ゼンヒはシャーレがある地区の外れへと足を運んでいた。
ビルが並ぶがいまいち生気を感じないこの場所はビルとはいえ比較的に古めのものが多く、確かにビルの窓ガラスなどを見ていれば太陽の光を反射するのは事実なのだが、だとしても下を見ると色褪せたレンガやコンクリートが都市の魅力を消している。
その中を練り歩いた彼女は、ビル街の路地裏へと進む。
『薬物を売り捌いている奴がそこにいるから捕まえてきてほしい』
こう言われてのことだった。
ゼンヒは公安局直々の指示によって、その摘発に付き合うことになっている。
彼女が歩いていると、割れたガラスさえ放置されている場所に出てきた。廃ビルが群れているそこで、迷わず一つのビルに入る。
階段を登ると、少し明かりが漏れている扉が。
「ここか」
扉を開けた。足音も普通、しかも電子たばこの匂い。相手は警戒する様子を見せなかった。
「いらっしゃい」
「ああ」
店を営んでいるわけはない、そんなわかりやすい物の売り方は基本しない。
「いらっしゃい。何かご入用かい?」
「まあな」
それでも入ってきたら売る、というスタンスは取っていた。拠点での受け渡しはまだありうる話だろう。
「電子たばこかい?それ」
「そうだ」
「あんまり味はしないだろう?」
「私には丁度いいさ」
なんて、他愛もない受け流し方をしながら、棚にあるものを見る。
(よろしくないものが並んでいるな。あまりジロジロ見ると怪しまれるが、電子たばこの件で刺激を求めてやってきた、みたいな捉え方をされているらしい)
「お嬢さんはこういうところ初めてだと思うが、一体どうしてここに来たんだい」
売人の生徒は、彼女に聞く。
「……なんでだろうか。つまらない生き方をしたままだったから、何かを欲したのかもしれない」
「あまりにふやけた理由だね。まるで打った後の感覚のようだ」
「_____どうだか」
ゼンヒは相手を見た。
褪せた、元は白かったのであろう制服。そして羽。おそらくこの売人は元トリニティ生であったはず。曝け出している腕はあざが出来ていて、それが不規則にぼつぼつとあるからおそらく打つタイプのものを乱用している。
「そのあざ、もしかしていつも使っているのか?」
「そうでないと満足できなくなった。それに、新型のテストもある」
「喋っていいのか?」
「ここにくるお客様は、必ず何かしらの招待を受けてくるんだ」
「そうか」
彼女は銃を引き抜いた。
相手も銃を持ち出した。
互いの頭に、銃口が向けられる。
「君は警察だね?ヴァルキューレの。知っているよ、強盗事件を一人で解決しトリニティで暴れた扇皇ゼンヒ……名前負けしない活躍じゃないか」
「知っていたなら先に銃を向ければ良かっただろうに」
「君もそうだ」
互いに銃を向けたまま、止まる。
店内でも少し響く程度、銃声はないのだから当然その周辺の人間は気付くことはない。
「どうしてここが分かったのかな?」
「ヴァルキューレの公安局が近頃の活動を評価されたおかげで連邦生徒会から金と人員を貰ったんだ。そのおかげで、お前を知った」
「熱烈なアプローチをありがとう。でも、君は一人で解決できると思っているようだね」
「お前を捕まえることはできないが、殺すことはできる」
自信満々に得意を言うような声でゼンヒは言った。
あまりにおかしな言い草に、相手は笑い出す。
「ふふ、なんだそれ」
「言った通りだ」
「そうか、なら仕方ないな」
微笑んだ相手も動かない。ゼンヒが何をしてくるか予測できないから、逃げ出す算段がつけられないようだ。
そして今度は、ゼンヒが質問する。
「どうして違法薬物の売人をやっているんだ?」
「簡単さ、みんな生まれ変わりたいからだよ」
ゼンヒの殺人宣言と同じくらいに、突飛なことを言う売人。
「どう言うことだ?」
「君は知らないだろうが、私たちはあぶれている一つに過ぎない」
売人は真面目な口調で語った。
「ミレニアムのセミナー三人組も、ゲヘナの風紀委員長も、トリニティのティーパーティー幹部も、暁のホルスも、みんな強いだろう?そうでなくても、必ずシャーレに関わった生徒達は何かしらの特技を持っている、管理職や役目を持っている。私はこれを必然と考えている」
「必然?」
「つまり、そうなるべくして生まれたと私は言っているんだよ」
売人の生徒の、燻んだトリニティ制服が窓から入ってくる揺れる。
「私達は銃弾が効かない、しかしそれ以外に特殊技能はない。なのにシャーレに集まっている生徒たちは生まれながらに何かを持っているケースが複数存在する。しかもしっかりと幹部の座にいる。これに、何か思うところはないか?」
「ないな」
「素直になりなよ。羨ましいだろ?」
「どうだか」
ゼンヒはあまりにどうでもよくてはぐらかし続けるが、売人は関せずと話し続けた。
「つまり、我々は酷く平等ではないということだ。なぜ、現代人はファンタジーに強い憧れを抱きながらそれに回帰しようとせず文明の利器から恩恵を享受するのか?それは誰もが享受できる幸せだからだ。自分だけ受けられない、なんてことは基本ないからね」
科学は万人のためのものである、基本的に誰一人外れることなくその恩恵を受けれるものをそう呼ぶ。
科学に没頭し功績を上げたものが褒められるのは、原則それによって利益を受けられないものが出ないからだ。
「しかし、ファンタジーはどうだろうか。異世界転生ものでチートがなければ受け入れられないのは、まさしく生まれた時点で全ての資質が決まってしまうからだろう。魔術とは非科学的なもの、故に有機生命体となった時点での体質・強弱によってその適性は決まってしまう。この差はいかにやろうとも覆す事はできず、その絶対性を消そうとなれば該当者とその一族を殺して政を乗っ取るしかない」
「それがシャーレだと?」
「ああ」
売人は頷いた。
「私の制服を見ればわかるだろう?これでもトリニティの所属だった。しかし、あそこはまさしくその"生まれの差"をはっきりとさせる巣窟だ。私は俗に言う凡夫にすぎず、数々の奇跡の前に自尊心も何もかも無くなった。一時期そういった特徴のないはずのハナコという少女が台頭したが、結局エデン条約のアレを見るに"選ばれた側"であったことには変わりない」
ある意味それは嘆きだったのだろうか。声ははっきりとしなくなってきたが、この話をするにつれ感情が死んでいってるように見える。
ゼンヒはそれにハッキリとノーと言えるだけの考えはあったが、まだ言わない。
「当然私はそのまま誰にも何も言わず、逃げるようにキヴォトスを彷徨うようになったんだ。あそこにいればいずれ、才能や能力あるものに殺される。そのお陰か、例の一件に遭わずに済んだのは奇跡に近かった______そしてこの学園都市を彷徨っていたある日、私は見つけた。アビドスのある廃ビルに、麻薬などを栽培・製造していた場所を」
売人は当然、残されていたデータや現物からいろいろ自分の体でテストした。
当然違法薬物は危険であるが、そんなことどうでもよくなるくらいの快感や落ち着きを得ることに成功。事実、キヴォトスでなくても数多、ある時代に生きた文豪たちも薬物を使って書いていたと言われるほどだ。その効果はキヴォトス人であっても、絶大なものだっただろう。
集中力増加はもちろんのこと、薬による幻覚などで無理やり脳の機能を上げることで思考力などが上がり、それによって論理的な思考で未来を予測し続ける。人々が常にそうあり続ければ、確かに神秘という特別な力を持った生徒が居ようとも賢者となった無数の市民が上回れるかもしれない。
しかし、頭を無理やり覚醒して、本来のペースよりもずっとハイテンポで、その上で脳が身体を保たせるためのリミッターを無理やり解除してしまうような危険極まりない状態を維持し続ければ脳のみならず筋肉も死んでしまう。
ただ神秘というギフトを憎悪するのならともかく、それを迫害し破壊して“何もなかったようにしたい”という欲望でそのような危険行為に手を出すのは、警察としても個人としてもゼンヒは肯定できなかった。
相手の表情からその意思すら感じれないほど己の思想という最大の麻薬に酔った売人は話を続ける。
「その時実感したんだ。『私はこれに出会うために生まれてきた』と、これを広めるために生きてきたんだと。これさえあれば、人は無限に進化できる。神秘なんてもので優劣が決まる世界がひっくり返せると」
「そんな馬鹿げたことで広めたのか?」
「私ほどでないにしろ、無力感に苛まれた生徒は多数いた。それに広め、段々と健全であった組織にも定着させ、私は売り上げと設備の拡張をしていった。人々の脳を永久に活性化させ、死んだ端から補充して、阿頼耶識のような思想形成が達成されればその差別や利益の享受の差はなくなる。シャーレの先生という者に
売人の生徒は、微笑みかけるような気持ち悪い表情でゼンヒに問いかけた。
「いずれあの信仰でこの世界は崩壊を迎える。だから才能も神秘も踏み潰し、一体化して世界を回す。これこそあるべき姿だと、そう思うよ」
「そうか」
間髪入れずに、銃声が響く。しかし、ゼンヒの分しか響かない。
彼女はショーケースの方に数発入れると、破片がしっかりとあちこちに飛んでいく。それから内臓などを守ろうと腕でガードしていた売人の不良を余った銃弾で抑えながらガラスの破片を取って相手に投げる。
「ぐあ」
短い悲鳴と共に、売人の散々注射した左腕に刺さった。昼の光が、血液に染まるガラスに反射する。
ゼンヒは、相手の主張をしっかりと聞き切ったが、追加分は流石に聞き飽きるらしい。
「ひどい、じゃないか。わた、し、を……」
「確かにお前の話は一理あるかもしれない」
彼女は歩いて、相手の目の前に立つ。
「確かに社会は少数の天才でも回るだろう、だがそれでは文明は滅ぶ。そう弁えたなら、仮にどうであれ民意を確認するしかないだろう。それにシャーレは確かに選ばれた者の集まりかもしれないが、あくまで民主主義である以上連邦生徒会よりも権限を持っているわけではない。連邦生徒会というしっかりとした政治組織に、市民として訴え続けることこそ真の生き方だ」
「でも、怯えてる、じゃないか」
「我々は超人たる連邦生徒会長に甘え、自律する精神を失った。そのツケを、シャーレの先生がいるうちに取り戻さなければならない」
警備局の人間が、段々と入ってくる。それでも構わずゼンヒは話を続けた。
「人は違うのは当たり前、その当たり前を受け入れて一緒に歩んでいくのがいいという善意で社会は成り立っている。それを一人の器に注ぎ過ぎた罪を全員で贖い、その上で共存する」
電子たばこの煙が、光を遮るように広がる。
「お前の独善による人を超えて崩れるような術などいらないんだよ、はなっから」
そう、ゼンヒは締めた。
話が終わると警備局の人間がそのまま売人の生徒を捕まえ、二人で抱えてから引きずるように運び始める。
「ゼンヒ巡査部長、お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「んいや、ないな。そいつの方が怪我してる」
「そうですか。刑務所病院で容疑者の治療をします、ご安心ください」
引き継ぎも後でしなければならないが、とりあえず容疑者の護送が先だ。彼女は警備局の人間に指示を出して、できるだけ早く連れて行くように指示する。
刺さり方が酷かったのか、これ以上はなにも話さなかった売人は連れられて姿を消す。
ゼンヒはそれを見送ってから、遅れてやってきた公安局の人間の立ち入り調査の邪魔にならないよう建物の外に出て、タバコを吸いながら考えに更けていた。
(独裁者はああやって生まれるのだろうか。自分しかできない、自分こそ絶対、自分なら革命を起こせる。それに委ねることこそ、人間にとって最悪な選択じゃないか)
ただしこれは彼女の考えだ、正しいかどうかは分からない。
しかし彼女は自信を持って答えた。それに、運命は頷いただけなのだろう。
「ゼンヒ巡査部長〜!」
「なんだ」
「そろそろカンナ局長も到着するので合流急いでください」
「わかった、ありがとう」
部下の連絡を聞いたら、電子タバコを吸うのをやめて歩き出す。
昼下がり、気が滅入る場所から抜けたら彼女の腹の虫もがらんどうの胃へ響かせるように鳴いていた。