あり得ないと言うしかない、光景だった。
ミメシスがまさか生徒の味方をしようという場面が来るとは誰も予測していなかったのである。
刀を引き抜いたシャルアー、同時に崩れ去ったヒエロミニムス。
「お見事と、言っておきましょうか」
ミカの前に立つ、男が一人。
「黒服……!」
黒いスーツに、黒い肌。顔には顔の形とわかるように白い炎が走ってる。
そう、ゲマトリアが一人、黒服がそこにいた。
「何のつもり?」
「私の仲間があなたの友人に無礼を働いた詫びだと、思ってくれて構いませんよ」
ベアトリーチェがアリウスの人間に強いた圧政の詫びであろうか、それにしては一人の命を救ったのは少ないと考えるべきか否か。
「そして、もう一つ。話をしてみたい少女に会えました」
キヴォトスに合わない武器を持っていて、未だ紫電奔らせた大太刀を持つシャルアーの方を向く。
「____シャルアー・ドーン、貴女が人の話を聞いてくれそうな見た目をしてくれてよかった」
「どうだか」
「今、持っている刀を誰かに向けようと思いますか?」
「いいや、ないな。生徒と協力するかは不明だが、お前のことは知らない。この場で凌駕されたらたまったものでは無いからな」
「そうですか。賢い判断です」
「逆に聞く、私のことはどう思う?」
黒服は、にやけて答える。
「あの三人の中で、一番強い人間だと思います」
「理由を聞こうじゃないか」
「神間ヤツカはまず戦力外。今隣にいる少女1人でも倒せるでしょう、ただの器の拡張ですから、大した被害を生み出すには至りません。天衣セツカは……彼女は確かに研究者であり、私達に近しい存在であることには違いないですが、あくまで私たちに近いだけです。本質はただの人殺し、彼女は殺した者の延長線上で踊ってるに過ぎません。ただ、別の意味で脅威になり得ますがね。彼女は殺すの意味を知っている。
ただし、貴女は違います」
指を差したのは、武器の方。
「貴女そのものもそうですが、外の世界から持ってきてしまった武器には色彩に似た何かが入っています。それを貴女は調伏しているのを含めて、危険すぎると言っているのです」
「そうか」
「だが、その上で貴女はあの中で人の話を聞いてくれる理性があります。それだけの力があって、何故ですか?」
「痛い目を見たことはないがこうなるまでに沢山の仲間に恵まれて、しっかり生きているからこそ失わないように理性は持ち続けている。それだけだ……まあ、騒ぎを起こすのには相応の理由があった、とだけは言っておこう」
「では、今は?」
「お前がいるから逃げるつもりだ」
「それでいいでしょう。早くお逃げ下さい」
「感謝しよう」
シャルアーは不機嫌さ一切なく、武器を戻して歩いていく。
彼女が意図しなくても強者感が出てしまっているので、下手に手を出す奴はいない。いや、シャーレのメンバーですら"勝ち方"を理解しているから彼女を見逃しているに近かった。
そうして、騒ぎの元がその場から消えた時、黒服は笑う。
「クックック……面白いものを見た気がします。いつかアビドスで先生を苦しめた下衆より、彼女は面白い。ベアトリーチェとはまた違う、面倒臭さを感じます」
「それいいの?」
「貴女にとってはあれは邪悪の権化でしょう、しかし私たちにとってはあれでもそこそこ仲間としての敬意は持っていましたよ。意志を貫いて死した研究者ほど、高貴な存在は居ませんから。シャルアーという少女も、外からやってきた人間としてはなんとなく似たものを感じました」
「そっか」
黒服とミカは、そう話した後に焦げた芝生の上を歩いてカンナたちのところへやってきた。
しかし一番彼女たちに近づいたのは______
「ミカ様ー!」
「助けてくれてありがとー!」
「大好きー!」
と、カンナ達を助けようとしてピンチになっていた正義実現委員会の生徒達である。
「あわわ」
「いいじゃないですか、貴女は紛れもないヒーローです」
「えへへ……」
照れている中で、そんな黒の影を嗅ぎ分けて進むのが一人。
「えっと……ミカ?そう呼べばいいのかな」
「カンナ……ちゃん?」
「かわいいな」
二人は笑い合いながら、話を始める。
「まずは助けてくれて感謝する。おかげであれに対抗する手段と、彼女達の居場所について特定できそうだ」
「それならよかった。私は全く捜査関係ないけど」
「でも、そのおかげで助かっている。しかし、あの女は一体」
「突然トリニティの領地内に現れては人を襲っていたから、対処しただけだよ。でも、あんな武器をどこから」
「それは分かりませんね」
ナチュラルに紛れる黒服も、悩んでいる。
「あなたが分からなかったら誰も分からなくない?」
「いわゆる色彩に関する情報は回収した資料から見てもほぼ不明、その向こう側の知識など知る由もありませんから。ただ、それ故に興味深く、もう少し接触を図ってみてもいいかもしれませんね」
「痛い目を見るのでは?」
カンナの疑問を、黒服は答えた。
「あれは理性の塊です。私を見て下がる、ということは壁に使ったヒエロニムスがどういう存在かを知っているということに他なりません。そして、それらが一人で対処するには骨が折れる存在であることを、あの小ささに収めたそれで理解したということ。力に溺れているなら出来ないことです。他の仲間なら、それこそ私が見下したヤツカという少女ならやってきたことでしょう」
「もしかしてあいつらの情報を知っているのか?」
「知っていますが、正直この場で、そしてこの状態で話すのにはあまり向いていない。先生もあまりいい顔はしないはずです、理性のない天使達なら尚更のこと」
ゲマトリアとシャーレは一般的には敵対している、という見方が正しい。それはアビドスの廃校対策委員会との仕事の成果で、浸透した話だからだ。
それが崩れること、もしくはその概念で生徒に意図しない不利益を与える意味について彼は知っている。いずれ先生にも多大な損失を与えることになるだろうと、細かい話は避ける。
警察が故にスケールが小さくとも同じようなことを知っていたカンナは追求しないことにし、先生と共にいたからこそ慎重な判断という行動が身につきつつあったミカもこの場での深い言及を避けることにした。黒服は彼女らの判断に感謝しながら、問題ない範囲で話を続ける。
「ただ、あの少女はどのみちどこにも繋がってない場所にいてもらうと危険です。シャーレで預かれるなら一番でしょうけど、それを望むかどうかは別問題。一刻も早く帰りたい、というのであれば信用度はともかくとして私の方でなんとかするかありませんね」
「だから接触を図る、と?」
「貴女達を守るための手段ですよ、こればかりは私たちの方が向いていますから。まあ、下手な脅しは通用しないのでそう言った荒事が出来る方に任せていただけると」
「先生には報告していい?」
「そちらの名誉を傷つけないためです。お構いなく」
そうして、話の方向に決着がついた。
黒服は下がって、別れの挨拶をする。
「状況を理解した上で、適切な行動を選択した貴女達に感謝しています。場合によっては先生から報告が来るかもしれないので、待っていてください。では」
「ああ、気をつけて」
「バイバーイ⭐︎」
彼は背を向け、歩き出す。
「すごいな、あれが黒服……」
書類の保護のために警戒していたユリ達は、そのままカンナに近づく。
「二人とも、大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫です」
「アタシもヘーキですよ」
改めて全員の無事を確認したカンナ。
「じゃあ、私もこれで失礼しちゃおっかな」
「お礼はまた後々送らせてもらう。今日は言葉ばかりの感謝になってすまない」
「いーよいーよ、気にしないで。それじゃあね」
ミカも、手を振ってから取り巻きと化した誠実の子達と共にトリニティへと消えていった。
「少しハプニングがあったが、必要なものは大体揃ったな。あとは拠点に戻って情報の整理と精査だ、と言っても帰る頃には夕方になってそうだが」
「局長も情報整理に来るんですか?」
「そうしたいのは山々だが、何せ本来の業務も山のように積もっているからな。手伝えそうもない」
「ここまで手伝っていただいて、文句一つも言えませんよ。ありがとうございます、局長」
ゼンヒが消えた中でも、元気を失うまいと振る舞うユリを見て頷くカンナ。
「じゃあ、帰りましょうか」
「ああ」
「ええ」
三人が帰ろうとした時に、電話が鳴る。
ユリのスマホからだ。
「ん?あ、バンリさんからだ。もしもし?」
『ああ、もしもし』
後ろの方では銃声が聞こえている。
「ちょっと待って何が起こってるの!?」
『例の拠点の近くでご飯を食べていたら襲撃されてますの。急いで来れます?』
「急いで来れますって_____いや急ぐけど!」
電話口から察した三人は、急いで車に乗り込む。
その上でランプを鳴らしながら、走り出しつつ情報を聞き出す。
「何があったの!?」
『よく分からない不良どもが襲ってきていますの。今はカザミと一緒に対処している最中ですわ、急いで来てくださらないと大変なことになってしまいます。ゲヘナの人間は強くて結構ですがいかんせん数が多い。ヴァルキューレにも要請は出しているそうですが、到着するには時間が掛かると』
「そっちは大丈夫……?」
『相手は血まみれですがこっちは無事ですわ。なので早く来てください』
「わかった、出来る限りそっちに向かう!だから無事で!」
『電話を繋ぎっぱなしにしておいてください。では』
そう言って電話は切れずとも、戦闘が再開された。
『ああもうこいつら好き勝手暴れやがって!自分か弱い少女なんだけど!』
『か弱いから自爆テロしか威力のある行動ができなかったんでしょう?』
『うるさいよ!』
どうやら協力者二人は無事で、全然戦えてるらしい。
その彼女達がどれだけ耐えれるか、そしてその間に辿り着けるかどうかが鍵になってくる。
ゲヘナを突っ走れば早く着く。
幸い、マコトは話をすれば後ででも許してくれそうなくらいの仲になっているからこそ、誰もが後のことを考えずに走っていけた。