ゼンヒはこの日、ミレニアム近郊のレストランへと来ていた。
仕事である。
最近はアビドスの駅周辺から色々開発が進んでいるのもあってか、何かと掘り出し物が多かったりする。大体はキヴォトス最大の学園時代にいろんな人間が持っていた貴金属や財産、もしくは運べない宝だが、あるレストランでは一見綺麗でも不思議なものが運び込まれた。
あるところを開発していたネフティスグループが見つけたものだが、人間が触れると何やら別の人格か、それとも触れた人間の並行世界の姿かが映るようになっている。
金色の台に立方体の水晶があるそれは、触れた人間の別の姿を映した後に様々な形で盛り上げてくれるそうだ。アイドルになりたい人間だったらその中で歌って踊って盛り上げてくれる、例えば読み聞かせのお姉さんだったら朗読してくれたり。そう言ったのを売りにしたレストランの噂が出た。
一体どう言う仕組みで動いているかは不明である。ただ、人々が一切の拒絶反応を示さないあたり、何かしらの作用があるのは事実だろう。
飯を食べてる最中にうるさくするなと怒るような奴が誰一人としていないのだ。グルメアプリでもサクラでは無いのに評価はほぼ5。周辺が3-4で止まっているのを見ると異常だが、レビューの殆どは味についての言及がない。レストランのレビューなのに、だ。
それを不審に思ったグルメアプリの運営をしていたネフティスグループ傘下企業は『あれはやばいかもしれない』と調査をゼンヒに依頼をしたのだ。
「そんな騒ぐものなんですかね?」
「どうだろうか。何でそうなるのかわからないって言うのはあるだろうが、アビドスのものだって言うのが尾を引いてしまうんじゃ無いか。まあでも気持ちはわかるがな」
流石に一人では何かあった時に対処しきれない、とハクジツを連れたゼンヒ。
二人はそのレストランに入った。
何と言うかかなり小ぶりなステージがあるレストラン。そのステージのところに例のものがあり、その左右から登れば二階席があって、ステージ横の窓から調理場とホールを行き来してるようだ。
「お二人様ですか?」
「はい」
ウェイトレスに言ってから、テーブル席を案内される。
最近こう言うのばっかだな、と思うがやはり飲食店は気軽故に人の目に触れ効果を発揮するものが多いのだろう。
お冷が入ったコップが出て来て、二人はそれを飲みながらゆっくり見ている。
対象に触る客が一人。
触った客と似ているようで違う人間が一瞬のうちに水晶の中に現れて、何かを弾いている。弾いているのはチェロだが、その音色はとても心地いい。姿は触った当人と比べてグラマラスだ、将来の夢か、夢だったものはオーケストラの一員なのだろうか?
「あの人はああなりたかったのですかね?」
「さあ。それは分からない」
そんな話をしていると、ウェイトレスがやってきた。
「あれに興味がございますか?」
「ああ」
当店自慢の、と言わんばかりの対応だ。せっかくなので、店員の説明を聞いてみることに。
「あれは最近発掘されたものです。ネフティスグループの傘下企業様から寄贈されたもので、今はこの店で稼働させています」
「稼働?ということはこれは機械か何か?」
「いえ、そう言った類のものは一切なかったです。ですが、一応使用しているのでそう呼称させてもらっています」
どうして動くのかは理解できていない、という店員。そういうのを何も考えなしに使うのはいかがなものかとは思うものの、とりあえず話を聞き続ける。
「傾向的にあの遺物は『自分の望んでいるもの』が強く反映されているそうですよ。そしてさらに分類すると、なりたかったものか、望んでいる相手が見えるようになるんだとか」
「ほう?つまりはあれか?死んだ恋人や家族と会える、というやつ」
「そうです。だから結構SNSでは人気で、感動系のストーリーが作れるっていうので大繁盛。ま、そのせいで味のことについてはあまり何も言われないのは料理長が悲しんでますけどね」
たは〜、と笑いながらウェイトレスは話す。
「まあ、その感動を邪魔しないという点では味が安定しているということだ。誇ってほしい」
「お客様は優しいんですね、後でお伝えしておきますよ。しかし恋人っていうのはあんまり聞きませんね、家族は多いですけど」
「そうだろうな」
「お客様にはそういった人はいますか?」
ゼンヒは首を振った。
「残念ながら、私はこれでも記憶喪失だからね。今向かいにいる後輩や部下がいるだけで満足さ」
「そうでしたか……ああでは、そちらの方は?」
店員はハクジツに話を振る。しかし、振られた方はかなり嫌な顔をしていた。
「あの……私はそう言った話があまり好きではないので振らないでもらえると……」
「すみません。まさか、そんな方が来るとは思っていなかったので_____ん?ということは、ここに来たのはあれの調査のためですか?」
「そうだな」
聞いてきたウェイトレスに、二人は警察手帳を見せる。
「ああ、警察の方でしたか」
「慌てないでもらって助かるよ。これをそっちに渡したネフティスグループからの依頼でね、もしかしたらヤバいものかもしれないと調査してほしいと依頼があったんだ。何か危険物が、現段階でもそう判断できるものがあったなら調査の後に使用停止と回収を知らせてほしいとあった」
「抜き打ちで、ですか?」
「場合によっては持ち逃げされる可能性があるから、というのでね。停止方法が分からないそれ用のものもないっていうのであれば、こちらからはとりあえず今から調査をしたいところだ」
「で、あれば」
四人目の声がした。
店主がゆっくりと入ってきて、彼女らに挨拶する。
マスカレード、の具現化のようなドレスを着た女だ。
「私が競り落とした物に用?」
「あなたが店主さんですか?」
「店主って言い方が安っぽいわね。マスターと呼びなさい」
「じゃあ、マスター。私たちは警察で、それを売ったやつから調べてこいと言われてやってきたんだ。調べてもいいかな?」
「売った者が強情ね。でもいい、私は怪しいことはしてないもの。いくらでも調べてくれて構わないけど、あまり客の邪魔をしないようにね。あと止まらないからあれ」
「わかった」
マスターは、呼びかけるように声を上げた。
「君たち!今から警察が調べるから触ってもいいけど邪魔しないように!」
「はーい!」
「わかったよー!」
案外威勢のいい上理解のある客だけ。このマスターには良い人が集まるようで、それで警察も嫌な顔せずスマートに事を済ませることができると理解している。
二人も他の客に礼を言ってから、例のものを触ることにした。
「とりあえずは機器類がないかもう一度探してみることにしよう。運搬時には裏側も確認してみたらしいが、どうやらそういう類のものはないと聞く」
「水晶からのぞいてみても金一色かつ何もないですね。先輩、そっちは?」
「いいや何もない」
なんて言いながら調査を進める。
とりあえず手袋をしていると彼女らの接触とはならないのか、落ち着いて作業を進めた。
「何かお手伝いできることがあれば」
と、マスターが言う。
「ああ、では一度下を覗いてみたいのですが営業の邪魔にならないようなら持ち上げれたり?」
「ならば_____」
頼んだゼンヒに了承したマスターは、ステージの一部を四脚のように伸ばしてそのまま水晶のそれを持ち上げた。
あまりの光景に驚く二人。
「わっ」
「すごいな____!」
「そもそもこのステージはある客人のアドバイスによって画期的なシステムが搭載されてるの。木の床には木目があるでしょう?その木目一つ一つを加工して持ち上げることで椅子や机を持ってこなくてもそのまま演奏したりできるようにされているのよ」
「その客人の名前は?」
「人見知りなのかなんなのか、ほんとに一回知り合っただけの女性だったの。ただ、あなたに似ていたわ。深紅の髪をした、ね」
「そうなのか」
面白いアイデアを実現させるまでに至った話を聞いてみたいところだが、とりあえずは仕事優先。
下の方を覗いてみるもののやはり機械類は一切なく金の台座である。
「マスター、この中に機械が内蔵されてるっていう線は?」
「これのことかしら?ネフティスの人は調べてみたけど何もないって言ってたわ」
「そうか」
調べれるところは全て調べた。
ステージは元に戻って、はじめにきた通りになる。
「すみませーん、調査終わりましたー!ありがとうございますー!」
「気が済むまで調べられたならよかった!」
マスターのいかにも大人です、と言うような雰囲気と客のノリの良さ。ミスマッチのように思えるが、それだけ近しい関係なのだろう。
二人はマスターに礼を言う。
「ご協力ありがとうございました。マスター」
「これくらいどうってことないのよ。まあでも、不審に思う気持ちもわかるけどね」
そんな彼女は、ゼンヒの方を見た。
「ところで貴女」
「なんだ?」
「もしよければ、触ってみない?」
水晶は、自分の望む姿を映すと皆が言っていた。
ゼンヒが望む姿はない。望むのは、姿のない過去のみだ。
「私が触ったところで、何かあるとは思えないが。空白のままかもしれないぞ」
「逆にそれって珍しいじゃない?内心、何かしらの願いがあることに気づけたらそれに向かって邁進するのもまた人生よ」
「過去のない私の奥底にあると?」
「今もいずれ過去になる。そして、こうなりたいって未来があったらそこに辿り着くまでも過去になる。夢や未来こそ、人を確立するものよ」
マスターの言葉に、彼女は一理あると考えた。
自分は過去が欲しい、それは皆が自分と違い生きてきた経緯というものがあるから自信を持って生きていけると思っていた。
しかし、マスターは「夢や未来があるから人らしい」と言っている。
「わかった。何が映るか分からないが______」
そう言って、手袋を外すゼンヒ。
彼女はそのまま、素手で水晶に手を触れた。
「……」
誰もがゼンヒの欲望に目を向ける。
「うん……?」
マスターも、今までにないものを見るような目で見ている。
彼女の掌から深紅のインクのように広がっていく、彼女の奥底が姿を表す。