シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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血と快楽の災禍來て/セツカサイドその3

 濁流は異常だった。

 

 彼女が見た光景は異様なもので、それは濁流に触れた不良が人間の形を保てなくなってそのまま濁流の一部となって流れていく。おそらく最初の一人がそれになれば、連鎖的にそうなっていくのだろう。

 

 ただ、シャルアーにはその濁流の効果がなかったのである。

 

 濁流は彼女だけを飲み込まなかったのだ。シッテムの箱が銃弾を向こう側へとすり抜けさせるように、彼女を濁流は避けた。

 

「どうなってんだこれ」

 

 そういう彼女の疑問に答えるかのように、一つの声が彼女に届く。

 

「クックック_____まさか本当に貴女を飲み込まないとは。やはり、外界から来た人間は違いますね」

「黒服」

「覚えてもらえて光栄です、と言っても出会ってから一日も経っていませんがね」

 

 助けたのは黒服だ。

 

 濁流が去った向こう側からやって来た彼は、ゆっくりと道の真ん中にいる彼女に目を向ける。

 

「助かった、ありがとう」

「珍しい。私は基本助けても、割と怪しまれるので」

「その見た目なら仕方ないが、今日だけで二回助けてもらっているからな。私は何かを言う気には慣れない」

「健気なことです」

「しかし、あれはなんだ?」

 

 濁流については分からないことだ、故に彼女は目の前にいる男に聞く。

 

「あれはアリウス過激派が使用した擬似ヒエロニムス化装置を解析して作り出したものです。ある仮説に基づいたものをベースに、形を破壊することでただの生命リソースに戻すことで無力化しました。あの四人も巻き込まれたらただでは済まないものですが、避けてくれるだろうと思ってましたから」

「まるで私は巻き込まれない巻き込まれないことを知っているかのようだな」

「あの時言ったはずです。武器には色彩に似た何かが入っている、と。つまり貴女はそもそも生き物として私達や彼女達とも違うもの、なので彼女達と貴女の殺し方も違ってくるでしょう?」

「あれは言わば天使を錬成するための溶解液(アルカヘスト)ということか」

「錬金術をご存知でしたか」

「まあな」

 

 夜風が二人の間をすり抜ける。

 

「で、助けたからには何か理由があるんだろう?せっかくならその理由を聞いておきたいんだが」

「歩きながらでもいいですか?」

「もちろん。ここにいる理由はないからな」

 

 互いに妙な信頼感を覚えながら、歩き始めた。

 

 先ほどまでの騒乱が嘘のように静まり返るここには、人の気配がない。

 

「まず、貴女に興味があることはあそこで話しましたね」

「ああ」

「私は貴女の装備にも興味があるのです」

 

 コキュートスアームズ、つまり彼女が外から持ち込んだ力のことだ。

 

「貴女は今、特殊な立ち位置にいる。扇堂リンネという麻薬の密売人に狙われていて、セツカの手伝いのために戦っている。今のままで、どうにかなると思いますか?」

「思わないが、だからと言ってお前に付き合うかと言われたら」

「それはそうです。今はまだ、こちらが誠意を見せていない」

「見せる気はあるのか?」

「ある程度ツアーになりますが、それで良ければ」

 

 どうやら黒服には、何かしらの手立てがあるらしい。

 

「貴女は元の世界に帰りたい、そういうのであればある程度の手伝いができるということだけは言っておきましょう。私たちも、実のところこのキヴォトスの外の人間なので」

「_____」

「その反応、ということは興味はあるということですね」

「ああ」

 

 素直な反応を見せる彼女。

 

「私の居場所ではないからな、ここは」

「自分の世界には恋人がいたり?」

「ああ。私にとっては大事な人間だ、彼氏というやつ」

「そうでしたか」

 

 

 そんな話をしている中で、彼らは大通りに出てきた。

 

「あの店で何か食べませんか?」

「そこまで腹減ってない」

「じゃあテイクアウトでいかがですか」

「頂こう」

 

 そう言って、店による。

 

「すみません、鯛焼きを三つ」

「はーい」

 

 そもそも犬が二足歩行で歩く世界では黒服の事を異形だと思う奴が少ない。そう言うマスク、もしくは何かしらの撮影のようなものだと思われていたのか、店員は気にせず鯛焼きを三つ渡した。

 

「はーい、お待たせしました〜」

「ありがとうございます」

 

 黒服が料金を払って、2人はその場を後にした。

 

「ありがとう」

「お気になさらず」

「ところで黒服」

「なんでしょう?」

「私に用事があるとは言っていたが、リンネの方が良いんじゃないのか?」

「あの少女については嫌いです」

 

 嫌い、という言葉が出ることに驚いたシャルアー。

 

「どういうことだ?」

「あの少女は何も生み出さず、全てを食い尽くしていく傍若無人な人間です。先生すら手に負えない状態になるであろうことを考えれば、いっそ色彩よりも面倒だと私は考えているのですよ」

「麻薬が広まったところでどうってことないはず」

「それは違います」

 

 彼のはっきりとした否定。

 

「まず、この社会は確かに生まれによって決まる部分が多い。ですがそれは、子供による社会のせいだと思っています」

「政治を決めるのが全員思春期が故の取りこぼし、か」

 

 子供は大人より絶対に劣っている、というのは詭弁である。

 

 脆さや知識不足を補うための歴史ではあるものの、この世界の歴史というのはあやふや、はっきりとした歴史は多くない。つまり前例がないのに子供だけで難しい上に逃げられない責務を負わせられてるのも当然なのだ。

 

 そういう意味では各々の手が届く範囲で自治権を確立して統治する方法は合っているのだが、思春期のせいで強情なやり方も罷り通りやすくなっている。結果的にその闘争をカバーする方法も見つからず、弱者は永遠に放置される社会が形成された。

 

「歴史の体現者であるべきはずだった大人のいない世界では、社会の欠点を補う方法さえも手探りです。しかし敏感な時代の人間では悪意一つで子供の心は死を迎えることもある。痛みを乗り越えるのに時間が掛かった上で、その方法に辿り着くことはないと言っていいでしょう」

 

 言葉には一理ある、と頷くシャルアー。

 

「その大人が生徒の邪魔をしているとも聞いたが」

「私達にも人生というのがあります。誰しもが肩代わりをするわけではありません」

「ご最も、だな」

 

 二人はたい焼きを食べながら歩き続ける。

 

「扇堂リンネという少女は、間違いなく救われない側の人間です。しかし、今彼女はそれが行きすぎて社会の癌となりつつある。

 薬物を利用した団結は危険と言わざるを得ないでしょう。終末論はどの時代でも醜悪な快楽です、その気持ちを増大させて社会に対する攻撃性に転換した場合先生でもどうにかすることはできません」

「だから始末したいのか?」

「無力化できれば当然それでいい。しかし、それは先生ではできません。なぜなら彼は"選ばれなかった"でも"選ばれた"でもなく"選ぶ"側なのですから。彼がそう思うことはなくとも、このキヴォトスにある感情の中には、彼によって社会が動いてると思っている子は多い。あの少女にとっては格好の言い分であると言っていい」

「_____それが不都合か」

「理解いただけましたか?」

 

 彼女は理解した。

 

 目の前にいる人間は、先生がいてこそ進む話に付き合っている。神秘に関することには、彼が大きく関わっている以上、シャーレは存続すべきだと考えていた。

 

 だが社会はそんな単純には出来ていない。もし、リンネの野望が達成された場合市民の感情が暴発してこの形が崩れる。市民が革命を達成するにしろ、先生が自分の命のために他の生徒を使って制圧したにしろ、社会との関係が断絶されて最悪の時代の始まりを告げるだろう。

 

 もしそうなったら研究どころではなくなる。

 

「しかし、そんなこと私に話して大丈夫なのか?関係のない人間がゲマトリアの意向を知ってて無事でいられる保証はないと思うが」

「……貴女のその高圧的な話し方、なんとなく彼女を思い出します」

「見た事のない女と重ねるな、気持ち悪い」

「失礼。ですが貴女に話してもいい内容ですよ、今のは」

 

 黒服は話を続ける。

 

「貴女はあの中にいて"どれでもない"という特性を持っています。選ぶほどの影響力もなく、選ばれる程の理由もなく、選ばれなかったと言われるほどの弱くもない。つまり意図を話したところで、確実にデメリットになるとも思わないのです。むしろ知っておいてもらった方が、今後事がうまく運ぶとすら思ってます」

「仲間になると確信した算段だな」

「貴女は人質に出来ません、そう思えば仲間にするしか方法はないでしょう」

「ホルスを一度人質に取ったと聞いたが」

「あれと事情が違います」

 

 ホシノを拘束した際は、借金の件もあって相手がかなり不利な状態であり、相手もそれを承知していたからこそおとなしく拘束された。もし不利でなければ彼女は話を跳ね除け全滅させていただろう。

 

「貴女はそれよりも事情が異なってくる。まず、明確にキヴォトスの外からやってきたという点と、持ち込んだ武器および本人がこちらが神秘と現時点で言わざるを得ない、得体の知れない力を持っている。その点で拘束してもどうしようもないというのが実情です」

「だから協力体制を整えようとしているのか」

「今このキヴォトスの中でおそらく外の事情に詳しく、アプローチできるのはゲマトリアだけ。ならば、悪い話ではないと思いましてね」

 

 話していた二人は、ある場所にたどり着く。

 

 人通りの多いビル街の、一棟。周りと比べてなんら特色のないものだ。

 

「離れるだけなのに、随分と遠くまで歩いてきてしまった」

「今から帰りますか?」

「いいや、ここまで歩いてきたってことは何かあるんだろ?」

「よくご存知で」

 

 灯がついているビルに入った。

 

 人はいないが、足音はかすかにしている。

 

「こちらです」

「ああ」

 

 言われるがままに、シャルアーは従ってエレベーターに乗る。

 

 やってきたのはビルの6階。時間はかからないがゆえに、互いに話すこともなかった。

 

 開いた場所は、テナント募集しているだたっ広いフロア。

 

「やあ」

 

 _____声をかける、近くに置かれた急拵えのソファに座る男が一人。

 

 そんな軽快な話し方をする男は、ゲマトリアにはいない。

 

 司祭はそもそも堅苦しい上にこんなところにいるはずもない。

 

 故に。

 

「嘘だろ」

「嘘じゃないさ」

 

 黒い髪の、スーツを着た男。

 

 先生がそこにいた。

 

 

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