ゴジラが黒色矮星を木端微塵に吹っ飛ばした話   作:よよよーよ・だーだだ

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1、ゴジラ=プラネテス仮説

「……西暦1954年。我々人類は、初めてゴジラと遭遇しました」

 

 がらんとした大教室に、先生の声だけが響いている。

 出席している学生はわずか5人ほど。そのうち3人は居眠り、残り1人はスマートフォンに夢中だ。そして最後の1人であるわたしひとりが、先生の講義に耳を傾けている。

 

「以来、ゴジラは我々人類の歴史に大きく関わってきました。『怪獣黙示録』のはじまり、キングギドラ来襲時における『怪獣大戦争』の勃発、時には敵、時には味方……ゴジラは、我々人間の見方に応じてその立ち位置を変えてきたのだとも言えます」

 

 最前列で居眠りをしている学生が、先生の声に少し体を動かしたものの、すぐにまた寝息を立て始める。後ろの列からは、シャカシャカとイヤホンから漏れる音が聞こえた。

 けれど意に介さず、先生は話を続ける。黒板に、『怪獣黙示録』におけるゴジラの出現年表と、その際の人類の活動を書き込んでいく。

 

「まず注目すべきは、ゴジラの出現パターンです。ゴジラは無差別に都市を破壊するわけではありません。その多くは、人類による深刻な環境破壊や行き過ぎた核実験……そういった地球への介入に対するカウンターとして、ゴジラの出現は捉えられています」

 

 続いて先生は地球の断面図と、ゴジラの体内構造図を並べて描いた。

 

「さらに重要なのは、ゴジラの体内で起きている現象です。モナークの調査によれば、イーウィス族の古い伝承におけるゴジラの呼び名は『星を吞む怪物』。その呼び名の通り、ゴジラの心臓部である体内原子炉における核エネルギー反応と、地球のコアで起きている現象の間に、驚くべき類似性を見出しました」

 

 先生の手描きによって黒板に並べて描かれた、ゴジラと地球の図。

 ……ゴジラと地球。それら両者のどこがどう似てるのか、わたしにはよくわからないけれど、まあ、似ていると言われればなんとなく似ているような気もしないでもない。

 そんなことを思いつつわたしがノートを取る中、先生の講義は続いてゆく。

 

「ゴジラの体内原子炉は、まるで小さな地球のように機能しています。その中心部の温度、圧力、そして核反応の性質は、地球のコアと酷似しているのです。これは偶然とは考えにくい。これらのデータが示唆するのは、ゴジラとは地球という惑星の意思が具現化した存在ではないか、ということです」

 

 スマートフォンに夢中だった学生が、何かの通知音と共に笑い声を漏らしていた。

 そしてわたしはというと、ノートの余白に先生の名前を書いてしまい、慌てて消していた。教室では今日もわたしだけが、先生の言葉に耳を傾けている。

 先生は、そんな閑古鳥に構うことなく板書を続けてゆき、そして結論に至る。

 

「人類による環境破壊が限界点に達したとき、地球は自らの縮図とも言える存在を生み出した。それがゴジラなのではないか……これが『ゴジラ=アース理論』、現在のモナークの研究ではそのような見解が主流です」

 

 そう締めくくったところで、ちょうど終業のベルが鳴った。

 途端に目を覚ました学生たちは、欠伸をしながらぞろぞろと教室を出てゆく。その背中たちを見送りながら、先生は次の授業について予告する。

 

「……さて、次回は、ゴジラの体内における核融合反応と、地球コアのエネルギー生成メカニズムの比較分析について、詳しいデータを示したいと思います。では次回まで、ごきげんよう」

 

 ……最後まで誰も聞いてなかったな。

 

 

 その日の夕方。薄暮の中、わたしは学部棟の階段を上っていく。

 窓から差し込む夕陽が、薄暗い階段に橙色の光の帯を作っている。最上階。ここにあの人の研究室がある。

 古びた扉に、こんなプレートが貼られていた。

 

『特任准教授:マキ=ゴロウ』

 

 このプレートはいつもどおり、今日も少し傾いたままだ。その下には、先生らしい手書きの付箋。

 

『ゴジラ出現時および緊急時以外は常駐。緊急連絡先:Gフォース本部』

 

 ……付箋の文字が少し褪せているのを見て、(張り替えた方がいいかもしれない)とちょっと思った。

 深く息を吸って、そっとノックする。

 

「……ああ、開いてるよ」

 

 扉をノックすると、先生の声が返ってくる。中から聞こえた応答は、いつもより少し疲れているように聞こえた。

 

「失礼します」

 

 そう告げて扉を開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。

 ……書棚には分厚い地学、物理学の専門書が並び、その合間を縫うように、世界中から集められたゴジラの写真や新聞記事が貼られている。

 机に向かったまま、“先生”はパソコン端末の画面をスクロールし続けている。

 

「ここの数値がこうで、こう、だとするとあそこはこうで……」

 

 先生が見上げるパソコンのモニターには、複雑な数式の行列が並んでいた。講義で話していたゴジラの体内原子炉、その熱量解析だろうか。集中している時の先生の背中には、いつも不思議な力強さがある。

 わたしは先生に呼びかけた。

 

「先生、今日の講義の資料をまとめてきました」

 

 そしてわたしはノートを取り出す。誰も聞いていなかった講義だが、それでもわたしは助手として、きちんとノートを取り続けていた。

 そこで先生はやっとモニターから目を離し、わたしの方へと振り返る。

 

「ありがとう、オクムラ。君が聞いてくれているおかげで、私も安心して研究を続けられる気がするよ」

 

 ……いえ、どういたしまして。そう会釈で答える。

 当人からすれば何の気もない一言なのだろうが、わたしはその言葉に、少しだけ胸が熱くなってしまうのを感じた。嬉しい、特にこの人に褒められると。

 そんなわたしの胸の内など露知らない先生は徐ろに立ち上がると、奥の実験台へと歩み寄った。

 

「実はな、オクムラ。君に見てもらいたいものがあるんだ……」

「あ、あの!」

 

 わたしは慌てて申し出る。ふらついた足取り、先生が疲れ果てているのは一目瞭然だった。

 

「その前にコーヒーを淹れましょうか」

「ああ、すまない。助かるよ」

 

 研究室の隅にある小さなコーヒーコーナーへ向かう。ここはわたしの小さな誇りだ。いつも先生に美味しいと言ってもらえるコーヒーを淹れられる場所。豆を挽く音を聞きながら、わたしは密かな幸せを噛みしめる。

 

「……どうぞ、先生」

「ありがとう、オクムラ。相変わらず君の淹れるコーヒーは最高だよ」

 

 先生はコーヒーを一口飲むと、満足そうな微笑みを浮かべた。その仕草に、わたしの胸が少しだけ躍る。

 実験台の前で、先生は新しいモニターを指差した。複雑な波形が、規則正しい律動を描いている。

 

「この放射線の波形、まるで星の鼓動のようだろう?」

 

 先生の声が、かすかな興奮を帯びている。

 わたしは黙ってうなずく。確かに波形には不思議な律動があった。

 

「ゴジラは地球の意志なんだ。私たちの想像を超えた、惑星そのものの化身。だから私はあのゴジラをゴジラ=アースと名付けた。そして……」

 

 先生の言葉が途切れる。先生は宇宙の彼方を見るような目つきになる。わたしの鼓動が早くなる。いつもこの表情の後には、先生の大胆な仮説が続くのだ。

 

「この果てしない宇宙には、もっと進化した存在がいるはずなんだ。地球のゴジラよりも更に強大で、宇宙を旅して、星と星の間を自由に渡り歩ける存在。私はそれを“ゴジラ=プラネテス”と呼びたい」

「より進化したゴジラ、ゴジラ=プラネテス……ですか」

 

 先生の仮説を反芻するわたしに、先生は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ああ。ゴジラがもしもこの惑星の枠組みを超えたら、あるいは……ということもあるかもしれないと思ってね」

 

 そう応える屈託のない笑顔に、わたしの心は再び高鳴る。

 ……ゴジラ=プラネテス。途方もない話だが、この仮説を語る時の先生の声にはどこか魔法のような力がある。次々と紡ぎ出される専門用語や理論の糸は、わたしの理解をはるかに超えているのに、不思議と心地よく響いてくる。

 だからわたしはこう答えた。

 

「きっと先生は正しいです。わたしもそう信じます」

「……そうか。ありがとな、オクムラ」

 

 マキ=ゴロウ博士。

 この人が描く壮大な仮説(ゆめ)の先にはきっと、誰もが見たことのないような素晴らしい景色が広がっているのだろう。

 

 

 北大西洋上空、高度600メートル。

 荒れ狂う濃紺の海面に、白い波頭が無数の牙のように連なっている。突風に煽られた雪片が、回転灯の赤い光に照らされて一瞬の火花のように輝く。ヘリコプターの機体が、強い海風に揺さぶられていた。

 

「……目標との距離、4000。針路、陸地の方角へ」

 

 灰色の雲からは、みぞれ混じりの雪が渦を巻いて降り注ぐ。視界は時折完全に白く閉ざされ、計器に頼らざるを得ない状況が続く。吹雪に洗われる前面ガラスの向こうで、レーダーが捉えた巨大な反応は、着実に大陸棚へと向かっていた。

 現在の予測進路では、6時間以内にアイスランドへの上陸が予測される。それを阻止するのが、ジャック=ペルランたちGフォース第6機動部隊の任務だった。

 

「Echo-1、移動物体、深度150メートルを維持」

 

 スクリーンには明瞭な反応。目標は一定の深度を保ったまま、驚異的な速度で進んでいる。

 

「各機、陽動作戦を開始する」

 

 ジャックの命令に呼応して、5機の攻撃ヘリが隊形を組み替えていく。海中の目標を陸地から遠ざけるため、魚雷による狙撃で進路を妨害する。それが作戦だった。

 轟音が海を揺るがす。

 巨大な水柱が立ち上がり、その中心から黒い巨体が姿を現した。身長50メートル、体重1万トン。予測を遥かに上回るスピードでの浮上。背びれが鈍い光を放ち、灰色の空に不吉な影を投げかける。

 影の主の名は、ゴジラ。

 

「対空散開! 上昇!」

 

 ペルランの叫び声と共に、攻撃ヘリが散開する。

 だが、遅かった。

 青白い光線が、暗い空を切り裂く。かろうじて回避したジャックの視界の端で、Echo-4がゴジラの放射熱線に呑み込まれた。爆発の閃光と共に、若いパイロットたちの悲鳴が通信機に駆け込んでくる。

 

「Echo-4!」

 

 返事はない。スクリーンからは、一機分のドットが消えていた。

 荒れ狂う海面に、炎上する機体の残骸が落ちていく。通常の上陸パターンとは全く異なる行動。まるで、彼らの戦術を読み切っているかのように。

 

「各機、高度2000まで上昇!第二散開陣形!目標を沖合へ誘導!」

 

 背後で副操縦士のリサが計器を凝視している。「船体に高熱反応。放射線量、上昇中」

 轟音が響く。ゴジラの咆哮が、衝撃波となってヘリを揺らす。塩を含んだ海風が機体を叩き、視界を悪くしていく。

 

本部(HQ)、こちらEcho-1。目標、予定航路から外れず。通常の牽制が効果なし」

 

 間髪入れず、本部からの応答。

 

「了解、第三機動部隊が15分後に到着予定」

 

 ……15分か。吹き付ける暴風と大怪獣による猛威の中、それは永遠にも感じられた。

 だけど、呑み込むしかない。ジャックは奥歯を噛みながら応えた。

 

「……了解。各機、第二段階の牽制に移行」

 

 ジャックの声に、迷いはなかった。ここで俺たちが引いたらどうなる。あのデカブツを、ゴジラを、何としても陸地から遠ざけねばならない。

 だからジャックは声を張り上げた。

 

「Echo-2、Echo-3、左右から魚雷投下。Echo-5、援護を頼む!」

 

 指揮官の指示に息の合った動きで、残る4機が新たな陣形を作る。

 魚雷が次々と海の中へと吸い込まれていく。水柱が立ち上がる度、ゴジラの進路は僅かに変化する。効果は限定的だが、これ以外の選択肢はない。

 

 ……ブォン。

 

 ゴジラの背びれが不吉な輝きを増す。

 荒れ狂う海面に、その姿が影絵のように浮かび上がる。その存在は、人智を超えた自然の力そのものだった。

 頭上では灰色の雲が黒みを帯び始めていた。局地的な気圧の変化か、海が一層荒れ始める。この天候では、増援の到着も遅れる可能性がある。

 ジャックが覚悟を決めたとき、激しい振動が機体を揺らした。

 

「目標、急上昇!」

 

 リサの声が、緊張に震えていた。巨大な水柱が再び立ち上がる。ゴジラの背びれが、青みを帯びた光を放っている。全ての計器が一斉に警告を発し始めた。

 

「各機、最大出力で後退!」

 

 ……だが、予想された攻撃は来なかった。ゴジラは、ただそこに立っていた。

 ……何かがおかしい。ジャックは直感的にそう感じた。Gフォース兵士として培ってきた長年の戦闘経験が、全身に警告を発していた。

 すぐさま我に返ったジャックは操縦桿を握り直し、目を細める。見れば、ゴジラの背鰭の発光パターンが、明らかに通常と異なっている。

 

「リサ、背鰭の発光パターンは?」

「通常の熱線射出前とは異なります。周期が不規則で……待って、これは」

 

 リサの言葉が途切れた時、ジャックにも異変が見えた。背鰭の明滅がまるで不規則な警告灯のように点滅を繰り返し、レーダー画面にも不可解な乱れが走った。

 波高20メートルを超える荒波が、大怪獣ゴジラの半身を叩きつける。灰色の空からは、みぞれ混じりの強風が吹き付けていた。視界は悪化する一方だ。

 それでも、ゴジラの姿は明確に見えた。あまりにも明確に。

 

「各機、警戒を厳重に。何かがおかしい」

 

 20年にも及ぶジャックの戦場経験が、全身に警告を発していた。今のゴジラは、明らかに様子がおかしかった。

 ゴジラは逞しい猪首を持ち上げ、頭上を見た。猛禽のように鋭い、ゴジラの巨大な双眸が空の彼方を見つめている。地上の敵など眼中にないかのように。

 そして、ついにその時が訪れた。

 

「ゴジラが、去ってゆく……?」

 

 吹き荒ぶ風雪の中、ゴジラの巨体は身を翻し、海の底へと沈んでゆく。

 横殴りの雪と氷片が、青白く光る背鰭の周りを渦巻く。濁流と吹雪が交錯する中、最後に長い尻尾が水面を打ち鳴らす。視界を遮る雪の帳の向こうで、レーダーの反応は深度を増していった。」

 

「目標、急速潜航! 深度100……200……」

「回避行動を取っているのか?」

「違います。これは……深度500……まだ潜航継続中です!」

「針路は?」

「方位0-1-5。完全に北極方向です。フラム海峡の深海へ向かっています……!」

 

 ゴジラの背鰭の青白い光はぼんやりと見えていたが、それもやがて深海の闇へと消えてゆくばかりだった。

 ……ジャックは、無意識に唇を噛んでいた。ゴジラが沈んだあと、海の渦は徐々に弱まっているように見えた。あの野郎、俺たちなんて歯牙にも掛けてねえ。

 

「HQ、こちらEcho-1。目標、予期せぬ行動パターンを示しました」

『こちらHQ、Echo-1、状況を説明せよ』

「目標は自発的に撤退。繰り返します、目標は自発的に撤退。深度1000を超え、ナンセン海盆方向への潜航を継続中」

 

 通信機に沈黙が流れる。

 やがて、重い声が響いた。

 

『……Echo-1、了解した。追尾は継続せよ。第三部隊は既に展開中』

 

 その時にはレーダー上の反応は更に弱まっていた。深度2000。北極海の深層へと沈み込んでいくキングオブモンスターを、もはや追跡することは不可能だった。

 視界は更に悪化していた。雨は横殴りとなり、風速は70ノットを超えている。作戦続行は危険な領域に入りつつある。

 加えてゴジラは、人類が未踏の地下空洞を行き来するという。このままヘリで追い駆けても、いずれは逃げられてしまうだろう。

 

「……やれやれ」

 

 ジャックは深いため息をつくと、氷点下で凍った吐息がきらきらと光っていた。そしてジャックは通信機のスイッチを入れた。

 

「Echo-2、Echo-3、Echo-5。作戦を中止する。基地に帰還せよ」

 

 機体を旋回させながら、ジャックは最後にもう一度、ゴジラが去ったあとの海面を見つめた。海は相変わらず荒れているが、ゴジラがいた名残りは欠片も残っていない。

 

 ……作戦は成功と言えるのか、失敗と言えるのか。

 確かにゴジラの上陸は阻止された。しかし、Gフォースの戦術が功を奏したわけではないのは明らかだ。

 

 ジャック=ペルランが培ってきた怪獣との戦いの中で、こんな撤退は見たことがなかった。あの暴れ狂うしか能のないデカブツが、ゴジラが、何もしないまま北極海の深淵へと消えていった。何もかも全てが従来の戦闘パターンから外れていた。

 

「帰還進路、針路1-8-0」

 

 リサの声に頷きながら、ジャックは静かに呟いた。

 

「上陸を阻止できたのは良かった。だが……」

 

 その続きは口にしなかった。

 吹雪混じりの暴風が機体を揺らす中、ジャックの胸に去来したのは、古参パイロットならではの直感だった。

 

 これは終わりではない。何か途方もないことが始まろうとしている――直感がそう告げていた。




続きます。プラネテスって「惑星」のことなんですけど、「彷徨うもの」って意味もあるそうです。かの天体たちが天動説では説明できない奇妙な軌道を描いていたために、「宇宙を彷徨って惑わしているように見えるから」というニュアンスがあったそうな。

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