シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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桃源の陰引く者/ユリサイドその3

 彼女らにとっては、驚くべきことだ。

 

 扇皇ゼンヒとしか思えない声、だけど喋り方はゼンヒじゃない。

 

 喋ってもその声に彼女はいない。しかし、彼女の奥底にあった冷たさを感じる声。

 

 見た目だってゼンヒなのに、雰囲気だってゼンヒなのにゼンヒじゃない。

 

 そこに生物二元論的な言い方をするなら、少女の面影はないからだ。

 

「君達の命をついで、情報を取ろうとしたがどうやらそもそも持っていないらしい。起き抜けで作戦を立てるものじゃないか」

「お前は誰だッ!」

「落ち着けよそこの少女。私は敵だ、ゼンヒと同じく。いや____天衣セツカと同じくな」

 

 彼女の頬に、カザミの放った銃弾が頬を掠める。

 

 その銃弾は彼女の皮膚を抉り、肌に血を流した。

 

「君は虫が嫌いかね?私は今、蝶の繭と同じだが」

「そんなことはどうでもいい!お前は何だ!?ゼンヒのことを知っていて、彼女に似ているお前は!」

「私の名前?」

 

 手を開いて、やれやれ、と一言呟いた彼女。

 

 邪魔になった死体を足で退け、腕を広げて彼女は名前を告げる。

 

「扇堂リンネ、という名前だよ。この体は、そう名付けられたから、そういう記憶を持った」

 

 扇堂 リンネ。

 

 そう、この時向かっていたユリ達と、撤退し準備していたセツカ達が知っているもう一つの悪。

 

 薬物を流出させることで金を稼ぎ、その影響を持って社会を歪ませようとした凶悪犯だ。

 

「どういうことだ!」

「君なら分かるだろう、アリウスの残党。私は"蘇った"んだよ」

「んなわけあるか!」

 

 叫ぶカザミに、変わらぬ表情のリンネ。

 

「言っておくが、私はセツカの敵だ」

「それが何の用ですの?」

「セリフひとつで表すなら『様子見』だ」

 

 彼女の口角は歪み、まるで楽しむように話し続ける。

 

「天衣セツカは必ず排除しなければならない敵だ、だからこそ私もその情報を手に入れるために奔走したが_____君たちも私の敵だ。二人であれば爆発物も合わせて排除できると考えたが、見積もりが甘かったらしい。一般人の方も、まさかこんなに強いとは」

「リンネ、貴女は一人でここに来た以上逃げられると思っていませんわよね?」

「逃げ切れるさ、身軽さはそのためのものだ」

 

 バンリは彼女のことを聞いていたからこそ、警戒して銃を向け、一つの疑問を投げた。

 

「では、ひとつお聞きましましょう。私たちを襲ったのは、セツカを排除した後の脅威を事前に消しておこう、という算段ですか?」

「正解だ」

 

 二歩、相手は進む。

 

「君たちは知っているだろうが、私は薬物の売人だ。それゆえに機能し始めた治安というのはあまり好ましくない。シャーレは居てくれて構わないが、他が安定してしまうと困るのだよ」

「シャーレが一番の脅威ではないのか?」

「脅威だよ、見捨てられた者にとっては」

 

 右目がレンズの逆光で輝き、その笑顔に悪どさが加わった。

 

「私にとってはどうでもいいが、あれによって我々の社会に神話という事実が始まった。いや、連邦生徒会が居た時からそうだったのが、再開したと言っていい。だが、彼女と彼の差はひとつ。後者は救世主であり、それは絶対者の顕現を意味する。もっと言えば、彼に触れられぬ存在はあってもなくても捨てられたものとして存在し続けるしかない」

「神秘の有無のことか」

「話が早いじゃないか。カザミと言ったかな?君たちは知っている話だろう。なぜアリウスという括りを言及した時、生贄護衛隊のアリウススクワッド以外が永遠に辛酸を舐め続けるままなのかを」

 

 まるで自分は傍観者であるような言い方をした彼女の声は少し高く、社会そのものを見下すような言い草。

 

「だが、今の君を含め私にとっては危険分子となった。かつての自分のことをああ言うのは自尊心もいいところだが、扇皇ゼンヒは一番危険だ」

「ゼンヒは貴女ではありません!」

「いいや、私だ。もっと言えば私だったもの、だ。あの肉体には二つの命、セツカとゼンヒの二人しかないからな。融合した自分は追い出されたとは、ちょっと許し難いものだが」

 

 咳をしたリンネは、説明を続ける。

 

「あの女が邪魔だ。あれのおかげで社会が安定したら敵わないんだからな、だからそのために君たちを殺そうと思った。結果はこの様だけど。

 SRTとアリウスの過激派を更生させてしまうような影響力を持った人間は危険だ。一般人がもしそれを夢見て更生した場合、最初から見捨てられた人間は行き場を失くす。キヴォトスはガラスの階級社会だ、私はそれを何とかするために立ち上がった」

「そんなものはまやかしだ!信じられるものか!」

「テロリズムに憎悪をくべるしかなかった君がそれを言うか?」

「あの手段でしか状況の打開方法がなかっただけだ、だから自分はこの手でゼンヒを取り戻してあいつらの社会復帰を実現させる!」

「それすらできない人間のことは考えられないのか」

 

 蔑むような彼女の視線。

 

「種田カザミ、アリウスは見捨てられた方であるが_____それでも君たちはテロを行うだけの力を手に入れたわけだ。それはベアトリーチェの遺産というのも存在するだろうが、何よりも学んだり行動に移せるだけの土台があったことは幸運に思った方がいい。この世界は、偽りの過去によって彩られ、皆生まれた時からこの姿だった」

「何を言っている!どこからそんな出鱈目な話を!」

「いてもいなくても変わらないアリウスの諸君にはイメージのつかない話だろう。我々はどうして生まれたか。人間は男女の交配で生まれるが、先生以外の男の人間が見当たらない。そして、雄がいる犬や猫の獣人との交尾で生まれるなら、そのDNAはわかりやすく生まれるはずだ。それも世代が重なるなら、獣人としての要素が強くなる。それがないということは、我々は大なり小なりの変化があっても、そもそも真っ当な生まれ方をしないということだ」

 

 その過程はリンネは知らない。いや、誰も知る由もない話だ。

 

 仮定ならセツカが持っているが、今は関係ない。

 

「普通親がいるのであれば、そしてその上で歴史という技術が継承された社会があるならば、あの異様な孤児率は何だろうな?自力ではちゃんとした行政支援を受けることができない人間が悪行に手を染めなければ生きていけない。行政への訴えさえ出来ない者達の居場所を、というよりそれらの糧として数の多すぎる肥えた一般人を巻き込み消費することで社会に金という血を上下関係なく回して改革する。シャーレは、そのための装置にすぎないんだよ」

 

 一歩、彼女は進んだ。

 

 その時に、足音がいくつか不規則に響く。

 

「バンリさんっ!」

「カザミも大丈夫!?」

 

 やってきたのはユリとハクジツ。

 

 カンナは重要書類の保護のためかつ、役職持ちを下手な危険に晒すわけにもいかずと先に戻ってもらうことにしたらしい。

 

「そこの女!止まれ、一歩でも動いたら」

「動いたら、どうするんだ?」

「……あ」

 

 ハクジツは止まる。

 

「_____ようやく会えたね、いや、会ってしまったね」

「リンネ!」

「久しぶり、ハクジツ」

 

 出会ってしまった。

 

 黄泉から舞い戻ってきてしまった凶悪犯と、青春をそれに捧げた少女。

 

 ハクジツは動揺して、持っていた銃の構えさえブレる。

 

「先に君の友達から会ってたよ。元気にしてた?」

「そんな、一体どうやって」

「セツカが持っていた研究資材のうち、残っていたもので私は復活したらしい。面白いものだ、まさか生き返るのに仇敵の技術が使われるとは」

「リンネ____」

 

 近づこうとするハクジツ。

 

 しかし、彼女が望んだ人間そのものが手を広げて止めた。

 

「来てはダメだよ、ハクジツ」

「なんで……!私は、私は貴女の恋人なの!私のことはもうどうでも良くなったの!?」

「違う。どうでも良くないから、来ないでほしい」

「意味が分からない!」

 

 叫ぶ彼女に、リンネは諭す。

 

「この体と魂は、君が触れたものとは違うかもしれない。君と初めて出会った日、体を重ねた日、忘れこそしないが今の私はかつての私とは違う。器がそう、演じてるにすぎない」

「でも貴女はリンネなんでしょう!?」

「だからだよ。本物の私は、憎たらしいことにゼンヒなんだ」

 

 眼鏡の向こうの瞳は、少しだけ慈愛が含まれた。

 

「あの体には君がくれた愛も、快楽も、君の嬌声も残ってる。だけどこの体にはないんだ。再構成された人間は果たして、同じ人間と言えるかい?君の知ってるリンネが、私であるという証明は?」

「思い出を言えるそうでしょう!?」

「____それでもダメなんだ」

 

 リンネの声が、少しずつ陰る。

 

「死んだものは生き返ってはならない。だから、君の愛した人間の死と、悲しみを無碍にしたくない。今の私は、見捨てられた者たちの崇めた扇堂リンネという器にすぎない。それは、君が例え愛してくれたとしても同一存在になり得ない、絶対のルールだからだ」

「そんなことを言う人間が、何故他人を救うのに外法を使う!」

「今を生きている人間を救うのは、死んでいないからこそ少しでも幸せを掴むためだからだ。人の命は一回だ、それを生まれと役目だけで終わらせてはならない。扇堂リンネという女はそのために生まれたのだし、事実その意思は器になろうが変わらない。そして、私を求めてる人間にとってその思想と形さえあれば、それがたとえAIであろうが関係ない」

 

 爆発や銃撃によって、穴だらけになっていたレストランは少しずつ崩壊を始める。

 

「だが、扇堂リンネが紛れもない一つの命だった時、一番愛した人間の温もりは、器に注がれてはならない。その時に、愛は執着に変わり、温もりは炎になり、互いの精神を焼く」

 

 ゆっくり後ろを向いて、歩き出すリンネ。

 

「どこへ行く!」

 

 比較的安全な場所から飛び出そうとしたカザミを、バンリは止める。

 

「何を!」

「今近づくのは危険です!」

「あの女を捕まえるチャンスだろうに!」

「まずはセツカの件からでしょう!?」

 

 その口論の中で、去り行くリンネはハクジツの方を見た。

 

「この私はすでに君の敵になった。故に、君の力で殺すといい。君がもし、私の下に来れたのなら____その時は命を差し出そう」

「でも私は貴女の」

「君と出会う前からの、私の願いだ。止まれない」

 

 瓦礫で二分される時、最後に彼女はこう言った。

 

 「ごめん」

 

 その言葉を最後に、彼女らはリンネを崩れた瓦礫の向こうへと見送ってしまった。

 

 彼女らは無事であり、崩落した天井の先は何も見えない。

 

 轟音と煙の中で、ハクジツは見えなくなった道を見る。

 

「リンネ____」

 

 そう、彼女たちは新たな敵。

 

 扇堂リンネという、ゼンヒのもう一つの正体と邂逅したのである。

 

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