ユリがいつも通りの状態で作戦会議を終えた後。
それぞれが背伸びをしたり、話をしたりする。
元々タリナという少女が持っていた別荘レベルのもので、客室も当然あるような広い建物を事務所として使っているためちゃんとシャワーも客用であるし、泊まるのにも快適な場所だ。
そんな場所の一階に皆降りる。
いつも色々な特暴課の面々が屯している場所は、バーみたいになっている。
「あら、終わりましたの?」
「バンリさん」
バンリは、カウンターの方で料理をしていた。
ある程度のものが出来上がっているのか、サラダにローストチキン、パスタにと色々なものが置いてある。
「皆様そろそろ動き出すとはお聞きしたので、何かできる事はないかと」
「おいしそーだよ!ね!」
「ん、いっぱい食べる」
「ぜひ召し上がってください」
魚料理もたくさんあるのが嬉しいものだ。
カザミは、ずっと料理を作っていたお嬢様のもとで話をする。
「そういえば作戦会議したんだけど、バンリは行くの?」
「私も行こうとは思っていますわ。ただ、あまり役に立たないでしょうけど」
「一応こっちは突入部隊だから、ついていく形で来てくれる?」
「もちろん。あなただけでは、不安ですから」
「助かるなあ」
ニヤニヤしてる相手にイラつきを覚えたが、それでも四枚羽の天使は気に留めず料理する。
「ところで、ハクジツさんの様子はいかがですか」
「ん?」
代わりに確認するカザミ。
当人は料理を受け取ったものの、ただトマトスープをスプーンでかき回してるだけで食べていない。
「ありゃ鬱だね」
「そうですか。食べてくれると嬉しいのですが」
「こういう時って急かすのも悪手だよね」
「テロリズムを起こすには心理療法も必要なのですね」
「治してほしいのはこっちの心だよ」
はあ、とため息をつくのが一人。
「まあ、いっか。明後日生きてるか不明だし」
「ん?」
「そんな気になる話?結局自分はゼンヒ復活の贄みたいなものだし、そうなることで他の生き残ってる過激派、ひいてはアリウスの地位の復活が保証されるならそんなもんだよ」
「軽々しく死を語ることの罪を知らないのですね」
「知るような生き方をしてないからね」
近くにあったグラスにワインを注ぎ込み、飲み込む彼女。
「あ、それアルコール入ってますわ」
「いいじゃん。ケルベロスに飲ませるんだったら味を知っとかないと」
「どうしてそんなことを言うのです」
「自分が死ぬことで、ベアトリーチェの寵児以外を全員救う証になる。だから自分は明日死ぬべきだ、と言う話にすぎない」
カザミが死ねば、過激派をはじめとしたアリウスの人間は彼女の死という物語性を含めて筋書きは出来上がる。その筋書きで大衆を酔わせ、ヴァルキューレに協力させたぶん圧力をかけさせて無理矢理にでも人権の獲得を達成させるしかないと彼女自身は考えていた。
先生が救える人間が限られる、そしてその先生が救える範囲は天才と強運しかないのであれば、大衆を動かして政治を殺すしかないという考えから脱却できずにいたのが過激派の旗頭の思想であり、それはずっと変わりない。こればかりはリンネの言う通りであったと、言った本人は考えている。
ただ、テロリズムだけではなく、その果ての正義で死ぬのであれば意義はあると考えていたために彼女は自分の死に価値は見出しても恐怖は感じなかった。それは言葉の節々に現れていたのか、聞いていた方は目を伏せた。
何しろそう発言した人物は、自分の命が失う悲しみを知らないまま完成されてしまったのだから。
「ヤツカのあれから庇って死ぬだろうし、リンネの兵隊に蹂躙されて死ぬ。どっちでもいい。だけどそれで足を引っ張らないように、セラフィム弾という形で人に遺した。あれが革命の旗印になって、生き残っているアリウス過激派の道を拓く」
「あなたは_____それでよかったのですか?」
「それ以外の生き方がないから」
それは先生が見落とした、もしくは見捨てた人間のひとりとしての意見だった。
だが、ただ落胆して快楽に身を任せて破滅するもの達と違うのは、仲間へ託したい未来があったから。
それが、例え穢れてたとしても。
「そういうそっちこそついていくって言ったけど、いいの?明日自分よりに先に死ぬ可能性があるよ」
「どうしても_____行かなければならない、と誰かが告げている気がするのです」
「神様?」
「いえ、私の本能というべきでしょうか。本当の私がいるとするならば"ゼンヒを迎えにいくべきですわ"と」
「本心の中でもお嬢様口調なんだ」
「笑わないでくださいまし。だけど、そうなのです。私には、そう、響くのです」
一緒に戦い、相手を祝い、たまに会っていた彼女。
それはトリニティの外にあった星のようであったと思いながら、それがあると思っていた日常が消えたら段々と不安になっていく彼女。
「じゃあ、死ねないね」
「____ええ」
「大丈夫だよ」
カウンターの下から覗くように、カザミは相手に言い聞かせる。
「自分と一緒に行くんだから、ちゃんと守ってあげる」
「そんな、迷惑をかけるわけには」
「一つだけ約束してくれるなら絶対に守り抜くよ」
「約束?」
ニコニコしながら、テロリストの首魁だったものは言う。
「自分が死んでも絶対に振り返らず、セツカのところに辿り着くこと」
「____わかりましたわ」
お互いに、それ以上の言葉は交わさなかった。
狂った価値観の人間と、ただ後悔がある人間の意識の差は絶対に埋めることができない。だからこそもう言葉をかけずに、約束して黙ることにしたのだ。
そんな湿っぽい雰囲気の向こうでは、楽しく飲み食いしてるやつと話しているのが。
「クロコちゃん!これ美味しいよ!」
「ん、ロブスターを食べたの久しぶり。これ美味しい。
でもユメ先輩、これも美味しいよ」
「これは____うわあステーキだ!ミディアムレアなんだね!うまーい!」
協力者達はかなり楽しんでいるようだ。
その後ろで、特暴課の二人も食べている。
「美味しいね」
「ああ」
ただ、その二人もちょっとだけ不安を共有しているようだ。
「ねえ、ショウコ」
「なに?」
「アタシね、やっぱりまだ分からないんだ。リーダーのこと、どう思っていたのか」
作戦会議前にカザミから言われたことを、ずっと考えていた様子。
「素直に考えればいいんじゃない?」
「素直に考えれば考えるほど、彼女じゃなくて自分たちのことをどうにかしてくれる革命家が欲しかったんじゃないかなって思うんだ。アタシが泣いて縋ったのも結局は自分たちの状況を打開するようなカリスマに縋ったからで、それを除けばほぼ彼女のことを必要としてなかったように思うんだ」
「敬意とかも純粋な気持ちの一つだと思うよ。自分の世界を変えてくれた人間だから、自分もそうなりたいと思って一緒に頑張ったっていうのも、彼女の受け取り方次第とはいえ邪ではないと思うんだけどな」
「それで納得してくれるような人なら、アタシ達から去らないよ」
相談されている方は、口をつぐんだ。
今目の前の相手が悩んでいることとは、自分の考えをどうやって伝えようかではなく"相手が聞いてなんとか納得してくれるような答え"を探しているという点だろうか。
詰まるところ、
(こればっかりは言っても仕方ないというか、そう悩むこと自体が本心だからなあ。誘導してしまうと当然色眼鏡とかが入った、情報にしかならない。ごめんねユリ、性格悪いようなことしちゃって。私には迷わない答えはあるけど、その悩みと、苦しんだ故の結論こそがユリがリーダーに抱えている感情の真実なんだよ)
自分の取り分であるポテトサラダを一口食べて、ショウコは別の方を向く。
(それだけは流石に、いろんなところで生きてきたあの人もわかっている事なんだね)
ハクジツはようやく、スープに手をつけて食べ始めた。
(自分の恋心のためとはいえ、それを飾らずに受け入れて暴れるほどの強い感情を抱いていたハクジツさんも、どうやってそれを誤解なく伝えようかって考えながらやっているんだ。だから自分の考えそのものには嘘をつかずに心の中で結論づけている)
視線を戻し、俯きながら食べつつ悩むユリの姿を見る。
(ユリの弱いところだよね、いや、SRTの生徒の大多数が抱えている問題だと言っていい。
どれだけ厳しい訓練を受けていたとしても、キヴォトスという目に見える範囲の最大規模を守るための勉学とそれによって身につけた自尊心を守るために他人を傷つける軍隊だったから、意義がなければ立ってられるか怪しいくらいに"大義に依存している"んだよね)
ショウコはコーヒーを飲みながら、彼女を労るような視線を送る。
(私はスパイ活動とかだったから、生き残るためにと自己があることを優先する教育を受けただけでユリの隣にいたならそうなっていたのかもしれない、だからいう事はできない。仮に言えたとしても、得策じゃないから。独りにしてごめん、けど頑張って乗り越えてくれ)
ユリは、口をひらく。
「どうしたら、どうしたらリーダーは許してくれるんだろう。アタシたちのことは一生友達とは思わないだろうし、でもそれがリーダーにとっての唯一の居場所になるなら______アタシはどうすればいいのかな」
「それは私も分からない。どうすれば相手が納得してくれるかは別だけど、それを言ってくれるまでアプローチをかけるしかないよ」
「だよね______」
そんな悩みを話す傍らで、もう何も考える事なく冷めていくスープを食べているのがハクジツだ。
(ごめんなさい先輩、ごめんなさいリンネ_______)
贖罪する場所もなく、ただ罪に咽び泣きながら飲み続ける。
それぞれがそれぞれに会話し、悩み、笑う食事の時間は夜の帷に溶けていく。
どのみち明日には大規模な作戦があるのだから、確実に感情に耽れるのは今しかない。
そんな時が過ぎていけば、月はもう頂点に達していた。
次に因幡が顔を出すときに、運命は決しているだろう。