この日はもう、大した話はなかった。
結局特別暴力対策課のメンバーの追撃も被害の大きさから発生せずに、そのままセツカは自分の配下であるヤツカの運転でそのまま逃げることに成功。
アビドスから離れ、どこの自治区でもない場所へとやって来たセツカ。目の前には、綺麗な豪邸のような場所があった。
「ここよ。どうマスター、綺麗なままでしょう?」
「だーかーらーマスターって言うのやめてってば。君の再生医療を担当したのは私だけど、別に君の命を救ったからって権利まで払われた覚えはないよ?」
「じゃあ……姉さん?」
「そうだねえそうしよっか。それなら良いや」
「じゃ、私は買ってくるわ色々。姉さん」
「祝杯?」
「細やかながら」
「気をつけてね」
車から降りて、セツカは自分の妹分をそのまま見送った。色々用意してくれるらしいし、そもそもここの近辺はあんまり人がおらずヴァルキューレの警官もいない為好き勝手やれるようだ。
そんな彼女は久々に自分の家に戻ろうとすると、門の前でもたれかかって待っている人間が一人いた。
「……やあ、セツカ」
「シャルアーじゃん……ってどしたのその傷!?」
「バカみたいに強い奴に喧嘩売ったらこの様でさ、まあお前が生き返ってくれただけで御の字さ。死なないならいくら怪我したって良い」
この二人は知り合いだったようだ。
「バカみたいに強い奴って……えっと何?暁のホルスに喧嘩売った?」
「その相棒とプレナパテス最後の腹心のタッグに喧嘩売ったんだお前を助けるためにな。つつ……ほんと痛い」
「ヤツカと二人でやるなんてほんとバカみたい。でも……ありがと」
「どうってことないさ。扇皇ゼンヒも不安定だから出来たことだ……」
「そうだ、今からそのヤツカが私が戻って来た記念になんか作ってくれるんだって。一緒にどう?」
「いいね、御相伴に預かろう」
「じゃ入って」
二人はプール付きの豪邸に入る。
「あ、そうだ。セツカ、お前一回休んだほうがいいぞ」
「なんで?それシャルアーにそっくりそのまま返したいんだけど?」
「勝手にプールサイドチェア借りてゆっくりしてるさ。予測した限りでは扇皇ゼンヒの人格の消去には至ってないんだろ?」
「まあね。でも、彼女の人格は消さないよ」
「なんで」
「大事だから。扇堂リンネは必要無いが、彼女だけはこれから必要になる、もう一度私が死んでも大丈夫なようにね。だけど、まだちゃんと休止状態じゃないから_____ちょっと時間を貰おうか」
「ああ」
二人は手を振って別れ、片方はプールサイドチェアに転がった。
セツカはそのまま家に入って電気をつけ、自分の家に懐かしさを感じながら、そのまま自室に向かう。
自分の部屋の安心感は異常だ。やって来たら、そのまま眠くなる。
(あの二人と色々し始める前に、やらないとね)
そのまま、彼女はベットにダイブした______
世の中というのは不思議なものである。
いい夢を見たいって願っても寝ついた状態が全てを左右するものだから、こう言った時には望んだ夢は見れないと思うはずだが____
「ゼンヒ」
セツカは、自分が記憶を失っていた姿……いや、本来自分が死んでいるから、あえて宿主と言うべきか。それを持っているべきだった人間の精神に近寄る。
周りには、何もない。白い空間が広がってる。
そして、声をかけてもその当人は膝を抱えたままで何も反応を返さない。
泣いてるわけでもない。ただもう、反応してないだけだ。
「どこから言えばいいんだろうね」
そんな彼女に近寄っては、セツカは隣に座る。
何から彼女に言えばいいか迷いながら、ゆっくりと、そして優しく話しかけた。
「まず、大事なことから言うね。君は多分死なないと思う。相手が私ごと君を殺そうとしてこない限りはね……君の精神は殺せない。この体は確かに私とリンネという女から構成されているけど、どちらの人間もこの体の純粋な持ち主じゃないから______だからまず安心して、と言っても安心してるからこんなふうに眠ってるんだと思うけど」
ゼンヒは何も反応を寄越さない。
「しばらく君は、私の中で、君が動いていた頃と同じようになる。なんて言えばいいかな、つまりはこう____私がプランターで、君が植物?みたいな感じになる。今すぐ育つってわけじゃないけど、何十年と必要とはしないから安心して」
相手の反応は返ってこないから、セツカはそのまま話を続けた。
「……ゼンヒ、ごめんね。私は君のこと、子供のように思ってる。自分の子供みたいにね。だから、少しだけ時間を頂戴。私は私でやり残したことをしたい」
波の音が聞こえてくるような灯りに変わりつつある。
「すぐに終わるから。多分、一ヶ月もかからないと思う」
「そっか」
返事が聞こえた。
彼女の方を見ると、ゼンヒは少しだけ上を向いている。
「ゼンヒ」
「ねえ、セツカ」
「なに?」
「私に過去は本当になかったんだね」
「うん……どっちも君じゃない、から」
「私はあると思ってたんだ。自分が何者かを示すものが、この過去のどこかにあるって。そもそも私そのものはどこにもいなかった、生まれてくるかどうかすら怪しい偶然の産物だったんだ……人が生まれたのは奇跡ってよく言うけど、ならその奇跡はもっと真っ当であって欲しかったな」
「人が生まれたこと自体が奇跡だと思ったことはないよ」
セツカは、誕生を奇跡だと言わない。
「当たり前の話なんだけど、男女がいて、交わって、それで子供っていうのは自然と生まれてくるもの。もしそれが奇跡の上で成り立っているっていうんだったら、社会は安定してないよ。もっともそれに強制参加するべきだ、なんては言わないけど。でも君の場合は本当に奇跡だった。自分が助かればいい、というよりかは相手を自由にさせないための咄嗟の行動が、君を生んだ。だから私はその責任を取る必要がある」
「そのためにハクジツを傷つけたの?」
「_____うん」
彼女は、下を向いた。
「君が最後、鬱になっていた時に色々悩んだと思うけど、それもまあ私の仕業ではあるよ。君自身の寂しいなって心のどこかで思っていたのと同時に、こう宿主に意識を向けさせてた」
「私はカタツムリ?」
「ロイコクロリディウムみたいに言わないで」
ゼンヒは表情は変わってないが、セツカは少しだけ笑う。
「彼女だけじゃない。君の仲間を傷つけたのには、私がこうしてもう一度表に出て自由になる必要があった。シャルアーにヤツカ、あともしかしたら君のもう一人の親になるだろう扇堂リンネのこと。彼女についても処理しないといけないことが出てくると思う。もしかしたら後者の方は君が担当することになるかもしれない。私は前者の方を優先するから」
「あの二人はなんなの?」
「まずシャルアーは故郷を探すための旅をしているんだ。一時期、神秘がうんたらって騒ぎがあったのは知ってると思うんだけど、その時に迷い込んだらしいんだよね。遠くにあるシベリアなる土地が彼女の故郷だって言ってたよ」
「それ帰せるの?」
「いいや、全く目処が立ってない。そもそも神秘云々が早々手が出せるものじゃないからね。私だってそれの研究ができたのは荒廃してたアビドスで見つけた掘り出し物のおかげだからさ、あんまり確証は持てないかも」
ようやく、この体の持ち主の方の人格の表情が少しだけ困った顔をした。
「でもまあ、彼女をどこかに向けさせるか研究自体完成させればOKだと思う。彼女だって私にそこまで好意を向けてないだろうし、何より手段の確保を優先するから。問題はヤツカの方」
「なんで」
「まあ、簡単に言えば私は彼女の治療をしたことがある。すごい出来の悪い再生治療をね、ほぼ死霊術と言っても等しいものなんだけど」
ゼンヒは首を傾げた。
「さっきさ、私がプランターで君が種って言ったでしょ?そしたら君は植物になると思うんだけど_____じゃあ君をトマトと例えよう。実はともかくとして、植物の形がそのプランターに沿って成長していくんだ。この植物が血肉だと思ってね」
「うーん……人間の型みたいなのが最初からあって、それに血肉を流し込む、みたいな?」
「あーそっちの方が早かったかも。そうだね。それを急速に、別の人間の血肉を使って流し込むことで違和感のない急速医療を達成するっていうのが私のやつなんだ。その型はなんだってのは、今度時間が出来たら説明するけど_____私が守護の力って言って君の傷をすぐ直したでしょ?それは実は私の血肉でパッチワークしただけなんだ」
「そうだったんだ____でも、それは素直に嬉しかったな。ありがとう」
「えへへ、どういたしまして。けどまあ、それらは結局私が死んだことで否定されたも同然。半ば魔術に突っ込んで完全証明できませんってものは推進し続けるものじゃないから」
笑うセツカ。その顔は少しだけ、恥ずかしがっている。
「で、ヤツカはそれで救った子。だから私のことに関してはかなり信頼を寄せてると思う。これをなんとかして、時間が余れば最後の方をなんとかするかって感じ」
「そうなんだ……」
「ねえ、最後に聞いていい?」
泡沫の夢、と言うようにあっという間に過ぎ去っていく時間。
「なに?」
「ゼンヒはさ、これからどうしたい?」
「わかんない」
「それはどうして?」
「ハクジツの過去がどうであれ、私を殺したいって思うならもう仲直りすることはできないだろうし、セツカが出てきた以上は多分ユリもマテバガールも私のこと仲間だと思ってないんじゃないかな」
「それは違うよ」
セツカは彼女の言葉を否定した。
「それは私がやらかしたことで、ゼンヒがやらかしたことじゃない。怒られるのは私だよ。もっとも、矯正局に戻る時が来たらどうなるか分かったもんじゃないけどね」
「だよね……」
「でもゼンヒはいろんな人のために頑張ってきた。だから、君自体が非難されることはないと信じてる」
今はまだ本心をあまり明かさないでいる彼女は、ゼンヒに向かって挨拶をした。
「人間には夜が来る。今までの君の人生は、ずっと活躍して頑張るために休んでを繰り返してきた。ずっと昼だったんだよ。その分この長い夜を楽しんで、ついでに休んで欲しいな」
「朝は来るかな」
「来るよ、きっと。向こうの人達が君を呼びにくるさ」
そうでなくてもセツカは自分のしてきたことを考えれば、まず即座に殺しにかかってくることはないだろうと考えていた。
大丈夫、そう言って彼女は手を振った。
「だから、おやすみ______ゼンヒ」
「うん」
ゼンヒが仮に気力があったとして、それでどうにかできる状況ではない。彼女も膝を抱えたまま、ゆっくり手を振って別れた。
扇皇ゼンヒは眠りについたのである。
《後書き》
こんばんは、らんかんです。
シャーレ前交番、ゼンヒ警部補編(前)はこれにて終了になります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
かなり状況が激動している中で、明るくありがとうございました!というのも読後感あれだと思うので、冷静にお礼を申し上げつつ今後の話とか感想を軽く書いておきます。
結構話が変わっていってますが、そもそもこの展開は大まかではありますが予定していたものなのです(Case12では彼女の存在の示唆,CaseB-4とかセツカの名前出てますしね)。文字数的にはまあ10万文字あるかどうか、みたいなところなので次の章である《ゼンヒの過去-セツカ編》を気軽にお待ちいただけると嬉しいです。
ここまで評価されるのにだいぶ時間を要しましたが、そんなことしてる間にも評価数44の8.53、お気に入り522と自分の作品なりには素晴らしい結果が出せています。前は確か総合評価1000なんてブルアカなら腐るほどあるとか言ってましたが、正直な話嬉しく思っているのです。皆様の応援がなければ絶対になしえないことなので_____本当にありがとうございます。
次の章に関して簡単に説明させてください。
次はセツカサイドの話と、ユリサイドの話に分かれます。当然メインとなる組織が二つあるわけですが、ゼンヒのように二つ跨いでるとかではないため「セツカサイドその1」や「ユリサイドその1」みたいな感じで話のタイトルにプラスして進めます。2視点同時は割と大変ですが、どちらも動きは大きめになるので温かい気持ちで見守っていただけると嬉しいです。
そして、もしよければご感想、このキャラ好きだとかありましたら、書いていただけると嬉しく思います。高評価もまた、やる気につながりますのでこの作品がいいなと思ったら、よろしくお願いします。
また、セツカ編の予定登場人物はもう少し登場人物が出揃ってから書こうと思っています。お待ちください。
それではまた。
らんかんより。
(2025/06/03修正)