そしてお待たせしました
「「いらっしゃいませ!」」
エンジェル24シャーレ店に二人の元気な声が響き渡る。あの襲撃から日にちが経ち、リクは何処にも異常は無かったとのことで退院し、ソラと共に元気にアルバイトをしている。ソラからあの時何があったのか聞かれたが、リクのあの場面については記憶がなく、何も知らなかった。
「"二人ともお疲れ様。大丈夫?"」
あれからというもの、先生の来店する頻度が多くなった。以前よりシャーレ店の常連ではあったが、さらに様子を見に来ている印象だ。売り上げが良くなるのはいいが、その度に頭を撫でられるので勘弁して欲しいのと、先生の財布事情が心配である。
そして……
(……あの人)
入店してきたのは、白髪で髪が長く、特徴的なツノが生えている人物。キヴォトスきっての戦力と兵力を有したゲヘナ学園風紀委員のトップであり有名人、ゲヘナ学園風紀委員長『空崎 ヒナ』だ。何故このエンジェル24シャーレ店に居るか分からないが、近くで用事でもあったのだろうか。
「い、いらっしゃいませ!」
「え、エンジェル24にようこそ!」
いきなりの人物に緊張する二人。リクはゲヘナというキーワードである部活を思い出す。
(そういえば、ゲヘナって……ああ! 温泉開発部の!)
間違ってはいないが、不名誉な覚え方だった。ヒナがそれ聞けば、次に温泉開発部と対峙する際に私情が入りそうである。
「これお願い」
ヒナはレジに近づいて、そう言って出してきたのはブラックコーヒーとエナジードリンク。ソラが会計を行っている間にリクは最近のお客さんの傾向について考える。
(最近、先輩のお客さんが増えた?)
客足はまだまだ少ない方だが、前と比べれば多い方である。それも、有名な生徒から遠く離れた生徒まで来る割合も増えた印象だ。
「ありがとう」
「「ありがとうございました!」」
ヒナはそう言って外に出る訳でもなく、そのまま『シャーレ』の奥へ入っていった。
会計が終わり、ソラとリクにまた暇な時間が生まれた。
「リクちゃん、ケガはもう大丈夫なの?」
「痕も残ってないし、検査も全然大丈夫。それより……」
リクの言葉に続く言葉は、なんとなくソラにも伝わってきており、二人は息を合わせて発言する。
「「怪しい」」
同じ事を考えてたことで二人の言葉が重なる。
どうやらここに来る生徒というのは、シャーレの先生目当てに来ているようだ。ほとんど全員から聞く言葉として『当番』というものらしいが、詳細は分からない。
「SNSで調べても当番なんて出てこないし、ネットニュースでも募集してるしか書かれてないし」
「仕事内容も猫探しとか掃除してたとかの目撃情報しかない」
具体的に何をしているのかの情報はあり、一応キヴォトスの生徒の為にサポートしているのは分かっているが、何を目的にしているのかイマイチ理解できていない。
「あの人も先生に用事あるみたいだし、何をしてるのか気になる……」
奥に行ったという事は先生に用事があるものとほぼ確信している。
「そういえば……」
ソラが恐る恐るといったように、リクが入院中の出来事を話す。
「リクちゃんが入院してた時なんだけど、制服じゃなくてメイド服とか水着とか着て来店してくるお客さんも居たよ」
「ソラちゃん、冗談としてもやりすぎだよ。外から水着姿で来る訳ないって」
メイド服なら未だしも水着姿で徘徊する人なんている訳がない。
「そ、それが、シャーレの外からじゃなくて中から来ている人だったみたいで……」
「……詳しく」
という事は、シャーレの中で水着に着替えてエンジェル24に来たという事なのだろうか。だが、それにしてもその恰好で店内の中に入った事実は変わらない。
「えっと、スクール水着? でアイスキャンディーを買って行っただけで、そ、それ以上は分からないけど……確か胸元にトリニティの校章があったような……?」
(Popsicle? トリニティ!?)
「ほ、本当にトリニティの生徒だったの?」
「い、いや、私よりも背が高くて、前にかがんだ時に一瞬見えただけだからどうにも……」
リクは高校の進路先をトリニティ総合学園に決めているのもあって、ソラの話を聞いた瞬間に今後の進路に不安を覚えてしまう。
「ちなみに先生には言った?」
「わ、私も訳が分からなくて『もしかして自分がおかしい』んじゃないかって混乱していたから出来なかったし、それに……」
ソラは今までの情報を掛け合わせて、仮説を立てる。
「先生にやらされているとしたら……?」
「!」
リクの中のトリニティのイメージは主に『品行方正、お淑やかで気品のある学校』である。そんな生徒がエンジェル24にスクール水着で徘徊する訳がない。誰かに強要されたという方が辻褄が合いそうである。
「でも、それだけで先生がって言うのもね……」
ただ、本当にトリニティ生徒であるのかは疑問である。ソラの見間違いかもしれないし、憶測と仮説は必ずしも正しいとは言えない。
「い、一旦保留しよう。自分も直接見た訳でもないし。」
一先ず、この話はまた今度にしようとリクが切り出した時、入店のチャイムが鳴る。
「いらっしゃ……いまっ!?」
「い、い、いらっしゃいませ!」
ソラは何とかいらっしゃいませが言えたようだが、リクはいつもの言葉が出ない程、入ってきたお客さんに対して衝撃を受けていた。
(ばばば『バニー服』だって!?)
入ってきたのは、青いバニー服でリクよりも背が高く、髪の毛は地面に到達している程長いお客さん。両目の碧眼がこちらの姿を捉えて、リクとソラの方へ向かっていく。
「ねぇ! ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな!」
「は、はひゅぅ」
混乱から完全に落ち着いていないリクは、返事をするのが精一杯な様子だった。
これがまだメイド服や水着姿ならば、話を聞いていたので気持ちの準備が出来ていた。しかし、予想や想定の外の外にある現象を実際に目の当たりにすると、リクは困惑と同時に混乱してしまった。
(まだ強盗とかの方が想定出来るからいいけど! これは……)
エンジェル24×バニー服なんて、誰が想定出来るだろうか。
「ん? どうかしたの?」
「い、いえ! だ、大丈夫です!」
バニー服のお客さんがリクを見て心配する様子を見せるも、リクは何とか落ち着く。
「『ご主人様』の……じゃなかった、先生の居るシャーレってこの建物で合ってる?」
「カヒュ」「ご主、せ、先生ですか!?」
今、先生の事をご主人様と言った事を二人とも聞き逃さなかった。リクは連続攻撃に息が詰まり、ソラは驚きを隠しきれていない。
「あれ? 違った?」
「い、いえ! こ、ここはシャーレで合ってます!」
二人のリアクションから建物を間違えたものかと思った所で、ソラが答える。
「ありがとう! あ、私の名前はアスナだよ! よろしくね!」
「あ、よ、よろしくお願いします」「カヒュヒュ」
そう言ってアスナはお店を後にした。店内は再び静かになり、ソラは隣に居るであろうリクを見て心配する。
「り、リクちゃん大丈夫?」
「……ありがとう、ソラちゃん。あと接客任せちゃってごめん」
あのインパクトからようやく立ち直ったリクは、お礼を言った後におもむろにスマホを取り出す。何をしているのかとソラが画面を覗くと、ヴァルキューレに通報しようとしている所が見えた。
「ちょ、ちょっと待って!」
急いで通報しようとしているリクを止める。どうやら自身でも思わずの行動だったみたいで、掛けようとした事に自分自身で驚いている様子だ。
「あれ聞いたらこうなっちゃうよ」
「き、気持ちは分からなくもないけど……」
バニー服とご主人様呼びに、先ほど話していた『先生にやらされている』という仮説が二人の中で強まっていた。しかし、アスナの様子を見るに『やらされている』感じには見えなかった。
「でも、やらされているっていう感じでは無かったね」
(リクちゃん! それは先生に操られているからで……)
先生に操られている事実をリクに伝えようと、ソラが口を開こうとした所でエンジェル24の入店チャイムが鳴る。また新たにお客さんが来たようだ。
「「いらっしゃいませ!」」
次のお客さんは黒いトリニティの制服で、頭と背中にリクと同じような黒い羽根がある生徒だ。
(あれって……トリニティの『正義実現委員会』?)
黒いセーラー服とjusticeと書かれた布に包まれたスナイパーライフル、トリニティの校章があるという事は正義実現委員会だろうか。
正義実現委員会とはトリニティの治安維持及び、警備等を担っている組織だ。ゲヘナ風紀委員会と同じく、キヴォトスきっての兵力を持っている。
リクにとってトリニティに入学したら入りたいと思っている委員会であり、前もって正義実現委員会について調べているので、ある程度は知っている。
(正義実現委員会だったら水着徘徊について言った方がいいのかな?)
あのお客さんに言えば何か分かるかもしれないと、一先ず会計を終わらせて聞いてみる事にする。
「あっ、あの、こ、これお願いします……」
「は、はい! えっと……ん?」
正義実現委員会の生徒が恐る恐るレジに出してきたのは、キヴォトスの生徒が購入することができない『アルコール』が入っている商品だった。
「す、すみません。と、トリニティの生徒ですよね?」
「……そ、そうだけど?」
アルバイトのマニュアル通り、人を見た目で判断ぜずに生徒かどうか確認を行う。
「えっと、この商品は生徒だと購入出来ないんです」
「えっ!?」
驚いている様子を見るに、この商品にアルコールが入っている事を知らずにレジに持ってきたようだ。
「な、なんで!?」
「これ分かりにくいですけど、アルコールが入ってまして……」
商品を持ってアルコールの表示を見せた。するとお客さんであるトリニティの生徒は、みるみるうちに顔が真っ赤になってしまった。
「し、知ってて試したのよ!」
「な、なるほど」
(やっぱり正義実現委員会となると、抜き打ちで生徒にこういうテストをするのかな)
きちんとアルコールを生徒に売らないように、抜き打ちなどの活動もしているものだとリクは思った。
「あ、あの! せ、正義実現委員会の方ですよね? 相談があって……」
すると、隣のソラからお客さんへ声がかかる。どうやらソラも、正義実現委員会だと分かっていたようで『例の件』について、ダメ元で相談するようだ。
「そうだけど? わ、私も暇じゃないからね!」
「え? じゃ、じゃあ大丈夫です」
「そこまで言ったなら言いなさいよ!」
一度断られた事によってダメかと思ったが、杞憂だったらしい。
「トリニティの生徒……だとは思うんですけど、こ、このお店に水着で来られるお客さんが居て……」
「ふーん……ッ!!??」
顔が再び真っ赤になり、細かく震えている様子が確認できる。
恐らくだが正義実現委員会として、トリニティのマイナスイメージとなりうる行動を起こしている生徒に憤りを感じているのだろう。
「もし知ってい……」
「し、知らないわよ!! スクール水着着てる生徒なんて!」
誰もスクール水着なんて言ってはいない。するとお客さんは、おもむろに右のホットスナックを見て指をさす。
「じ、時間もないし、この商品はいいからそれお願い!」
お客さんからホットスナックの要望があったので、リクとソラがその指先の行方を見る。その先にはフランクフルトが並んでいるので、ソラが確認の為に声をかける。
「ふ、フランクフルトですか?」
「ッッ~~!! 違うの! その下にある唐揚げで!」
どうやら、指先が少しズレて見えていたようで、フランクフルトの下にある唐揚げの事を言っていたらしい。
「わ、分かりました! ……あ、現在キャンペーン中でして、これを一個買うとアイスキャンディーが一つ付いてくるのですがいかがですか?」
「そんな卑猥なもの要らないわよ!」
(ひ、卑猥?)
意味が分からないが、取り敢えずアイスキャンディーは要らないとのことで、ホットスナックの棚から棒に刺さった唐揚げを取り出す。
「リクちゃんそれじゃなくて……」
「えっ、ちがうの?」
「エ〇チ!!!???」
(へ? な、なんて?)
唐揚げは唐揚げでも、棒に刺さったやつではなく5個入の唐揚げだった。
「唐揚げ一つで108円になります!」
「これで丁度! あなた達、次私の前で変な事言ったら死刑ね!」
「「えええ!!??」」
商品を間違えただけなのに、処刑宣言されるとは思っていなかったので二人は驚いてしまう。相談もままならないまま、正義実現委員会のお客さんはお店を出てしまった。
「り、リクちゃん、どうしよう……」
「と、とにかく、レポートとか記録に残しておこう」
何故怒られたかは分からないが、記録に残しておいて損はないだろう。途中に空耳であって欲しい言葉が聞こえたのは気のせいにしよう。
(ソラちゃんは接客で混乱していて聞こえなかったみたいだけど……)
隣を見ると処刑宣言をされた衝撃で慌てているソラが居る。
結局、何も解決せず、処刑もされずエンジェル24でのアルバイトは続いている。この後に夏になって、複数の水着姿の生徒をシャーレで目撃した二人がぐるぐる目になるのだが……それはまた別のお話。
ーーーー
「全く……邪魔だなぁ。『リクガメ』のせいで上手くいかないし
そろそろ潰さないと」
ーー
「闇バイト? なにそれ」
エンジェル24本部から届いたあるポスターに目を通すソラとリク。そこにあるのは『気を付けよう闇バイト』という文字と共に、ヴァルキューレの生徒のイラストと黒ずくめの悪そうな人が描かれている。
「うーんと……あ、『重犯罪や詐欺に加担させられる高収入を謳うアルバイト』?」
ソラが携帯でその意味を調べてくれていた。要は、高収入アルバイトで応募者を釣って、犯罪の道具にしようって事だろうか。
(吐き気を催す邪悪……)
中には知ってて応募する者も居るだろうが、大半は騙され、脅されて犯罪に加担させられているという。
「でもヴァルキューレの目を掻い潜って、どうやって募集してるの?」
「えっと……『SNSの投稿から』だって」
キヴォトスでSNSは身近な存在だ。身近な存在なだけあって、生徒は犯罪に巻き込まれやすくなっているとのこと。
勿論、キヴォトスではPMCや傭兵バイトなるものが存在している為、一概に全部が悪いという訳では無い。きちんとした契約と強要でなければ悪いという事はない……はず。
詰まる所、エンジェル24でアルバイトすれば問題ない。
(ん? 前に先輩から『ブラックバイト』っていう言葉聞いたけど、あれと一緒かな)
同じ闇ではあるから一緒だとリクは判断する。
「り、リクちゃん! 見て!」
「え? 闇バイトで『猫探し』は……『高級車の隠語』!?」
ソラが見せてきた記事には、闇バイトの手口や内容についてまとめられており、隠語について書かれていた。どうやら、強盗に使う為に高級車を探しているみたいだ。
「つ、つまり、シャーレの猫探しって……」
「ソラちゃん。さ、流石に連邦生徒会が関わっているから無い……と思う」
自信を持って無いとは言いきれなかったリク。
「あ、そういえばリクちゃんこれ」
ポスターと一緒に届いていた紙を見てソラがそう言い、リクに向けてその一枚の紙を差し出す。そこに書かれてあったのは……
「今度は? なになに、『11:00~19:00の間、エンジェル24シャーレ店の内装及び外装の修繕工事を行う』……工事!?」
続きの文には『営業停止』との通達もされている。という事は、この間はエンジェル24でアルバイトが出来ないという事。恐らく、以前襲撃があった際に、内装がボロボロになっていた処置だろう。
「……スキマ時間どうしよう」
どの店舗でも『メンテナンス』は必要である。しかし、今までエンジェル24で働き続けたせいか、この8時間という隙間に違和感を覚えてしまう。
「ソラちゃんはどうするの?」
「ま、前から一人ヘルプに来て欲しいって所があったから、そこで……」
ソラが行くのであればそこに……とは思ったが、一人と言われたからには仕方ない。
(スキマバイトね……)
バイトとSNSで調べると『すぐに採用』『高額報酬』『ホワイト案件』『人を撃つだけの簡単なお仕事』『DMで連絡』などの情報が出てくる。
(ぜ、全部怪しい……ん?)
スキマバイトと検索してみると、ある募集がヒットした。
<スキマ時間で一緒に食事を届けませんか? 初心者大歓迎!>
詳しい内容を見てみると、きちんとした内容で報酬も普通、業務内容についても詳しく書かれている。リクが丁度求めていたものであった。
早速リクは、隙間の日にちと時間を記入して応募してみる。すると、すぐに返信が来て採用された。
(おお! 早い!)
やったことが無いアルバイトにリクは心踊らせながら、いよいよエンジェル24工事当日となった。
「じゃあ、ソラちゃんまた」
「リクちゃんも頑張ってね!」
それぞれの用事で別れる二人。
リクは、電車に乗って指定された場所に向かう。写真で送られてきた建物と地図を頼りにして、無事に着くことが出来た。
「よろしくお願いします!」
「あら、元気が良いねぇ。それじゃあ、早速で悪いけれどこの弁当を届けてくれる?」
「分かりました!」
リクは雇い主より弁当を受け取って配送用のバイクに乗せ、フルフェイスヘルメットを被って、地図に記載されているマークと住所を確認して届ける。
(えっと、『箱に弁当と箸を入れたものを置いて、チャイムを鳴らす』……ね。ルート開拓するとすぐに終わりそう)
効率化を求めていたら、予定よりも大分早く終わりそうな雰囲気を醸し出していた。一応、雇い主へ連絡する。
「もう後一件で終わります!」
『は、はや! 後もう無いから……その一件終わらせたら直帰でいいよ! お疲れ様』
リクは若干拍子抜けした様子だったが、新たな体験が出来た事によって、最終的に満足そうな顔をしていた。
「最後の一件は……」
最後の届け先は、何処にでもあるような普通のアパート。その二階の部屋に外階段を使って昇っていく。
「これで終わりっと」
弁当を入れた箱を置いてチャイムを鳴らす。階段を降りて自転車に跨がった時に、箸を入れるのを忘れてしまった事に気が付く。
(あ、箸忘れてた……今からでも間に合うかな)
リクは再び、アパートの部屋の目の前に行きチャイムを鳴らす。するとドアが開いて、中から同じくフルフェイスヘルメットを被った人物が顔を覗かせる。
「す、すみません。実は……」
「チッ……遅かったじゃねぇか」
ヘルメットの人はそう言うと、リクを強引に中へ入れる。
(え? え? ちょ、ちょっと待って)
リクはされるがまま、部屋の中へと連れ出されてしまった。奥には複数の人が居て、リクは今の状況も連れ出される理由も分からずに、その複数の人の輪に入れられる。
「ったくよ……これだから変な方法で募集した奴は」
「まあ、弁当でも食べて落ち着きなって」
明らかにこの人達は、友達で集まった雰囲気ではない。友達というよりも仲間という感じだ。
「おいおい、箸入って無いじゃねぇか」
弁当を食べようと、箱を開けた一人が箸が入って無いことに気が付く。リクは慌てて、持ってきた箸を取り出した。
「こ、これ……」
「あ? お前気が利くじゃん」
リクが箸を渡して、用事が済んだとその場を後にしようとするが、道を塞がれる。
「え、えっと……?」
「今さら怖じ気付いてんじゃねぇよ。自ら望んだのによ」
リクはなんの事だかさっぱりだったが、突然スマホの画面を見せられる。そこに書いてあったのは、
『初心者の人でも安心、短時間で高額報酬!
先輩に付いて行って、人を撃つだけの簡単なお仕事♪
フルフェイスヘルメットの方は即日採用します!
お一人様限定なのでお早めに』
「これお前応募してただろ?」
(いや! 全然見覚え無いんだけど!!??)
そこに書いてあった募集内容は、見たことないものだった。だが、要所で見たことのある特徴を持っていた文章でもあった。
(しかもこれ、闇バイトだ……)
文章の特徴が闇バイトそのものだった。フルフェイスヘルメットを被っているので、誰かと自分を勘違いしている為に、こうなっているのではとリクは勘づく。
「あの、だ、誰かと勘違いしてると思います」
「まあそう言うなら……」
無理やり連れて行こうとするのではないかと危惧していたが、話せば意外と分かってくれる人だったようだ。
「……海に沈めるか」
「すみません、募集しました!」
前言撤回、話しても分かってくれなかった。一人でも逃げられそうに無いのに、7人程居ればその言葉が出てくると従わざるを得ない。
「な? じゃあ、腹ごしらえして付いて来い」
何故か、自分が届けた弁当を食べるという奇妙な体験をしつつ、闇バイトの人に付いていってリクは車に乗る。
(取り敢えず、誰かに助けを……って、スマホをバイクに置いてきちゃった)
死角になる所で助けを呼ぼうとするが、スマホが無い事に気が付く。
「今回はミレニアムだ。アタシ達の指示に従って、向かってくる人物に銃を撃つだけ。簡単な仕事でしょ?」
「は、はい……」
仕事内容を伝えられながら、車はあっという間にミレニアムの人気が無い所に着いた。
「よし、じゃあ行ってこい」
「え、一人でですか!?」
「当たり前だろ」
ここでリクは違和感を覚える。闇バイトの詳細は分からないが、何らかの犯罪行為をさせられるのは事前にソラに教えてもらっていた。それにしても、持ち場に初心者一人で行かせる訳がない。
「いや、初心者に一人で持ち場に置いていくのは効率が悪いですし、何しろ作戦内容の全貌を伝えられてない時点でおかしいんですが……使いつぶすようなトカゲのしっぽ切りじゃあるまいし」
リクの言葉を聞いた他のメンバーの空気が変わる。
「ハァ、めんどくせぇ」
「い゛……」
リーダー格と思われる人物が漏らした言葉の後に、発砲音とリクのお腹辺りが熱くなっていく。
「そいつは道具にすらならないから置いてけ」
(めっちゃお腹が……せっかく退院したのに、また意識が)
リクの意識は朦朧とし、メンバーによって無理やり運ばれて地面に転がされる。
「精々、時間稼ぎになってもうおう」
その言葉を境に目の前が真っ暗になり、リクの記憶はそこで途絶えてしまった。
「いいんですか? あいつあの様子だと、時間稼ぎにもなんないっすよ」
「その点は平気だ。通報も情報も流したから、こちらに勘付くのが遅れるだけ十分」
リクの言っていたトカゲのしっぽ切りというのは、本当のことだった。
闇バイトで釣れた者を利用して実行犯にするのは勿論の事、運び屋などの捕まるリスクがある仕事をやらせる事もある。
今回リクが巻き込まれたのは当然闇バイトであり、本当の内容は陽動による混乱と時間稼ぎだった。
「こんなのに引っかかるなんて相当だと思ったが、勘だけは良いらしい」
「まあ『アルバイト』ですしね。期待は最初からしてないもんですよ」
ピクッ
メンバーはリクを置いた後、車に乗り込んで目的地まで走らせる。
「でも『リクガメ』を最終ターゲットにするなんてどうしたんでしょうかね」
「金稼ぎで邪魔になったんでしょ。今はまだ初期段階らしいけど」
どうやら、この作戦は最終目的の準備の為に行っているようだった。
すると、車に乗っているケモ耳メンバーの一人が何かの異変に気が付く。
「なんか他の声しなかった?」
他メンバーがそれを聞いて、耳を澄ませるが自分達以外の声は聞こえない。
「なんかの空耳だろ」
確かに声は聞こえない。運転を担当していた者が気になってバックミラーを確認して固まる。
「お、おい、あいつって……」
その言葉に影響されてメンバー全員が後方を確認する。いや、確認してしまった。
「私アルバイトオォォォォォォォ!!!!!」
「あいつ、『自転車』でこっち来てるぞ!!」
声はハッキリ聞こえてはいないが、何かを叫んでいる様子が分かった。
「今スピード80㎞超えてるぞ……」
追いつこうとする意志もそうだが、特筆すべきは普通の自転車で車に追いつく程のスピード。この車が時速80㎞ならば、追い付く為に最低でも自転車で時速80㎞以上は出さないといけない。
「す、スピード上げよう……」
「相手は自転車だ。目立ちたくはないが、窓から撃って振り切るぞ」
相手は装甲も壁もない無防備でハンドルによって両手が塞がっている状態。であれば、車の窓を開けて撃ったほうが相手のスピードも落ち、追い付かれる可能性は限りなく少ない。
「撃て!」
自転車に乗っているリクに向けて銃弾の雨が降り注ぐ。最悪タイヤのパンクをさせてしまえば、スピードを一気に落とすことが出来るだろう。
だが、相手に常識は通じなかった。
「私アルバイトオォォォォォォ!!!!」
「パンクしても速度落ちねぇぞ!?」
それどころか、先ほどよりも車との差が縮まっている。しかも、タイヤには銃弾が当たっても車体や本人には全く当たっていない様で、怯んでいるという事は全く無かった。
「勿体無いけどグレネードを……よし!」
振り切る為に爆発物を利用する。その際に爆風で後方のガラスが割れるも、気にしている暇は無かった。そして、辺りは爆炎にまみれて直撃したかに思えた。
「私アルバイトオォォォォォ!!!」
爆炎の中でも差を縮めてあのアルバイトが無事な事にメンバー達は恐怖を感じるが、自転車の車体はもうボロボロであった。
「よし! このまま続け……ん?」
振り切れると安心した所で、妙な行動を起こしている所を発見する。対象は自転車の上突然に立って膝を曲げている。まるで、『こちらに飛び移ろうとしている』かのように。
「まさか……」
「私アルバイトオォォォォ!!」
そのまさかであった。音を立てて車体の上に飛び乗り、今は自分達の真上に居る。
「う、うわあああ!!」
メンバーの一人が車の天井に向けて銃弾を撃ち込む。全員が上を向き何発か撃った後に、音を聞いて天井からは何も音はしないのを確認する。
「出るぞ……」
一旦車を止めて天井の上に居るであろう者を包囲しようと外に出る。
「い、居ない?」
「クソっ!」
おそらく、天井を撃った際にどこか当たって落ちたのだろう。上にも下にも姿は見えなかった。思わぬトラブルによって、作戦変更どころか作戦中止まで追い込まれている状況に腹を立てる者も少なくは無かった。
「これは、撤退になるかもな……」
全員が車に乗り込み上に連絡しようとした時、後部座席のさらに後ろに奴は居た。
「私アルバイトオォォォ!」
天井に乗って上に気を取られているうちに、爆風で割れたガラスからリクは車内に侵入していた。
狭い車内、身を隠す暇もないまま後部座席のメンバーは全滅。そしてリクは、車内にあった銃とグレネードを使用して前方の座席を破壊。当然ながら車は爆発を起こして、残りのメンバーは一人残らず再起不能になっていた。
「私アルバイトオォォ!」
「……んお?」
リクは目を覚まして周りを見渡す。いつの間にかあのアパートに置いてあった配達用のバイクに跨って寝ていたようで、状況がイマイチ掴めていなかった。
(あれ? 闇バイト……痛っ)
銃で撃たれた時のお腹の痛みと筋肉を引き延ばされたような伸長痛を覚える。闇バイトに巻き込まれて、自身は置いて行かれたものかと思ったが無事であるこの状況に困惑する。
「夢? にしては……ああ! もうこんな時間!?」
リクは『18:40』という数字を見て慌てる。エンジェル24の営業再開が19時からとなっているので、急げば間に合うかもしれない。
細かく考えるよりも業務を優先するリクは、バイクを走らせてエンジェル24に向かうのであった。
いかがだったでしょうか
その後どうなったかは、またの機会に