オルクセン連邦の崩壊   作:芝三十郎

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オルクセン王国史の二次創作。WEB版読了後推奨。

あらすじ:群衆に囲まれた大統領官邸では、政軍の首脳陣が情勢を傍観していた。大統領は軍の投入を決意しかけるが…。


状況認識

〇X時マイナス6時間――大統領官邸地下 緊急事態室(シチュエーション・ルーム)

 

 

「どうしてこうなったのか、だって?」

 

 おうむ返しにして、彼、すなわち大統領は呆れていた。首相の長口上に辟易としていたのだ。そのようなことを今さら言いだしても、何にもならない。さりとて、結果がでるのを待つ以外に、今できることが無いのも確かではある。

 

 首相は鬼気迫る表情で続けた。いつもは丁寧に整えられている金髪が脂ぎっている。連邦大統領たる彼に、意見ではなくお説教を試みているようにすら見えた。

 

「――つまりは、あらゆる事態の原因はたった一つ。魔種族の子どもがほとんど生まれないということに尽きるのです」

 

 頭髪を持つことで明らかなように、首相は人族だ。魔種族の国家であるオルクセン連邦において、内政の総責任者たる首相を人間が務めるのは史上初のことである。目下の危機を収拾するためにこの男を抜擢したオークの大統領は、既に自らの過ちを悔いていた。

 

 彼から視線を外した首相は、この部屋――大統領官邸地下の緊急事態室を見回した。大机、多数のディスプレイと通信機器が据えられている。

 

 机を囲んでいるのは政軍の首脳である。政治権力を手放した女王が郊外の王宮に移って久しい現在、大机の首座に席を持つのは当然、連邦大統領だ。

 

 その左には閣僚、右の席には制服組が座っている。閣僚は首相以下、外務大臣、内務大臣、国防大臣、情報局長官。制服組としては、統合参謀本部長と国家憲兵隊長官。その横に並び、首都の治安を預かるヴィルトシュヴァイン警察庁長官が加わっているのが異例だった。

 

 首相を除く全員が魔種族である。この部屋の顔ぶれこそ、いま連邦が陥っている事態の縮図であるように、大統領には思えた。そうだ。分かっている。分かっているのだ。

 

 多くの人族がオルクセン連邦を構成する数多の共和国に流入し、子を産み育て、新たな故国の土となり始めてから既に久しい。今や人間は連邦総国民数の半数に達し、複数の構成共和国で多数派を占めている。

 

 しかし人族にも不満はある。有権者の多数と連邦衆議院議員の五割近くを人間が占めるようになってなお、その他のパワーエリートは魔種族にほとんど独占されていることだ。魔種族の政治家や官僚、経営者などは、数百年間をかけて培った実務経験と豊かな人脈を持つ。それに対し、人間は数十年も働けば引退せざるをえない。となれば、いかなる官庁、軍、企業においても、中堅以上の役職に人間が昇ることはほとんど不可能だった。

 

 現連邦首相は、この不満を背景に成り上がった若手政治家である。「我々人族は二級市民ではない。オルクセン国民だ」と叫ぶ熱狂的な愛国者、雄弁な連邦派として頭角を現した。大統領が彼を首相に抜擢したのは、この事態に対処するための窮余の策だった。

 

 首相はなおも言葉を続ける。責任を押し付ける相手を探しているのは明らかだった。

 

「こうなるのは予期できた。ずっと昔からです。白銀樹の減少が止まらないエルフ族はもちろんとして、他の魔種族の出生率も、経済が成長するにしたがって、近年ますます低下しています。

 

 我がオルクセン連邦は、もはやオークの国でも、魔種族の国家でもない。東南部の共和国ではいまや有権者の五割以上が人間、魔種族はマイノリティーだ。そうなる前に連邦から離脱しようという、一部共和国の策謀は無理もありません。

 

 なにせ、ここに至るまで、連邦政府は何の手も打たなかった――どころか、事態を悪化させる施策にまい進していたのですから。何といっても、前首相が決めた星欧連合への加入が一大失策でした」

 

 星欧連合は経済、社会、ゆくゆくは国家の統合を目指す組織である。加盟国全体を規制する法律を定め、域内の政策を共通化している。

 

 首相は外務大臣に目をやった。ベテラン外交官出身のオークで、前内閣からの留任者である外相は、しぶしぶという体で応答した。

 

「経済の統合に留まらず、星欧諸国の政治統合に踏み出すというのは、時代の趨勢です。私は今でもそう信じていますよ」

 

「今や、国民は挙げて星欧連合嫌いです。先の狩猟法の騒ぎを思い出してください」

 

「まったくの過剰反応ですよ。星欧議会が定めた禁猟期間は、我が国の環境保護にもなるんです。だいたい、いまだに狩猟の慣習を持っているのは大鷲族と巨狼族だけじゃありませんか。メディアやソーシャルネットワークの弊害です。大多数の国民には何の実害もないのに、あんな大騒ぎだ」

 

「利害ではなくアイデンティティの問題だと、国民は思っています」

 

「星欧統合こそ平和への道です。先王陛下の遺言書にもそうある」

 

「あれは、ロヴァルナ連邦の崩壊より後についてあまりに楽天的すぎた。何が預言なものですか」

 

 首相の口ぶりは、ほとんど不敬に類するものである。もしグスタフ王に直接仕えたことのある者がこの場にいれば、眉をしかめるだけでは済まなかったかもしれない。

 

 しかし彼の言い分は事実ではあると、大統領はじめ全員が認めざるをえない。

 

 当初、先王の遺言はかなりの正確さで将来の出来事を予測していた。先見性どころではない。一部の者は、先王には実際に未来が見えたのではないかと半ば信じ、遺言書を預言書と呼んだ。

 

 しかしロヴァルナ連邦の崩壊から十年余りを経過したところで、遺言書は記載された「有効期限」を過ぎた。遺言書はそれ以降についても指針めいたことを記していたが、その内容は奇妙なほど楽観的で、未来は薔薇色とでもいわんばかりだった。歴代大統領や首相はそれでも遺言書を長く支えとしていた。それがまずかった。

 

 首相は、この場にいる全員に加え、先王すらなじるかのように言った。

 

「遺言書の通りならば、世界はかつてない平和を手にしていたはずだった。国境を越えて民が、物が、そして情報が行き来するようになれば。民族の違いも、国境線すら意味をもたなくなる。平和と民主主義が勝利し、戦争とも革命とも無縁の――いうなれば、歴史の終わりがくる。すくなくとも星欧ではそうなると。ところが、現実はどうです」

 

 首相は事態室の壁の一面を埋める無数のディスプレイに目をやった。オルクセン連邦の国営放送局、民放はもとより、キャメロットのCBC、秋津洲(あきつしま)のAHKといった海外テレビ局の画面。さらにはここ連邦首都をはじめ、各構成共和国首都を映すWEBカメラの映像まで。この部屋に居ながらにして内外情勢を一望できるようだ。

 

 その全てが破局を告げていた。国内のあらゆる都市で騒擾が起こっている。群衆が中心市街を埋め、行進し、官庁や議会を囲んでいる。彼ら彼女らは叫び、各々の旗を振り、異なる言語で歌い、そして別の群衆と争っている。既に殴り合いや投石に発展した街もある。

 

 海外の報道局もオルクセン情勢ばかりを報じている。AHKは、ここ大統領官邸を取り囲む群衆たちの様子を。最も権威ある国際報道局であるCBCは、官邸ではなくオルクセン連邦議会の周囲を中継している。

 

 大統領は重々しく言った。

 

「やはり、キャメロット人は物が分かっているようだな。今日、全てを決めるのは議会だ。我々ときたら、今はここで見守ることしかできない。改憲案、我々の最後の希望のゆくえを」

 

 CBCの中継は連邦議会、その元老院の本会議室に移った。投票は終わり、開票結果が院内の電光掲示板に表示される。賛成は半数にも満たない。ディスプレイの中で、元老院議長が宣言する。

 

「反対多数をもって、憲法改正案は否決されました――」

 

 事態室内に無数のため息が漏れる。ほとんど予期された結果であったから、嘆きの声はない。改憲には両院とも三分の二以上の賛成が必要だ。改憲案は衆議院を通過したが、誰もが予測した通り、元老院で否決されてしまった。

 

 二つの議会の決定的な対立。これもまた、いまのオルクセン連邦が抱えている行き詰まりの表れではある。

 

 首相は唇を歪めた。

 

「事は終わりました。元老院は自らを――そして、国全体を改革することを拒んだ。全種族の権力共有(パワーシェアリング)だけが、連邦を立て直す道だったのに。勅任院の時代なら何とでもなったでしょうが、この国の民主主義が国家の統一を放棄したのです。独立運動はもう止められません」

 

 否決された改憲案は、全種族の権力共有(パワーシェアリング)を謳い、その観点から元老院の抜本改革を定めていた。また、あらゆる官庁や企業にも改革を求めている。すなわち、一定以上の職位、一定数の議席に種族割り当てを要請するものだ。人族には多数派に相応しい発言力を。しかし少数派に転落する各魔種族も、その地位を失うことは永劫にないと、そう保証する案であった。

 

 内務大臣は世の全てを恨むような声で言った。元来、彼は改憲案に否定的だったが、それが治安問題の解決につながるならばと、これまで首相に従ってきた。

 

「もともと無理だったのです。あなたの改憲案は人族の優位を固定するものだとしか受け取られなかった。独立派のプロパガンダを阻止できなかったのは痛恨の極みです」

 

 連邦からの独立を主張する勢力は、ほとんど陰謀論めいた言説までばらまいて改憲に反対していた。改憲で連邦体制が強化され、人族優位の意思決定が固定化すれば、独立派が求める星欧連合からの離脱は永遠に不可能になるからである。

 

 首相は肩を落としていった。

 

権力共有(パワーシェアリング)は、少数派になりつつある魔種族の発言権を保証するものでもありました。その恐怖さえ拭えれば、独立など必要なくなるのに。

 

 結局、見ているものが――状況認識が違いすぎるのです。人間と魔種族の間で。政府と議会の間でも。各共和国の間においてすら。この国はもうバラバラだ。

 

 ご覧なさい。もう群衆に伝わったようですよ」

 

 首都を含むあらゆる都市で、群衆が熱狂の度をましていた。特に議場前と大統領官邸の周囲では、民衆が怒号をあげ、警備員たちと揉み合いになっている。

 

 閣僚の何人かが部屋の天井に目を遣る。その騒乱は、この事態室から十五メートルほど上の地上で、いままさに起こっていることなのだ。

 

 内務大臣は冷汗をハンカチでぬぐいながら大統領に言った。もう首相の方は見ようともしない。

 

「閣下、万一のことがあります。ヘレイムにお移り下さい。憲兵隊のヘリが使えます」

 

 ヘレイムとは山脈の名である。この場合は、その地下に建設された防空総司令部のことを指している。最後まで国家指揮中枢を生き残らせるための地下施設だ。十三日危機のときは首相が各省の次官をつれてそこに入った。全面核戦争の恐れがあったからだ。

 

 目前の状況もまた、国家の崩壊の危機には違いない。しかしその原因は核戦争ではない。ゆえに大統領は直ちに却下した。

 

「大統領が、首都の国民から逃げ出す様子をテレビに映すのかね? そうなれば政府は終わりだ。官邸は大統領の主陣地だよ。ここで死ぬならオークの本懐だ」

 

 内務大臣は進言を続けた。

 

「で、では鎮圧を。ヴィルトシュヴァイン警察の全面投入を。国家憲兵隊も」

 

 室内の目線が二人の制服組に集まる。先に口を開いたのは警察庁長官の方であった。

 

「既に総力をあげて警備にあたっておりますが、もはや限界です。市民には角材やら棍棒やらで武装している者があります。警官隊に無理をさせて衝突になれば、警棒だけでは制圧できません」

 

 オルクセン警察は、通常の警官には警棒以外の武装を与えていない。王政時代のサーベルも今は廃止されている。民主化が進む中で、行政権力がもつ暴力である警官の非武装化が進むのは当然のことだった。

 

 この事情はオルクセンに限った話ではなく、他先進国でも同様だ。唯一の例外は道洋の大国秋津洲(あきつしま)だけである。かの国は市民が猟銃を持つことすら忌避する一方で、警官は常に帯銃して当然という、世界的には珍しい規範で知られている。

 

 そのせいでもあるまいが、公私に渡り秋津洲びいきを自認する警察庁長官は言った。

 

「本職はかねてから秋津洲のような治安部隊を要望してきました。しかし政府において却下され続けてきました。国家憲兵隊がある上、警察の重武装化は無用であると」

 

 秋津洲警察が有する対反乱戦部隊のことを言っていた。実に一個師団規模もあるその常設武装警官隊は、隊伍を組んで進み、大盾で市民を殴りつけることで殺さずに制圧する。世界各国の治安関係者にとって羨望の的である。

 

 警察が今さらそのような話を持ち出す意図が、大統領には見え透いていた。責任を政府に、事態対処を国家憲兵隊に押し付けようとしているのだ。このような時に国家の重鎮がすることではないと、彼はその憤りを内心にとどめた。

 

 国家憲兵隊長官、大将の階級をもつオークは、自分にボールが投げられたのを当然に察した。見た目に相応の重々しい声で答える。

 

「憲兵隊は、即応態勢を維持しています。首都のみならず、全土において、です。というよりも――全施設が市民に包囲され、既に籠城中といっていい。いま敷地外に部隊を出せば、市民の反応は予期できぬものがあります。ここ数年、我々は市民の怒りを買いすぎました」

 

 憲兵隊長官はこれまで、強硬手段で独立派を鎮圧をしようと何度も試みてきた。その全てが逆効果だった。

 

 例えば数ヶ月前のある騒擾では、憲兵隊と群衆のもみ合いの中で、運動の主導していた若いコボルト女性が圧死した。死せる彼女は偶像として力を増し、次なる騒擾の勃発と大規模化につながった。

 

「独立宣言のときのことも忘れてはいけませんよ」

 

 首相が述べた嫌みは、その次のターニングポイントとなった事件のことである。国境部の一部共和国で種族主義政権が立ち、選挙公約通りに独立宣言を発布した。彼らは警備部隊を国境に派遣して、独自の国境検問所と税関を設置し、連邦政府のそれらを封鎖した。

 

 連邦政府職員を救出するため、連邦首相の命令で出動した国家憲兵隊は、共和国警備隊とにらみ合いになったが――

 

「現地出身者が次々脱走して、憲兵隊は撤退に追い込まれたではありませんか。あれがまた繰り返されると恐れているのでしょう」

 

 憲兵隊長官は渋面で認めた。思想堅確たるべき憲兵隊においてすら、分離主義の浸透を阻めていないのだ。

 

「その懸念も、残念ながら否定できません。融和のための混合編成が仇となりました」

 

 果てなく続く責任の押し付け合いに、大統領は遂に業を煮やした。

 

「もういい、十分だ。要するに、内政も外交も、全て悪い方向につながってしまったのだ。全ては私の責任だ。星欧連合に加入すれば、豊かな我が国に人族の移民が多数やってくるのは目に見えていた。彼らは低地オルク語を学び、我が国の一員に、少子化を補う労働力になって、国を豊かにしてくれるはずだった。そして我が国は、魔種族の国ではなく、人間を含むあらゆる種族が協和する楽土となる――私は我が国の理想とシステムを信じていたのだ」

 

 星欧連合の根幹は通貨の統一、規制の統一、そして国民の移動の自由にあった。資本と労働力が域内を自由に移動できれば、余る資源が足らぬところへ回り、地域全体を豊かにすると期待された。さらには諸民族の融和、人族と魔族の融和にもつながるに違いないと。

 

 現にオルクセン連邦をはじめとする豊かな国々に多数の移民が流入した。旧ロヴァルナ連邦と東星欧諸国、統一前の貧しさを引きずっている旧東アスカニア、さらには地裂海を越えてイスマイルからも。その結果、経済成長率は確かに向上した。子ども不足のオルクセンにあって移民は貴重な労働力であり、すぐに新たな消費者ともなった。

 

 だが――大統領は悔悟の言葉を続けた。

 

「まさか彼らが――長らく、我らが忘れていたもの、とっくに克服したと思っていたものを呼び覚ますとは思ってもみなかった。種族ナショナリズムが現代に蘇るとは」

 

 いま、各地で魔種族の群衆がそれぞれに別の旗を掲げ、別の言葉で歌い叫んでいる理由がそれであった。統一言語である低地オルク語ではなく、古来の――ドワーフの、エルフの、コボルトの言葉で、彼らは叫んでいる。我が種族に自主を。独立を取り戻せ。

 

「それは大統領や、まして移民たちの責任ではありませんぞ。独立派の策謀です」

 

 反論というより、大統領を弁護するつもりで、そう発言したのは外務大臣である。彼もまた、自分自身の理想をまだ信じたいのだろうと大統領は思った。

 

「独立派たちは移民への反感を利用して、各共和国議会を乗っ取ってしまいました。彼らは狡猾にも、真っ先に文化と教育の委員ポストを押さえたのです。そして学校教育や図書館に介入して、排外運動と種族差別を煽り立てていった――」

 

 それは移民が多い、東部及び南部の共和国でまず起こった。公教育が独立派の影響下におかれた結果、絶滅すら危惧されていた種族別言語の話者が急増した。伝説が、民話が、新たな文学がそれぞれの言語で多数出版された。音楽も同様である。逆に、排外主義や陰謀論を批判する書籍は図書館に入らなくなった。種族融和を訴えるイベントは公共施設の利用を拒否された。

 

 かくて、魔種族同士の対立までが先鋭化した。連邦において様々な魔種族は混在して暮らしている。構成共和国は地理的区分に過ぎず、種族区分ではない。ゆえに例えばドワーフが多数を占める共和国がドワーフ種族主義を掲げて独立したとすると、そこではオークやコボルトが少数種族と化す。彼らはその未来に恐怖し、共和国内部での自治権を得るため、種族の結束を強めた。

 

 このような動きに対し、比較的移民の流入が少ない構成共和国を中心に、国家の統一の維持を唱える者たちが立ち上がった。彼らは連邦派を自称し、独立派への反対運動を展開した。かくて共和国間でも対立が起こった。

 

 オルクセン国民という一体性は、こうして急速に解体された。そして今、星欧連合からの離脱運動、各共和国の独立運動、さらに各共和国内の自治権運動までもが入り乱れ、互いに罵り合っている。もともと諸種族が分散交錯するモザイク国家であるオルクセン連邦は、全土に騒擾の火種を持つことになった。

 

 元老院と衆議院が対立しているのも、こういうわけだった。有権者の数に応じて選挙区が割り当てられる衆議院議員は、いまや半数近くを人間が占めている。人族は経済成長を優先し、また種族共存の理念を信じて、連邦制を改革しつつ維持しようとしている。

 

 一方、共和国ごと同数が選ばれる元老院議員は、未だ半数以上を魔種族が占めている。そのほとんどは独立派であり、連邦を捨てることで人族移民の増加を止めようとしている。

 

 まったく皮肉なことに、いまやオルクセンの現体制を守ろうとしているのは人族の方なのだ。大統領の理想通り、人族の多くは正しくオルクセン国民となったといっていい。

 

 しかしその人族の輿望を担って就任した首相の政策はことごとく裏目に出た。いまや同族からの支持すら失った男は言った。

 

「今は過去を振り返るときではない。行動し、事態に対処すべきときです。一挙に、かつ徹底的な制圧が必要です。でなければこれまでと同じ、火に油です。

 

 大統領、私は全土に渡る戒厳令の布告を提案いたします。警察、憲兵に軍部隊を加えて、全土の騒擾を一挙に鎮圧するのです」

 

 大統領は目を剥いた。

 

「戒厳だと。この国はそんな手段を拒否するだろう。支持するわけがない。君は、こんなありさまなら、民衆はどんな独裁者でも支持する気になると思っているのか」

 

 これまで暗い表情で沈黙を保っていた国防大臣が発言した。昔とは異なり、オルクセンにおいても文民が国防大臣を務めるようになって久しい。

 

「わ、私も反対です。国軍の銃を国民に向けてはなりません。軍の本務にもとります。それに、それに、統制上の懸念は軍も同様です」

 

 大臣は、彼の真向かいに座る統合参謀本部長に目をやった。本部長は淡々と言葉を述べたが、内心の苦衷を完全に隠せてはいない。

 

「遺憾ながらその通りです。ただし、首都防衛軍団の中にはいくらか、まだ信頼のおける部隊があります。首都近郊に限っての戒厳であれば、動けると思って頂いて結構。彼らは、連邦の理念に命を捧げると覚悟しております。同種族に銃を向けることになっても――」

 

 大統領は身を乗り出して発言を遮った。

 

「私が案じるのはその後だ! 将軍、信頼のおける部隊、といわれたな。その部隊が民衆に銃を向けた後、信頼のおけない部隊が政府に従ってくれるとは思えん。最悪の場合、国軍相討つことになるではないか」

 

 同じ軍服を着た兵同士が銃砲を向け合う姿を彼は想像した。燃え盛る町や村も。

 

「閣下、軍としては、実行可能な選択肢を提示するのを義務と心得ますので、敢えて申し上げたまでです。私も個人としては、国民に銃を向けるなど考えたくもない」

 

 首相が両手を机に打ち付けて立ち上がった。

 

「国民とは、路上で暴れている者達ではありません。奴らは暴徒に過ぎない! 守るべきは、戸を閉ざし、家の中で震えている罪なき国民の方です。大統領、大衆の声なき声に耳を傾けてください。ご覧ください。火の手があがっている」

 

 ディスプレイ内の光景、そのいくつかは騒擾というより騒乱というべき有り様に移行しつつある。ある構成共和国では政庁に火炎瓶が投げつけられはじめた。オルクセン連邦議会前では、独立派と連邦派の市民が道路の舗装をはがし、互いに投げつけあっている。

 

 頭から血を流しているオークが大写しになる。彼は怒りに燃え、両腕を振り回して敵する側の市民へ突進する。その後ろに幾人もの群衆が続く。突進を受けた人間たちが幾人も跳ね飛ばされる。事態は急速に悪化しつつある。

 

 言葉を続ける首相の顔は蒼白であった。机についた手が震えている。

 

「閣下、このまま静観すれば、状況はますますジリ貧になると目に見えています」

 

「ジリ貧を避けんとして、ドカ貧に陥るのではないかと、それを懸念するのだ。行きつく先は内戦で、多くの民衆の血が流れることになるんだぞ。諸外国の反応も未知数だ。北星洋条約機構の介入すらありえる。外務大臣」

 

 外務大臣は、この会議の間に一回り老け込んだような顔で答えた。

 

「今朝方、キャメロットの外相に感触を確かめましたが、こう言っておりました。『一般論として、オルクセン問題の武力による解決は認められないが、キャメロットはオルクセン連邦政府及びその領土の一体性を支持する』と。これはつまり、統一維持のための強硬手段を容認していると思われます。ほか諸外国はむしろ、この騒擾が国際連盟本部に及ぶことを懸念して、早期安定化を求めております」

 

 大統領はさらに別の味方がいないかと室内を見回した。しかし新たな発言者はなかった。首相はなおも彼に迫る。

 

「一生に一度は、高い舞台から飛び降りることも必要です。国家の統一が危機に瀕しているのです。種族衝突を煽る者、地域国境を変更させようとする者、少数派を迫害しようとする者、そして連邦脱退をはかる全ての運動に対して、断固たる方針を示すときです」

 

 大統領は窮した。

 

「私の、いや政府の方針は――」

 

 言葉を切り、瞑目する。ああ。このようなときに、この席に座る者が自分でよかったのだろうか。

 

 しばしの沈黙の後、彼はついに言った。

 

「まずは軍をもって首都の治安を回復し、政府の決意を示す。大統領と首相の連名で首都圏に戒厳令を――」

 

 決定的な指示は、しかし、ドアが開く音で阻まれた。ノックもせずに入ってきたのは大統領秘書官の一人である。血相を変えている。

 

「た、たいへんです。陛下が、女王陛下がお見えになりました! 直ちに閣議室に全員参集するようにとの仰せです」

 

 大統領は何を言われているのか分からなかった。彼の前任者たちは、国家的な危機に際して必ず女王のもとに参内して密に報告したものだ。しかし彼の代になっては、そのような慣習さえ過去のものになっている。女王はとうの昔に政治権力を手放し、国家の象徴としての公務も順次大統領に委ねてきた。今では大統領と面会するのも就任式などの重大行事だけだ。

 

 だからすっかり失念していた女王について、彼はようやく思い出した。彼女は首都郊外ケーニヒスガーデンの旧夏離宮のはずだ。そちらに暴徒はいない。怒れる民衆にとっても、彼女はもはや過去の存在。現体制の一部とはみなされていないのであろう。

 

 だからといって、そこから官邸まで自由に来られるはずがない。

 

「ここは包囲されているんだぞ。いったいどこから」

 

「空です」

 

 状況を認識できず、戸惑うばかりの大統領に対し、秘書官は青い顔で言い直した。

 

「女王陛下は、ヘリコプターからパラシュート降下してこられたのです! 御前会議の開催を求めておられます!」

 

 

 

 

(次話「行動方針」につづく)

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