オルクセン連邦の崩壊   作:芝三十郎

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オルクセン王国史の二次創作。栄光のオークの国、その最後の一日。
原作のネタバレを含むため、WEB版読了後(外伝の随想録シリーズを含む)を推奨。


プロローグ

 生あるものは必ず死し、いかなる国もいつかは亡ぶ。その時がくれば、みな風の前の塵に同じ。不老長寿の魔種族や、彼らの築いた栄光の大国といえども、その例外ではありえない。

 

 ゆえに今、まことに進歩した国が、終末期を迎えようとしている。

 

 

 

〇X時マイナス1時間――首都中央市街

 

 

 都の大路に騎兵が満ちている。その数は二百騎近い。それだけの兵馬が粛として(たむろ)し、白い息を吐いている。

 

 聞こえるのは疎らな蹄の音だけ。騎乗した兵たちは無言のうちに点呼を行い、指示を出し、あるいは受領して、列を整えることができる。全員がエルフ族であるからだ。

 

 しかし馬までもが嘶きをもらさず、待機に焦れての足踏みの他はほとんど無音を保っているのは、異様といっていい。背に乗る兵どもの緊張を感じ取っているのかもしれない。

 

 彼女はそのような部下たちの様子に満足した。白いエルフの肌が冷気に赤らんでいる。

 

 雪が降らなくてよかった、と思っている。

 

 天気予報の通りになっていれば、いくらか難儀したことだろう。路外であれば騎兵は自動車よりも雪に強いが、舗装道に雪が積もれば鉄蹄は滑りやすくなる。彼女が率いる部隊の練度ならば不安は大きくないが、やはり任務には万全を期したいものだ。

 

 もし天気が急変しそうなら、連隊長の指示で携行した馬沓を履かせるようにして――と彼女が思案したところで、一騎がそばに歩み寄ってきた。馬上の人物を認め、彼女はすばやく騎乗で敬礼する。

 

「連隊長」

 

 相手も答礼を返す。二本指を指先まで伸ばし、褐色の額の前で静止させる。騎乗でも一々丁寧に答礼するのが、この連隊長の常である。自然、彼女をはじめとする部下たちもそれに倣っている。

 

 答礼を解いた連隊長は、柔らかな声で彼女に声をかけた。

 

「中隊長、準備はいいようだな」

 

 問われた彼女、第一中隊長も敬礼を解き、短く答えた。

 

「はい」

 

「たいへん、結構だ」

 

 妙だな、と中隊長は思った。この程度の確認は魔術通信のやり取りだけで済む。計画では、連隊長は国防省にいるはずではなかったか。

 

 連隊長はさりげなく兵から離れる方に馬首を向けた。彼女もそれに従う。わざわざ連隊長が来るからには、何か部下指揮官に口頭で話すべきこと――兵には聞かせるべきでない事柄があるのだろうと、当然に察している。

 

 何気ない雑談という体で、中隊長は彼女の上官に話しかけた。上官も彼女と同じく眉目秀麗なエルフ女だが、肌の色には黒白(こくびゃく)の違いがある。

 

「雪がなくてよかったです。しかし、冷えますね」

 

「ベレリアントを思い出すよ」

 

 彼女は怪訝に思った。上官はこれまで、彼女に対してその話題を持ち出すのを明らかに避けていたというのに。

 

 ベレリアント。単に故郷を回顧してのことではない。過去の実戦――ベレリアント戦争のことを言っている。連隊長は、兵卒時代にその戦争で初陣を飾った古強者だ。

 

 件の戦争は白エルフによる黒エルフ虐殺を契機の一つとしている。戦時中、黒エルフはオルクセン王国の尖兵として戦い、白エルフの国の併合に多大な役割を果たした。

 

 戦後、教育に宣伝にと両種族の和解事業が盛んに行われた。しかし過去のわだかまりは戦後百年以上を経ても強く残っている。いくら教育されても、被害者、加害者、あるいはその両方になった生々しい記憶が消えるものではない。エルフ族はもともと極めて長命。その上、以前から低かった出生率が近年さらに急減しており、戦争を知らない戦後世代が僅かしか生まれていない。虐殺と戦争の当事者たちがいまだに社会の中心を占めているのだから、当然、和解の進捗はゆっくりとしたものだ。

 

 そんな中で彼女、第一中隊長は戦後になってから生まれた数少ない白エルフである。元は猟兵部隊の士官だったが、伝統的に黒エルフのみで編制されていたアンファングリア師団が白エルフの配属を認めたとき、真っ先に引き抜かれてきた。すべては政治。急変する国内情勢を受けて行われた種族融和政策の強化、その一環である。

 

 そのような背景のために、戦争世代の黒エルフの連隊長と、戦後世代の白エルフである彼女の関係は、表面的には良好でも若干の緊張を伴っている。連隊長は、自身がベレリアント戦争でどのような経験をしたかについて口を緘して語らない。また彼女の方も、軍にも上官にも秘している外部と連絡をとることがあった。

 

 兵たちからそれなりの距離をとってから、連隊長は職名ではなく階級で彼女を呼んだ。

 

「少佐。君、思ったことはないか。一度くらい訓練ではなく、本物の乗馬突撃をやってみたいとは」

 

「それはまあ、私も今は騎兵ですから」

 

 彼女は曖昧に答えた。実戦での乗馬突撃の経験者は、今やこの部隊でも連隊長、連隊先任下士官のほか、数えるほどしかいない。他の実戦経験者はみな転出して他兵科で栄達するなり、退役して民間に道を求めるなりしている。

 

 連隊長は破顔して言った。

 

「では、楽しむといい。我らの、いや世界でも最後の機会になろうから」

 

「ええ、確かに楽しいですね。我らが祖国を滅ぼすために駆けることになるとは」

 

 彼女は露悪的に言った。ここはオルクセン連邦の首都である。彼女は部下の精兵を率い、同国人をその馬蹄にかけようとしている。

 

 彼女は正面を遠望した。壮麗な建物の頂には、国旗がはためいている。彼女が入営のときに忠誠を誓った旗。守るべき祖国、オルクセン連邦の旗。

 

 その建物を幾千名もが取り巻いている。まごうことなきオルクセンの民たち。種族の差はあれども、みな同じ市民。彼女が守るべき国民。そうであったのに。今や彼女の部隊が襲うべき目標集団に他ならない。

 

 彼らは二群に分かれており、建物の方を向いて騒ぎ立てているか、もう一方の集団と対峙しているかだ。だから背後の大路を静かに近づいて来た騎兵たちに気づいた者は、まだごく僅かしかいない。その者たちは動揺をみせているが、集団全体が事態に気付くにはまだ時間がかかりそうだ。

 

「どちらもすごい数だが、烏合の衆だ。何か恐れん襲撃の、我が蹂躙の意気を知れ、だよ」と連隊長は悠然として言った。

 

 上官がこのような時に見せた諧謔に、彼女は表情をわずかに緩ませて答える。さては、連隊長は若い自分の緊張を解きに来たのかもしれない。

 

「騎兵の誉れですか」

 

 それは騎兵軍種の歌の一節だった。当然の時代の趨勢で、今や歌う者は少ない。明日より後は、もう誰も歌ってくれないだろう。彼女たちがこれからしでかすことを思えば。

 

「お任せください。彼らに教育してやりましょう」

 

「頼むぞ。それで、事後の行動についてだが――」

 

 連隊長は馬を寄せ、彼女の耳元に顔を近づけた。さては、これが本題に違いないと、彼女も身を乗り出す。小声で告げられた内容に、彼女は目を見張った。上官はすぐ元の姿勢になると、悪戯めいた表情で言葉を続けた。

 

「実施の時期と細部は君に一任する。好きにやれ。それと――このことは、あのお方にも伝えてもらいたい。必要な手配りのお願いとともにな」

 

 あっ、と彼女は声を漏らしかけた。表情に恐れがあらわれる。連隊長は彼女が秘していた部外者との関係を、とっくに承知していたのだ。

 

 連隊長は慈しむように言った。

 

「いいか、誤解するな。軍は君を信頼している。私もそうだ。君は立派に任務を果たしてきたし、これからもそうあってくれればいい。これは私の本心だ」

 

 ではな、と言うと連隊長は馬首を前方に向けて馬を進ませた。彼女が返事に窮すると分かっているからだろう。そして何より、突撃の先頭に立つつもりに違いない。

 

 彼女も隊長に続かねばならない。半ばやけになって、再び空を仰いだ。日は中天にあり、雲一つもない。彼女は内心で毒づいた。

 

 何という晴天だ。祖国は落日を迎え、私もそれに加担しているというのに。この裏切り者が。何もかも嫌になる。

 

 だとしても、命令は下った。既に下されてしまった。首都のど真ん中で自国民を蹴散らす悪逆の軍人になれと。その後は、それ以上のものに。

 

 いいだろう。やってやるさ。我が手で我が祖国を、見事に亡ぼしてみせよう――畜生め。それにしても一体全体、どうしてこうなったのだ?

 

 

 

 

(次話「状況認識」につづく)

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