「先輩」
「なんだ」
「暇ですね」
「まあな」
ゼンヒと後輩は、交番にいた。
パトロールも終わった後で、彼女たちは持ち場を離れずにそこにいる。
ただ仕事はなかったという訳ではない、落とし物を届けられたのだから。
ゼンヒは落とし物の財布を落とし物管理棚に入れてから、受付の方に座って背伸びする。
「財布の落とし物って久しぶりに見たな〜」
「何を言ってるんですか。そんなのしょっちゅうあるじゃないですか学園都市で」
「んえ?」
大都市は人の波、それに財布がさらわれるのは珍しくはない。それすら暇に思えるのは、当たり勤務地のはずのシャーレ近辺の交番の勤務でありながら様々な事件に当たったからだろう。
「先輩最近あれこれあったから肩の力抜けてないんじゃないんですか〜」
「そんなことないぞ」
「ありますって」
後輩の言う通りかもしれない。
直近の事件と言えば、トリニティの高級紅茶専門店の強盗事件、そして最近のシャーレ外れにあった麻薬の売人の逮捕だったりと、数であればたったの二つであるが前者は対応を間違えたら最悪外交問題に発展しかねないし、後者は言わずもがな危険地帯への単独突入の後に大戦果を上げるなど非常に大きな出来事が続いた。
そう言われれば、彼女も納得する。
「確かにお前の言う通りだ」
「でしょ〜。先輩って最近働き詰めだったからやっぱ事件の重さがインフレしちゃってんのかな〜って」
「デフレ希望だな」
「えー?」
後輩は首を傾げた。彼女の銀色なのに、かなり淡い虹色を反射する不思議な長髪が揺れる。
「いいじゃないですか。今度はこんな事件も解決してみせる!なんて言い方も今の先輩ならできるのに」
「そう言う事件が起きないのは一番だし、あれ以上の大きな事件はヴァルキューレの……いや、少なくとも一刑事の仕事じゃない。あくまで交番勤務のお巡りさんだからな、立場はともかくとして事実そういう仕事をしている。ならもう、あれ以上の事件は死んでもごめんだね」
「あれ以下の事件も割と大概だと思うんですけど」
強盗や売人の処理を徒党組まずにやっている時点で今更でもあるし、解決していることを考えれば彼女がなかなか強い警官であることにも違いない。
そんな雑談を繰り返していると、ゼンヒが座っているデスクの電話が鳴る。彼女は2コール鳴った後に出た。
『失礼、ゼンヒは居るか?』
「ゼンヒですが」
『カンナだ』
公安局の局長自らが交番に電話してきたようだ。なかなかなレアケースだろう。
「どうかされましたか?」
『色々な。そっちで何か事件があったとは聞いてないから、暇だろうと思って』
「暇ですよ。して、用事は?」
カンナは電話越しで、カップラーメンを食べつつ話し出した。
『2日前、一人で薬物の売人を捕まえてくれたな。あれに関することだ、進展があったので伝えようと思ってな』
あの日、捕まえた売人。
当然やったことの罪は重く、裁判になる前から矯正局へと放り込まれたようだ。ただ、薬を使えなくなった反動に耐えきれずに牢屋の中で暴れまくり、挙句には飯も食った側から吐き出してしまう有様だった。
『様々な薬物を試していたツケが回ってきたのだろう。味覚がかなりおかしくなってしまっている。味がしないのか触感があまりにも悪く感じて吐き出すから掃除も大変らしい。おまけに幻覚症状もひどく、正直なところ真っ当な話も出来はしない』
「そうなると何処で栽培してるか、なんて分からないんじゃ?」
『お前が捕まえる前に聞き出したアビドスの廃ビルにあるプラントに関しても見つかってないからな……ゼンヒ、他にあれが話していたことってないか?』
ゼンヒはない、と言い切った。
彼女は他に聞いたのは反抗に手を染めた理由くらいのもので、そのほかのことは聞いていないからだ。
『そうか、なら仕方ないか』
「しかし、アビドスでの捜査なんてよくゴーサイン出しましたね。あそこも復旧してきたとはいえ、自治区でしょ?対策委員会に話を通したんですか?」
『ああ。一応話をしたらOKを貰った。親切にも地図も貰って、それで捜索してたんだ。見つからなかったが、遭難者も出ずに済んだぞ』
「そうでしたか」
『ともかく、今はお前が捕まえてくれたおかげで公安局の方はこれ好機と見て捜査に注力しているんだ。感謝しているぞ、活気が少しでも戻ってくることに悪いことはないからな』
「私は仕事をしただけですよ」
____薬物の件に関しては、それで話が終わった。
しかしまだ他にも話題があるらしいカンナは、それはそれとして、と別の話をし始める。
『トリニティの件について覚えているか?』
「ああ、あの強盗事件ですか?」
『あれもまた色々あったんだ。まず、お前に対して感謝状が出てる。トリニティから』
「え?」
ゼンヒは首を傾げて、素っ頓狂な声が出る。
『当たり前だろう、一応別の校区の人間とは言え治安を守ったのだからお礼が出るのは当然だ。それも強盗事件、軽い事件ならともかくいずれ動かねばトリニティの評判が落ちかねないからな。ゲヘナの生徒ならともかく』
「なるほど、それで……いやあ、わざわざ申し訳ないような」
『素直に受け取っておけ。こちらはしっかりと対応して誠意を見せたからこそ、あちらも誠意を示した。大事なことだろう』
「そうですね」
そう頷いたは良いものの、あの細めの常ににこやかな少女(イチカ)が少し怖いゼンヒは恐る恐る、カンナに聞いた。
「ところで局長、その感謝状って直々に渡すようなものではないですよね?」
『流石にそこまでは……分からん。まだ届いてないからな、会いたいと言う可能性も出てくるだろう』
「そうですか」
『どうしてだ?』
「誠実な対応を心がけたとはいえ、ちょっと正義実現委員会の人間が苦手なんです。なんというか、常にピシッとしてて……あとあそこがホームであったのも事実でしょう、何言われるか分からないって思ってたからその時からちょっと怖いなと」
『それはまんじゅう怖いと同じ類じゃないか?気持ちは分からんでもないが、それなら一緒に出てやるから流石に来てくれ』
「はい_____」
苦笑いして、彼女は頷いた。
カンナは話を締めくくるように喋る。
『しかしまあ、この二件でヴァルキューレもなかなか知名度が上がってきた。良い方にな』
「それは本当です?」
『トリニティの方は言わずもがな、凶悪事件はスクープの種だろう?クロノスの生徒が躍起になって、警察の方に押しかけて来るようになったんだ。該当警察官としてお前の名前も出してみたが、寄ってたかってやってきたなんてことはないか?』
「コンビニの件の時にニュースになって以降はたまーに来るようにはなったんですけど、軽く答えて業務に戻ってますよ。流石にあいつら、こっちの仕事を邪魔してまでは来ないみたいで」
『そこは先生の話したことが大きく関係しているんだろうな』
二人して、クロノスジャーナリズムスクールのテレビ放送のことを思い出した。
シャーレの先生は、キヴォトスの外の人間である。
無論クロノスの生徒はあるとき、キヴォトスの外について聞くべく時間がある時にインタビューをしたことがあった。その時のゼンヒは諸事情により犯罪者ではないものの矯正局に住んでいたのだが、テレビで彼女はそのインタビューを見た。
《やはり報道のあるべき姿というのは、時間が掛かっても良いのでしっかり情報を検証してみんなに発信するのが大事だと思っている。しっかり時間を取り、専門家がしっかりと答え、事件事故の予測や原因を伝えて市民に注意を促す。特に最近はネットによってテレビ番組などよりも情報の伝達速度が飛躍的に上昇し、伝える側の参入障壁が劇的に低くなっているからね》
《では、我々クロノスはネットの情報速度に追いつけないことを前提とするべきですか?確かにネット記事も展開していますが、そもそも追いつこうとするべきではないと》
《そういうこと。当然時間が経つということは情報が出るってことだけれども、専門家に聞いた上でネットの噂を"意見"として捉えて精査していくのはずっと情報を扱ってきたクロノスの特権だと先生は考えているんだ。先生の世界でも当然報道機関はあったけど、ネットの素早さやそれに伴う憶測という話題性の強さに負けた結果非常におざなりかつ相手の事情も考えないような報道が増えてしまったんだ。だからクロノスには"確実な報道"を心がけてもらって、ニュースの価値を守り続けて欲しいなって思ってる》
そんな会話をテレビ越しでカンナも見ていた。
結果、クロノスはしっかりとアポを取るように心がけるものも出てきて、事件・事故に関しては話題性よりも確実性を取る報道へと切り替えつつある。どちらの権利も守れるような采配をした彼の指導力・影響力は計り知れない。
『そのおかげで我々も邪魔されず仕事ができるようになっているんだ、そこは感謝しなければな』
「そうですね」
ゼンヒが相槌を打つと同時に、扉が開く音がした。
生徒が不安そうな目をしながらカウンターの方へやってくる。
「すみません、市民の方がいらっしゃったので一度切りますね」
『そうか。ありがとう、話に付き合ってくれて』
「では」
受話器を戻して、彼女は相手の方へ向く。
「失礼しました、ご用件を聞きましょう」
「財布をこの近辺で落としてしまったのですが」
「あ〜、さっき落とし物で来たんですよね」
ゼンヒは落とし物棚に入れていた財布を取ってくる。
生徒に対しては生徒証を出すようにお願いして、財布に入っていた身分証明書との照合を始めた。生徒が「私の財布」と安堵したような顔を見せたので間違いなく見つかっているのだろう。
「氏名、生年月日、所属学園、生徒番号問題なし____写真も一緒だからな、問題ないだろう。お待たせしました、こちら財布になります」
「ありがとうございます!」
「届けた方は連絡先も言わずに行ったので多分お礼はいらないのでしょう」
「そうですか……本当に、本当にすみません」
「お気になさらず、これが警察の仕事ですから」
生徒はそのままもう一度お礼を言って、交番から出た。
ゼンヒは見送ると、今度は自分の財布を持つ。
「今から飯買いに行ってくる」
「あ〜、じゃあなんか飲み物買ってきて欲しいです」
「わかった」
彼女は後輩に挨拶してから、コンビニへと歩き出した。
一月ももう半分も過ぎようとしていたが、まだ冬は終わらない。