シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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決戦前夜/セツカサイドその1

 シャルアーは、一度帰ってきたのにも関わらずまたセツカの別荘へとやってきた。それも月が西に傾き始める時間にである。

 

 ご近所迷惑にならないようにフェンスをよじ登ってやってきた家から、ヤツカが出迎える。

 

「シャルアー?こんな時間にごめんなさいね」

「そう思うなら呼ぶのをやめて欲しかったが……どうしたんだ?」

 

 ヤツカは少しばかり申し訳なさそうに、相手にお願い事をする。

 

「姉さんがまだ少し具合が悪いのだけれど、先ほど起きた時にまだ起きてたからお願いをされたの」

「何と?」

「『ちょっと急いであの門の修復や状態確認したほうがいいかもしれない』って」

 

 頼んだのがセツカにしてはえらく不自然だ。

 

「セツカらしくないな。お前が強いとはいえ、いくら一人ではリンネの兵に出会ったら困るだろうに」

「そうよね……でも、そうするってことはきっと何かあるに違いないのよ。だから、姉さんの手伝いをしてあげたい」

「姉思いのいい妹だ」

 

 ヤツカに対してはあまりいい感情を持っていなかったが、少なくとも準備をさせるのにも関わらず手ぶらで向かわせるのはよろしくないか。そう考えたシャルアーは、自分の武器を相手に渡すことにした。

 

「ほら」

「コキュートスアームズ?それはシャルアーの……」

「お前一人だと寂しいが、お前の頼みを聞くために私は離れられないからな。だから貸してやる、近接武器だけは」

「いいの?」

「場合によっては大剣に乗ってサーフボードのように移動すれば空中から離脱ができる。いざとなったらそれを使って逃げろ。どうしてもっていうなら自爆機能も使っていい」

「……あんたって、意外と私のこと信頼してくれてるのね」

「手伝ってくれる仲間だからな」

 

 互いに微笑み、手を振って別れる。

 

「気をつけて」

「ええ」

 

 ヤツカを見送ったら、彼女はゆっくりと家に上がる。

 

 電気は一階は付いているものの、上の方は暗いまま。まあ、寝るときにつけっぱなしじゃないと寝れないという人間はそうそう多くはないから当たり前なのだろうが。

 

「んじゃ、好き勝手に過ごそうかな」

 

 とはいうものの、暇つぶしが思いつかない。というよりも疲れているからかあまり何もしたくない。

 

 目の前のプール付きの庭には、リクライニングチェアがある。

 

「ここで休もう。近くで音を立てるのもアレだし」

 

 シャルアーは、椅子に座って横になった。

 

 とは言ってもそれを気にするような奴はどこにもいないのだが。あまり人がいないエリアでもあるし、リンネの手下だって隠れているわけでもない。

 

(______長い、長い旅路だな)

 

 彼女は、月夜を見上げて思い出を振り返る。

 

(私がロシアを去ってからどれくらいの時間が経っただろうか。まあ、幸いにも武器と一緒に飛ばされたからあまり心配こそしてないが。むしろ心配しているのがこっちの人間なのもおかしな話だな)

 

 写真を胸ポケットから出す。

 

 いつか近所で撮った写真。彼女の隣には、少し可愛げではあるものの男だとわかるような、そんな無邪気な笑みを浮かべる少年の姿があった。

 

(いつになった会えるんだろうな)

 

 なんて思っているシャルアーは、また胸ポケットに戻して空を見上げる。

 

(私も私のいた場所に戻らなければならないからな、二人には悪いことをする。セツカはどうしてもやりたいことがあるからともかく、ヤツカの方はどうも詫びる方法はないからな)

 

 さっき話した少女のことに、思いを馳せた。

 

 何しろ彼女は本当に、日銭を稼ぐためだけにやっていた無資格の電気工事の事故で死にかけていたところを偶然救助された身だ。それしか生きる術もなく、誰も助けてくれない社会だったからこそ助けるという選択をしたセツカのことが大好きで家族のように愛している。

 

 名前も無いような少女だったから、セツカが自分の名前を捩ったものを与えたもの。それさえ気に入っている少女のところだけ、別れの兆しが見えていない。

 

(帰れるまではしばらくゼンヒの様子を見ればセツカのやつは満足するからいいんだが、彼女だけはどうしようもない。困ったものだ、私と一緒に来るか、なんて言っても結局セツカはゼンヒに戻るのを望んでいる以上ヤツカと対立するのは避けられない、か)

 

 目を瞑って、これからのことも考える。

 

 最初に出てきたのは、大人二人のことだ。

 

(たくさん話したはいいものの、やはり先生と黒服が同時に話しかけてくるとは夢にも思わなかった。ゲマトリアと密かに手を組む、とも思われないようにあれこれやっているのだろうけど、やはり不気味だ。信じていいのかまだちょっと不安が残るが、契約を反故にする方が大人は怖いからな。それに_____)

 

 セツカが寝ている方を見る。

 

(セツカ自体もあの門を使った事はない。もし何かの事故が起これば、帰り道どころの話ではなくなってしまうのもまた事実だ。結果として大人二人、それも怪しいものに詳しいのが片方にいるというのが判明している以上は回収させた方が身のためかもしれない。セツカにはちゃんと話したし、それならばしっかりとリンネ達の手に渡ってしまう前に回収してもらいたい)

 

 時間が経つと流石に、喉が渇いてきた。

 

 思考していると糖分を欲するが、何よりも集中してさらに疲労が溜まってきているせいで唾液の制御が効かない。それはなんとかしないと、みっともない。

 

 一旦キッチンに行ってから大きめのグラスを取って、氷をたくさん入れてからコークハイを作って輪切りにしたライムをグラスの淵に刺し、ストローを差して戻ってくる。

 

 そこ5分の出来事だ、特にサイドプールに変化はない。

 

「最初はお前と一緒にこうしたかったよ」

 

 彼氏のことを考えながら、また転がる。

 

 一口飲んだコークハイを近くのテーブルに置いて、空を見る。

 

(そうだ、あそこの場所に関しても一応誘導しないといけないか。いつ誘導すればいいんだろうな、場合によっては明日でもいいかもしれないが。セツカがうだうだやっているうちに、終わらせれるのが理想的だが____下手なタイミングで出せばヤツカのせいでタイミングを見失うだろうし)

 

 相手がシャルアーが実は味方になっていることを知らないように、彼女は相手が明日の夕方に隊列を組んで門がある場所に襲ってくることを知らない。

 

 すれ違いも破滅する原因になることは理解していたが、それを解消しようとすることで生じるデメリットが今は大きすぎた。

 

(というよりリンネ達の兵士に関してはどうするつもりなんだろうな。色々準備はしてあると聞いたが、数が多すぎる。アレで何も損じたとは思わない以上、あれよりも多い数で襲ってくる可能性だってあるわけだからな)

 

 氷は5月なのにまだそこまで溶けていない。夜風はまだ涼しいからだろうか。

 

(本当にめんどくさいやつが出てきたものだ。非常に困った、あいつめんどくさいからな。ん?ということは_____)

 

 一瞬最悪な予感がしたシャルアーは、いつもの無責任で飄々とした態度とは思えないほど少女然とした表情で首を振る。

 

(いやいやいやいや、いくら裏で薬を流通させているからってヴァルキューレと連携して襲ってくるなんてやり方は絶対しない!しないよ、な?)

 

 腐敗している国家、腐敗している都市では反社会組織と公的組織が繋がっているなんてザラである。安全な国とされている日本という国だって、風俗関係などでは暴力団と繋がっているなんてザラで、南半球の方ではもはや警察よりもギャングが強い国なんてザラにある。マフィア発祥地のイタリアは言わずもがな、禁酒法時代などで生まれた時から最前線(フロンティア)らしい激動の歴史を歩んできたアメリカだってアル・カポネのことを考えれば例外ではない。治安が悪いエリアではギャングが強く、強盗とか発砲事件もザラにある。

 

 彼女の世界で心当たりがありすぎることが多すぎて不安になってきた。

 

(特に少女が行政を握っている国でこの腐敗具合なんだから、繋がってないわけないと言いたい。公安局はどうかはともかく、生活安全局とかで繋がっていた場合は邪魔も入ってくるだろうし、不安が尽きない。腐るのは趣味だけにしてくれと言いたいところだ)

 

 無論その反論だってある。

 

 これこそセツカと特別暴力対策課、ひいてはヴァルキューレにできた因縁。

 

 扇皇ゼンヒが、シャーレに全く関係なく出てきたカリスマの一つであること。それはヴァルキューレの治安に対する訴求力及び信頼性を保証するような有能な人間であったことが、セツカを追う原因の一端になっている。

 

 つまりあの学園自体もキリノの功績と、それに追従するかのように活躍するゼンヒによって出来た良いイメージを、薬物の売人達との利益協定で潰す事はしないだろうという予測も立っていた。前者の功績を台無しにすればシャーレの足を引っ張ることにもつながるために、先生が政治というインフラの主柱になっていることを考えると彼を腐らせると未曾有の被害が起こることも考えられる。ゆえに、わざわざ反社と繋がる事は考えられなかった。

 

「考えるだけ無駄だな。どのみち対策があるのかなんて、セツカ本人に聞かないとわからないことだ。こんなことでずっと心配し続けるのは骨が折れる。疲れすぎたな、精神も疲弊してて心配事が尽きない」

 

 もう一口、コークハイを喉に流し入れる。冷たいそれは喉を潤すよりも先に体を冷やす為に粘膜を伝い熱を奪った。

 

 アルコールも入ってて少しばかり気持ちよくなるかと思ったが、ロシア人はそんなことで酔わない。当たり前の話だが、禁酒法の時代に塩と接着剤と水を混ぜて飲んだり、着色料を飲んで肌も紫になるようなアル中国家の人間に売られている控えめのアルコールなんて効きやしないのだろう。

 

「ふっ」

 

 どうにも酔えない自分に酔うように笑いながら、彼女は目を閉じた。

 

 流石に気疲れは体そのものをだるくさせるようで、眠気がようやく回ってきたのだ。ずっと起きていても仕方ない上、外で見張っていても誰も来ないし気配すらない。

 

(そろそろ寝るか、ずっと考えていても余計に明日に響くだけだ。セツカの対策が面白いくらい完璧だったら、本当に気にしすぎなだけだからな)

 

 そうして寝ようとしたその時だ。

 

 なんとなく、後ろから軽い足音が聞こえてくる。

 

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