「おいおい、シャーレとゲマトリアは敵対していたんじゃないのか」
「社会ではそう言うね。だけど違う」
先生は一度立って、対面のソファに座るよう勧める。
「正確に言えば生徒が危険にあった時のみ警告と排除を行うのがシャーレだ」
「"危険なことをしなければ何も問わない"か」
「そこをわかる人間は多くないよ」
和かな彼の向かい側に、シャルアーは座る。
「にしても驚いた。まさかこんなことをするとは」
「自分も驚いているよ、黒服と協力できる時が来るなんてね」
「私も嬉しいですよ」
その二人がただ不良の世界であれこれしていただけの女のために集まるとは、自身が割と注目されていたことを痛感する彼女であったが、やはり二人が協力する意図が見えない。
「で、私を呼んだということは何かあるんだろう?」
「もちろん。色々言いたい事があるけど、まずはセツカちゃんの捕獲に協力してほしいってところかな」
「仲間を捕まえるのを手伝えと?」
「君の生活の方を保証するから、もう少し安定した場所にいてほしいってのもある。けど何より、自分たちはゼンヒちゃんの奪還を目標にしているんだ」
扇皇ゼンヒの奪還、これが彼の目標らしい。
ゼンヒの復活を望んでいたセツカのことを考えれば利害が一致するが、まだ細かい話を聞けていない以上安易に飛びつくことはできないだろう。彼女は慎重に話を聞き続けることにした。
「無論、自分は生徒全てを大事にしている。それは知っての通りだ。あくまで外面は、だけどね」
「まるで本心はそう思ってないような言い草だ」
「自分も政治家の一端である以上救えていない人間がいる、だからそう言わせてもらう」
「救えていない人間、か」
「このキヴォトスには身寄りのいない少女で溢れかえっている。それは福祉の不足という事実がそうさせているが、私は彼女たちを救えない。基金を立ち上げようにもそこまで金は回ってこないし、何より過干渉になりかねないから」
「連邦生徒会による施政は上手くいってないが、自分が救うとそれはそれで別問題が発生すると思っているんだな」
「大正解。そう、自分が政治改革を成し遂げてしまうと本当にキヴォトスは自立する機会を失ってしまう。確かに彼女たちを救う事が急務であり、それをすることそのものに悪いことはない。社会が福祉を持って弱者を救うという行為に、損得はないからだ。しかし、やり方が強引すぎると政治家の価値がなくなってしまうのも事実でね。
ナギサやマコト、ニヤにユウカ、あとはキサキとかカンナも。連邦生徒会だってそうなんだけど、彼女達が今頑張るからこそ健全な社会が作られる基盤が出来上がるんだよ。人々がそれぞれの立場のまま、それぞれの立場の代表者を立てて、建設的な話し合いを実現する」
「民主主義の信奉者、というべきか」
「かの魔術師ほどではないけどね、でも自分はそういう国で生まれた。だからそれがとても素晴らしいと思っている」
先生は笑う。
「その中で福祉というのはわかりやすい手柄でね、そこまで奪いたくはない。そこまでの道のりを作るためのアドバイザーというのは必要だし、その役目なら喜んで引き受けるけど、自分で達成しようとは思わない。
そしてこんなことがたくさんある社会を、彼女達の手で達成させることで私がいなくても団結した社会が達成されるんだ。"こんな世界が生まれてよかった"と思えるような社会がね」
彼の楽しそうな話に、黒服も頷いている。そういった精神が、生徒に健全で活力のある思想を与えて広げていってるのだ。その真意を聞けて嬉しく思っているらしい。
「で、その中で____扇皇ゼンヒという少女も必要なんだ」
「今挙げた生徒と同じくらいの効果は見込めないと思うが」
「むしろ彼女は今までの生徒とはまた違う動きを期待しているんだよ」
ノータイムで話をする先生、余裕があるということはそれなりの根拠と信念を持ってスムーズな話ができるということだ、シャルアーは興味を持った。
「良くも悪くもシャーレというのはスペシャリスト集団という見方が強くなってしまっている。黒服からさっき聞いた限りだと、扇堂リンネという少女はそれを利用した非合法活動の勧誘等をしているともね。
だが、もしゼンヒちゃんが戻ってきてくれたら、それは解消できる。彼女は困難を自力で解決してきた、アリウス過激派の件だって規模こそ違えど実情はエデン条約の一件と大差ない。それを他組織と協力し、自力で突破し、その上で完全解決した手腕がある。これは今までの生徒では出来なかったことであり、そして、先生という存在を必要とせずに解決した例でもあるんだ。つまり彼女は、ある点で見れば自分と同格の存在とも言える。カリスマ性というべきかな」
「その評価は彼女の欲しているものか、考えたことは?」
「正直な話、望んでいないだろうね。自分はそうなった生徒を一人知っているけど、今友達がいるほうが楽しそうだよ」
「仲間に裏切られたのを知って戻ると思うか?」
「_____わからないや」
素直に答えた。
扇皇ゼンヒはすでに見切りをつけている可能性が高い。彼女がヴァルキューレに戻らない選択肢を取ることも十分に考えられた、それこそハクジツに現状お咎めがない以上セツカという爆弾を抱えた上で酷いこと言われたのにあいつには、なんてなろうものならその結末は最悪の一言で片付いてしまうだろう。
「だけど、自分はそれを望んでいる。カンナだって、他の子達だって望んでいるんだ。それを見て、本人と話さないまま引き下がるわけにはいかないよ。大人がそこで、こうやってコミュニケーションをとってみようなんてやらないまま、子供達に結果だけを伝えるのであれば自分が大人をやっている意味はない。結果だけ告げるのは、信条を永遠に疑えない天使のやることだ。自分は神様ではない、故に億が一の可能性でも突っ走ってみるしかないさ。事実そうやって、先生をやってきたんだから」
「それが先生の覚悟か。でも、私はそれでどうすればいい。先生が来たところで私は元の世界に帰れない以上、シャーレに協力することは出来ないし、したくもない。事実それで一番確実なのが、知ってる道から帰るために頑張ってるセツカ達だからな」
「そのために黒服と君の話し合いの立会人として来たんだよ」
先生は、余裕の表情を見せ続けた。
「仮に君とゲマトリアの契約だけだったら、ホシノの時のように変な不利益を被る可能性が高い。黒服は君のことを"色彩と呼ぶしかない外界の力"というのを持っていると言っていた以上、彼や彼の仲間にある程度の敬意を評して信じることにしている。だけど、それでは君は不安になる。だからシャーレのお墨付き、というか先生個人が見ているという影響力を持ってその取引の公平性を保つつもりだ」
「仮にバレたらどうなる?」
「いやあもうそん時はシャーレの信用なんて真っ逆様だよ!だけどね、彼女達は純粋だ。どれだけ言っていても生徒のためと言えばついて来てくれるし、多少の無茶を通してまで助けるために今まで善行を積んできたんだ。事実、この取引は君やセツカちゃんをわかりやすく、かつ守りやすくするための手段だ。悪役というのをゲマトリアに押し付けてるのは申し訳なく思っているよ」
「クックック____仕方のないことです。しかし、我々は簡単に信条を帰ることはできません」
「なら今回ばかりは手伝ってよね、ということで」
「いいでしょう」
二人は楽しそうだ。
シャルアーは大人のやることだな、と思いながら首を振るがその関係性には独特の信頼があるからこそ成り立っているというのも理解していた。故に、噛みつこうとも思わずに、その二人の厚意をある程度無駄にしないように話を聞いてみることに。
「わかった、二人が真っ当に意図を話してくれたことを信じて提案くらいは聞こう」
「ありがとう。じゃ、その前に_____」
先生は、あるカードを差し出した。
「これは?」
「先生の裁量で作れるゲストカードだよ、シャーレに必要になったらおいで」
「おいおいこんなもん見ず知らずの女に渡して大丈夫なのか」
「今話を聞いてくれる、親身な君へのプレゼントだよ。これがあれば困った時の頼れる場所になれるでしょ?」
「ありがとう、使わせてもらおう」
そう言って、シャルアーはカードを胸のポケットに入れた。
「できればシャーレに仲間を引き連れて来てほしいなって思うけど、できたりは?」
「しないだろうな」
彼女は即答する。
「やっぱり?」
「セツカは最悪来てくれるかもしれないが、ヤツカだけは絶対無理だ」
「そっちなんだ、ダメなの」
「前者はおそらくちゃんと状況を説明した上であれこれしたいっていうの、例えば私が元の世界に帰れる手段を手に入れたってなればある程度は話を聞いてくれそうだ。望み薄だがな。だが後者だけは絶対にダメだ、多分キレ散らかして襲いかかってくるのが目に見えている」
ヤツカは先ほど先生が言った救えていない人間の一人である上、それを打開する手段をくれたのはセツカであり社会ではない。故に社会への憎悪が激しく、先生へと接触することも嫌う。自分を救ったセツカもシャーレに行くと言い出した場合、どうなるか分からないという不安があった。
「私も二人が丸く収まってくれればありがたいんだが、そうなるとは思えないからな。しばらくは、そうだな。今からの話が成立するのであれば情報を流すだけで止まってしまうと思う。それでもいいなら」
「むしろそれをしてくれるなら先生としてはありがたい限りだよ。君が敵対しない、というだけでも規模を考えたら戦力の三分の一は削れたも同然だからね。あ、でもそうだ。リンネという少女についても話してもらいたいかも」
「それに関しては追々でいいか?黒服の話を聞いておきたい、彼とて時間は有限だと思うから」
「わかった。じゃ」
黒服が、彼女の目の前に座る。
「お互いに実りある話になることを今から祈るよ」
「ええ、祈っていてください」
シャルアーと黒服が、互いの利益のための話し合いを始めた。