足音が聞こえる。
その方向はショウコの正面。
「何……?」
ゆっくりと歩いてくるのは、漢服風の衣装を着た少女。髪は深紅で、目は翡翠。ただもうすでに、そこにゼンヒらしさはない。歩き方から、仕草から、それはすでに完全な女性のものだったからだ。
そうは思いたくはないのが本心だが、ショウコは元々特殊部隊出身。現実を受け止めることに慣れすぎている。
(失敗したか)
流石にこの状態からは動けないショウコは生きることを諦めた。相手はどうであれ無事、自分はそうではない。その上で周りのメンバーもほぼ自分と同じような状態。
その少女はゆっくりと歩いて、彼女を見る。
「この子がマテバガール、か」
「____」
ショウコは見上げる。
綺麗な髪、黒煙が消え陽の光が二人を照らす。
「やあ、初めまして。いや、私がゼンヒだったから、久しぶりかな?」
少女の笑みは純粋なものだ。悪意がない。
「私は"天衣 セツカ"。知っているでしょ?あなたたちが追っていて、ゼンヒに隠していた少女。あの狼の顕現を経てようやく人格の殻を破けた。どう、綺麗?」
「ああ____私は負けた、か」
目の前の少女はすでにゼンヒではない。そして、その正体を知ってる以上は彼女は生きて帰れないと思っていた。
そう、殺人鬼セツカの再誕である。
「君達はよく頑張ってくれたね。嬉しいなぁ。でもね、今回だけは私の勝ち。だって私がゼンヒでもあるんだもん。君たちを束ねる人間の、真の姿。負けるわけなくない?」
「私はお前をリーダーだと思った覚えはない」
「でも私は勝った。いくらSRTと言えど最大の誤算要因であるだろう先生が色々な調査に出てるだろうと踏んで騒ぎが起こったからね。あれが来る前に勝った以上は私が逃げ仰るだけでいい。神秘の雑兵は私一人で作ったから粗雑もいいところだったけど、君達を倒すには十分だったね?ふふ」
セツカは笑う。
「外の世界の常識の一つを教えてあげる。『夫れ未だ戦わずして
「_____そうだな。私はお前に負けた」
「天衣セツカに負けたってこと?うーん、そう言われると恥ずかしいな。気に入った、なら君は生かそう。私は君のような人間は大好き。そういう人間は敵味方問わずに生きててもらわないと私が困るから」
相手の動きは変だ。自分の目の前にいる少女、少なくとも今後一生仲間になるようなことはないような人間に対して応急治療をし始める。
「何を」
「黙ってね。私が応急処置してあげるから、じっとしててよ〜」
圧迫して止血しながら包帯を巻いてあげるセツカ。
「そうそう、これ聞いてて欲しいことがあるんだけどいい?」
「私は何もできない、自由にしてくれ」
「うーんいいね従順なの。では教えてあげよう。どうして、白鳥ハクジツが暴走したのか」
彼女はハクジツ暴走の真実を話した。
自分は過去にハクジツを襲い重傷を負わせて病院送りにし、その上でハクジツの恋人を誘き出そうとしたこと。誘き出すタイミングをミスしてしまい急に襲われて相打ちになって死んだこと。その上で自分が作ったもので上手いこと血肉を融合させて再生した結果、ゼンヒが生まれたこと。
そしてこれらを簡易的にハクジツに話し、精神に干渉する遺物があったのを利用して自分は彼女を脅し不安定にさせて襲わせたことを話した。
「当然私のせいだけど私だってこれで色々したかったからね、彼女には悪いことしたと思っているよ」
「ハクジツさんには……思ってなさそうだな」
「んじゃあ良いこと教えてあげる」
ハクジツに関する情報を持っている。そう言って、セツカは相手の応急処置を続ける。骨折の固定はあまり手早くは出来ないようだ。確実ではあるが。
「まず、ハクジツの恋人と私が混ざってゼンヒが生まれたのはさっき言った通りだね。それは事実。じゃあその恋人は誰って話だけど……名前は『扇堂リンネ』と言うんだ。私と違って薄紅色の髪をした女だよ」
「だからリーダーの髪の毛は薄紅色と深紅が混ざっていたのか。お前が顔を出すようになってから急速に赤くなってったのは」
「ぴんぽーん、そう言うこと。まあそれでもあの局長が隠してたせいでなーんにも対策取れなかったけどね。でも気持ちはわかるよ。あまりに非現実的だもん。それでも不信感を持たなかった、という意味では君はよく出来た人間だね」
「話を続けてくれ」
「おおっとそんな怖い目で見つめないで。大丈夫殺さないから」
応急処置が終わったあと、セツカはショウコを撫でてから話を続けた。
「じゃあそのリンネという女と私がなんで争ったかって言うのを教えてあげる。単純に邪魔だったから。私は殺人鬼で、あいつは薬物の売人だった。ゼンヒちゃんに少しずつ関わっていた薬物関連の事件だけど、その元締めが扇堂リンネっていう女だったわけ。私は薬物関連が邪魔だから殺そうと思ってさ、その成り行きで恋人のハクジツを襲った。そしたらまあカンカンに怒ってしまったわけ」
無茶苦茶なことを言い出したとしか思えない。
ハクジツの恋人が薬物の売人なら、なんで警察に入れるのか。そしてそんな大袈裟なことをしているのに、なんで警察とかは対応しないのか。人をいたぶるのは昔から得意なヴァルキューレが手を出さない理由はなんなのか。ショウコは耳を疑った。
「そしたらさっき言った通り殺されてから____マジックでポン!ゼンヒが生まれた〜!ってわけ。そのマジックがなんなのかは、君たちが解き明かしてね」
「……ああ」
「ま、そんな感じだから私が突いたら怒るのも当然というわけ。扇堂リンネが薬物関連の危険人物だったなんて知る由もないだろうし、それを知らなくて当然で警察だって知ってて仮に疑問を持っても彼女が反応しないからまあ与太話で信じない。これがことのあらまし、まあ分かんなくていいよ。どうせ私が敵なのは変わんないし」
流石にここまでいうと酷い笑みが溢れるものだ。
「んじゃ、そういうことで私は帰るよ」
「マスター!こっち終わったー!多分真っ当に動ける奴はいないわー!」
「ほら、あっちも終わったから」
ヤツカが手を振っている。
「ああ、そうそう。じゃあ最後に一つだけ忠告してあげるね」
そんな彼女は、最後に立ち上がってからショウコの方を振り返る。
「さっきの与太話、軽く私が話したこと。あれは私にとっては本当だよ。だけど君たちは知らない話、なんなら初耳なことだと思う。ただ、一つだけ言っておくね。これは私からの課題」
振り返った時に凪いだ風は、彼女の深紅の髪を揺らす。
「君たちはなんで私に負けたのか、よく考えて行動してね」
そう、自分が勝ったことを盾に好き放題言って、彼女は瓦礫の山の向こうへと消えていく。
昔の価値観なら負けた上にお情けをもらうなんて恥知らずもいいところだが、ショウコは良くも悪くもドライなので自分の情報は自分の恥よりも価値があると考え自刃なんてことはしない。
(はあ、もう何がなんだか)
そう思いながらも、上を見る。
晴れているからこそ憎たらしいというか、自分ができなかったことが鮮明に明るみに出て嫌になる。
肩は痛くてまだ動けない、止血はしっかりされたせいで、もう少しすれば立てそうだ。
自分の愛銃はひしゃげている。撃ったらどうなるかわからないくらいに銃身が潰れて曲がっている。
「お前にも、無理させたね____すまない」
それを眺めていると、声がした。
「ショウコ!ショウコ!いるなら返事して!ねえ!」
「ここだ」
張り上げるだけの声はないが、そのまま呼ぶ。
やってきたのはユリだ。
「ショウコ!」
「ユリ……」
「それ!」
「大怪我した。バカなことしたと思ってる、挙句に愛銃が壊れてしまったよ」
「良かった……!生きてて!」
彼女はショウコを抱きしめる。
「いたた……やめてくれ。今怪我してる」
「あそっか……ごめん。いやそれよりもリーダーは!?」
「遅かった_____と、言えばわかるか?」
ユリの顔が、絶望した表情へと変わった。
一瞬仲間が生きていた喜びで泣いていたが、その涙が悲しみになる。
「そ、んな……リーダーは……」
「天衣セツカになった。ヴァルキューレの幹部が隠した連続殺人犯の、な……ぐ」
右肩を骨折してるから、かなり痛くてショウコは顔を歪める。
「ショウコ!」
「叫ばないでくれ……頭も血を流してるくらいには、怪我してる。あの狼次会った時は絶対殺してやる……!」
「もう喋らないで!話なら後で聞けるけど、傷口はすぐ防がないと手遅れになる!」
「この傷口はそのセツカって女が応急処置したからな。余裕はあるよ……」
息も浅い彼女はそのまま、戦友を見た。
「なあ、ユリ」
「もうなに!」
「一つ、休む前に聞きたいことがある」
「なんなの」
「仮に天衣セツカが私達のリーダーの正体であったとして……扇皇ゼンヒを愛せるか?」
ユリは、ショウコの問いにハッキリと答えた。
「扇皇ゼンヒと天衣セツカは別物、だから私はリーダーを愛してる。けど、あの女もリーダーの一部なら……私は、彼女とも向き合わないといけない」
「そうか」
「何を問えば良いか分からない。何をすれば良いか分からない。だけど、彼女と会って、何かしらでも良いから話さないといけない。そう思えるから……絶対に捕まえよう、ショウコ」
「ああ……そうだね。絶対に彼女を捕まえよう」
お互いに約束したところで、救急班が来る。
「これは酷い……こっちに怪我人が!」
「おいこっちにもいるぞ早くしろ!」
「大丈夫ですか!今すぐに応急処置を行います!」
二人のところにも医療班の人間が来た。
「大変ショウコさんが!すぐに運びます!」
「お願い」
流石に痛みと骨折の影響で立てなくなっているショウコは、そのまま救命隊員が持って来た担架に乗せられて運ばれていく。当然それにはユリもついていった。
天衣セツカの復活。
それは、新たな波乱の種である。