シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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CaseB-19-4:矯正局襲撃/詰問

 そう、ゼンヒを載せた車は、また別の人間に阻まれていた。

 

 止めたのはもちろん、マテバガールであった。

 

「あんたら随分と人を追いかけ回すのが好きみたいね?しつこいって言われたことない?」

「警察なんてしつこくてなんぼだよ。さあ、大人しく渡そうか。さっきの連絡じゃ追うとは言ってたがシャルアー・ドーンなる人物は大怪我をしてるそうだ。一人で逃げるには難しいんじゃないか?ヤツカちゃん」

「いいや、渡さない」

 

 ヤツカはそのまま前に出て、マテバガールの前に出た。

 

「彼女はね、私にとって大事な人間なの」

「恋人かい?」

「いいや、それよりも大事なもの。彼女の代わりはいない、人間性的な意味でも、技術的な意味でもね」

 

 お互いに距離を取っている。だが、戦闘に移る気配はない。

 

 睨み合いが続く。

 

「しかしまあ君たちのような人間がいるとは、思ってはいたが_____まさかここまでとは思わなかったな。聞いた話ではほぼ単独犯だと聞いていたんだが」

「そんなわけないでしょう?いくらブラックマーケットがあるとはいえ、専門器具などはそこじゃ揃わないことが多い。だから彼女と繋がってる連中は何人といた。そして、施設の貸与なども考えればまず単独でそこまでできる人間はいないわ。仮に一人だったとしたら足跡がつく、金銭の移動という面でね」

「そりゃそうだ____ああ、一つ聞こう。ヘイロー破壊爆弾についてだ。あれはどこで手に入れた?」

 

 今回の犯行、ヘイロー破壊爆弾なるものが使われている。

 

 実際にそれはどんな形をしていて。どんな作用をするのかわからないものだ。エデン条約では用意されたものの、その実態は明らかになってない。それをどうやって手に入れたのか、知る必要がある。

 

 今こうしてマテバガールが聞いているのは、あくまで増援を到着させるまでの時間稼ぎだ。すぐに聞く必要がないものだが、相手の情報を聞き出せればここで止めきれなくても別のアプローチから追跡することができる。

 

 一方のヤツカは、余裕を保っていた。

 

 シャルアーの時間稼ぎによって時間が出来つつある上、彼女には相手を足止めする装備が備わっていた。それは今すぐ出せるものではないが、少なくとも相手が元気である以上追跡されるリスクを考慮して、混乱の中脱出しようと考えている様子。

 

「あれは天衣セツカが残した技術で作った模造品、いや、セツカ製の爆弾ね。多分理論は違ってくると思うけど」

「渡したのはネックレスであることは現場のユリから報告が上がっているが、それで爆弾の代わりになると」

「なるのよ、面白いことにね。その実践は後々してあげる。この理論を元に、ちょっとしたおもちゃを作ったから」

 

 あくびをしたヤツカは、今度は相手に質問を投げた。

 

「ところで君、今度はこっちから質問していい?」

「なに?」

「扇皇ゼンヒはどうして、こうなったと思う?」

「それはどっちの意味だ。彼女はどうして生まれたか、それとも君たちが楽になるくらいに誘拐できたのか」

「前者の方の答え合わせは後々でしてあげる。さっきのおもちゃと一緒にね。ま、だから後者の方を答えてごらんなさい?」

 

 マテバガールはインカムからくる連絡を聞きながら、答えた。

 

「ハクジツさんを出汁にした?」

「惜しい。それもあるわね。でも、もっと根本的なことよ」

「ならヴァルキューレへの不信?」

「いいや、それもないわ。扇皇ゼンヒの生きている世界で最も大事なところで、何よりも生きる理由だったから。とはいえニアミスね、不信というほどではないけど______」

「なるほど、仲間に裏切られたことかな?」

「ほぼ正解。まあ、本当のことを言うならいくつか要因が重なっているけれど」

 

 彼女は笑いながら、事の仔細を話す。

 

「まず、彼女は君たちを愛していると思うわ。それは自分が救った功績の結果というのもあるでしょうけど、自分を信頼してくれた人間にはそれなりの礼儀を返すのが彼女。だから、君たちがこうして追ってきてくれているのは嬉しく思っているんじゃないかしら。美しいわね。でも、後輩であったハクジツの暴走から彼女は生きる理由に大きく傷や疑念が生まれたの。彼女は自分が大事にしていた後輩に裏切られ_____いや、仮に裏切られたとは思っていなくても彼女は逃げ場がなくなった。なぜなら彼女にはそこしか居場所がなかったから。つまり毒親に育てられた子と同じね。急激に居場所がなくなった人間の不安定さは、推して知るべきじゃない?」

 

 その言い草は、マテバガールやユリに対して『お前らはゼンヒの居場所になれない』と言いたげなものだった。

 

「当然君たちのことは好き。それは、何度も言うけど間違いはない。だけど違うの、彼女にはあの交番がいちばんの居場所だったのかもしれないわ。それを愛してた人に奪われた人間の悲しみは、それだけでもどこかへ逃げ出してしまいたいって思っても不思議じゃない。それが私たちだってだけ」

「それだけでリーダーが君たちに加担するとは思えないね。でもそこに、天衣セツカという要素が重なったら違う。その少女が中にいると言うことは、表現の仕方は難しいが人格だけでない二重の人間が重なっていると言うこと。それぞれに趣味嗜好も思想もできることも違う。ハクジツさんの言っていた通りに予想するなら、そもそも扇皇ゼンヒと言う人格は"二人の人間が混ざって出来た不安定な産物"である。ならば、そもそも自律神経が乱れて精神がおかしくなるのも無理はない、か」

「いいね、貴女って天才じゃない?」

 

 ヤツカは笑っているが、褒められた方は不愉快極まりない。

 

「それでも彼女の様子を見てた限りだとあのヒエロニムスとの一戦までは安定していた。それは天衣セツカの人格がもう一つの人格と殴り合っている間に消耗した結果だったんだと思う。それに彼女自体の器も安定していた。それがあの一線で割れて、中身が出るようになった」

「それからそいつがゆっくり染み出すようになったか」

「当然そうしたら体は不安定になる。そうねえ、具体的に言うなら______まず、彼女はなぜかすぐに再生するようになったじゃない?あれはね、元に戻すとはまたちょっと違うの。何故ならあくまで扇皇ゼンヒから天衣セツカへと置き換わっているから」

「なんとなく予測はついていたよ」

「人間には二人分のDNAって基本入らないのよ。DNAが不安定になると当然変な方向に作用する。そして体の不調が起こり始めると、精神も当然おかしくなる。そしてここからが外的要因。彼女にはそれを相談できる人がいない」

 

 わかりきったことだった。

 

 ゼンヒのそれは調べても前例があるわけない。そして、それを相談できる人間もいない。

 

 彼女はそういう素振りを見せなかったし、そもそもそこまで疑念を持っていなかったのでヤツカのこれは的外れ。しかしこれは守護霊のファインプレーだ、自分の力だと敢えて言い、彼女に寄り添うような甘言で精神だけは安定させていた。

 

 だが、ここじゃなくても相談できる人間がいないというのはやはり致命打であったことには違いない。

 

「そう思うとセツカって私たちと連絡取れない割に頑張っていたのね。うん、なかなかやってくれるじゃない。

 そしてその相談出来ない、この溝を作り出したのが」

「自分のことを誰も知らない、自分でさえも分からないという記憶の有無か」

 

 この時だけはゼンヒの理解者になれるだけの思考力を見せる。やはり惜しい人材だ、なんとなくヤツカはそう思った。

 

「そうそう、そういうこと。記憶の有無、いや、彼女にとっては過去そのものがない。過去があれば、経緯があれば、それを元に行動が取れる。隠したい事実であれば必死に隠すし、助けて欲しいならそう言える。しかし自分のことさえ分からない、分からないから知りたい、では何を知りたいの?そこを誰も教えてくれない。だから彼女は欲しがった。それを君たちは隠した」

「彼女が望む過去は、誰かと青春をしている記憶なんだよ。その誰かのことを思い出し、帰れることが幸せだった。そうじゃない以上は、まだ話すべきじゃない。時間はいずれ過ぎゆくもの、だから彼女が倒れるまで、安心して力を抜ける状態を作り維持し続けることが私たちの役目だ。ハクジツさんだけじゃない、助けてもらった分は出来ることからやる。政治と同じだよ」

「だが社会はそれを望まないのよ?」

「流れは早い。だから居場所というものがある、良くも悪くも時間が止まっている場所が!」

「君はいい人なのね。でも、もう私たちは仲間になれないみたい」

「私は甘凪ショウコ、警察だ!」

 

 マテバガールは、いや、ショウコは銃を構えた。

 

「最後に一個だけ警告する!今すぐ武器を捨て投降し、扇皇ゼンヒを返せ!さもなくばこのままお前を撃つ!」

「銃弾は人に効かないというのを知らないの?」

「知っている。だが銃弾で怪我をしないということはないだろう!」

「ふぅん。残念ね」

 

 そんな脅しにも屈せず、ヤツカは頭を掻いて何かを考えているようだ。

 

 二人が会話している間に、ショウコの指示によって特別暴力対策課のメンバーが周辺を囲んでいた。ヤツカはそれを知っていて、どうしたものかと困っている。

 

 そのうちに、呆れた彼女は蔑むような目で相手を見た。

 

「残念ね。お前」

 

 ゆっくりと歩き出すヤツカ。足元には血が滴っている。しかしよく見ると彼女そのものではなく、下から湧いてきているような。

 

「いいこと教えてあげる。世の中にはね、案外思いついてもやらないのをやろうとするバカがいるの。そして____」

 

 血の湖が彼女の足元から広がっていく。それはこの世界では異常だが、それでも見たことがあった。

 

「それを成功させる奴がいることもね!」

 

 この時はもうヘルメット団の変装も解いており、その姿を見たショウコは絶句する。

 

「な」

「最終段階よ!」

 

 ゼンヒに似た少女がそのまま悪辣な笑みを浮かべて、手を広げ叫ぶとその濁流が道路の四方八方に流れ込む。

 

 アリウス過激派と同じ手段、なのにもっと恐ろしく感じるのは。

 

「なんだこれ……!」

 

 それが、大きい四つ足の、赤黒い狼だったからだ。

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