ゴジラが黒色矮星を木端微塵に吹っ飛ばした話   作:よよよーよ・だーだだ

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2、妖星の接近

 その夜、パロマー天文台の観測室は張りつめた静寂に支配されていた。200インチのヘール望遠鏡が静かに宇宙の奥深くを見据え、その巨大な瞳に星々の光を捉え続けている。

 

 主任研究員のホリー=G・ロールズは、数時間にわたりデータを淡々とチェックしていたが、不意に彼女の指先が震えた。

 

「これは……」

 

 画面上をゆっくりと進む光点。その軌道は、これまで確認されたどの天体とも異質だった。

 ロールズは急いで同僚たちを呼び寄せた。観測室に研究者たちが集まり、皆が新しく発見された天体のデータに見入っていた。

 

「彗星……いや、小惑星でもない」

「軌道が不自然だな。加速度が一定じゃない」

「この質量と速度……そんな馬鹿な!」

 

 それはまるで。

 皆の視線がデータと画面を往復する中、一人の若手研究者が思わず呟いた。

 

「……意思を持って、地球に近づいてきているかのようだ」

 

 

 その星の名は、〈ゴラス(GORATH)〉と名付けられた。

 直径は30キロメートル程度、旧約聖書に登場するペリシテの巨人ゴライアス(GOLIATH)をもじる形で名付けられたという。

 通常の天体物理学では説明のつかない動きを見せるゴラスは、巷で「妖星(ようせい)ゴラス」の異名で呼ばれるようになった。

 

 わたしがそれを知ったのは、テレビのニュース番組だ。 

 夕方の情報番組『スーパーニュースアワー』で、新発見の天体として報じられたのが最初だった。コーヒーを淹れていたわたしの耳に、テレビの声が飛び込んでくる。

 

「……続いて科学ニュースです。アメリカのパロマー天文台が、特異な軌道を描く未確認天体の発見を報告しました。ゴラスと名付けられたこの天体は……」

 

 キャスターの声に重なるように、CGの映像が画面に広がった。真っ黒に燃え滾る不気味な火の玉が、宇宙空間をゆっくりと進んでいく映像が映し出される。

 それから差し込まれる「怪事件勃発、全世界に非常警報発令! 地球は狙われている!!」「恐怖の黒色矮星ゴラス、地球に激突か!?」というテロップ。その恐ろしげな様相に、わたしは思わず身を竦めてしまう。

 ところが、横からツッコミが入った。

 

「……もう、いい加減にして欲しいよね」

 

 実験機材の掃除をしていた助手仲間のササキ=マリコが、瓶底眼鏡をクイクイさせながら溜息を零していた。わたしの同期、天文物理専攻のマリコは、こういったニュースの“演出”が大嫌いだ。

 

「だって見てよ、この安っぽいCG。ゴラスが黒色矮星だなんて公式の発表はどこにも無いのにね。それにもし本当に黒色矮星なら、表面温度なんて数千度もないのにあんな風に燃え滾るわけないじゃない。視聴率稼ぎのためなら、物理法則も無視しちゃうのね」

 

 マリコは実験器具を乱暴に拭きながら続ける。

 

「そもそも、まだ質量も軌道も確定してないのに黒色矮星だなんて……ま、そんなことより」

 

 マリコは突然口元を緩めた。

 

「ねえ、ナオちゃん。今朝も資料室でマキ先生とすれ違ったみたいだけど、()()()()()()()()()()()

「え!? わ、わたしは、別に……」

 

 思わず声が上ずる。確かに今朝、資料室の入り口で先生とバッタリ会った。でもわたしは、資料の整理に行っただけで……。

 

「もう、いつまでその片想いを続けるつもり? 地球だって、太陽の周りをグルグル回ってるだけじゃあないのよ」

「マリちゃん!」

 

 慌てて声を押し殺す。幸い、他の学生たちは自分の研究に没頭していて、この会話に気付いていないようだった。

 

「そんな、変な喩え話……」

「変じゃないわよ。だって地球だって、公転しながら少しずつ太陽に近づいてるんだから。ゴラスみたいに急接近はしないけどね」

 

 マリコは意地悪く笑う。

 

「それに、地球に近づく天体なんて、実は毎年何百個もあるの。ニアミス天体ってやつ。その度に大騒ぎしてたら研究なんてできやしない。先生への想いを伝えるほうが、よっぽど建設的だと思うんだけどなあ~」

「も、もうっ……!」

 

 燃え滾るゴラスのように顔が熱くなるのを感じながら、わたしは慌ててデータの整理に目を戻した。

 

 

 

 

 ところが、その後もゴラスに関するニュースは途切れることなく続いた。最初は夕方の情報番組のワンコーナーだったものが、日を追って徐々にその扱いを変えていった。

 

「ヨーロッパ宇宙機関ESAの観測により、天体ゴラスが地球の6,000倍の質量を持つことが判明。万一、地球へ衝突した時の影響について国際連合宇宙局は……」

「アメリカ航空宇宙局NASAは本日、ゴラス特別調査チームの編成を発表。観測データの分析を……」

「各国の天文台による新たな観測結果から、ゴラスの進路に……」

 

 連日のように流れるニュースの深刻度が増してゆくにつれて、さすがのマリコも軽口を閉ざすようになっていた。もう誰も、安易な天体の冗談を言わない。

 そして、運命の放送が流れた。

 

「臨時ニュースをお伝えします。NASA、ESA、そして日本の宇宙航空研究開発機構JAXA、国際連合宇宙局は共同記者会見を開き、天体ゴラスの軌道に関する最終計算結果を発表しました。それによりますと……」

 

 次の瞬間、研究室の空気が凍り付いた。

 

「約2年後、ゴラスが地球と衝突する確率は、97%を超えるとの判断が示されました」

 

 わたしの手から、ピペットが滑り落ちる。ガラスの割れる音も、誰も気にしていないようだった。

 誰もが呆然と画面を見つめる中、マリコがポツリと呟いた。

 

「だ、だって、ニアミス天体じゃ……」

 

 その声は、先日までのオタクらしい冷静さを失っていた。実験台の上で、マリコの手が小刻みに震えているのが見えた。

 ……そして皮肉にも、研究室の窓から見える夕暮れの空は、いつもと変わらない美しさのままだった。

 

 

 

 その日から、世界は急速に変わり始めた。

 翌日、研究室から帰る途中、いつもは人けのない深夜のマルイチスーパーが、異様な熱気に包まれているのに気付いた。自動ドアをくぐると、汗の匂いと共に、かちゃかちゃという買い物かごの音が耳に飛び込んでくる。

 棚から商品を掻き集める音が絶え間なく響く店内は、まるで初売りのような熱気に包まれていた。長期保存が利く食品の陳列棚は、特に混雑が激しい。サトウのごはん、マルちゃん正麺、ニチレイの冷凍食品、ホテイのやきとり缶――次々と商品がカートに投げ込まれていく。

 

「いいから、とにかく手当たり次第に!」

「賞味期限は気にしなくていいから、全部入れて!」

「水は一人五本までですって! 冗談じゃないわ!」

 

 客の声が飛び交う中、ついに店内放送が鳴り響いた。

 

『お客様にお知らせいたします。申し訳ございませんが、カップ麺、レトルトカレー、サバ缶、お米は完売いたしました。なお、お一人様あたりの購入点数を制限させていただいております……』

 

 ……いったい、何が起こっているのだろう。半ば呆然と見つめていると、不意に声が掛かった。

 

「あ、ナオちゃん! こっち、こっち!」

 

 振り返ると、マリコの姿があった。籠いっぱいに商品を詰め込んでレジに並びながら、わたしの方に手を振っている。

 その後ろに出来ているものを見て、これまたわたしは驚いてしまった。

 

「なにこれ……」

 

 普段なら数人しかいない深夜のレジに、50人は超えるだろう長蛇の列ができている。

 彼らの買い物かごには、いつもの食材に混じって大量のレトルト食品が積み上げられていた。クノールのカップスープが10個、サンヨーのどん兵衛が1ケース、明治の森永ビスケットにカロリーメイト。まるで登山の装備のような内容だ。

 

「マリちゃんまで、こんなに……」

「だって見てよ。あと30分もしたら、棚が空っぽになるわよ」

 

 マリコが指差した米売り場には、既に底が見える程度まで商品が消えていた。5キロ入りの袋だけが残され、重たいのを避けてか、客たちは2キロ入りを奪い合っている。飲料水の棚は更に悲惨で、奥のウーロン茶とトマトジュースを除いて完全に空だった。

 レジ前では、店長らしき中年男性が、興奮した客たちを前に必死に説明していた。

 

「申し訳ございません。本日の入荷分は全て出し切っております。明日は朝8時の開店と同時に、新しい商品を……」

「明日まで待てないでしょう!」

「いつ品切れになるか分からないんだから!」

 

 外に出ると、路上は渋滞でごった返していた。

 普段なら閑散としている深夜の環七通りが、避難しようとする車で大渋滞を起こしている。首都高への入り口に向かう車列が1キロは続いているだろうか。青信号でもほとんど動かない。交差点では軽自動車とワンボックスカーが接触事故を起こし、興奮した運転手同士が怒鳴り合っていた。パトカーのサイレンが近づいてくるが、この渋滞では現場にたどり着くまでに時間がかかりそうだ。

 見上げれば、道路沿いのマンションでは、深夜にもかかわらず多くの部屋に明かりが灯っている。誰もが眠れない夜を過ごしているのだろう。ベランダからは、段ボール箱を運び出す音が響いてきた。

 

「……スーパーはダメね。コンビニもきっとダメでしょう」

 

 コンビニに寄ろうとしたが、ファミマもセブンも、既に品出しを諦めたのか、シャッターが下りていた。営業時間短縮を告げる張り紙には、寸分の隙もない几帳面な文字で「品切れ多数」と記されている。24時間営業を謳っていた看板が、異様な暗さを放っていた。

 109前の大型ビジョンでは、各地の混乱を伝えるニュースが流れ続けている。新宿のヨドバシカメラに殺到する買い占め客。羽田から飛び立つ、満席の国際線。品川駅で押し寄せる帰省客の波。世界中が同じような状況に陥っているようだった。

 アパートに着くと、隣室から荷物を運び出す音が聞こえてきた。

 

「運び出して、はやく、はやくぅ!」

 

 重いピアノを運ぶような音に混じって、夫婦の諦めたような会話が漏れ聞こえる。不動産屋「ハウスメイト」の店頭には「緊急売却」の物件広告が次々と貼り出されており、3LDKで800万円だった物件が、その日のうちに600万円まで下がっていった。

 

 部屋に入って、スマートフォンを確認する。インスタもツイッターも大騒ぎになっていた。「#ゴラス」「#人類滅亡」「#地球最後の日」といったハッシュタグが次々とトレンド入りし、デマや噂が飛び交っている。食料備蓄のリスト、地下シェルターの場所、南半球移住計画——現実味のない投稿の数々に、人々の不安が滲み出ていた。

 

 人類に残された時間は、約2年。

 交差点に設置された大型スクリーンには、カウントダウンを始めたデジタル時計が大きく映し出されていた。冷たく光る青い数字が、残された時間を刻々と削り取っていく。

 その音が、まるで人類の終末を告げる時を刻んでいるかのようだった。

 

「こんなに買い込んでも、逃げ出しても、今さらどうしようもないのにね」

 

 そんなぼやきは、何処ともない闇夜に消えていった。

 

 

 

 そんな日々を過ごしていた、ある日のこと。

 いつものとおり授業――地球の終末が確定したからか、受講しているのはとうとうわたし一人きりになってしまった――が終わって、先生の研究室に赴くと、先生はなにやら荷物をまとめていた。

 

「あの、先生、どちらか行かれるんですか?」

 

 先生がGフォースに呼ばれたり、でなければゴジラ関連のフィールドワークで出掛けてゆくのはよくあることだった。

 先生はいつものとおり、飄々と答えた。

 

「ああ、南極に行くんだ」

「南極……ですか」

 

 なんだか、胸騒ぎがした。

 研究室に漂う異様な空気に、わたしは思わず声を詰まらせた。いつもは論文や資料で溢れかえっている先生の机が、今は妙に整然としている。

 先生は机の上の書類に目を落としながら、事も無げにこう答えた。

 

「ああ、Gフォースからの要請でね」

 

 外からは相変わらずパニックに陥った街の喧騒が聞こえてくる。クラクションの音、サイレン、人々の叫び声。でも、この研究室の中は、まるで時間が止まったように静かだった。

 その時、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。

 

「……センセー!」

 

 マリコが息を切らして飛び込んできた。

 両手に抱えたタブレットの画面には、アメリカの科学誌のウェブサイトが表示されている。真っ白な南極大陸を背景に、巨大な円形の建造物が写し込まれていた。

 

「見てください、これ!」

 

 マリコが差し出したタブレットには、アメリカの某科学誌のウェブサイトが表示されていた。"Secret Project in Antarctica: Human's Last Hope?"という見出しの下に、衛星写真らしき画像が掲載されている。巨大な円形の建造物が、真っ白な大地に浮かび上がっていた。

 それを見て、先生の表情が一瞬、強張る。

 

「……そうか、もう報道が始まったか」

 

 先生はゆっくりと立ち上がると、研究室のテレビのスイッチを入れた。画面には国連事務総長:ダイゴ=ナオタロウ氏の緊急会見が映し出される。世界各国のプレス関係者が詰めかけた会見場は、張り詰めた空気に包まれていた。

 ダイゴ事務総長は軽く咳払いして注意を引いてから、口を開いた。

 

『人類の英知を結集し、この未曾有の危機に立ち向かうべく、本日、国際連合は〈地球最大の作戦〉の実施を決定いたしました』

 

 続いてニュース速報のテロップが、画面下を這うように流れていく。

 

『地球の軌道変更による衝突回避計画、正式決定』

『南極に巨大推進装置建設へ』

『各国の科学者を緊急招集』

 

 その瞬間、全てが繋がった。

 先生の南極行き。

 南極で建設されている円形の建物。

 極秘書類。

 地球最大の作戦。

 そして、先生のポケットから覗く「ゴジラ=プラネテス仮説」のファイル。

 わたしは先生を見た。黙ってテレビを見つめている先生に、わたしは訊ねた。

 

「……それで、南極に行かれるんですね」

「……ああ」

 

 わたしの問いに、先生は正直に答えてくれた。

 

「地球を救え、とさ。大学の授業はさっぱり人気が無いのにな」

 

 それから先生は、机の上の書類に目を落とした。極秘と書かれたファイル。きっとこの『地球最大の作戦』とやらに関連する資料だったのだろう。

 ちょうどそのとき、先生のスマートフォンが鳴り響く。画面にはGフォース特別科学局の文字。

 

「はい、マキです……」

 

 受話器の向こうから、短い指示が伝えられる。博士は何度も頷きながら、白紙のメモ用紙に走り書きを重ねていく。

 

「分かりました。では明日、現地で……」

 

 ……その言葉を聞いた瞬間、わたしは突拍子もないことが思い浮かんだ。

 ゴジラの姿を追いかけていた先生との日々。実験室で何度も失敗を繰り返しながらも、決して諦めなかった研究の数々。時には突拍子もない仮説を立てては、周りから笑われても黙々と検証を続けていた先生。

 その全てを、わたしは傍で見てきた。時には理解できないこともあった。ついていけないと思ったことだってあるけれど、いつも先生の姿に純粋な研究への情熱を感じていた。

 そして今、先生は人類の命運を賭けた戦いに身を投じようとしている。

 わたしにできることなんて、たかが知れている。でも、この研究室で積み重ねてきた日々は、きっと無駄ではないはず。わたしにも、できることが――。

 だから言った。

 

「わたしも行きます!」

 

 自分でも驚くような大声が、喉から飛び出していた。マリコが「え?」と声を上げる。研究室に重い静寂が降りた。夕暮れの光が、窓から斜めに差し込んでいる。

 そして先生は、電話を切りかけた手を止めた。

 

「オクムラ……」

 

 先生は驚いたような、そして少し困ったような表情を浮かべた。

 けれど、わたしは既に決意を固めていた。震える声を必死に抑えながら、一歩前に踏み出す。

 

「先生が書き上げた『ゴジラ=プラネテス仮説』。あの時は、誰もが荒唐無稽だと笑いました。でも、その全ての資料に目を通し、データを整理してきたのはわたしです。先生の研究の全てを、一番近くで見てきた人間として――この作戦に必ず、お役に立てるはずです!」

 

 こんなの、出るに任せて喋っただけだ。

 だけど喋ってしまってから、実は意外と筋が通っていることに気づいた。

 ……この『地球最大の作戦』、そんな壮大な実験に科学顧問として呼ばれた先生の傍には、はたして誰がいるべきなのか。

 そんな歴史的瞬間に、誰が先生の傍にいるべきなのか。

 誰が、先生の研究を一番理解しているのか。

 誰が、先生の夢物語だと笑われた仮説を、一緒に検証してきたのか。

 答えは、一つしかなかった。

 ……そうだ。本当に地球が救えるかどうかなんて分からない。命の保証もない。それでも、わたしはそこにいなければならない。ゴジラ=アースの研究から関わってきたのは、この研究室では先生の次にわたしなのだから。

 けれど先生は言うのだった。

 

「ダメだ、危険すぎる」

 

 そう言って、先生はわたしを()(とど)めようとする。

 

「南極だぞ? しかも、前例のない作戦だ。命の保証なんて……」

「だからこそですっ!」

 

 これまでの全てが、この瞬間のためにあったような気がした。

 散らかった机で資料を片付けながら聞いた先生の話。時には眉をひそめながらも、黙々と実験データを整理した日々。周りから笑われても諦めなかった研究の数々。全ては、ここに繋がっていたんだ。

 外では、パニックに陥った街の喧騒が続いている。避難する車のクラクション、サイレン、人々の叫び声。世界は少しずつ、確実に終わりへと向かっていた。

 けれど、この研究室の中だけは違う。カウントダウンを刻む青い光の下で、時間が止まったかのように静かだった。

 わたしはなおも続けた。

 

「先生の研究を一番近くで見てきた助手として、これは譲れないんです。ゴジラ=アースのデータを整理してきた者として、人類の未来を賭けたこの実験に、わたしも……」

「……仕方ないなあ」

 

 そう呟いたのはマリコだった。振り返ると、わたしの親友もまた意を決した様子だった。

 マリコは言った。

 

「ナオちゃんが行くなら、わたしも行きます」

「ササキ、おまえまで……!」

 

 先生は心底驚いていた様子だったが、マリコは飄々と、分厚い眼鏡をクイクイ持ち上げながら言うのだった。

 

「だって先生の助手というならわたしもですし。それに見てみたいじゃあないですか、あのゴラスをどうにかしてやる瞬間だなんて」

 

 そうあっけらかんと言い切ってみせるマリコに、先生は唖然としていた。すかさずわたしも畳みかける。

 

「単なる助手、それも一学生の押し付けがましい要求かもしれません。でも……」

 

 カウントダウンを刻む街頭の大型スクリーン。その青い光が、研究室の薄闇を照らしていた。

 

「先生の研究を理解している人間が、一人でも多く必要なはずです!」

「お願いしますっ、先生!」

 

 そんなわたしたちを前にして先生はしばらく考え込んでいたが、やがておもむろに口を開いた。

 

「……いいかい、最後のチャンスだよ」

 

 そう言って、先生は疲れたように椅子に腰を下ろした。

 

「今から考え直してもいい。これから先はもう、後戻りはできない。この任務は、少なくとも1年。下手をすれば、もっと長くなる。家族や友人にも会えない。何より――」

 

 先生は言葉を選ぶように、一瞬黙り込んだ。

 

「誰も成功を保証できない。最悪の場合、私たちも――」

「構いません!」

 

 わたしたちは先生の言葉を遮って即答した。声が震えないよう、必死に力を込める。

 

「覚悟はできています。それでも行きたいんです」

「……そうか」

 

 先生は静かに立ち上がると、キャビネットから真新しいファイルを取り出した。それは他の資料とは明らかに違う、特別な厚みを持っていた。

 

「……これが、明日の会議資料だ。読んでおいてくれ」

 

 その答えを聞いて、わたしたちはその場で飛び上がりそうになった。

 これは、つまり、そうだ。

 

「つまり、行ってもいいんですね!?」

「ああ、そういうことだ」

 

 喜色満面のわたしたちに、呆れ半分の、だけど内心満更でもなさそうな笑顔でウィンクしながら先生は応えた。

 

「……まあ、これを読んで気が変わらなかったらの話だがね」

 

 そして、わたしたちは先生から「極秘」と書かれた例のファイルを読むように促された。パラパラと目を通したとき、わたしたちはその場で仰天することになる。

 だって、その内容が、

 

「地球をジェット噴射で移動させる、ですって……!?」

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