ここはセツカの別荘。
自室で曲を流しながらダーツをして、ゆっくりスパークリングワインを飲みながら暮らしていた。ここはセツカの別荘。
あの事件以降はしばらくシャルアーを元の世界に返す算段と、ヤツカをもう少しマシな場所に送り出す計画を立てていたから何もやっていないわけではなかったが、少なくとも神秘に関する研究などは手付かずである。
そんな中、1人の来客があった。
「やあ、セツカ」
「シャルアーじゃん。どうしたの?」
「暇だからやってきた、ヤツカは?」
「今調査に出かけてるよ」
「そうか。しかしまあ、最近研究もしてないでずっとここに居るが、体調が優れないのか?」
「まさか。体調不良の人間がワインなんて飲まないよ。ま、ともかく座って」
テーブルの横にある1人用ソファを勧めて座らせる。やってることを中断し、セツカも座った。
「状況を話さないとね。ああ、そう。私の研究施設いくつかもってたでしょ?あれ全部消えたって話する?」
「……は?」
「消えてたんだよっ、びっくりだよね。それでどうしたものだと今思案しててさ」
「そうか____それはまた、災難だったな」
「災難で済ませていいの?」
「済ませるしかないさ、仮にあったとしても私が帰るまでに今までとは違う内容に踏み込むってなったらそれこそ固執し続けるのが逆に回り道になる可能性があるからな。そう言うのを願ってみるしかない。
しかし、何を無くしたんだ?」
「医療用のやつ」
セツカはとほほ……と言いながら話を続ける。
「私の研究結果ごと誰かにパクられてたんだよ」
「気づかれたらまずいやつ?」
「まずいと言えばまずいけど、まずくないと言えばまずくないやつ」
意味が分からないことを言い出すセツカに呆れるシャルアー。
「どう言うことだ?」
「じゃあ、口頭でいいからそのことを話そう。シャルアーはなんで、ここの住人……つまり私みたいな少女たちが銃弾で傷つかないか知ってる?」
「神秘による加護があるから」
「そう。その神秘っていうのは、いわゆるバリアみたいなものだと考えている人が多い。私もそうだね」
「それになんの関係が?」
「私はそのバリアが肉体を構成する条件だと考えているよ」
スパークリングワインをもう一本開けて、氷を雑にグラスに突っ込んでから入れて飲むセツカ。不良どころか犯罪者だから本来飲めないものも適当に掻っ払って飲んでいるのは当たり前らしい。
「このバリアは透明で見えないけど何発も当たらないとロクな怪我をしないくらいに強力だ。それが割れたら傷が出てくるようになってくる、それってつまりは肉体が入った壺と同等なんじゃないかなって私は考えた」
「つまりお前たちはそうなるように生まれてきた、ということか?」
「私たちは男女で交わることで子供が生まれることを知っているが、その実親という思い出がないって時点でおかしいと思わない?親というか、人間の大人というのが近くにいないのが証明だよ。つまりそもそもが製造過程で親を必要としないからこの世界には親がいない、と私は考えたわけ」
人には遺伝子というものがあり、それにはこう成長するという設計図がある。それに従い、人間は生まれて成長していくが、形を保ち続けるという点では、外からの圧力によって人は呼吸し、内側からの抗力もあって人は人の形を成している。そのバランスが崩れるようなことがあれば、そのうち人も崩れる。無重力下で空気のない場所に人間を放り込むと人が破裂してしまう。
しかし天衣セツカはこう語った……この世界の神秘というものは強力なバリアでありながら柔軟性もある外皮のようなもの。だからまず、我々には見えない人の形をした器がある。その中に肉片を詰めて、必要な器官を生成することで人が作られるのだと。そこに生物的な親の必要性はないから、大人というものが居ても人間の大人は必要はない。だからこの世界には先生やそれに近しい形をしたゲマトリア以外の人間の大人は存在しない。大人の存在意義は少女達の成長に必要な人格・知識のモデルケースであり、いわゆる思春期の糧としての意義が期待されていると言う。
神秘と肉体の関係性について話を戻すと、怪我という概念はキヴォトス人からは攻撃を受けすぎると当然色々なところでぶつけて打って脆くなったりするのだが、その怪我をして以降が本来先生のような異邦人と同じペースで負傷していく。キヴォトス人視点、つまりこの場合セツカ視点では"内部のものが溢れ出した"ような感覚だった。だから、自身の過程と併せて考えた場合神秘というのは透明な器であると結論づけたのだ。
ここがキヴォトス、いや、聖書の中の楽園であるのなら、天衣セツカは新約聖書のサタンのようなものであった。試みる者、という原点から邪推と邪悪な実験をしていた、という点でだが。それが記憶を失い、サタンがサタンを忘れ、人格的に立ち行かなくなってしまったのがゼンヒだったのかもしれない。
「一応残っているものがあるかどうか、他に使えそうなものがあるかどうかを今ヤツカに調べてきてもらっている最中だけどまあ残ってないとは思うよ」
「誰が奪ったかは予想はつくのか?」
「まあ、扇堂リンネが率いてた薬物売人グループか、ゲマトリアの二択かな。後者であれば何も問題はない、情報脳扱い方を間違えるような連中じゃないから。前者であれば____」
「そのうちやらかすか、だね」
「それも今は情報収集して考えるしかないよ。今はヤツカしか動いてないけどね」
「どうしてお前が今こうなってるか言ってやろうか?『扇皇ゼンヒみたいな女のせいで具合悪くなるかもしれないから姉さんは待っておいて』だろ?」
「ぴんぽーん!」
二人で笑う。
「ああそう、話戻していい?」
「いいぞ」
「神秘がもし型であるなら、その形を変えれば兵器に転用できるっていうのを私は考えてたんだよ。それがヤツカの神狼と呼ばれる擬似神秘兵装。あと、その彼女が多分今回のヘイロー爆弾を作ったんでしょ?器の方を圧縮してそれを感情と内外圧力のバランスを崩して爆発させるやつ」
「感情ってそんなエネルギーになるのか?」
「なるなる。それこそシャルアーが結構前に外の世界の話で語ってくれた
「なるほどな。さすがは我らが殺人鬼セツカだ」
「それを転用した私の妹にも乾杯」
彼女達は、氷とワインで満たしたグラスで乾杯した。
「その解釈を医療に転用したのを、誰かにパクられたわけだね。二人には伝えてなかった場所だから完全に私のミス。まあ、二人に必要な分は残してたから問題はないだろうけど装置ごと持っていかれてるとは思わなかった」
「医療にどう転用するんだそんな概念」
「再生医療だよ。キヴォトス人そのものはかなり再生能力高いけど、その高速化や確実化。もっと言えば内臓などを健常なものに入れ替えたりするための移植手術などを必要とせず、神秘という器から遺伝子情報を変更してDNAなどを正常に戻して癌を初めとした不良細胞の自然治癒の超強化を目論んでいた。場合によっては神秘、この場合は異能というものの解明につながるとも思っていたから」
昔のSF映画では地球滅亡を回避する手段を手に入れるために地球から出発し、その途中で自然と調和した人類がいる星にやってきた奴らがいる。その自然の人類は超能力のようなものを使えるが、それは本来使えて当然のものであり、地球人類は自然を消していったから滅亡の道を歩み続けたと地球の人類は思った_____というものがあったとセツカは語る。
つまりセツカはその状態に近いキヴォトス人類を前提とした無痛医療の拡張を狙って研究していたということだ。人間は複雑ではなく、神秘によって作られた形がたまたま人類の形であった、ならばその内容物を選別したりして最高の状態を維持しようというのが狙い。
実際その内容物と外殻の両方の変化でヤツカの神狼が完成し、そのあとで彼女が急激で不安定な変化をあえて発生させてキヴォトス人類の質量を特異点化させて爆発する爆弾を開発して獄中のアリウス過激派を爆破させて混乱を起こした。
「それで神秘に関する知識を貯めてから、どうやって私を元の世界に帰すかというのを考えていたわけだ」
「まあこの透明な都市の部屋にどうやって穴を開けるかで一番私に近かったのはその器に血肉が注がれる時に"どこから来るのか"というのを解き明かすことだからね。そもそも私の発明品が成功したからあの理論が正しいっては思われてるけどそもそも器を拡張すれば無制限に増殖する細胞を最少状態で放り込まれてから膨張させて出来たという説も考えたし」
「なんでそれを考えて没にしたんだ」
「無制限に増殖する細胞ってことは栄養がある限りはその分膨張するってことだけど、もし仮に神秘が私の言った通り型や器だった場合、絶対に閉塞感を感じると思うんだ。もし仮にこの世にとんでもないデブが居たとして、押さえつけられ続ける閉塞感よりも食欲が勝って食い続けた場合絶対に破裂して飛び散る事件が発生してると思う。あと人間は老化するから、無際限に増殖する細胞なんてものがみんなにあった場合、新しい細胞に変え続けることができるから絶対に老化しないってのも変な話だよなって今なら思う」
「今なら?」
「私だってまだ子供だよ。その時は"無制限に増殖できるものがあったら質量崩壊してブラックホールができる!"って堂々と思ってた」
「なんだそれ……ふふっ、あはははは!」
「ちょっ笑わないでよ!」
二人は和やかに会話し続ける。
ただ、心配事が尽きないのが現状。
シャルアーは、今後の予定をどうするかをセツカに聞いてみることにした。