オルクセン連邦の崩壊   作:芝三十郎

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「オルクセン王国史」原作のネタバレを含む。WEB版読了後を推奨。pixivで連載し、完結したものの転載です。

あらすじ:内戦前夜の首都に降り立った女王ディネルースは御前会議を開く。彼女は自らの方針を明かし、行動を開始する。


行動方針

〇X時マイナス5時間――首都 大統領官邸

 

 

 女王は、首都に低空侵入した王室輸送隊のヘリコプターからパラシュート降下した。正確に大統領官邸の屋上に着地する。先に降りていた女王警護隊の面々が屋上の各所に伏せ、周辺を警戒している。

 

 女王は手早くパラシュートを外すと、警護隊が蹴破っておいた屋上出入口から官邸内に侵入した。あるいは、帰還した、といってもいい。

 

 この大統領官邸はかつて国王官邸と呼ばれ、彼女が伴侶たる国王とともに起居し、執務した場所だ。彼女がこの建物を政治権力とともに大統領に譲った後、情報技術の発展に伴って様々な機器やケーブル、それらの管理設備が増設されていた。しかし、建物の基本構造には手が加えられていないから、彼女にとっては未だ勝手の知れた我が家である。

 

 女王は驚く官邸職員たちに、大統領をはじめ要人たち全員を地上の閣議室に呼ぶように指示をだした。彼らが地下の事態室に籠っていることは予見できていた。

 

 自分は先に部屋に行って閣僚たちを待つ。当然のように閣議室の首座に座ると、彼女は瞑目して活発に魔術通信を飛ばしはじめた。まず、後から降下してきた彼女の腹心に警護隊の指揮を委ねた。次いで確認するのは全般状況だ。――各所の報告を総合すると、今少しの時間が必要ではあると分かった。

 

 閣議室の扉が開き、大統領以下の閣僚や将軍たちがどやどやと入ってくる。みな、青い顔で冷汗を浮かべている。

 

 席にも座らず、大統領は彼女にしきりと辞を低くして言った。

 

「ご親臨を賜り、恐懼の極みにございます。お預かりした祖国をかような有様となしたこと、まことに」

 

「君たちに国政を預けたのは主権者たる国民だ。私ではない」

 

 大統領も、そのほかの者たちも一瞬唖然とする。無理もない。立憲君主である女王は政府高官に対して丁寧な態度で接するのが常だった。王国時代と異なり、閣僚たちは彼女の輔弼の臣ではなく、主権者の代表だからだ。

 

 だから女王が政府に指示を出すのは、自分一身の扱いに関係することのみだった。それ以外で政治意見を述べることはない。よほどの大事にあっても、あくまで質問や感想といった形で意向を仄めかすにとどめてきた。

 

 しかし――今の彼女は、柔和な立憲君主の役柄を脱ぎ捨てたようだった。閣僚たちを座らせると、手短に大統領に尋ねる。

 

「それで、状況は」

 

「か、改憲案は否決されました。騒擾は活発化しております。一部共和国では暴徒同士の衝突に。首都の治安も、制御が難しくなっております。まことに――」

 

「謝罪なら無用だ。政府の行動方針はどうなっている?」

 

 矢継早に尋ねる、その口調は立憲君主ではなく指揮官のものだ。列席している現役軍人たち、統合参謀本部長と国家憲兵隊長官が、はて、という顔になる。

 

 両将軍は彼女の服装をみている。パラシュート降下してきたからには、ドレスではなく軍服。ただし王族用の大礼服ではない。現代の感覚ではずいぶん華美に見える、王国時代の騎兵将校の軍装。襟についた階級章は少将のそれ。彼女が王と結婚して退役する前、ベレリアント戦争時の軍服だった。

 

 この服を纏って、心身とも往時に戻ったかのように、女王は生命力にあふれていた。対する大統領は青い顔で、しかし少しは冷静さを装って答えた。

 

「直ちに鎮圧し、ご宸襟を安んじ奉ります。政府としましては、首都圏に戒厳令を布告し、信頼できる部隊を投入して首都の治安を回復する方針です」

 

「兵を民に向けるのか。連邦軍に、暴徒鎮圧用の装備や訓練は多くはあるまい」

 

「騒擾が大きすぎ、一挙に鎮圧するには憲兵だけでは不足だと報告を受けております。とにかく首都だけは早期に安定化しませんと、内外からの信用を失います。断固として鎮圧する姿勢を示さねばなりません」

 

「鎮圧、安定化か。ふむ――」

 

 女王は視線を天井にやって思案を巡らせた。そう見えるように振舞った。

 

「その後はどうするつもりだ。国民の怒りは根深い。一時の鎮圧で収まるなら、ここまでの事態になってはおらん」

 

「それは――おっしゃる通りです。しかし改憲案が元老院を通る見込みがない以上、治安維持の強化によるほかはないと考えます」

 

 大統領の視線を受けて、国家憲兵隊長官が発言した。

 

「憲兵隊としては、これまでの反省を生かし、暴徒たちの首魁を突くつもりでおります。反体制運動には明確な指揮系統はありませんが、ネットワークを監視することで、情報の結節点にいる工作員どもを特定できました」

 

 女王は嗜めるように言った。

 

「発想は分かるがな、長官。言葉に気を付けたまえ。彼らは反乱分子ではない」

 

「お言葉ですが、分離主義者です! 祖国に牙をむいております。敵性国家に洗脳されているのです」

 

「それは陰謀論――いや、そうか。彼らの背後にも、我が国を転覆する策謀が存在すると、そう疑っているのか」

 

「欺瞞情報は現に、国外から多数流入しているのですぞ!」

 

 ディネルースは眉間を指で揉んだ。破局の遠因、その一つを遅まきながら見つけた思いだった。治安機関は、冷戦時代の経験に縛られているのだ。そのころオルクセンで起こった過激な市民運動は、確かに東側が糸を引いていた。それらのうち先鋭化したものは真に市民社会に根差したものではなく、一般大衆からは冷めた目で見られていた。だから治安機関は、世論を伺いつつも、時には果断な弾圧を行って治安を回復した。

 

 それが成功体験になった。善良な市民は体制に従順なもの。そうでないとすれば、それは敵性国家の策謀に違いないと、そう決めてかかる癖がついている。ここ数年というもの、強硬策を濫用して火に油を注いだ原因はそれに違いない。過激な運動を叩いて治安を回復すれば、大衆は支持してくれると思い込んでいるのだ。

 

「反対と反逆を混同してはいかん。独立主義者たちは反逆者ではない。ただ自分たちの権利を守ろうとしているだけなのだ」

 

「祖国なくして、何の権利ですか!」

 

 そうか――女王は今にして気が付いた。この国のエリートたちは有能で献身的だが、真に自らの権利のために立ち上がった市民と相対する経験だけは欠いているのだ。専制君主から民主的な欽定憲法を授かるという、世界に類をみないほど徹底した上からの民主化で出来上がった国家、オルクセン連邦。その選良たちであるから。

 

 だからボタンの掛け違いが起こった。だとすれば今日の破局、その源は――

 

 

 グスタフ。私たち夫婦は、そうなるまいとはしたが、やはり過保護な親だったのかもしれない。与えるだけでなく、いつか乗り越えられるべきだったのではないか。

 

 私たちに子がいれば、そう悟ることができたのかも。自らは子を成せず、白銀樹の根本に赤子が生じるのを待つことしかできない、このエルフの身が今更に恨めしい。

 

 ベレリアントでは、その白銀樹も地力を使い果たし、再び数を減らす一方だという。色々な工夫が試されているが、成功したとは聞かない。

 

 ああ、まったく。なにもかも、遡ればこれだ。子どもがいない。未来がなくなった理由は、やはりそこに尽きるのかも。

 

 だとしても――貴方が遺したものは、私が守ってみせる。

 

 

 彼女は閣僚たちを見回した。

 

「諸君。私の夫は、二つのものを残した。民主主義と種族平等だ。いまやその二つが相食もうとしている。それが今日の破局の正体だ。これを抑えられないのは、一概に諸君の責任ではない。この国のシステムが限界にきているのだ。だから私が来た。私の行動方針を示そう」

 

 閣僚たちは身構えた。女王がこうも明確に自分の意志を示すのは憲政始まって以来だ。

 

 女王は決然とした口調で続けた。

 

「首都の安定化は必要だが、首都防衛軍団を動かしてはいかん。正規軍は暴徒鎮圧には向かない。この上、兵が民を殺せば、内戦は避けられぬ」

 

 大統領が反問する。すがるような声だ。

 

「それでは、何をもって」

 

 女王はにやりと笑ってみせた。

 

「銀翼空を駆けるとも、我に千里の駿馬あり、さ。一連隊を投入すればいい」

 

 一連隊。どこの師旅団にも第一連隊はあるが、単に「一連隊」とだけ言えば、それはアンファングリア装甲師団所属の騎兵第一連隊のことである。

 

 かつて騎兵旅団、後に騎兵師団となったアンファングリアは、今では完全装甲化されている。装甲師団への改編時、第一連隊だけは騎兵のまま残された。過去の戦争での武勲を讃えてのことだ。

 

 無論、現代戦で馬が役に立つはずはない。純粋な儀礼用である。栄光の部隊名を冠し続けるためにアンファングリア師団の一部に留まっているものの、それは名目上だけのことだ。実際の部隊の動きは行事を統括する国防省総務局が決めている。かつて雄敵の心胆を寒からしめた栄えある騎兵部隊は、いまや国家行事の一装飾となった。その用途のため、一連隊は師団主力からは遠く離れた首都至近、部隊創設の地であるヴァルダーベルクに帰還した。

 

 この編制は、現実政治には容喙しない女王が、珍しく漏らした内意に従ったものだった。その意向は政軍の指導者たちの愛国心とロマンチシズムに強く訴えたし、民衆の共感も呼ぶに違いなかった。だから政府は女王の内意を自らの思い付きのように公表し、その通りに実施した。現に国民は喜んだ。誰もが満足した。

 

 この一連の措置で、首都近郊に衛戍しながらも首都防衛軍団の指揮を受けない、ただ一つの実動部隊がうまれた。その意味を深刻に考えた者は、ひとりもいなかった。現代の騎兵に儀礼以外の使い道があるとは思わなかったからだ。

 

 しかし、女王はそれを解説した。

 

「キャメロットやその旧植民地に騎馬警官隊というものがあってな。これがてきめんに効くのだ。銃を撃たなくても、乗馬突撃の迫力だけで群衆を崩せる。開いた穴に警官なり憲兵なりを突っ込ませれば、制圧完了だ」

 

「そ、それは――確かに、効果はありそうですが」

 

 大統領以下、閣僚たちは互いに顔を見合わせた。

 

 疑問を呈したのは内務大臣だ。

 

「しかし、一連隊だけでは、地方の騒擾はどうにもなりませんぞ。首都さえ抑えれば自然に収まるとお考えでしょうか」

 

 先ほどそう主張したのは君たちではないか――とは、女王は言わなかった。分かっている。政府も、閣僚たちも、軍に憲兵に警察も、すでに限界なのだ。誰も彼もが全力を尽くして、それでもどうにもならない。それどころか、全員が努力すればするほど、事態が悪い方へ転がっている。システムの限界だ。

 

 だから彼女は、その方針を伝えた。

 

「いいや。私はオルクセン連邦を廃止し、各構成共和国を独立した主権国家として認める」

 

 閣僚たちは表情を硬直させたが、女王は気にせずに言葉を続けた。

 

「星欧連合との関係はそれぞれに決めることになるが、ほとんどの共和国は離脱を選ぶだろう。連邦軍は順次縮小しつつ各地に割り振るとして、当面は北星洋条約機構に指揮権を預けるのがよかろう」

 

 大統領が震える声で言った。

 

「なんということを。そ、そんなことは認められません。改憲案でさえ議会を通らなかったのに。連邦の解体なんて認めるわけがない」

 

「だろうな。だから私は君主大権をもって議会を停止する。その上で、現行憲法の廃棄を国民に宣言しよう。我が国はもう一度、かつての専制君主国に逆戻りして――そして亡びるのだ」

 

「先王陛下が遺され、あなた様が育まれた国ではありませんか!」

 

 ディネルースは遠くを見るような目になった。表情が少し和らぐ。

 

「グスタフが――私の牡が遺したかったものは、国自体ではないのだ。もともとオルクセンは寄り合い所帯。迫害された魔種族が生きるために身を寄せ合ってできた。エルフィンドを併合したのも、大戦の時代を生き残るため。『すべては生存のために』、それがあの牡の理念だった」

 

 大統領はびくりとして、思わず胸を抑えた。その内ポケットには一枚の紙切れが入っている。グスタフ王に直接仕えた経験をもつ第三代大統領から、代々受け継がれたもの。

 

 そこには彼女が口にした国王の言葉が書かれていると、女王は知っていた。だがこの国の体制は、いつの間にか、その主語を忘れてしまったのだ。

 

「生きるべきは国ではなく民。魔種族が自由に生きる権利のために、我らの国はある。しかしいま、この国の形がそれを邪魔している。

 

 だとすれば――オムレツを作るにも、先に卵を割らねばならない。まして、ひな鳥が生まれようとしているとあれば。卵は命を育み、いつか割られるために存在するのだ」

 

 女王は椅子から立ち上がった。

 

「今がその時だ。自ら割れてやろうではないか。内戦がおこる前に国の形を捨て、自由な民をこそ無事に遺すのだ。

 

 ああ、言い遅れたがな。一連隊には既に命令を発してあるぞ」

 

 大統領が血相を変え、国防相に視線を向ける。他の閣僚たちも同様だ。

 

「わ、私は何も存じません。全軍は待機のままです」

 

 国防相の弁解に続き、女王は平然と語った。

 

「知らなかったかな。私はいまでもアンファングリアの名誉旅団長なんだ。それに今の一連隊長は、ベレリアントで戦場を共にした戦友でな。大昔の旅団長の命令を素直に聞いてくれたよ。たった今、首都への展開を終えた。だから諸君に、事態室から離れてもらったのだ」

 

 そう言って彼女は、時ならず懐かしそうに眼を細めた。閣僚たちは騒然としている。発言したのは軍人のトップ、統合参謀本部長だ。

 

「そ、それは――そんな馬鹿な! いかに陛下といえども、軍を勝手に動かされるなど憲法違反ですぞ。それは、それとも、まさか――」

 

「分かって貰えたか。これはクーデターだ。入れ!」

 

 閣議室のドアが開く。突撃騎銃(アサルト・カービン)を構えた幾名もの女王警護隊員が駆け入り、閣僚たちに銃口を突きつけた。オーク用の肉厚の手錠を手際よくはめていく。

 

「諸君と駄弁っている間に、官邸内は制圧してある。なにせ私は反動的な専制君主だからな。手段を選ぶ女だとは思わないことだ。事が終わるまではここで拘束させて貰う」

 

 言いながら、女王は閣議室の入口まで歩いた。そこで身を翻し、閣僚たちに告げた。

 

「すまんが、諸君の仕事は終わりだ。これ以上はつき合わせてやらぬ。これは私の作戦行動なのでな」

 

 閣議室を出ると、彼女は足早にバルコニーへ向かった。外につながる扉を開け放つと、吹き込む冷気が彼女を包んだ。蹄の音が聞こえた。遠望すれば、騎兵一個中隊が彼女に向けて大路を歩んできている。

 

 彼女の懐かしき古巣、その末裔たちだ。女王はサーベルを抜き、しばしのあいだ高々と掲げた。そして振り下ろす。

 

 それを認めた騎兵中隊はたちまち楔形を形成すると、雄叫びをあげて駆けだした。馬蹄の音が鳴り響く。突進する兵馬。その圧倒的な存在感に、官邸を囲む群衆は悲鳴をあげて逃げ散った。

 

 自ら開いた道を悠々と通り、騎兵たちは懐かしき旅団長を迎えた。指揮官の方針に従い、行動に移るために。

 

 

 

 

(次話「実施段階」に続く)

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