「私はリンネの事が好きでした。ある日、百鬼夜行を歩いていたらスーツ姿の高身長な人がいて、薄紅色の長髪、ちょっと癖っ毛が入った人がいたんです。それがリンネでした。その人と偶然相席になって、色々話しているうちに意気投合しました」
自分の思い出に浸るように、ゆっくりと話すハクジツ。
ベッドに寄り添うように座って、片膝を抱える彼女の銀の髪は、微風に揺れていた。
「しばらくして私たちはお互いのことが好きになって、身体を重ねて、付き合うことにしたんです。その時はまだ、不思議な人だったけど……」
ある時のことだ。
またホテルで身体を重ね、絶頂の果てに柔らかく色のない園が快楽の雨でロンドンの霧のような翳りで覆われた事後、一つのことを告白された。それが、自身が薬物の売人であり、その元締めであったということ。
この時には愛によって縛られ、その告白さえも気にすることなく受け入れてしまった。ただ、もしそうでなかった場合にはヴァルキューレも頼れない状態であることには違いないのも理解していて、逃げ場がないから観念した面もあるが。
「それから私は彼女と付き合い始めたんです。色々知識は教わりましたが、薬物に関しては触ることはありませんでした」
「なぜ?」
「自分自身触ろうとしなかったのもそうですが、リンネは私が触ろうとするのを止めたんです。彼女も売りはしましたが使うところは見ていませんでしたし。だから、私は彼女と一緒にいるときはそういったものを見ることはほぼなかったです」
今思えばご飯行ってちょっと話して性欲を満たして、その相手がかっこいいスーツの少女で、その時が彼女にとって一番楽しい時間であったのには違いなかった。
ただ、そういう幸せほど続かないものだ。
「そうして二年ほど過ごした時に、私はあることを知りました。それは、彼女には一人、因縁の相手がいるということ」
「因縁の相手?」
「そもそもリンネは私と出会う前に、ある研究をしていました。神秘の研究で、彼女はゲマトリアやカイザーが破棄せざるを得なかったものを回収して合体させたりすることである程度の施設を完成させたんです。それを嬉々として語ってくれた彼女の顔は、とても綺麗で______いえ、今はどうでも良かったですね。
ある時彼女はキヴォトスの外の、さらに向こう側に別世界があると考えたのです。彼女はそれを宇宙に開いた穴とも呼んでいましたが、ある種の高次元生命体がいる、なんて言ってました。実証こそはされていませんが」
リンネも相当にヤバい人物だ。それらが合わさって出来たゼンヒが不安定なのも、今更ながら納得がいく。
「ただ、ゲマトリアやカイザーが放棄したということは未完成でしかなかった、もしくは危険なものだったという証左でしょう。ある時に彼女は実験に成功し、一人の少女を向こう側から呼び寄せたのです。向こうには雪が降り積もった世界が広がっていた、そこはロシアのシベリアであると調査結果を教えてもらいました」
「ロシアのシベリアから、ということは」
「シャルアー・ドーン!」
ロシアからやってきた、という少女のことをセツカは口にした。その少女はシャルアーという名前だが、彼女がリンネと関係していたのは、少々驚きだった。
「その少女は色々装備を持ったままここに飛ばされてきたようです。ただ、その後から_____そのシャルアーという少女を狙った一人の犯行によって研究所は壊滅的な打撃を喰らったと、リンネは話してました。それが」
シャルアーを軟禁した上で色々研究していた彼女達は、一人の人間の手によってその数を減らし、挙句その研究所自体が破壊されるという不運に見舞われる事になる。
そして、その少女こそが。
「天衣セツカという少女です」
「セツカ一人で?」
「その時のリンネの顔は、思い出すだに落ち込んでいた。私のことを可愛いとも言ってくれず、ただ甘えるだけの人____綺麗だった。でも、そうなってしまうくらいにはセツカの影響力は大きかった。相手は巷ではかなりの不良で、悪どいことはなんでもやって金を荒稼ぎする人間。何よりも彼女の収入源になっていたのが」
「人殺し、か」
カンナの相槌に、ハクジツは頷く。
「研究所の人間を片っ端から殺して回ったと聞いています。銃弾が効かないのが常識でしたから、刃物を使って追いかけまわし、閉所であることを利用して惨殺しまくりました。そして、シャルアーを解放して共に行方をくらませたのです」
「そうだったのか。しかし、セツカはなぜそんなことを?」
「リンネはこう言ってました。『あの研究を危険視した人間によって向けられた差金』だと、つまり神秘の研究に対して待ったをかける存在がいたということに他なりません。ただ、そのあと調べたら装置はともかく資料は軒並み持って行かれていたとも言いますから、彼女は彼女でまた別のことを研究していたはず」
セツカが何をしようとしていたかは知る由もないが、それがシャルアーともう一人にとって必要だったからこそ無茶な作戦であれセツカを復活させた。それは事実。
話が進んできた中で、今度はユリが質問する。
「あの、ハクジツさん」
「何?」
「もしかしてその騒ぎの延長線で、あなたは刺されたのですか?」
「そう。私は、その後に刺された」
辛い記憶の話をしようとする中で、彼女はそっと服を脱ぐ。
「あぁ……!?」
「な、なんですのこれ」
「……そうだったのか」
彼女の胸元には、不規則に何かが刺さり、抜かれたその隙間を生まれるような不自然な痕があった。
「おそらく、セツカはリンネに対しての罠か何かで私を刺し殺そうとした。ある日、リンネのところから帰る時に私は目の前の綺麗な女性に刺された。それが、セツカだったって事に気づいたのはだいぶ後だったけど」
「そんな……!よく、よく助かりましたね」
「運が良かったの。内臓に酷い損傷が奇跡的になかった、から。警察に話を聞く前に、彼女の部下に顛末は聞いた。リンネは私の復讐のために敢えてセツカの誘いに乗るふりをして、彼女の後を追い一つの研究施設へ到着。そこで最期の殺し合いをして、2人は消えた」
消えた、いや、本当は融合した。
その際に生まれ、2人の記憶が消えて生まれたのが扇皇ゼンヒである。
「……私は、その時にヴァルキューレへの転校を決意しました。亡くなった人を探すためだけに、知りたくもない人間のお守りをすることを選んだのです」
「そうだったのか……そしてお前はある程度の転属を得て、ゼンヒに出会った」
「ええ、彼女にはリンネの気配を感じました。そして、セツカでもあるという直感もありました」
事実ガラス片などの鋭いもので相手を傷つけたりするなど、セツカを彷彿とさせるようなものが多かった。だが、喋り方や匂いなどはリンネに近かったのもあり、彼女はゼンヒに自分が大切であると語りかけ続ければいつかは戻ってくれると信じていたようだ。
しかし実際はセツカが復活しそうで、自分の恋人はどこにも居ない。その兆候に焦りを感じていた時に現れたのが、レストランの遺物で出てきたセツカの亡霊である。
「彼女に、ゼンヒの状態を全て言われました。あの中にはリンネはいない、でもセツカがいる。その時に、私は自分が愛すべき理由を失いました。あれはリンネじゃなくて、自分から恋人を奪った仇敵であると。あれ以降は会えていませんが、私は彼女をもう味方としても何としても見れなくなっています。彼女が何よりも、自分と恋人の永別をさせた本人ならば、と」
その瞳は涙が出れずに、潤ったまま影を落とした。
「____私は生きる理由を失った、そう、言うしかない」
「なるほど……そうだったん、ですね」
ハクジツにとってのゼンヒは、いつか失った恋人を再現するための器だった。だが、その器の中にはその恋人はおらず、仇敵の姿しかない。その気持ちを汲もうとした全員は、なんとも言及しようがないその苦痛に近づくしかなかった。
「私のこと、どう思う?自分は酷い女だな、と思う。ずっと過去の傷を背負っているけど、生まれで世界が確定するキヴォトスの政治において、私が夢見れた最後の瞬間だった。彼女が隣にいて、私で嬉しくしてくれるのが、とんでもない喜びだった。それをゼンヒに期待した、私、は_____」
「いいや、私はそうは思わない」
そう返事したのは、ショウコだ。ベッドに座って、彼女を見る。
「あなたは多分、一つのことに気づいてないだけなんだと思う。リーダーは確かにセツカの要素もあるかもしれない、だけどその女とあなたの彼女が生み出した一つの命なら、きっとそれは生まれ変わりか、リンネの子供だと思うんだ」
「リンネの、子供?」
「だってそうでしょ。どのみち、リーダーは新しい命だから。運命はゼンヒという人間が埋もれることを望んだけど、その親になったのは事実」
「あの子、が」
俯くハクジツ。
あれが自分の愛した人間のもう一つの姿、いや、遺児であるならば悪霊の手から追い払わなければならない。そう思えるほどに、彼女はリンネという人間に対しての愛や思い出を大切にしていた。
それに便乗するように、カンナは諭す。
「私の勝手な見解だが……ハクジツ、ゼンヒがヒエロニムスによって重傷を負い入院した時のことを覚えているだろう?その時のお前の憔悴ぶりは見ていられなかった。だが、それはゼンヒそのものも愛していたからじゃないか?私はそう思うが」
「局長____」
「もし彼女がリンネという女の代替品だったら、焦りはしてもあんなに泣いて、友人がずっと寄り添うまで追い込まれなかったと思う。だから」
カンナは目線を合わせ、ハクジツに対して手を差し伸べる。
「その分の愛は、ちゃんとゼンヒは知っている。だから助けに行こう、彼女を」
「そうだよ、彼女はあなたの恋人が残したものだ」
差し伸べられたその手は。
まだ何も決まっていない心が、その決着をつける鍵を失わないために握られた。
「ハクジツ……」
「____もしかしたら、セツカに関する情報があるかもしれない」
「あっ」
そう、彼女たちが求めていた情報。その一つは、ハクジツが持っていた。
「もしあの家がまだ残っているなら」
「あるんだな?」
「トリニティに赴くことになります、いいですか?」
「ああ、もちろんだ」
方向性は固まった。
情報は集まり、次はどうするか。相手の居場所を突き止めるための手段があれば、作戦の構築と実行までいく。
その手がかりを探すためのアクションが始まろうとしていた。