについては深くは疑わず、不審にも思わなかった。

 

 だから、彼女は自身の上司に何も言わない。

 

 二人はお互いの食べ物を口に入れ、それぞれに別のことを考えた。だが、またお互いに食べ物を飲み込んで、話をする。

 

「局長。こちらからも、一つ質問しても?」

「なんだ?」

「私の過去についてです」

 

 お互いに、一瞬だけ凍るような空気が流れた。

 

 だがそれも互いに相手へ威圧してはいけない、と言う敬意と信頼で和らげて話す。

 

「その____一年以上経って、私は過去を一個も思い出せていません。何か兆候があることもなく、ただ時間が過ぎています。仲間がいるから不安になることはないのですが、やはり私は何者か知りたいです。なので、言えることでもいいから知っているなら知りたい」

「そうか。そう思うよな____しかし、すまない。私は知らないんだ」

 

 カンナはハッキリと言った。

 

 そもそもゼンヒが知らされているシナリオは「誰の住所か分からない場所で裸の状態で倒れていて、それを警察が拾って一度困り矯正局で過ごさせた」と言うもの。当然ただのホームレスや記憶喪失なら、矯正局に入れられることはないだろうと、彼女は仕事を通した予測で考えた。

 

 しかし、それを知っているはずの局長は何も言わない。素振りからして本当に知らなさそうであるが、それが果たして本当であるかどうかはたった一年しか生きていないゼンヒに見抜けるはずがなかった。

 

「お前が見つかると言う事件から一年経つが、何よりもお前を見つけたのがブラックマーケット周辺だったと言うこともあって調査が難航している。そもそものスラム街は誰がどこに住んでいるのかも曖昧だから形跡を追いようがないし、周辺の人間もゼンヒに似た特徴の人物を知らないと言っていた。だから、私も答えたいがどうも答えられない。すまない」

「しかし証拠も一切ない周りにいた人間は何も知らないではおかしいのではないですか?そんな摩訶不思議がそうそう起こる世界でもな______」

 

 疑問が止まらない彼女は、急に口を閉ざした。

 

 何があったのかわからない、と言った感じの急停止だ。

 

 相手の表情に悩みが見えて、それ以上責める気にならなかったのか黙って、一度謝ってからもう一度口をひらく。

 

「ごめんなさい、責めたいわけではないんです。私だって急いでしまっちゃうけど、やはり一年経つって思うと気になるというか_____本当に誰も私の過去を知らなくて。それが尚更不安で仕方ないのです」

「そうだよな。わかったらすぐに連絡するよ。すまないな、不安にさせて」

「いえ。局長のことは信じてますから。ありがとうございます」

 

 胸に手を当て、そう言ってこの話は終わりを告げた。

 

 カンナの目の前にいる少女は、微笑んでいる。彼女は何も思うことはなく、ただ笑っている。

 

 口角は少しだけ上がり、目の色は窓の日光から反射した光のせいか少しばかり翡翠のよう。

 

「ごめんなさい、本当に」

「気にするな。誰でもそうなるものだ、皆が持ってる青春の記憶すらないことが不安を煽るのは仕方ない」

 

 彼女の気遣いに感謝して、ゼンヒはお礼しまた食べ進めた。

 

 話している間にも食べていたカンナは、手を合わせてからトレーを持って立つ。

 

「ああ、食べ終わったのですか?」

「これでも結構抑えて食べていたんだがな。とりあえず私はこれで失礼する」

「ええ、お疲れ様です。局長」

 

 そう言って、二人は別れた。

 

 自分の焦りの真実を知っているとは言えやらかしてしまったな、と思うゼンヒはカンナが食堂から出てくるのを見送ってからため息をついて、残りの飯を全部かき込んでから立つ。

 

「よし、まあ……うん。とりあえず戻るか」

 

 トレーを返却口に持って行って、そのまま食堂を出た。

 

 良い景色だ。

 

 新入生があっちこっちで物を食べたりして話している。

 

 どこの科?どこからきたの?趣味は?なんで志望したの?どんなの目指してる?

 

 自分の将来という人生を決めるためにきた新入生達を微笑ましくも、ちょっと疎ましく思いながら歩き続けた。

 

 ずっと、寂しさを感じる。

 

 自分はなんで矯正局にいたのかどうか、理由は分からない。あまりに不可解な事件だ、と言われてその保護のために居たと聞かされているがそれが本当かどうか分からない。

 

 そこにいた時には何人かとしか話さなくて、矯正局の外の世界はスクリーンの世界と同価値で、世界はただのドーム上にできていて、そこから出れないから逆に自分の過去を知らなくても何も思わなかった。だけどそのスクリーンだと思っていた場所に飛び出て、いろんな人と話をして、自分は「過去がなくても仲間がいる」と言い続けて生きてはいるのに仲間だけは過去がある。飛び出した結果、逆に自分の空虚な過去、一年で、いや、自由意志ならそも半年も経っていないであろう自我。

 

 その自我は、さまざまな思想や、こうありたい、"こういう過去があったから"変えたり消したりするために法律さえも飛び越えて向こうの非道に手を染める犯罪者たちと渡り合ったせいでそう言ったのも全くなく、ただ無垢なまま否定し続けた彼女の心を蝕んだ。それを思えば、なんとなく周りを照らす陽光に憎悪すら覚えそうだ。

 

 こういう時は雨だったら嬉しいのに、なんて。

 

「いいことないかな」

 

 あまりに抽象的で少女らしい言葉は、誰も聞いていない。だからいい。

 

 三寒四温最後の寒。涼しい風が皆の間を通り抜ける。

 

 その数は、誰が好むものだろう。

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