ゴジラが黒色矮星を木端微塵に吹っ飛ばした話   作:よよよーよ・だーだだ

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3、Geo-Shift Engine

 それから数日後。わたしとマリコは、先生――マキ=ゴロウ博士と共に国連本部の特設会議室にいた。

 

「地球を動かすなんて、本気ですか?」

 

 半信半疑のマリコの問いに「理論上は可能だ」と先生は答えた。

 

「実際、モナークとGフォースが共同で進めていたプラズマ核融合推進プロジェクトを応用するらしい。地球そのものの磁場を制御し、膨大なエネルギーを用いて軌道を少しずつ変える……前例はないが、もしやるとしたらこれしかない」

 

 見渡してみれば、ロビーには世界中から集まった科学者や軍関係者、要人たちがひしめき合い、まるで博覧会のような喧騒だ。

 ひとりひとりが目の下にクマを作りながら、険しい表情で議事進行を見守っている。人類存亡を賭けた作戦が、いよいよ正式に動き出す。張り詰めた空気が会場全体を覆っていた。

 

「さあ、入るぞ」

「は、はい、先生!」

 

 入室すると、まず目を奪われたのは円卓の中心に据えられた巨大なスクリーン。

 そこには地球儀が映し出され、その南極大陸に赤い円が描かれている。円の直径は約三キロメートル。スクリーン上には「地球移動エンジン“Geo(ジオ)-Shift Engine(シフト エンジン)”建設予定地」と大きく表示されていた。

 壇上に並ぶのは各国の要人たち。その中央へ立った国連事務総長ダイゴ=ナオタロウ氏が、静かに胸の前で手を組む。世界中のニュースカメラが一斉にフラッシュを焚いた。

 ダイゴ事務総長が口を開いた。

 

「……皆さん、よくお集まりいただきました。ご存知のとおり、天体ゴラスは2年後、非常に高い確率で地球に衝突する見込みです。現在のあらゆる兵器や技術では破壊はおろか、衝突コースの回避も困難と判明しました。ですが……われわれ人類は、まだ諦めてはいません」

 

 一瞬の沈黙。

 スクリーンの地球儀がズームインされ、南極大陸の氷原がアップになる。そこに重ね合わされたのは、まるでSF映画のような円形の巨大プラットフォームの設計図だった。

 

「南極大陸に、全長三キロメートルに及ぶ巨大ジェット噴射装置を建造する。それによって、地球をゴラスの進路からわずか0.1度だけ逸らす計画……通称『地球移動計画』です。ほんの0.1度のずれとお思いでしょうが、数千万キロ先で衝突コースを大きく逸脱させる可能性があります」

 

 会場がざわついた。ざわめきは決して軽いものではない。

 次いで壇上のNASA代表が前に進み出て、力強く言葉を継ぐ。

 

「南極大陸の地下資源と新開発の核融合炉技術、そしてプラズマ噴射技術を組み合わせる。残された時間はわずか2年間。建設には相当な労力と資源を要しますが、国際社会が協力すれば不可能ではないと、私たちは信じています」

 

 その壮大さに、わたしは息をのむ。

 本当にすごい計画だ。いつだったか、テレビのドキュメンタリーで環境保護を訴える番組があった。タイトルはたしか『宇宙船 地球号』。もともとは経済学の用語だと聞いたことがあるが、まさにそれを実行してしまおうだなんて。

 横でマリコが、タブレットを操作しながら小声で唸った。

 

「……氷床を掘削して地下施設を作るだけでも膨大な作業量よ。それなのに、ジェット噴射装置を組み上げて軌道を変えるなんて、本当に間に合うのかしら」

 

 不安気なマリコの声音を聞きながらふと隣を見ると、先生が深刻な面持ちでスクリーンを見つめている。かつてゴジラ研究に没頭する姿しか知らなかったこの人が、今はまるで“地球工学”の第一人者のようだ。

 壇上の会議がいったん休憩に入り、空気が少しゆるんだところで、先生はわたしたちを廊下の片隅へと誘導する。そして低い声で切り出した。

 

「オクムラ、ササキ……この計画は文字どおり、地球を救うための作戦だ。だが……」

 

 先生は言いにくそうに瞼を閉じる。

 

「問題は、ゴラスが単なる“隕石”じゃない可能性があることだ」

 

 ゴラスが隕石じゃ、ない? どういうことだろう。

 

「ゴラスは天文物理学に背いた軌道を描いて地球に接近している。普通の隕石ならそんなことは起こらない。しかし……」

 

 言葉を濁す先生の口振りでわたしも思い至る。もしや、ゴラスは……?

 

「ゴラスの正体が新種の宇宙怪獣かもしれない、ということですか……!?」

 

 わたしは自分の言葉にぞっとする。先生は苦々しく頷いた。

 

「……何事も『起こらない』に越したことはない。でも、最悪の事態も想定しなくてはならない」

 視線をやった廊下の先では、各国の軍人や研究者が書類を手に激しく議論を交わしている。

 建設プランの詰めかた、物資輸送の優先度、予算争い……どれも切実だ。いま、ここで世界の命運が動いている。

 

「それに、脅威はゴラスに限らない。ゴラスがただの隕石だとしても、他の怪獣が横やりを入れてきただけでも計画が崩壊する恐れがあるからな」

 

 だけど、それでも。先生は言う。

 

「やるしかない。ゴラスは待ったなしだからな」

 

 ――ゴラスの衝突まで、あと2年間。

 やるしかない。背水の陣だ。先生もマリコも、迷いを捨てて前を向いている。わたしも自然と胸が熱くなった。

 

 

 

 そして一週間後。わたしたちは、世界中の科学者・技術者とともに南極へ降り立った。

 氷点下数十度という極寒の内陸部。太陽が低く照らす白い大地には、すでに「Geo-Shift Engine」建設のための重機がずらりと並んでいた。各国の軍隊や作業員が昼夜を問わず運び込まれ、南極点に近い一帯はにわかに大きな“街”と化している。

 

 資材倉庫やプレハブの仮設ラボが所狭しと立ち並び、無数の国旗が氷原の風に翻っていた。

 そこに建てられた一棟が、わたしたちの研究拠点“特別ラボ”である。厚い金属板と断熱材で守られたコンテナ群を連結し、広めの作業スペースとコンピュータ室が確保されていた。

 

「……うわぁ、正直、大学の研究室よりずっと豪華じゃない?」

 

 タブレットを片手にマリコが苦笑する。スペースこそ狭いものの、最新鋭のホログラム装置や大型ディスプレイが並び、高性能サーバーの冷却ファンが低い唸りを上げている。

 先生は寒さに身を竦めながら、防寒パーカーのフードを被り直した。

 

「資金ならふんだんにある。なにしろ人類が生き延びるためだからな……時間については心許ないが、何とかやるしかない」

 

 ここ南極に結集した世界の叡智は、想像以上のスピードで建設を進めていた。すでに円形の基礎部分は氷床を突き抜けるように作られ、核融合炉の搬入も始まっているという。

 地球を丸ごと動かす――頭では分かっていても、その途方もなさに眩暈がしそうだ。

 けれど時間は待ってくれない。まさにゴラスは待ったナシだ。

 わたしたちは凍えた指先で次々と資料をめくり、計算式とにらめっこしながら、現場の作業員たちへ指示を繰り出していった。

 

「先生、北区画の地質スキャン結果が届きました。やっぱり岩盤が脆くなっていて……」

「そうか……ならば南西側の区画を優先するしかないな。予定していた核融合炉モジュールを、そっちに移すか。ササキ、燃料配分の再計算を頼む」

 

 マリコが素早くタブレットを操作し、測量班からの追加データを取り込み始める。

 わたしは先生の横で、必要な数値をまとめてスケジュール表へ書き込んだ。ひっきりなしに入る情報を整理し、工事担当チームへ伝達するだけでも膨大な時間がかかる。

 

 防寒服を脱いだり着たりしながら、徹夜に次ぐ徹夜。極地特有の白夜のため昼夜感覚は失われ、建設現場の騒音とランプの点滅が絶え間なく続いた。

 そんな中でも先生は一睡もせず、理論値を検証し続ける。視線はディスプレイからほとんど離れない。ゴジラ研究の様子からもわかってはいたが、本当にこの人は諦めない。わたしはその背中を見ながら、押し寄せる不安をかき消すように必死で作業を続けた。

 

「……オクムラ」

 

 ふいに先生が低く声をかける。休む間もなくフラフラなわたしに、カップコーヒーを手渡しながら小さく言った。

 

「今のところ大きなトラブルはないが……もし、ゴジラがまた姿を現したら、どうなると思う?」

 

 その言葉に心臓が跳ねる。

 ゴジラ。Gフォースからの報告では北極海の奥深くへ潜航したきり、その後の行方はつかめていないという。わたしたち人類が地球ごと軌道を動かしてしまおうというときに、かの怪獣王がどう動くのかはまったく未知数だった。

 

「でも、ゴジラの接近は今のところ観測されていませんよね……?」

 

 恐る恐る答えると、先生は苦い笑みを浮かべて言った。

 

「だけど、ゴジラはいつも人類の環境破壊に呼応して現れてきた。私たちは地球を救うつもりでやってるが、見方を変えれば『地球そのものを動かしてしまおう』だなんてまさにその究極かもしれん」

 

 ……たしかに、そうかもしれない。

 いくら地球を救うためとはいえ、『地球そのものを動かしてしまおう』だなんて環境破壊の極みだ。もしゴジラが環境破壊に怒って現れるというのなら、わたしたちのやろうとしていることはまさしくそれだろう。

 

「……けど、やるしかありませんよね」

 

 そう答えながら、わたしはコーヒーを一口飲む。コーヒーの奥深い苦味が一瞬、眠気を吹き飛ばしてくれたように思えた。

 

「先生。ゴジラの脅威も、ゴラスの衝突も、黙って眺めていたらすべて終わってしまいます。とにかく、何とかしなくてはならない、そう思います」

「……そうだな」

 

 わたしの言葉に先生は少しだけ目を細め、静かに頷いた。そして再びコンピュータ画面に向かう。

 もう後戻りはできない。そう思った。

 

 

 

 建設は着実に進み、円形プラットフォームの外周が形を成し始めた。

 一部セクターではプラズマ噴射の試験も始まり、担当チームからは“わずかではあるが計算通りの推力を得られた”という好報が届く。誰もが疲弊しながらも、手応えを感じ始めていた。

 ……だが、その一方で、わずかな“異変”も起きていた。

 ある日の夜、マリコが突然「変だ」と言い出したのだ。

 

「観測衛星が、ゴラス付近で何か奇妙な電磁波パターンを捉えているの。太陽風の影響だけとは思えない不規則な波形が何度か……でも確証がないから、まだ大事(おおごと)にはできなくて」

 

 まるで“こちらを探るように”観測デバイスに干渉してくる気配。

 ……しかし憶測だけではどうにもならない。先生はそこに一瞬視線を走らせ、表情を曇らせながらも首を振った。

 

「いまは建設を急ぐ以外にない。証拠が揃っていない以上、工事を止めるわけにもいかないからな」

 

 わたしは胸騒ぎを覚えたが、それでも大事な建設作業に支障をきたすわけにはいかなかった。ここで計画が滞れば、衝突までの残り時間はどんどん減っていく。なにより、ゴラスは待ってくれないのだ。

 

 白夜と極夜が繰り返す南極の空の下で、わたしたちの“地球移動計画”は一歩ずつ進んでいった。

 トラブルやアクシデントは絶えなかったが、世界中の科学者・作業員・軍隊が力を合わせ、地球移動作戦用円形プラットフォーム「Geo-Shift Engine」の全貌がついに姿を現していった。

 

 

 そして。

 

「いよいよ完成が目前ですね、先生!」

 

 頻発する事故から始まり、南極怪獣マグマの襲撃、計算ミスによる再設計と作り直し、そして幾重もの失敗……多数の犠牲の上に成り立っていたが、それでもわたしたちはなんとか間に合わせることに成功した。

 

「ああ、そうだな。オクムラ、ササキ、二人ともよく頑張ってくれた」

 

 そう褒められて、わたしは思わず表情が綻ぶのを感じた。

 わたしは仮設ラボの監視室で、メインコンピュータに張りついていた。

 先生――マキ=ゴロウ博士――と助手仲間のササキ=マリコも同じく、目の下にクマを作りながらディスプレイを凝視している。ここ数日は本番稼働に向けた最終調整や安全検証が続き、まともに眠った記憶がない。

 

「だが、いよいよ大詰めだ。気を引き締めてゆこう」

「はい!」

「先生!」

 

 そしてわたしたちは最後の作業に取り掛かった。

 核融合炉で生み出したプラズマを圧縮・噴射し、地球そのものをわずか0.1度だけ軌道修正する人類史上最大のプロジェクト。もし成功すれば、迫りくる妖星ゴラスとの衝突を回避できる。

 しかし失敗すれば……。

 

「……いや、考えない方が良いか」

 

 そう言いながら、わたしは物思いを打ち切った。考えるよりまず手を動かせ、オクムラ=ナオコ。

 外は極夜の闇。太陽が昇らないこの季節を狙って、冷却効率を最大限に高めるのだという。満天の星空を見上げながら、ふと呟いた。

 

「ゴラスは……見えないか」

 

 ゴラスは黒色矮星であるため、空を見上げてもその姿を見ることはできない。しかしマリコによれば、見える範囲には到達しているという。

 工事責任者や技術顧問、Gフォースの司令官らが詰めかける監視室は、重い沈黙と張り詰めた空気に包まれていた。

 

「……最終チェック、異常ありません!」

 

 機材を見ていたマリコが声を張り上げる。タブレットの画面には緑色の数値がずらりと並んでいる。

 

「プラズマ濃度、目標値に到達。圧力も想定範囲内です。噴射ノズル制御ブロック、オールグリーン!」

 

 その言葉に先生が短く頷き、コンソールの操作を始める。

 わたしも息を詰めて見守った。数年前までは学生の身分でゴジラ研究を手伝っていた自分が、今は人類存亡を賭けた計画に携わっているなんて、いまだに信じられないときがある。

 けれど、この場にいる誰もが同じだろう――“信じるしかない”から今ここにいるのだ。

 

「よし……点火シーケンスを開始する」

 

 Gフォースの司令官が厳しい声で告げると、スクリーンの端に〈本番稼働まであと180秒〉というカウントダウンが表示される。

 

「Gフォース部隊、待機。周辺セクターの作業員は退避を完了せよ」

 

 司令官の声が通信機から響き、続々と報告が返ってくる。

 監視室の大型スクリーンには、南極大陸の俯瞰映像が広がり、その一隅に「ゴラスまでの推定距離」と、刻一刻と減っていく衝突リミットが小さく表示されていた。

 

 “やれることは全部やった”。わたしは胸の奥でそう念じる。

 あとは、計画通りにシステムが稼働するか――そして、ゴラスが何もしてこないか。

 “不吉な可能性”を抱きつつも、そこは神頼みするしかない状況だった。

 そして、カウントダウンがゼロになった瞬間、

 

 ゴオッ……!!

 

 モニターにプラズマ噴射のエネルギー曲線が一気に立ち上がり、辺り一帯をまばゆく照らし出す。

 防護シェルターへ避難している作業員たちからは、「振動を感じる!」という報告が通信機越しに伝わってきたが、今のところ想定の範囲内だ。

 モニターを見つめるわたしの胸には、安堵と緊張が入り混じる。――このまま行けば成功する。そう思った、その時。

 

「待って……見て。空が……」

 

 マリコが硬い声を上げ、監視室の窓の外を指さす。

 見上げた先、南極の闇を覆う空が、どこか奇妙な紫色に染まり始めていた。

 ……オーロラとも違う、炎とも違う。紫の光は渦のように揺れながら点滅し、広がり、天蓋を覆いつくそうとしていた。

 ほぼ同時に、コンソールの警告ランプが一斉に点滅し始め、鋭いアラームが鳴り響く。

 

「何だ……? プラズマ圧力が急上昇してる? こんな数値、シミュレーションにないぞ!」

「制御ユニットに障害発生! バックアップ系統もエラーを起こしてます!」

 

 オペレーターたちが一斉に悲鳴のような声を上げる。モニター上には〈Over Pressure〉〈Critical Error〉といった警告が、赤字で次々と現れはじめた。

 

「くそっ……メインノズルが暴走を始めている。何かしらの外部干渉を受けているとしか……!」

 

 先生が歯噛みして叫んだとき、スクリーンが一瞬バチバチッとノイズを起こし、映像が乱れる。

 

「先生、これって……ゴラスの干渉?」

 

 わたしは思わず声を上ずらせる。頭の中で、何度となく考えてきた最悪のシナリオがよぎる。

 ゴラスが、地球の動きを止めようと――?

 

「ドクター・マキ……何なんです、これは? 自然現象なんですか?」

 

 一人のオペレーターが、絶望するような声を漏らす。先生は顔を引きつらせ、モニターを凝視していた。もはやそこには科学的興味を超えた“恐怖”が浮かんでいる。

 

「いや、これは……ゴラスが私たちの計画に“干渉”してきたんだ」

「ゴラスが? でもあれはただの天体じゃ……」

「いや、奴はただの天体じゃない」

 

 思わず聞き返すオペレータに、先生は愕然とした表情のまま答えた。

 

「ゴラスこそ、ゴジラ=プラネテスだったんだ……!」

 

 先生は蒼白な顔でキーボードを叩きながら緊急停止シーケンスを実行する。だが、警告音は鳴り止まない。プラズマが逆流を起こし、ノズルを破壊しかねない数値を示していた。

 そのとき、窓の外では紫色の空がますます濃くなり、まるで雷鳴のような閃光が走った。大気が歪み、監視カメラの映像がノイズまみれになる。まるで“何者か”が乱暴に電磁波を叩きつけているかのようだ。

 Gフォース司令官が焦燥の表情で通信機に呼びかける。

 

「総員退避! 全セクター、直ちにGeo-Shift Engineから離れろ! ノズル付近の爆発リスクが高い! 速やかに退避を――」

 

 しかし、無情にも次の警報が重なるようにけたたましく鳴り始めた。

 

『緊急警報! 沿岸セクターG-2で高熱反応を検知! 巨大生体反応が急速浮上!』

 

 生体……? こんな南極の海に何が浮上するっていうの?

 わたしはとっさに監視モニターを切り替え、海岸線を映し出すカメラ映像を確認する。そこで目に飛び込んできたのは、暗い海から立ち上がる灼熱の光だった。

 

「赤い……炎の塊……?」

「熱反応が爆発的に上昇しています! 海水が一瞬で蒸発していく……!」

 

 オペレータたちの言うとおり、蒸気が凄まじい勢いで噴き上がり、海面が沸き立っている。カメラがピントを合わせた先に、真っ赤に輝く巨体――見るからに高温の“怪獣”の背が映っていた。

 マリコが、青ざめた顔で画面を指をさした。

 

「ご……ゴジラ……」

 

 ゴジラの背鰭は従来の青みを帯びた発光ではなく、赤い輝きを放っていた。まるで紅蓮の炎を背負っている、でなければ太陽そのものにでもなったかのようだ。

 熱量は計器の限界を振り切り、システムが悲鳴を上げている。ヘリや艦船が緊急発進しようとするが、ジェット噴射装置の誤作動で基地全体が混乱に陥っているため、すぐに動けるかどうかも分からない。

 その姿をわたしは知っていた。

 

「バーニング・ゴジラ……!?」

 

 Gフォースの隊員たちは総動員をかけ、攻撃ヘリを発進させようとする。しかし、エンジン暴走の影響が基地全体に波及しているせいで、すぐには動けそうにない。

 恐怖と混乱が渦巻く中で、オペレーターたちの絶叫が入り乱れる。

 

「畜生! 何だってゴジラがこんなタイミングで……!」

「Gフォース部隊、応答せよ! ただちに即応、迎撃体制を!」

「だめだ、エンジンが止まらない! 危険区域の作業員を退避させろ!」

「なんで、今このタイミングで……!?」

「きっと、Geo-Shift Engineの稼働……あるいは、ゴラスの干渉に呼応して……!!」

 

 砲撃のような足音と共に海から陸へと進んでゆく、バーニング・ゴジラ。莫大な熱エネルギーが一瞬で海水を蒸発させ、遠くから見ても濃厚な水蒸気が立ち昇るのがはっきりわかる。

 混乱の最中、先生が席を発った。

 

「ゴジラの状態が気になる。行かなくては……!」

 

 そんな、こんな状況で行ったら……!

 周りの士官たちが呼び止めたが、先生は耳も貸さないまま基地の外へと飛び出して行ってしまった。

 先生が、行ってしまう。その現実を目の当たりにしたわたしもまた、すぐさま動き出した。

 

「マリちゃん、あとは頼んだ!」

「え、ええ!? ちょ、ちょっと待ちなさいったら……!」

 

 戸惑うマリコの制止も、Gフォース司令官の怒声も耳に入らない。防寒パーカーを掴み、わたしは監視室のドアを勢いよく開けた。

 

「オクムラさん、戻ってきなさい!」

 

 誰かの制止の声、でも足は止まらない。先生の背中を追うように、わたしは荒れ狂う吹雪の中を突き進んだ。

 扉を開けると、屋外からの冷気が容赦なく肌を刺す。吹きつける風雪の遠く向こうでは、紫に歪んだ夜空と、赤熱化したゴジラの咆哮が混じり合い、まるで現実とは思えない光景が広がっていた。

 そして基地からしばらく歩いた先の高台に、先生はいた。凍てつく空気に肺を刺されながら、わたしは声を張り上げる。

 

「先生!!」

 

 呼びかける声も風にかき消されそうになる。それでも懸命に足を動かし、雪をかき分けて近づいた。

 再三の呼びかけ、ようやく振り返った先生が、こちらを見ながら双眸を見開いた。

 

「オクムラ……!?」

 

 交錯する視線の中、外ではバーニング・ゴジラの咆哮が轟き、空では狂ったように紫色の光が揺れ、そしてゴラスが迫ってきている。地響きと警報と絶叫が混ざり合い、もはやアニメか悪夢かという惨状だ。

 先生はすぐさま怒鳴り返した。

 

「なにしてる、基地に戻りなさい、危険すぎる!」

「危険と言うなら今更です! それに先生こそ、他人(ひと)のことを言えた義理じゃあないでしょう!?」

「し、しかし……」

 

 一歩も譲らぬわたしの姿に先生は逡巡していたが、やがて観念した様子でこう答えた。

 

「……わかった、オクムラ。だが、傍を離れるなよ?」

「……はい、先生!」

 

 わたしは頷き、吹雪の中を先生とともに歩き出した。

 目指す先は、ゴジラだ。

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